*2004年01月05日:雑誌は、顔が命
*2004年01月06日:「恐怖音楽」
*2004年01月07日:詰めの甘い銀行
*2004年01月08日:シェルター考
*2004年01月09日:口を開けて
*2004年01月10日:「チベット旅行記」
*2004年01月11日:読書三冊
*目次へ戻る *先週へ *次週へ


*2004年01月05日:雑誌は、顔が命


 これは、かなり以前からの傾向であるが、「インターネットマガジン」を書店の店頭で見つけるのが難しい。入荷していない書店が多い。浜松だけのことかと思っていたが、(というか、首都圏や大都市圏では入手しやすいのかと思っていたが、)どうやら、発行部数自体、少ないらしい。

 「少ない」というのも比較問題なのであって、「同誌の発行部数は昔から変わらないのだが、周囲の雑誌の発行部数が伸びた結果、“相対的に少ない”事態に至った」のか、あるいは、「実際に減少した」のか。景気がいい業界とも思えないので、多分、後者ではないかなぁ。栄枯盛衰と言うべきか。「インターネット時代」(?)の初期には、この雑誌がオピニオンリーダーであった(というか、専門誌はこれしかなかった)ものであるが..

 とはいえしかし、この雑誌の発行部数が少ない理由は、わかるような気がする。「書店の店頭で見つけにくい」のである。表紙が地味すぎて(上品すぎて)目に付かないのである。

 とにかく店頭で、この雑誌を探している私ですら、目の前にある同誌を発見できないことがある。そもそも誌名が、「インターネットマガジン」という、単なる普通名詞の組合せであって、「インターフェース」「ネットワークマガジン」「インターネットなんじゃら」などなど、紛らわしい誌名の雑誌が山ほどある上に、この雑誌の表紙の「INTERNET」はあまりに上品なフォントであり、「magazine」は「読ませる気があるのか」と疑うほどの極小フォントなのである。辛うじて「INTERNET」が目に止まったとしても、「magazine」が見えない(気がつかない)ので、結果として「インターネットマガジン」は、私の目にすら止まらないのである。

 ..これでは、ダメだ。「指名買い」で買いに来ている客にすら気がついてもらえないようでは、販売競争の土俵に乗っていない。商品開発に携わっている人間として、大きな反面教師である。

*目次へ戻る


*2004年01月06日:「恐怖音楽」


 先日の秋葉オフで購入したCDのインプレを書いておく。以前にK氏に紹介していただいていた「恐怖音楽」(DECCA UCCD−3213)というオムニバスで、ジャケットデザインが「楳図かずお」、という強烈なもの。[;^J^]


* 夜(「月に憑かれたピエロ」より)シェーンベルク
* 疫病が私達に襲いかかる(「エディプス王」より)ストラヴィンスキー
* 地獄への騎行(「ファウストの劫罰」より)ベルリオーズ
* 悪魔の勝利の行進曲(「兵士の物語」より)ストラヴィンスキー
* 魔王シューベルト
* 葬送行進曲(ピアノソナタ 第2番 第3楽章)ショパン
* 山の魔王の宮殿にて(「ペール・ギュント」より)グリーグ
* はげ山の一夜ムソルグスキー/リムスキー=コルサコフ編
* 幽霊−恐怖の踊り(「恋は魔術師」より)ファリャ
* 幽霊船の合唱(「さまよえるオランダ人」より)ヴァーグナー
* 邪教の神、そして悪の精の踊り(「スキタイ組曲“アラとロリー”」より)プロコフィエフ
* 魔王カスチェイの凶悪な踊り(「火の鳥」より)ストラヴィンスキー
* 死の舞踏サン=サーンス
* 中国人は最後の力をふりしぼって女に飛びつく(「中国の不思議な役人」より)バルトーク
* 恐れ−「あぁ、あぁ、おぉ!」(「ミのための詩」より)メシアン
* アトモスフェールリゲティ
* 映画「オーメン」メイン・タイトルゴールドスミス

 ..[;^J^] こうして並べてみると、クラシック音楽にも、なかなかイケてるタイトルの作品が少なくないことが、良くわかる [;^J^]。曲想的にもそれぞれなりに、“恐怖”の形容詞を冠せられて恥ずかしくないものばかりである。まぁ、「火の鳥」よりは「春の祭典 第二部」ではないか、とか、言い出せばキリはありませんが。リゲティの「アトモスフェール」という曲名については、ご存知ない方が多いと思うが、「2001年宇宙の旅」の、スターゲイトに突入して以降の光のシャワーと宇宙漂流のシーンの音楽(というか“音響”)だと言えば、あぁ、あれか..と、おわかりになるのではなかろうか。

 ちなみに、このCDの解説を書いている山尾敦史氏は、先月紹介した「断頭台への行進」の解説も書いている [;^J^]。これらは、氏がセレクトしているのだろうか?

