*2026年01月19日:幻想美術選「オレイアデス」ウィリアム・アドルフ・ブグロー
*2026年01月20日:川口起美雄展/国立劇場の名品展
*2026年01月21日:ヒロシと妖精
*2026年01月22日:「おさかな」のリズム
*2026年01月23日:グラスを再購入
*2026年01月24日:ノイシュヴァンシュタイン城の洞窟
*2026年01月25日:コリン・ウィルソン対AI[;^.^]
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*2026年01月19日:幻想美術選「オレイアデス」ウィリアム・アドルフ・ブグロー


 「幻想美術選」、第327回。フランス・アカデミスム絵画を代表するウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825〜1905、Wikipedia)の作品をご紹介するのは、初めてとなるが..

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「オレイアデス」(ウィリアム・アドルフ・ブグロー、1902年)

 まずは、彼の作品の画像検索結果を見ていただこう。どうです、美しいでしょう。見事な仕上がりでしょう。ある意味、完璧でしょう。ローマ大賞受賞を皮切りにエリートコースを歩み、叙勲され、アンスティチュ(アカデミーの上部機関)のメンバーに指名され、画家として輝かしい生涯を終えたのである。

 しかしながら、美しく見事な仕上がりではあるのだが、人物たちが生気に欠ける。まるで陶器のように滑らかに輝く、瑕疵ひとつない肌。「硬直したアカデミズム」を、ある意味その経歴に相応しく、素晴らしく見事に体現しているとすら言えるのだ。時代錯誤っぷりもまた、堂に入っている。ここにご紹介した「オレイアデス」は、最晩年、1902年の作品。ピカソの「青の時代」が、既に始まっているのであるが..老大家(ブグロー)としてはそんな時代の潮流などどこ吹く風、おのれの積み上げてきたキャリアと技量を、露ほども疑わなかったのであろう。天晴(あっぱれ)である。

 この作品は、一目見たら忘れられるものではない。異様である。「オレイアデス」とは、山と洞窟のニンフ。彼女らが空に巻き上げられて舞い飛んでいく光景を、半人半獣のサテュロスたちが見物している..このような挿話は寡聞にして知らず、まず間違いなく、得意の裸婦を存分に描くために画家が創作した神話であろうが..個々の裸婦(ニンフ)はなるほど、まさにアカデミックに美しく描かれているが、それをこのような形でこのような数、投入すると、もはや意味が変わってくる。まるで群体生物のような..

 だからこそ、「幻想美術選」で取り上げたのである。20世紀の劈頭に、圧倒的に時代遅れな「ただひたすらに美しいだけの裸婦群像」として出現したこの怪物的なタブローは、むしろ21世紀になってから、19世紀から20世紀にかけて現われたさまざまな新潮流がひととおり通り過ぎた21世紀になったからこそ、新たに評価し直されるべきかも知れない。

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*2026年01月20日:川口起美雄展/国立劇場の名品展


 快晴。7:57のバス。8:16に鶴ヶ峰を発ち、9:03、鎌倉着。小町通りを歩きぬけて、9:24、神奈川県立近代美術館 鎌倉別館。ここに来るのはまったく久しぶりである。9:30、開館。「川口起美雄 Thousands are Sailing」(〜2月1日(日)まで)である。

川口起美雄(かわぐち きみお、1951年 - )は、長崎県出身の画家であり、元武蔵野美術大学教授。ウィーン派の巨匠ウォルフガング・フッターに師事し、テンペラと油彩を併用する「混合技法」で、幻想的・寓意的な作品を描き続けている。北方ルネサンスの技法を現代的に昇華させた独自の絵画世界が評価されている。

 ..Wikipedia に項目がないので、Google の「AI による概要」ですませました [;_ _]。更新の〆切大遅れ中なので、悪魔に魂を売ってしまいました..[;_ _][;^.^]

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 左から。「故郷を喪失したものたち」−彼はウィーン留学中に、不安定な政治情勢ゆえに国を追われてきた学生らと出会ったのだが、その体験が、のちの画業に刻印されているようである。「夜のサーカス団(グランドマヂックサーカスU)」−よくあるタイプの作品であるが、茂みと同化している梟?が面白い。

 「エーテル体の私の肖像」は、炎と鉱物(あるいは水、あるいは星体?)の対比か。「境界」は、1990年代に描かれた建造物の連作のひとつ。野又穫の作品を想起させるところもある(画像検索結果)。



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 「時の祭壇」「午後の浮力」−どちらも、なにかが浮いている [;^J^]。「二つの世界」も、全面的に浮遊している昆虫標本 [;^.^] だが、題意はよくわからない。「机の上の旅」は、展覧会のアイコンになっている、なかなか素敵な幻想である。



