*1996年07月29日:“オタク中のオタク”
*1996年07月30日:車中読書対決
*1996年07月31日:失礼なメール、再び
*1996年08月01日:「七色いんこ」をどうするか
*1996年08月02日:一万円切手について
*1996年08月03日:FCLA夏オフ第一日
*1996年08月04日:FCLA夏オフ第二日
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*1996年07月29日:“オタク中のオタク”


 A社のD誌の「オタク・マニア特集」で、このページ(日記ではなく、ルートの倉田わたるのミクロコスモス)が紹介された。原稿は先月発送したものである。勿論、私の文章を噛み砕いて、編集者の言葉で書き直しているのだが、数往復のメール取材の上でのことでもあり、私の文意が正確に伝わっている。こういうのは気持ちが良い。“オタク中のオタク”と称えられているが、この上もない名誉である。

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*1996年07月30日:車中読書対決


 車通勤するようになってから、電車の中で読書をする機会が、めっきり減ってしまった。月1〜2回の(新幹線またはハイウェイバスによる)上京の行き帰りの時くらいか。

 見回してみると、電車の中での読書にも色々なパターンがあるものだ。一番多いのが文庫本、次に、受験参考書やノウハウ本も含めて、なんらかの学習用の読書であろうか。最近はコンピューターやインターネット関係の本を読んでいる人も多い。今までで一番驚いたのが、学生時代、隣の女子大生が読んでいた本で、

 「え、易経ですか?」

 「はい」

 そのとき私が読んでいたのは、万有百科事典。この勝負、引き分けである。

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*1996年07月31日:失礼なメール、再び


 3週間前、(上記D誌の発行元とは別の)A社から、かなり失礼な(ホームページ作成記を自己紹介してくれという)原稿提供依頼が来たので無視していたのだが、また来た。(しかも同じ内容で3通。)

 案の定、原稿が集まっていないようだ。当たり前である。いかにボランティアベースのインターネットとは言え、他人の金儲けに手弁当で協力する閑人が、それほど大勢いるわけもない。みんなのためになると信じればこそ、見返りも無しに粉骨砕身働いているのである。何を勘違いしているのやら。

 書籍の発売日は9月下旬で動いていないが、原稿“応募”の〆切が、7月18日から8月16日へ、1ヶ月スライドした。(ついでに、募集ホームページ数は150から100に減った。)これほどの短期間で編集できるのかって? 心配御無用。「20字詰め×32行くらいの文字量を厳守して下さい、少なすぎても多すぎても不可!」である。画面キャプチャーも顔写真のスキャンデータも(出来るだけMacフォーマットで)こちらから提供しなければならないのである。つまり、編集はほとんど何もしないのだ。ここまで“応募者”の手を煩わせておいて、「応募総数が予定数を大幅に上回った場合には、選考が生じる場合がございます」と来た。もちろん、原稿料も献本も無しである。つまり、さんざん苦労して提供した原稿が採用されたか否かは、書店で(買って)確かめろ、という訳だ。

 「本書のコンセプトにご賛同いただけない場合には、ご辞退くださるようお願い致します。/本書のコンセプト:個人によるWeb制作の技術水準(日本国内)を全体的に向上させる。/個人パワーによって、ムーブメントを起こせるかもしれない数少ないメディアであるインターネットWWWの、より一層の普及を目指す」

 “いやみ”や“おためごかし”を書いている場合かね。

 もちろん、無視である。

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*1996年08月01日:「七色いんこ」をどうするか


 「“手塚治虫漫画全集”解説総目録」で、次第に重苦しくのしかかって来た [;^J^] のが、原作・出典を読まなければならないか、という問題である。

 これまで解説を書いてきた中にも、(存在するに違いない)出典に当たらずに書いたものが存在する。それは例えば「ブッダ:ルンチャイと野ブタの物語」「ブッダ:タカとシビ王のはなし・寒苦鳥のはなし」である。しかしこれらは、必ずしも本筋とは絡まない傍流のエピソードである、という言い訳は出来る。「罪と罰」や「ぼくの孫悟空」の原作は、読んでいるのである。(再読する時間は取れなかったとしても。)やはり“解説”である以上、ことごとくの原作・出典にあたるのは、現実問題、無理だとしても、主要な原作・出典は押さえた上で、書きたい。このスタンスは、維持したい。