*目次へ戻る


*2004年01月07日:詰めの甘い銀行


 りそな銀行から、疲れる電話。先月、購読紙を切り替え、購読料の口座引き落としの設定を済ませていたのだが..「実は、その新聞の購読料の引き落としは、当行では出来ないことが判明しました」..あのなぁ..

 要は、その販売店の口座がなかった(取り引きがなかった)というだけのことなのだが..なんで今ごろ「判明」するんだよ。急遽、引き落とし口座を他行に切り替えることになるが、結局、1月分の口座引き落としは間に合わず、販売店から集金に来てもらわなければならない..(まともな時間帯には)滅多に自宅におらず、集金に対応できないからこそ、口座引き落としを設定したんだけどね [;-_-]凸..こういう、足回りの小さな仕事をひとつずつ確実に処理していくのが、業績回復の大前提だと思うけどね..

*目次へ戻る


*2004年01月08日:シェルター考


 かつて、「ミクロコスモス宣言」という小文で、「例えば遠い未来に世界が滅びたとして、私の部屋(と電源)だけが生き残ったとして」云々と書いたが..考えてみれば(考えてみなくても)これは「核シェルター幻想」に他ならない。

 21世紀も4年目に入った今、「核シェルター」という言葉に、どれほどのリアリティがあるであろうか?(..というか、あなた、「核シェルター」という言葉の意味、わかる?)..少なくとも1970年代までは、人類世界の終末をもたらす「(米ソの)熱核戦争」というイメージに確固たるリアリティがあり、それに備える「核シェルター」も、真剣に建造されたのである。日本でどれだけ作られたかは知らないが..例えば米国で作られた、とある「シェルター」には、「ライフル」が備えられていた(..つまり、このシェルターに(定員を越えて)逃げ込もうとする隣人たちを“撃退(射殺)”する用意があった)ということで、物議をかもしたのを記憶している。

 こんにちでは、(核戦争の危機は依然として存在するにせよ)少なくとも心理的には、「核シェルター」のリアリティは失われた(薄れた)と言って間違いあるまい。それが現実に量産されるとは考えにくい。少なくとも日本では..それは、「心」の中に作られるのだ..

 「核シェルター」を取り扱ったSF作品は枚挙に暇がないが、今すぐ思い出せる範囲で言えば、岡崎二郎の珠玉の短編集「アフター0」の第6巻に収められた「ショートショートに花束を」が、素晴らしい傑作である。

 核戦争ではないが、宇宙線の急激な増加による放射能の嵐によって地上が壊滅した、近未来の地球。シェルターに無事に避難した初老の男は、しかし悲嘆にくれていた。シェルター内の書庫の空調のパッキンが腐食していたために、数千冊に及ぶ蔵書が放射能で汚染されてしまったのだ。彼の残りの生涯を慰めてくれる/豊かなものしてくれるはずだった書籍群が、永久に失われてしまったのだ..手元に残ったのは、たった1冊のショートショート集..これで、長の年月を、いかにして過ごせと言うのか..(本作品の、鮮やかで感動的な結末については、やはり実際に読んでいただくべきだろう。)

*目次へ戻る


*2004年01月09日:口を開けて


 近頃の私は、車を運転している時に、口を開けていることが多いのである。

 経緯を説明しよう。

 今を去ること数十年前、大体小学校を卒業するくらいまでは、私はしょっちゅう父親に、「口を閉じろ!」、と叱られていた。つまり、口を(だらしなく)開けていることが多かったのである。何故かというと、(蓄膿症というほどでもないが)やや鼻が悪く、鼻で呼吸することが困難なことがしばしばで、自然、口で呼吸していたからである。で、口をぽっかり開けているのは「行儀が悪い、間抜けに見える、気をつけなさい!」、というわけだ。

 やがて成長するにつれて、いつしかつまり気味だった鼻も治り、自然、知らず知らずのうちに口を開いていることも無くなっていたのだが..なんでまたそれが“再発”したのか?

 確か1年以上前の「レコード芸術」誌の、とある記事が原因なのである。ピアニストの特集であった。キーシンに関する記事であった。筆者の名前は失念したのだが..(高崎氏であったろうか?)大意としては、「キーシンは、口を小さく開けて弾いているが、まことに理に適ったことである。私の経験からも断言できるのだが、(つまりこの評論家はピアノ演奏に長けているのだが、)口を少し開けておくと、肩の力が抜け、腕の筋肉の動きが柔軟になるのである」..

