2026年01月05日:エヴァ展/マチュピチュ展
2026年01月06日:幻想美術選「ヘラクレスとレルネのヒュドラ」ギュスターヴ・モロー
2026年01月07日:「90億の神の御名」から
2026年01月08日:「新ベルリオーズ全集」について
2026年01月09日:呪物?[;^.^]
2026年01月10日:「クノップフの世紀 ―絵画と魔術―」
2026年01月11日:ラインの保存
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2026年01月05日:エヴァ展/マチュピチュ展快晴。8:21のバスで発ち、9:34、六本木。9:40、六本木ヒルズ森タワー入口。列は10人ぐらいかな。
10:00、53Fの東京シティビューで、「30周年記念展「ALL OF EVANGELION」」(〜1月12日(月)まで)である。
いつ来ても、いい眺め。この高さのタワマンに住んでいればすぐに飽きてしまうのだろうが、たまに来る人にとっては最高である(他意はあまりない)。[^.^]
満足度は、まぁそこそこ [;^J^]。初公開のセルや絵コンテなどが大量に展示されているようだが、どれがそうなのか判別がつかないレベルの(私程度の)人にとっては、ねここば状態ではあるなぁ。自由に写真撮影できるのだが、ほぼすべての展示品の写真を片端から撮っている人は、どっち側なのか、微妙なところだ。[^.^]
同フロアの「THE SUN & THE MOON」で、早めの昼食。展覧会とのコラボメニューは毎度のことであるが、「初号機スパイスチキンカレー」と「碇シンジ「笑えばいいと思うよ」ブルーカルピス」をいただく..ま、お約束だ。大人なんだしさ。[^.^]
12:00からは、同フロアの森アーツセンターギャラリー。「CREVIA マチュピチュ展」(〜3月1日(日)まで)である。
先回りして書いておくと、ちょっとミスってしまった [;_ _]。というのも、この展覧会もまた撮影可なのであるが(それも、写真だけではなく動画も撮影可という、珍しいケースなのだが)、片端から写真を撮って回るのも品がない、どうせ図録を買うことになるしそこには素人が撮る写真とは比較にならないプロによる図録用の写真が完備されているのだから基本的に撮影不要、会場のムードを記録しておくためだけの必要最低限の枚数でよし、という、私のいつものスタンスに従って、撮影枚数はごく絞っておいたのだが..
..これが、完全な判断ミス [;_ _]。この「図録」は、確かに「この展覧会に基づく図録」ではあるが、「展覧会を記録した図録」では、なかったのである [;_ _]。90頁少々の(私の感覚では)「小冊子」であり、この展覧会の展示品の一部しか掲載されていない。展覧会の最終室で展示・解説されている「マチュピチュ遺跡」についての言及は、ほぼ全くない。[;_ _]凸
私がこのことに気がついたのは、ミュージアムショップで「図録」のサンプルを手にしたときであり、この時点で既に再入場は不可。撮影しに戻ることは出来なかったのである [;_ _]凸。さきほどのエヴァ展では内心せせら笑っていた「(ほぼ)全展示作品を撮影して回る」という観覧態度が、この展覧会では正解だったのだ [;_ _]凸。(この図録にも、それなりの価値はあるのだが。)
..ということで、iPhone のカメラロールに収められている数少ない写真から、ご紹介 [;_ _]。左から、「神話上の動物を表現した彫刻」−これは多くの図像に登場し、「アンデスのドラゴン」とも呼ばれるという。「アイ・アパエックの顔を表した埋葬用仮面」−アイ・アパエックとは、アンデス神話の「文化英雄」(Wikipedia)であり、本展覧会のメインテーマ(主役)のひとつでもある。「アイ・アパエック神話叙事詩の諸場面を描いた広口土器」−キャプションごと撮影しているが [;^J^]、アイ・アパエックの旅と死と再生を描いている。
左写真は、「山々の上を飛ぶアイ・アパエック」と、「斑点のある犬」、及び、「トカゲのモザイクの耳飾り」。中写真は、「カニの姿をしたアイ・アパエック」、「カニと戦うアイ・アパエック」、「カニのモチーフの鼻飾り」。そして、「神話の豊穣の場面が描かれた儀礼用の杯」。
左写真は..あ、キャプションを撮り忘れてる [;_ _]。「図録」にも掲載されてない [;_ _]..まぁ、このようなものである [;_ _][;^.^]。右写真は、これは知っている人が多いのではないかな、「インカのキープ(結縄記録装置)」。結び目の数や位置だけではなく、紐の色にも意味(情報)がある「らしい」..つまり、まだ解読されきっていないとのこと。
