*1996年06月24日:都市の狭さについて
*1996年06月25日:「アインシュタイン交点」を買う
*1996年06月26日:私のページが硬派な理由
*1996年06月27日:私が未だに Win3.1 を使っている理由
*1996年06月28日:「凄ノ王 超完全完結版 1」を買う
*1996年06月29日:西来院の木陰にて
*1996年06月30日:島比売神社の謎
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*1996年06月24日:都市の狭さについて


 常々、不思議に思っていたことがある。時代物や捕物帳を読んでいると、渋谷から浅草へ、あるいは川崎から池袋あたりへ、ひょいひょい歩いて行くのである。どうも近すぎる。距離感がおかしい。

 疑問が氷解したのは、数年前に東京タワーに昇った時のこと。東京を一望して初めて気がついたのだ、その狭さに。品川も池袋も浅草も川崎も、徒歩で一日の行動範囲内なのである。これは盲点だった。

 普通、新宿から池袋まで徒歩で移動するだろうか? 金の代わりに時間を持ち合わせている学生ならば、歩くだろう。しかし、金はともかく時間の持ち合わせのない私は、まず歩かない。都内の移動は、地下鉄とJRである。だから距離感が狂っていたのだ。もう少しだけ余計に時間をかければ、実は歩いていける距離だったのである。歩かずに地下鉄やJRを使っているから、「地下鉄やJRを使わなければならない距離=歩くには遠すぎる距離」という錯覚をしていたのだ。

 これで、英国の探偵小説を読んでいる時の疑問も解けた。「ベイカー街と**街は背中合わせであり、ちょっと歩けば..」のような表現が頻出するのであるが、ロンドンというのはそんなに狭い街なのだろうか? 然り、狭いのである。地図で見比べれば一目瞭然、東京よりも遥かに狭い(“大ロンドン”のことではない)。その東京がこれほど狭いのだから、推して知るべし。

 もっとも、ドストエフスキーの小説で良く見られる表現、「わしの家の玄関まで、ここから三歩と離れていないから」などというのは、いくらなんでも、一歩を百メートル位に換算する必要があろう。何事につけても、大雑把で大らかな形容詞を使う国民である。

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*1996年06月25日:「アインシュタイン交点」を買う


 SF界における幻の名作の筆頭格、「アインシュタイン交点」の翻訳が、ついに出版された。SFマガジンの今月号の巻頭特集は、無論「アインシュタイン交点」である。ネタバラシされている可能性がゼロではないので、この号を読む前に、先に本書を読了しなくては..というのが、私のいつもの強迫観念。そんなことを言っていると、もうひとつの特集「新世紀エヴァンゲリオン」を、読むに読めない。なぜなら私は、この名高いSFアニメを、全く観ていないのである。気にせず読んでしまえ。(SFマガジンの場合、ネタバレをしている記事(座談会など)の冒頭には、警告表示があるのだから。)

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*1996年06月26日:私のページが硬派な理由


 なぜ硬派(フルテキストで、グラフィック無し)なのか。スキャナーをつなぐことに失敗しているからである。[;^J^] C社のメジャーなスキャナーを購入して、かれこれ半年以上たつのだが、最初の1週間ほど、もがいただけで、以降ほったらかしである。(旅行記に写真位は添付したいのだが..)多分ドライバが違うのだろうと、ニフティからそれらしいのをダウンロードしたのだが、動作せず。しかるべき会議室にしかるべき情報を整えて質問すれば、答えが得られると判っているのだが、手間暇かけて切実につなぎたいわけでもないし..という中途半端なスタンス故、ほったらかし。よくある話ではある。Win95 を導入すれば、なんの苦労もなくつながるのだろうと、なんの根拠もなく期待していたりする。

 もうとことん、無精なのである。かつてのマニアのなれの果て。大人になるというのは、こういうことさ。

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*1996年06月27日:私が未だに Win3.1 を使っている理由


 私の環境は、半身不随というほどでもないが、到底万全とは言い難い。なにしろ、一定量のテキストをウィンドウズで表示すると、ハングアップしてしまうのだから。これは 100% の再現性がある。特定のデータベースファイルを、Access で順に165ページ表示させたところで落ちる、というところまで追い込んでいる。Netscape でも同様。

 もちろん、治そうという努力を、かつてしたことは、ある。サービス窓口にも NIF のしかるべきフォーラムにも、相談は、した。当然、向こうでは再現出来ず。そりゃそうだろう、私の使っているのは東芝のメジャー機で、OS環境もメジャー、ソフトもメジャー。そんなトラブル込みのバージョンが出荷される訳が無い。何か私の環境が特殊なのだ。スタートアップフォルダーを空にするとか、色々やってみたのではあるが。

 「一度、プリインストールの状態に戻して、そこで症状が再現するかどうか、見てもらえませんか?」と、先方からの提案である。もっともである。トラブルシューティングの基本だ。しかしこれはとても面倒で、かつ、リスキーなことでもあるのだ。私のマシンにはOSがプリインストールされて納品されたのであって、その状態でもちろんバックアップは30枚以上のフロッピーに取ってあるし、現状のバックアップはMOに取ってあるのだが、この環境入れ換えの“避難訓練”をしたことは、ないのである。トライのためにプリインストールに戻したあと、現状に復帰できるかどうか、確証がない。

 しかも、そこまでやって、結局「3.1」なのである。ここで気力が萎えるのだ。そこまでリスクを負う位なら、Win95 のCD−ROMを放りこむほうが、前向きではあるまいか?