 ここで問題になるのが、「七色いんこ」なのである。

 まぁ読めばいいのだ。たかが45作品である。「ファウスト」やギリシャ悲劇などの例外を別にすれば、戯曲にさほど興味を持たず、あまり読んでこなかったとは言え、「七色いんこ」の引用元には、シェイクスピアをはじめとして結構既読の作品が多い。それに、この機会を逃せば、「人形の家」や「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」を読むことは、もしかしたら一生ないかも知れない。問題は、例えば「南総里見八犬伝」なのである。岩波文庫の10巻本は、だいぶ以前に購入して積んであるのだし、近いうちに必ず読まなければならなかった書物なのだから、この機会に対しては、むしろ感謝するべきだとは承知しているが、短篇エピソード1本の解説を書くために、この仕事量..と考えてしまうと..[;^J^]

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*1996年08月02日:一万円切手について


 以前、銀行で順番待ちをしていたら、明らかに業務中と思われるOLが、一万円切手のシート(何枚組みだろう?)を買っていった。状況から察するに、職場での実用用途ではなく、職場の社員の投機(“財テク”)用のまとめ買いであったようだ。

 なんと馬鹿馬鹿しいことだろう。紙切れに「10000」と印刷しただけのものなのである。いや、それを言ってしまっては、証券取引や信用取引の基礎が判っていない、ということになるのかも知れないが、そう言われれば確かに、私は“体では”納得していないのであろう。

 恐らく、私が骨の髄から“メーカー”の人間だからだ。どんな製品の値段にも、必ずや“原価”の裏付けがある。血反吐を吐いて切り詰めた“原価”の裏付けが。1枚の紙切れに「100」と印刷するか「10000」と印刷するかで、100倍もの価値の違いがでる世界は、心情的には“根本的に”受けいれられないのだ。

 無論、比較が間違っている。この場合は、100円切手も10000円切手も問題なく流通させうる“郵便システム”全体を、ひとつの“製品”とみなすべきなのだ。それは、素晴らしく大規模で頑健で、世界的にみても超一流のシステムである。

 という認識にも関らず、10000円切手を投機の対象として買うという行為には、納得がいかない。恐らく、個々の物品(この場合は、切手)を製品としてみてしまうという性癖が、抜けないからだろう。

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*1996年08月03日:FCLA夏オフ第一日


 今日からの2日間、一年間楽しみにしていた「FCLA夏オフ」である。これは、ニフティサーブのクラシック音楽フォーラム(FCLA)の、最大のオフラインパーティで、オフラインパーティとしては、ニフティサーブ全体でも最大規模のもの。従って、恐らく(日本の)全てのパソコン通信のオフラインパーティの中でも、最大のもののひとつではなかろうか。今日と明日の2日間の参加予定者は、330人以上(のべで500人以上)、実際には、いわゆるドタ参があるので、これより20人以上は多いであろう。これでも昨年よりは100人近く少ないのだ。(今年は、日程的に他の行事とバッティングが多いため、参加を断念した人が多い。)

 都内に、飲食可のフラットスペースの演奏会場を借りて、そこで演奏を行なう。コンサートではなく、歓談と演奏と飲食が同時進行するパーティである。これに参加するために、文字どおり全国各地、北は北海道、南は沖縄から、楽器を持って集まって来る。それどころか、例年、これに参加するためだけに、海外から一時帰国する人すらいる。(今年は、タイから。)もちろん、演奏はせずに聴くだけの人も、大勢いる。生後数ヶ月の子供もいる。

 演奏は、基本的には初見の一発合わせである。(コンサートでは、ないのだ。)じゃぁロクな演奏にはなるまいと思うだろうが、飛んでもない。昨年は「惑星」全曲(「土星」を除く)という難曲を、一度も止まらずに一発で通すことが出来たのだ。

 メインは親睦であり、演奏をとちっても笑って許される(とちりかた次第では、盛大に受けを取れる)のだが、真剣に取り組む曲目も、ある。それは例えば協奏曲であり、当日の午前中に(さらに、夏オフの数週間前から)リハーサルが行われる。このあたりはメリハリが効いているのである。

 朝一番のひかりで上京する。今年の会場は東京都北区の滝野川会館で、最寄り駅はJR京浜東北線上中里。XP−50(シンセサイザー)持参であり、上中里からは上り坂だと言うので、少し手前の田端からタクシーを使い、会場に着いたのは9時過ぎ。直ちに設営、プログラム製本。

 定刻の1時にスタート。私は昨年はオペラで歌ったり、三分間指揮者コーナーで指揮をしたりしたのだが、今年はそれらには参加せず、シンセサイザーのセッティングに専念する。シンセサイザーの演奏をするのは別の人で、私は音色を選んだりチューニングしたり、演奏中にボリュームを調整したりするだけである。これでも結構忙しいのだ。演奏と演奏の間には、あまり時間がなく、その場で素早く最適の音色を選ばなければならない。事前に、例えばハープシコードは19種類、オルガンは15種類、ハープは5種類、用意してあるのだが、どれを使うかは、奏者と指揮者次第。現場の音響効果や、他の楽器の響きとの関係もある。また、当日その場になって、突然シンセサイザーで担当することが決定するパートも時にはあり、場合によっては、演奏中に(スピーカーは切って)ヘッドフォンで音を選んだり調整を続けることもある。まぁこれが私の楽しみであるわけだ。