13:50、退出。全体としては面白い展覧会だし、お薦めできる。BGM(あるいは環境音楽)の使い方も上品だし、規模もちょうどいい。ただし、普通の意味での「図録」は無いので、あなたが、展覧会を記録/記憶にとどめておきたいタイプであるのならば、写真をちゃんと撮りながら鑑賞しましょう。[;^J^]
神保町へ。4〜5冊購入して、16:38の都営三田線。鶴ヶ峰への直行便で、1時間で着く。とても便利 [^.^]。夕食は、久々に駅前の魚民。帰宅は19:50。
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2026年01月06日:幻想美術選「ヘラクレスとレルネのヒュドラ」ギュスターヴ・モロー久しぶり(4か月ぶり)の「幻想美術選」、第325回。Gustave Moreau(1826〜98、Wikipedia)を採り上げるのは、「ユピテルとセメレ」「出現」「ユニコーン」「ガラテイア」「スフィンクスの謎を解くオイディプス」「キメラ」「ソドムの天使」「パエトーン」「ケンタウロスに運ばれる死せる詩人」に続いて、10回目となる。(だからこのリスト、単調に伸ばしていくつもりなのか?[;^J^])

よくあることだが、この作品についても Wikipedia に単独の項が立っていることに気がついたが、読んでいない [;^J^]。引きずられたくないからである。暇な人は読み比べればいいが、仮に記述(見解)がかぶっていたとしてもそれは切り貼りではないし、逆に、解釈や背景説明が全然大違いで、私の記述の方が不適切であるとしても、悪く思うな。[;_ _][;^.^]
ヒュドラについてご存じなければ、Wikipediaを(こっそり [^.^])参照のこと。ギリシア神話の代表的なスーパースター(怪物)であるのだが..それにしても、まさにモローの面目躍如! 普通、この画題では、ヘラクレスは棍棒を振り上げてヒュドラと格闘しているのであるが(画像検索結果)、これはまったく、なんと静的なシーンであろうか..犠牲者たちの死骸が山をなしている上に、美しく禍々しく、そしてほとんど気高く、すっくと屹立するヒュドラは、ヘラクレスと無言で哲学的な対話を交わしているようですらある。運命と神々に弄ばれて自分を殺しに来たヘラクレスに、「お前はそれでいいのか?」、と..
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2026年01月07日:「90億の神の御名」からアーサー・C・クラークの短編に、「90億の神の御名」という、忘れがたい傑作がある(Wikipedia)。この作品の面白さの本質は、その雄大な「オチ」というよりは、90億もの神々の名を、ある規則によってコンピューターで(もれなく)生成することができる、という「設定」にある..
..と、ここまでは、前フリである。
神々の名を、メロディーに置き換えてみよう。人類文明に存在しうる旋律を、ルールを与えることによって、コンピューターで「すべて」生成することができるはずである。もちろん、ルールが肝要。何も与えないと、サイン波単音からホワイトノイズに至るまで、ありとあらゆる「可能性」が生成されてしまうので、使い物にならない。
適当なルールの例を、思いつくままにあげてみると、
・西洋音楽の音階を採用する。
・メロディーの長さは8小節。
・使用できる音符は三十二分音符から全音符までと、三連符。
・音域は半音階88音以内。
これだともちろん「十二音音楽」のようなメロディーも含まれるわけで、それを除外したいのであれば、さまざまなルールを大量に追加投入する必要があるのだが、なんにせよ、ルールの作成は可能である。これによって、「すべての可能なメロディーを生成してデータベース化する」ことができるはずである。
これを仮に「90億の神の御名プロジェクト」と名づけてもいいが..実のところ、誰にでも思いつけるアイデアにすぎない。先例はないか、ChatGPT に訊いてみたところ、「Damien Riehl & Noah Rubin“All The Music”(2020)」や、「4コード/8コードの進行を理論ルール下で列挙し、総数を出してUI化する、という論文(arXiv, 2024)」などを挙げてきたので、それでは新しすぎると追い質問すると、アタナシウス・キルヒャーの「Musurgia universalis(1650)」などを回答してきた(回答全文)。なんにせよ、私の思いつきにはなんの新規性もないことが、文献的に裏付けられた..