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 「丘の上に咲く」は、展覧会場では感心したんだけど、こうして図録からスキャンして貼り付けてみたら、語るべきポイントが見つからない [;^J^]。(あくまでも個人の感想ですが [_ _])たまにはこういうこともある。[;^.^]

 「セルロイドの羊たち」は、ファン・エイク兄弟による祭壇画「神秘の子羊」画像検索結果)へのオマージュらしいのだが、これはわかりにくい [;^.^]。右端にぽつんと置かれているのが、「神秘の子羊」が立っている祭壇..というのは、見比べてみれば納得できるが、「か弱く迷いやすい「羊たち」に見立てられたセルロイド人形が集まっている」と言われてもなぁ..[;_ _][;^J^]



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 「ウィーン河劇場「晩夏」」は、なんのつもりかはわからないが、浮遊しているボートを燃やそうとしている。「川に沿って」は、ネウマ譜で書かれた典礼音楽で、ChatGPT に歌詞を読ませてみたら、「わが魂は主をあがめ、わが霊は救い主なる神において喜び踊る」「主はあなたと共におられる あなたは女の中で祝福された方」などなど。まぁ、典礼音楽の歌詞なんて、どれをとっても似たような(こ〜らこらこら [;^.^])。メロディーについては、どうせリズムは確定しないし、掘り下げない。「ボヘミアの水」のイメージは、わりと好きだな。



 10:15に退出。10:42、鎌倉から横須賀線で発ち、11:07、平塚。構内の丸亀製麺で「肉がさねタマゴあんかけ」。この駅で降りるのは、もしかすると初めてかも。従って、徒歩で11:55頃に着いた平塚市美術館に来たのも、初めてということになる。「国立劇場の名品展―鏑木清方、小倉遊亀、東山魁夷、山辰雄、加山又造…」(〜2月15日(日)まで)である。スナック“K”のオーナーに情報をいただいていたのだ。

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 写真撮影可の作品からは、伊東深水の「娘道成寺を踊る吾妻徳穂」、森田曠平の「ひらかな盛衰記(笹引の段)」、川端龍子の「天橋図」など。「天橋図」のドローン構図 [^.^] は、珍しいと思う。



 画像検索できる作品からは、杉山寧の「瀑」画像検索結果)山口蓬春の「花菖蒲」画像検索結果)、加藤栄三の「雷神図」画像検索結果)など。さすがは国立劇場、見ごたえのある作品が揃っている。もう会期も終盤だが、お薦めできる。

 12:45に退出。曇ってきた。13:09に平塚を発ち、13:41、 横浜。引き続き、関内へ。古書店めぐりである。伊勢佐木町界隈には、古書店が集まっているというほどではなくあくまでも点在ではあるが、ちょっと面白い 店が、7〜8軒、ある。なかでも雲雀洞の品揃えは、気に入っている。

 関内駅に戻り、早めの晩酌をしようと、16:15、北口改札のすぐ近くの「ハマ酒場」。地下の店であるが、前回来たときに入ったのは、隣のビルの店だったかも知れない。(店内の様子が、記憶と多少違うのだ。)ただ、そちらのビルは再開発のために全館閉店中。

 う〜む..[;^J^] 悪い店ではないと思う。料理(つまみ)のコスパはいいし。ひとりだと飲み放題がない、というのは、別にいい。もうがぶ飲みしたいお年頃でもないからね [;^.^]。ただ、電波が弱い..[;_ _]凸 それと、鯖の塩焼きに大根おろしがついてこないのが、地味に気になった。[;^.^]

 17:50に出る。寒い。18:50、帰宅。

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*2026年01月21日:ヒロシと妖精


 溜まりに溜まりに溜まっている、ハードディスクレコーダー内の未再生録画のうち、数年間経っていて今さら視る価値はないであろう(あるいは視ずに捨てても諦められる(あるいはまた録画する機会はある))と判断できるタイトルを、大量に削除した。だからといって消化が進んだわけではないが、ある程度見通しは良くなった。[;^J^]

 この機会に書いておくと、「そもそも録画する時代じゃないでしょ(ネットでいつでも視られるでしょ)」というご指摘をいただけるかと思うが、「1.ネットでは(オンデマンドでは)視られない番組は、ざらにある」「2.いつでも視られるという安心感があると、結局、ついに視ずに終わることが、ざらにある」。「ハードディスクレコーダーを圧迫している」というプレッシャーにかられて、無理やり時間を作って視聴し、そしてそれが得難い視聴体験だったりすることが、もちろんもう、ざらにあるのである。(だからこそ、視ないで捨てるというのは、断腸の決断だったのであるが..)