 じゃぁ Win95 に一気に乗り換えられるかというと、一部のソフトの Win95 対応に不足(または不安)がある。そこで、一定量の表示ごとにハングアップする環境を、うじうじと使い続けているのだ。

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*1996年06月28日:「凄ノ王 超完全完結版 1」を買う


 私の散歩コースの圏内に、ふたつの書店がある。互いに100メートルと離れずに隣接している、Y書店とT。売場面積は、いずれも中の中といったところで、実際、私が購入する類の新刊書籍や雑誌は、これらの店に並べられていないことの方が多く、それらを購入するためには、別の店まで車を飛ばす(または会社からの帰宅時に寄る)必要があるのだが、散歩のついでに寄る分には、ほどほどの規模であり、特に不満も感じてはいない。なんと言っても、「雨にけぶる島比売神社」の章で紹介した、「七曲りの坂」という竹林の中の素晴らしい道を降りた先にあるのだ。

 この2店のうち、Tの方が深夜0時まで開いており、CD販売及びCD/Videoのレンタルも営んでいて、青少年層の集客力は高い。CD販売といってもクラシックはほとんど置いていないし、レンタルも利用しない私には関係ないのだが、深夜まで開いているのは歓迎。一方、Y書店は22時に閉まるし、CD等の色物も置かれていないので、大分客を奪われているようである。そもそもこれほど近接して、この規模の書店がふたつ成立するかどうか、疑問なのだ。出来れば店をたたまないで欲しい。Y書店には、Tには全く置かれていない美術・芸術分野の書籍が、書店の規模の割には沢山置かれており、なかなか重宝しているのである。

 そのY書店で「凄ノ王 超完全完結版 1」(永井豪)を見つけて、思わず爆笑してしまった私を、誰が非難できるだろうか。[;^J^] 作者の最高傑作のひとつである、この雄編、あとがきによると未完で終わらせることを前提として、書きはじめたという。しかし読者はそれを許さない。その葛藤の果てである。まさかまた、未完で中絶したりして。[;^J^](言うまでもなく、購入した。当然である。)

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*1996年06月29日:西来院の木陰にて


 私の住むアパートは“御前谷”と呼ばれる低地を臨む一角にある。ほとんどが住宅に覆われているとはいえ、底を流れる小さな川、そしてまだまだ豊富に残っている緑などが心地好い“谷間”である。

 しかしこの“御前谷”という雅やかな地名には、悲劇の追憶が秘められているのだ。私はその由来を求めて、西来院を訪れた。

 浜松駅前の繁華街からそれほど離れていないのに、ほとんど山の中のような、鬱蒼とした一角。そこにひとけのない(しかし境内はそれなりに広い)西来院はあった。入り口付近の小さな案内板には、次のように書き記されていた。


曹洞宗、高松山(こうしょうさん)と号し、寒巌(かんがん)十三派中、月窓(げっそう)派と称した。月窓義運(げっそうぎうん)禅師が正長元年(1428)に自力開創し、本尊は釈迦牟尼仏。長藤の寺として親しまれている。墓苑には徳川家康の正室、築山御前の廟堂(月窟廟(げっくつびょう))をはじめ、家康の異父弟、松平源三郎康俊、江戸時代の浜松女流家人、杉浦真崎、森繁子などの墓がある。
戦国乱世の悲劇の女性、築山御前は、天正七年(1579)佐鳴湖畔におき、数奇な運命のもとに散華した。38歳。法名は清池院殿潭月秋天大禅定法尼(せいちいんでんたんげっしゅうてんだいぜんじょうほうに)。戦災のために消失した廟堂は、昭和五十三年の四百年忌に復原された。境内の森は、野鳥の楽園で、美しい景観を呈している。

 “御前谷”は、築山御前が、身に覚えの無い謀叛人の汚名を着せられて、夫・家康の命で殺された現場だったのである。梅雨の合間の、暑いほどに晴れ渡った陽光の下で、私は小半時ほども、月窟廟の前に佇んでいた。

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*1996年06月30日:島比売神社の謎


 先日来、島比売(しまひめ)神社が気になって仕方がない。こざっぱりと清掃されているのだが、ここが何に由来するのか、なんの手掛かりもないのだ。小雨がそぼ降る中を博物館まで出かけ、学芸員の方に、ある限りの資料を調べていただいたのだが、成果はゼロであった。

 次第に雨足が強くなる中、島比売神社に戻り、もう一度すみからすみまで覗いてみる。わからない。付近の民家の戸を順に叩き、由来を聞いてみる。誰も知らない。ひとりだけ、とある主婦の方から、下の神明宮にかかわりがあるのではないか?と、ヒントをいただいた。神明宮は、例の七曲がりの坂を降りた先のY書店の、さらに先の方にある。まだそこを訪れたことはない。

 本降りになってきた。急ぐ必要は全くないのだ。神明宮を訪れるのは、来週にしよう。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jun 30 1996 
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