..が、実はここまでも、まだ前フリ。
今回のポイントは、「私自身はなんら文献調査をしなかった」ことである。思いつきをタイプしただけ。何を今さらな話ではあるのだが..調査能力(スキルや意志力)を失っていくのと引き換えに、豊かな「調査結果」を手にする..この取り引き、今のところは「黒字」と考えられる..というか、考えるしかない、考えたい..もう、引き返せないのだから..
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2026年01月08日:「新ベルリオーズ全集」について「新ベルリオーズ全集(New Berlioz Edition)」というのは、「全作品を網羅したCDセット」ではない。「作曲者自筆譜・初版譜・校訂資料を徹底的に再検討して編纂している学術的校訂全集」であり、出版元は「Barenreiter(ベーレンライター)」。刊行開始は1969年で、全26巻(分冊含む計34部)..なのだが、現在も刊行継続中(未完)[;^.^]。まぁ、この規模のプロジェクトともなればこのぐらいのタイムスパンになるのは珍しくもないことだが、私の存命中には完結しない可能性も低くはないよなぁ..今どこまで進んでいるのか、確認してないけどさ。[;^J^]
基本的には「フルスコア(研究用/演奏用)」と「批判校訂報告(Critical Commentary)」からなっているのだが、巻にもよるが、めっちゃ高い [;_ _]。「Study Score(Studienpartitur)」という、同一内容の(相対的には廉価な)縮小スコアも用意されているのだが、こちらはいまだに4巻しか出ていない [;_ _]凸。「幻想交響曲」「荘厳ミサ曲」「ロメオとジュリエット」「レクイエム」で、「レクイエム」以外の3巻は、遥か以前に(もしかすると学生時代に?)購入していた。残り1巻、「レクイエム」も、この際、買っておこう(手元のオイレンブルク版のスコアと比較照合してみたいしね)、と、アカデミアミュージックに発注(海外取り寄せ)したところ、「取次がベーレンライターの取り扱いを中止しているので、取り寄せられない」との返事が来た。あらららら [;^.^]凸。そこで、ヤマハ(Sheet Music Store)から改めて発注してみたが、どうなることやら。[;^J^]
ちなみに、アカデミアミュージックを紹介してくれたのは、ChatGPT である [;^J^]。買えないんだけど..とぼやいたら、そういうことなら国内の他の業者を通しても多分どうようなので、ベーレンライターの公式サイトから直接発注しましょう、だってさ [;^J^]。まぁいいや。結果待ちだ。(私の友人知人は、直買いが多数派のようである。[;^.^])
さらにちなみに、ヤマハ(Sheet Music Store)のサイトに表示されているフルスコア版の価格であるが、それでも「幻想交響曲」は1万6千円、「葬送と勝利の大交響曲」なら2万9千円、と、比較的リーズナブルなのであるが(その金銭感覚、ダウトです [;^.^])、「ファウストの劫罰」は15万4千円ときたもんだ [;^.^]凸。直買いだといくらになるのかはわからないが、いずれにせよ、この円安..[;_ _] ..とはいえつねづね、「私の葬儀のBGMには『ファウストの劫罰』を流して欲しい」と標榜している以上、買わないわけには..いやいやまてまて落ち着けよ。[;^.^][;^.^][;^.^]
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2026年01月09日:呪物?[;^.^]
拙宅には、遥かな昔から(もしかすると物心ついて以来?)、このような謎のパネルがある。(左写真、手前。ちなみに奥側は、「マッドメン」(諸星大二郎)の複製原画である。)
..で、これがなんであるのか、まったくわからない [;^J^]。上下左右も、わからない [;^.^]。この方向が一番おさまりがよい(ように私には見える)ので、このように置いているだけである。[;^J^]
壁面パネルの1パーツのようにも見えるのだが、右写真でおわかりのように、これは(陶製などではなく)木製で、側面も裏面も塗装されているのだ。壁面に埋め込むパーツであれば、こんな無駄なことはしないと思う。じゃあ単体の芸術作品なのかというと、署名も額装もないし、なんというか「作品感」というか「主張(アピール)」がないのである。