 「ヒロシのぼっちキャンプ」(公式サイトWikipedia)も5本ばかり溜まっていたが、これはすべて視聴し、メディアに保存しておいた。今回、とりわけ面白かったのが、大晦日に放映された「年またぎ4時間スペシャル25−26」である。

 例によって、ヒロシがひとりでキャンプをしている。林に囲まれた草原で、焚火を起こして湯を沸かし、コービーをいれ、テントを設えて寛いでいると..どこかからかすかに、「こんにちは〜」 ..ヒロシはしばらく黙って、今なにか聞こえたかな?..また、「こんにちは〜、ヒロシさん」 ..カメラが草原から林までパンすると、遠くの木々のあいだから女性が現われて近づいてきて..「ヒロシさん..こんにちは、はじめまして..内田有紀です..」..ヒロシは、まだ、状況を把握できていない。目の前にいるのが内田有紀であるということを呑み込めず、心の整理ができずに困惑している..

 これは実に見事な演出であった。草原の中を吹き渡る風にざわめく木々..出どころのわからない、謎の呼びかけ..最初は気づかず、というより、あえて聞き流していたヒロシ..かすかな不安..出現..眼前の現実を受け入れられずに困惑するヒロシ..うつむいて、ゆっくりと咀嚼するヒロシ..

 ヒロシは少しあとで、「妖精が現われたのかと思った..」と呟いていたが、これは本当にそう。テレビ画面越しでも、内田有紀は、まさに森の妖精が悪戯しに現われたかのごとく見えた。(付け加えれば、かすかな「ホラー」風味もあったのである。林の中で、いきなり呼びかけられる..それは恐いことではないだろうか..)

 もちろん、ヒロシが内田有紀のファンだと知ったスタッフたちが、密かに仕込んだサプライズ企画である。内田有紀も筋金入りのキャンパーであり、林の中の少し離れた場所にテントを設営してスタンバイしていたのだが、それがヒロシに見つからないように、スタッフたち(と内田有紀)は、大変な苦労をしたらしい [;^J^]。これほどいいシーンを撮って、視聴者に届けてくれたのだから、グッジョブ!である。

 まぁ、このあとの、初対面だがお互いにファンであるというヒロシと内田有紀のイチャイチャぶりは、視ている方が恥ずかしい(視ちゃおれん [;^.^])のだが、これはこれで微笑ましくてよろしい。この回、永久保存版である。(..だから、録画なんか残さなくてもネットでいつでも視られるでしょ?って? わかってないね、事態は逆。ネット上のアーカイブなんて、いつ消されてもおかしくはないし文句も言えないのだ。大切なデータは、手元に物理的に保管しておくしかない。)

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*2026年01月22日:「おさかな」のリズム


 旭混声合唱団の練習会。今日から、「おさかな」(金子みすゞ作詞、石若雅弥作曲、混声合唱とピアノのための「こだまでしょうか」所収)のリズム練習である。

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 冒頭2ページは、このようなものである。御覧のとおり、基本的には10/8拍子と12/8拍子の繰り返し。(中間部では、3/4拍子や4/4拍子などになったりもするが。)この変拍子、私にはどうということもないのだが、やはりお年を召された方々には手ごわいようである。(ちなみに私がほぼ最年少。[^.^])



 そこで先生は(学校の音楽の授業の様に)各自を机の前に着席させ、両手で机を叩かせた。左手で(ピアノのベースの)アクセントのタイミング、右手はその他の八分音符。タカカタカカタカタカ、タカカタカカタカタカタカ..やはり着いてこれない人が多い。1小節ごとに変わるので目が追いつかないということもあるのだろうが、とにかく右手がバタバタしているうちに、左手のタイミングを逃している。重要なのはアクセントのタイミングだけなので、右手は休ませて左手だけで拍の頭を打つ練習をすればいいのに、と思ったが、今日のところは口出しせずに黙っておく。[;^J^]

 ちなみに、10/8拍子、12/8拍子と思うから(びびって)身構えてしまうが、これはよく見たら、4拍子と5拍子なのである。1拍目と2拍目が5割増しで長いだけの。そして5拍子の小節は、4拍子の小節のリズムパターンに1拍追加されているだけ..と、バスパートの仲間たちに教えようかどうしようか、迷っている(← イマココ)。このように把握するほうが身に入りやすいかどうか..