 ..で、私は、「をを、これは良いことを聞いた!」、とばかりに、車を運転する時に、多少とも意識的に「口を開ける」ようになった、という次第である [;^J^]。感化されやす過ぎ [;^J^]。ピアノの演奏のノウハウが車の運転に通用するのかよ、とか、好きなように突っ込んでいただければよろしい。[;^.^](ま、さすがに、同乗者がいる時は、こんなことはしませんけどね。)

 (ちなみに、今夜のタイトルは、オディロン・ルドンの油彩画、「眼を閉じて」のパロディである..て、誰もわかんねーよ、そんなもんっ! [;^.^])

*目次へ戻る


*2004年01月10日:「チベット旅行記」


 数日前から読んでいた「チベット旅行記(全5巻)」(河口慧海、1904、講談社学術文庫)を、読了した。全5巻と言えばかなりの分量に思われそうだが、各冊がそれほど分厚くないことと、なんといっても“巻置く能わず”のべらぼうな面白さ故、たちまち読み終わってしまった。

 河口慧海(えかい)(1866〜1945)は、仏教未伝の経典を求めて、1897年に日本を出国、厳重な鎖国体制が敷かれていたチベットに1900年に入国を果たす。日本人ということが知られては入国はかなわず、また、入国後に発覚しても、ただではすまない(処刑される)という状況のもと、語学などの事前準備を入念に行い、インドから大回りして日本人として初めてヒマラヤを踏破して、単身潜入を果たしたのである。シナ人と名乗って経典の調査を行い、また、医師としても活躍して盛名を高めたが、ついに素性が発覚しそうになって、1903年、多くの経典を携えて奇跡的に脱出に成功し、日本におけるチベット学の始祖となった。

 当然ながら、玄奘の旅とイメージが重なるのであるが..雄大な自然描写を伴う厳しいヒマラヤ踏破行の、探検記としての面白さに留まらず、チベットの宗教、風俗、習慣、政治、外交に関する詳細で的確な観察と記述は、本書をチベット研究のための第一級の基本的文献としているという。なんにせよ、超お薦め!

*目次へ戻る


*2004年01月11日:読書三冊


 わけあって、この週末は読書に没頭している(というか、逃げ込んでいる)..いつもと同じだろ、と言われそうな気もするが [;^J^]。本日読了したのは2冊。読みさしが1冊。

 「トンデモ一行知識の逆襲」(唐沢俊一、ちくま文庫) - ま、いつものアレである [;^J^]。以下、適当に抜き書きしておく。「男が人形をフェティソとして愛するのは、それが心を持たぬ故、なのである」(108頁)。「陰謀論を信じる者にとってのフリーメーソンやユダヤのイルミナティ組織が、まさにそれなのだ。彼らは実際の政治家たちと違い、世界を動かす力を持ちながら、常に自分たちのレベルまで降りてきて、一生懸命、自分たちと遊んでくれる。こういう連中を、みな、心の底で求めているのだ」(180頁)。「幼い頃、われわれは好きなアニメやマンガのキャラクターと自分を重ね合わせ、彼らの冒険に自らの血を沸き立たせていた。年をとってそれができなくなり、仕方なくオタクになったのだ。今のガキ、いや子供たちは、初めからミョーに醒めているのである」(184頁)。

 「廃墟の歩き方2 潜入篇」(栗原亨、イースト・プレス) - ま、いつものアレである [;^J^]。抜き書きするまでもない。私には、本書に収録されているような「危険な廃墟」にアプローチするだけの覚悟も根性も無いので、安全圏で鑑賞できる「現地報告」は、ありがたいことである。

 ..こうして2冊並べてみると、エスケーピズムがあまりにアレで我ながら恥ずかしいので [;^J^]、3冊目には、積読の山の中から、とりわけ分厚いハードカバーを取りだしてみた。

 「稲生モノノケ大全 陰之巻」(東雅夫、毎日新聞社) - (よーするに逃避行動三連発だろ、と言われますか。そうですか。[;^.^])稲生物怪録に関わる作品−「現代語訳」「講談」「小説/戯曲/紀行」「漫画」「資料集/原典」のアンソロジーであるが、もちろん「集大成」ではない。稲生物怪録関連物件は、こんな数ではきかない。(例えば「絵巻」については、「堀田本」しか収められていない。)しかし他では読めない貴重な文献も収録されているし、なによりこれだけ集められると、これらを比較するだけでも興が尽きず、時を忘れる。(1/3くらいは、既読であったが。)収録されているのは、


* 武太夫槌を得る−−三次実録物語京極夏彦
* 平田本 稲生物怪録須永朝彦
* 鞍馬天狗別役実
* 稲生武太夫神田伯龍
* 平太郎化物日記巌谷小波
* 草迷宮泉鏡花
* 稲生物怪録折口信夫
* 魔王物語田中貢太郎
* 懐かしの七月−−余は山ン本五郎左衛門と名乗る稲垣足穂
* 百鬼夜行柄澤齋
* 八百八だぬき杉浦茂

 (..「資料集/原典」セクションについては、省略する。)もちろん、これだけ大部のアンソロジーを、夕刻から読み始めて就寝までに読み終えられるわけがない。(ちなみに、今夜のタイトルは、「読書三昧」のもじりである..て、無理があるぞ [;^J^]。しかも、三冊読み終わっていないし。[;^.^])

*目次へ戻る *先週へ *次週へ


*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jan 14 2004 
Copyright (C) 2004 倉田わたる Mail [KurataWataru@gmail.com] Home [http://www.kurata-wataru.com/]