 私は中学生になる頃に、ピアノのレッスンをやめたので(男子の標準的なパターンか)、鍵盤楽器を弾く腕は、到底達者とはいいかねる。自分の愛機(愛器)を、いい音・いい演奏で鳴らしてやりたいと思う気持ちは、自然楽器であろうと電子楽器であろうと変わりはない。自分の代わりに、名手たちに弾いてもらうことこそ、私の大いなる喜びなのである。

 今年は結局、チャーチオルガン2種類、ポジティブオルガン、ハープシコード3種類、ハープ、鐘、マリンバ、チェレスタを、シンセサイザーでまかなった。

 会場の後方では、昼間から、うまい日本酒とうまいつまみが用意され、それらを頂きつつ談笑しながら(少しうるさすぎたという、問題提起あり)、演奏を楽しむ。私は例によって、夜の宴会タイムを待たずに、椅子に座ったままスヤスヤと。どうせいつもの通り、写真を撮られたに違いない。

 王子駅前の店で二次会。今夜の宿は、池袋のホテルである。

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*1996年08月04日:FCLA夏オフ第二日


 今朝も9時過ぎに会場に。今日は午前中は仕事がない。オペラ(「フィガロの結婚」抜粋)、協奏曲などのリハーサルを聴きながら、客席で気持ち良くまどろむ。

 初心者枠(初心者でも演奏できる、平易な曲)、協奏曲(フンメルのマンドリン協奏曲と、ラプソディ・イン・ブルー(これを、午前中にリハしただけで、止まらずに通して演奏できる、というのは、相当すごいことなのである))、シベリウスの交響曲第2番の第3・4楽章、オペラ、吹奏楽枠、タンホイザー序曲、ブルックナーの交響曲第8番の第4楽章、古楽枠、と、実に濃いプログラムが続く。(今日は、最後のプログラムまでシンセサイザーのセッティングがあるので、眠ったりはしない。)

 夏オフ最大の呼び物のひとつが「三分間指揮者コーナー」である。これは、演奏者ではない、いわゆるリスナーが、オーケストラを指揮するコーナー。素人芸を楽しむコーナーではない。むしろ逆である。時には指揮棒の振り方も満足に知らないが、しかし自らの理念・美学だけは、確固たるものを持っている、“筋金入りの素人”に、存分に腕をふるわせるコーナーである。これは、オーケストラも大きな緊張が強いられる。何しろ(オケに優しい)キチンとしたメソッドで振ってくれるとは、限らないのだ。3分間で切られるのも、それ以上は、オケが持たないからである。当然、このコーナーでは、オーケストラのメンバーも初心者は御遠慮願って、精選メンバーが集められる。

 三分間の曲目は、本プログラムの曲から選ばれる。私も去年は三分間コーナーで、たいそう個性的な指揮を披露したものだが、今年は立候補せず。今年の本プログラムの曲(から選ばれた候補曲)には、私が自らの理念を問えるほど入れこめる音楽がなかったからだ。誰も、三分間の指揮者に、当たり障りのない安全運転なんか望まない。精根込めた思い入れと個性。今年三分間を振った4人は、それは見事なものであった。

 そしてこの祭典を締めくくるのは、恒例の2曲。ボレロと威風堂々である。

 宴は後片付けが肝要。的確な指示のもと、全員が協力した撤収作業は、それはそれは鮮やかなもので、僅か15分!

 130人以上が参加した二次会は、昨夜と同じ店だが、今日は貸し切り。FCLA夏オフの二次会というのは、それはそれは物凄いものなのである。第九だろうがラプソディ・イン・ブルーだろうが、幻想交響曲だろうが、“口三味線”で通して演奏してしまうのである。無論、複雑な和音も絡み合う対旋律も、全て再現してだ。この“秩序ある狂乱(騒乱)状態”を描写する言葉を、私は知らない。

 0時もだいぶ回ってからお開きになり、同じビル内の店で、20人ほどで三次会。さらに私を含めた3人は新宿へタクシーを飛ばして、始発まで四次会。(無論、他のメンバーも、あちこちで個別に三次会・四次会・五次会を展開していたのであろう。)

 祭りは終った。心は早くも、来年の夏オフへ。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Aug 4 1996 
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