 中村宏(Wikipedia)が、1月8日に膵臓癌で逝去していたとのこと。享年93。幻想美術選でも、2回、取り上げたことがある。(「円環列車B――飛行する蒸気機関車」、「円環列車・A−望遠鏡列車」)。「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」(静岡県立美術館、1月20日(火)〜3月15日(日)まで)が始まったので、楽しみにしていたのだが..合掌..

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*2026年01月23日:グラスを再購入


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 この素敵なグラスの商品名は、「ボヘミアダイヤビアグラス 280ml」。チェコ製である。これがなんと、ダイソーで330円。単にデザインが美しいだけではなく、非常に「持ちやすい」すぐれものなのである。



 いつ頃購入したのか忘れたが、新居を建ててほどなくだったような気がするから、2年ぐらいは経つのだろうか。4脚買ったのだが..先日、1脚、割ってしまった..[;_ _][/_;] どういう状況で割れたのかって? 椅子に座ってちびりちびりやりながらPCに向かっていたのだが、(床に落として)割れた音で目が覚めたとしか言いようがなく..[;_ _][;^.^]

 せっかくきりのいい4脚だったのに、3脚になってしまった。2年も昔に買ったのだから、回転が早いであろうダイソーにはもうないのだろうな、と、諦めていたのだが、一応、探してみることにした。

 快晴。ららぽーと横浜。3Fの紀伊国屋で雑誌などを購入したあと、併設されているイトーヨーカドーの3Fのダイソーに寄ってみたが、ない。やっぱりな..しかしまぁ、念のため、そもそもこれを購入した、横浜鶴ヶ峰店(ワットマンの3F)に車を走らせてみたところ..あらあら、普通に置いてあるではないの [^.^]。そっか、店舗ごとに店頭展示品(在庫)は、全然違うのね。

 というわけで、そそくさと購入。今度から眠いときには気をつけよう。(昔から信じられないのが、「ブレードランナー」で、デッカードが腹の上にワイングラスを置いて(支えて)眠るシーンである。[;^J^])

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*2026年01月24日:ノイシュヴァンシュタイン城の洞窟


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 どなたもご存じ、ドイツのバイエルンにあるノイシュヴァンシュタイン城とは、左写真のようなものである。(Wikipedia へのリンクなんか張らないよ。知らない人は自力で検索しなさい。[^.^])その隣は、配置図。観光客が入れない2階と3階が省略されているのは、仕方がない。

 その次の写真は、5階の「吟遊詩人の広間」(配置図22)。右端写真は、4階(5階まで吹き抜け)の「玉座の広間」(配置図11)と、そのバルコニーからの素晴らしい眺望。



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 しかしやはりなんといってもノイシュヴァンシュタイン城で有名なのは、4階の「洞窟」(配置図18)(と、その先にある「冬園(ヴィンターガルテン)」(配置図18a))である(右写真)。ルードヴィヒU世の面目躍如、稚気全開![^.^] ノイシュヴァンシュタイン城が報道で取り上げられる(言及される)ときは、「ディズニーのシンデレラ城のモデル」よばわりされてしまうのが常で、この城(あるいはルードヴィヒU世)のファンとしては、その度にキーッとなってしまうのだが..こんなもん(洞窟)があっちゃぁ、なんもいえねえや..[;^.^][;^.^][;^.^]



 さて、ところ変わって、横浜市旭区にある拙宅である。この邸宅のメインフィーチャーは、もちろん、バランスを逸した規模の「書庫」だが、もうひとつ特徴的なのが、バスルームである。

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 この落ち着いた色彩を御覧なさい [^.^]。写真ではわかりにくいのだが、漆黒ではない。パナソニックのオフローラの「アンティークブラック柄[鏡面]」というのだが、ポーフィリー調というのかな? 私の言葉でいうと、ドミンゲスのデカルコマニー(一例)をスッキリと整理してダークにした感じ? [^.^] 窓から見えるヤマモモなどの常緑樹は、季節と時間帯によって、さまざまな色彩に輝く..