捨てるのもなんか恐いし..[;^.^] 気がついていなかったけど、もしかしたら「魔除け」として機能してきたのかもしれないので、ずっとこのまま、置いておくけどさ。[;^J^]
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2026年01月10日:「クノップフの世紀 ―絵画と魔術―」これは昨年、古書店で購入して一読した本であるが、なかなか面白かったのでご紹介しておく。「クノップフの世紀 ―絵画と魔術―」(生田耕作、1995、奢霸都館)..まぁ、書名と出版社名で、心ある人には既にかなり伝わっているかと思いますが。[^.^](この出版社を知らないマジョリティな方々へ。「さばとかん」と読みます。)
「1983年NHK「日曜美術館」放映原稿より」と記載されているのだが、これほどディープな話が「日曜美術館」で語られていたことに、まず、感心する。そして内容というか文体(言葉)の「品格」が、良くも悪くも生田耕作で [;^.^]、面白いったら、ありゃしない。[^.^](クノップフという画家をご存じ無い方は、予備知識として、Wikipedia..は面倒でしょうから読まなくてもいいけど、画像検索結果は一瞥しておいていただけると、生田耕作氏の仰っていることが、なんとなくわかりますよ。[^.^])
「日本だけに限らず、これはこんにち世界的な風潮といえるでしょうが、〈大衆文化社会〉という言葉に象徴されるように、芸術・文学の領域においてまでも、出来るだけ多くの人間に理解されやすい、受け入れられやすいものだけが持て囃され、一言でいえば、低俗と量産が巾をきかせている現代です。そんな中で、クノップフに代表される象徴派の画家たちの大衆を見下した高踏的な作風に接しますと、まったく、砂漠でオアシスに出会ったような思いがいたします」(53頁)..いいねぇ [^.^]。そうだよ、「大衆はブタだ!」(← これの元ネタが「究極超人あ〜る」(ゆうきまさみ)だと思ってる人がたまにいるが、「男組」(雁屋哲、池上遼一)だからね。)
「当時新しく起こった諸流派のなかでは、シュルレアリスムだけが文学的で、シュルレアリスム運動はクノップフの絵画の後継者であるというふうに見ている美術史家もおります。しかし、全般的には〈文学的絵画〉はクノップフでもって終わりを告げて、あとは〈非文学的絵画〉といいますか、まず〈印象派〉に始まり、最後は〈アブストラクト〉〈モダン・アート〉に行きつく、内容のない、奥行のない、薄っぺらな美術がクノップフの亡くなったあと目白押しに勃興して、今日も隆盛をきわめているということになりますね」(55頁)..[;^.^][;^.^][;^.^]
そして最後に、基礎知識というか前提をご紹介しておくと、クノップフの妹に対する愛情は少々どころか、かなり過剰なのだが..「ただ、この二人の兄妹関係を近親相姦風に解釈する人もおります。精神分析学的解釈とでもいうんですかね、当今流行の非常に安易な解釈だと思います。私はそういう倒錯的関係はなかったと考えます、というよりそういうふうに考えたいですね。クノップフほどの高貴な芸術を創り出す人は俗人とは違うんです、もっと精神度の高い人だと思うんです。俗人の尺度をあてはめるのは間違いだと思います」(49頁)..ま、当然、そうくるわな [;^J^]。「精神度」[;^J^]。しかしこういう評言(彼(彼ら)はレベルが違う)はほとんど普遍的と言える。クラシック音楽史上の有名な例をあげると、リヒャルト・ヴァーグナーが、弟子のハンス・フォン・ビューローの妻のコジマを寝取って妻にしたあとも、ビューローはヴァーグナーの音楽を演奏し続けた..この三者のなんとも微妙な関係に対して、「彼らほどの高い精神性を備えた人々には、俗人のような「三角関係」とか「不倫」とかいった下賤な概念は存在しないのです」と言った評論家がいたが(名前は失念)、本質的には、この人と同じことを言っているよなぁ、生田耕作も..ただまぁ、私に言わせるとこの人たちは、「アイドルはウ●コしないもん!(/O;)」、と言ってるのと同じ [^.^]。すまんね、精神度の低い老人の妄言で。[^.^]
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2026年01月11日:ラインの保存「ラインの黄金」じゃなくて「ラインの保存」ね。[^J^](← ..すみませんこれ書くの2回目です。[;_ _][;^.^])
先週、ChatGPT と相談した結果、ラインの保存は、結局、スクショで行うことになったのであった。Wさんとのラインは iPhone で始めたのだが、途中から同期している Windows のアプリでも行うようになったので(従って、Windows には冒頭数か月分がない)、Windows で撮れる分は Windows で撮り、冒頭部分は iPhone で撮ることにしたのであった。なぜ Windows に軸足を置いたかというと、Windows には、スクロールしていく画面をワンアクションで一気にスクショできる簡単なアプリ(ShareX)があるとのことだからである。
ダウンロードしてインストールして..あっさり成功。なるほどこれは簡単だ [^.^]。添付画像(写真)も、可能な限りダウンロードしてフォルダにまとめておく。
iPhone 側の作業をする前に、一休み。17:53のバスで鶴ヶ峰駅前に出て、久しぶりに養老乃瀧へ..あらら、美味しいメニューがいくつもあるじゃないの [^.^]。随分ご無沙汰していたけれど、また、ときどき来ることにしよう。[^.^]
来るときもそうだったけど、店を出ると、めっちゃ寒い [;_ _]。バスで、19:55に帰宅。
作業再開。iPhone では、自力で少しずつスクショを撮り、これらを Picsew というアプリで結合する。操作は簡単。結合も上手く行って..あらららら。一気に数十枚を結合したのだが、半ページぐらい欠落している箇所がある [;^.^]凸。なるほど、自動結合なのだが、アプリが結合箇所をミスらないように「上下数行ずつダブらせてスクショしてください」、と、ChatGPT にアドバイスされていたのだが、それでは不足していたようだ。半ページほどダブらせつつ、スクショし直して、結合し直す..うむ、今回は成功だ。
そして iPhone 側で添付写真のダウンロードも進めていて、気がついた。iPhone の方が「期限切れ」の写真が少ない..というか、ほとんどない。Windows 側では、数ヶ月ともたずに期限切れになる写真が多数だというのに..(期限切れになるアルゴリズムは、実はよくわからない。経過日時やサイズに、必ずしも依存していない。アクセス頻度も絡むと聞いたことがあるが、真偽不明。)Windows のラインでダウンロードできなくなってしまっていて諦めていた写真(Wさんの自撮り)が、iPhone ではダウンロードできるケースがほとんどである。良かったよかった [^.^]。ChatGPT に訊いたら、写真のキャッシングは複数のレイヤーで行われていて、サーバーで一律にエクスバイアされているわけではない。デバイスごとにキャッシングされる。iPhone の方がキャッシュ期間が長い傾向にあるとのこと。
さらに、iPhone でのスクショの方が、画質が(遥かに)いいことにも気がついた。また、そもそも論だが、Windows では、iPhone の絵文字の再現度というか互換性が、高くない。Wさんのラインを保存するためには、iPhone でスクショすべきである..ということで、全期間、あらためて、iPhone で(半ページずつダブらせながら [;^.^])スクショした。えらい手間がかかってしまった..[;_ _][;^.^]
以上の理由により、最終的には使わなかった Windows の ShareX であるが、使いどころはもちろんある。何よりも、操作が簡単で、ミス(欠落)がない。iPhone で Picsew で行う場合は、自分で大量のスクショを撮り、さらに(ここが肝要なのだが)「欠落せずに結合できたか、自力で照合チェックしなければならない」のである。だから、絵文字の再現度など気にする必要がなく、フォントが十分に美しくなくても構わない(仕事などで使っている場合は、こういうケースがほとんどだと思われる)ラインの保存は、Windows の ShareX がお薦め。美しさも含めて再現性にこだわるのなら、iPhone で。
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Last Updated: Jan 16 2026
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