 ..私が言わんとするところは、既におわかりであろう。このバスルームがノイシュヴァンシュタイン城の「洞窟」、窓から見える木々の風景が「冬園(ヴィンターガルテン)」なのである。どうです、遜色ないでしょう?(あるよ。[;^.^])

 まぁ、あるにせよないにせよ [;^J^]、それは「光」のもとでのことである。このバスルームが真価を発揮するのは、「夜」である。もちろん、艶消しな照明など灯けない。入った直後は闇風呂だが、先述のとおり壁は漆黒ではないので、目が慣れてくると、鏡面仕上げのアンティークブラック(あるいはデカルコマニー [^.^])の文様がぼんやりと浮かび上がってくる..完全な幻想空間なのである。こうしてディープでダークな(窓には、街灯の光も届かぬ裏庭の宵闇の中に浮かぶ樹影がかすかに見える)湯舟に浸かっていると、まるでディープスペースへ飛翔してゆく宇宙船のコックピットの操縦席に身を沈めているがごとし。コンソールパネルにLED点灯しているいくつかの数字が、宇宙船幻想を加速する..(← SF少年のなれの果て..[_ _][;^.^])



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*2026年01月25日:コリン・ウィルソン対AI[;^.^]


 少し前に読み終えていた本だが、「世界犯罪百科 上・下」(Colin Wilson、Donald Seaman、関口篤訳、青土社)の下巻から、若干、抜き書きしておく。

 「十八世紀人フィールディングの理解を越えるのは、おそらく次のような脈絡である。その後の二世紀間に、文明化された人間は、自らの想像力を使うことを学んだ。その結果、彼は現実の世界には片足だけをつけて生きるようになった。人間は、書物、映画、テレビなどでこの状態にすっかり慣れっこになった。それでこの状態を正常と思いこんでいる。しかし、進化の脈絡ではこれはまったく異常な状態である。頭の内部の空気もない奇怪な世界に住むと、人間は「現実へ戻りたい」という衝動を経験する。セックスの衝動は、現実との接触を回復する力にほかならない。これが二十世紀が「性犯罪の時代」になった理由である」(214頁)。

 「ネルソン事件で警察が思い知らされた苦い教訓が一つある。三人の初老の婦人から絞殺魔に関する信頼できる人相風体の情報を警察が入手して後、犯人が七ヵ月以上も野放しだった事実である。それは、異常なセックス殺人鬼に関するかぎり、犯罪捜査は切り裂きジャックの時代からなんの進歩も遂げていないことを示すものだった。警察は、ネルソン処刑の年に起きて広く社会の関心をよんだ誘拐事件でも、ふたたびこの苦汁を飲まされる」(217頁)。

 「この事件を最後の章で述べる「妄想症銀行強奪犯」のケース(逃走して社会に多大の迷惑をかけた)に比較するとよく分かる。セックス犯罪には、ほかの大部分のタイプの犯罪とは基本的な違いがある。そこには強烈な「自爆」要索があるらしい。
 セックス犯罪には、もう一つの興味深い心理的側面がある。自分がやってもいない犯罪を「私が犯人です」と警察へ自首する心理である」(238頁)。

 431頁からは、ヴァン・ヴォークトの「激発人間」(未訳(従って未読)の戦争小説「The Violent Man」(1962))で言及されている「確信人間」または「激発人間」について、論じている。ここからが、この大部の著作の根幹なのであるが、まとめている時間も気力もないので ChatGPT に丸投げしてみたら、それなりの回答を得られたのだが..的確なまとめだと思うし、タイムセーブにもなるし、大いに助かるのだが..「私は考えることを省略し、リターンだけ得てしまった(私の知的体力は、緩やかなダメージを受けた)」..何度でも書くが、ここは引っ掛かるし、この状況を受け入れざるを得ないにせよ、せめて、それに対する「違和感」を持ち続ける、という矜持だけは、捨てずにいたいものである..[;_ _]

 ..と、ここまで書いてから ChatGPT の回答を改めて読み直してみて、まずいことに気がついた。あまりに弁舌爽やかなので思わずふむふむと納得して読んでしまっていたのだが..具体的には、私は ChatGPT への質問に「「確信人間」について」と書くべきところを「「革新人間」について」、と誤変換して質問してしまい、それに気づいて改めて「確信人間」で質問したのだが、その回答を読み比べると..どうやら ChatGPT は、「確信人間」については、ヴァン・ヴォークトやコリン・ウィルソンの意図をネットからかき集めてきて整理してみせてくれたようだが、「革新人間」については(それはこの著作の文脈ではネットからは見つけられない情報なので)「自分で」推測して、それをまことしやかに(あたかも定説であるかのごとく)回答してきていたのである。まったく、危ないことこの上ない。こうなると、「確信人間」についても、自分なりの推測(解釈)が入り込んでいるかも知れないではないか..と、本書のこの部分だけでも再読せざるを得ない状況に追い込まれてしまったし、タイムセーブどころではないし、考えなくちゃいけないし、なんだ、私の知的体力は逆に鍛えられてしまっているではないか [;^.^]。AI、グッジョブ![;^.^]凸

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Feb 1 2026
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