2025年10月20日:音楽のつどいの会場下見
2025年10月21日:美本の呪いは解けたかな [;^J^]
2025年10月22日:いろいろ損傷 [;_ _]
2025年10月23日:J-OPUS に仮登録
2025年10月24日:準備/買い換え/修理だし
2025年10月25日:朝カルウェビナー:ゴジラからシンセサイザーまで(現代音楽)
2025年10月26日:音楽のつどい2025
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2025年10月20日:音楽のつどいの会場下見小雨がわずかに残っている。9:26のバスで、鶴ヶ峰駅前へ。10時に旭公会堂。今週末に「音楽のつどい」を開催するにあたっての、スタッフ5〜6人での設備等の事前確認である。私が重点的に確認したのは、音響室のCDプレーヤーの操作方法である。なぜなら当日、操作をする担当者は私ではなく、年配のご婦人になる可能性が高いからである。私の目にはなんということもない普通の操作パネルなのだが、こういう機器に慣れていない人にとっては、十分複雑なものですからね。
10:50に退出。11:10に帰宅。昼食は、フォレオの向かいの丸亀製麺で、焼きたて肉うどん。再度帰宅して、17:39のバスで、また鶴ヶ峰駅前へ [;^J^]。サイゼである。なんでこんなにしょっちゅうサイゼに来るのかと思われているであろうが、サイゼは低コストで長居できるからである [;^J^]。資料まとめ等の作業のこともあれば、単なる読書のこともある。そんなことは自宅でやればいいのだが、自宅には、私の気を散らすありとあらゆるものが揃っているのである [;^J^]。締め切りに追い込まれた作家や漫画家がホテルに缶詰になるようなものである。[;^.^]
22:30に帰宅してから気がついた。「音楽のつどい」でCDを持ち込む団体が3つほどあるが、いずれも「自作CD」なのだ。つまり、CD−R。CDプレーヤーとの相性が気になる。いざというときのために、ポータブルプレーヤーを持参するほうがいいかなぁ..
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2025年10月21日:美本の呪いは解けたかな [;^J^]昔(5年ほど前まで)は、「美本」にこだわっていた。単行本を買うときも文庫本を買うときも雑誌を買うときも、表紙やカバーに傷がついているものは、絶対に避けていた。
いつの間にか、このこだわりが抜けていた..まぁ、SFマガジンを買うときだけは今でも美本を探すが [;^J^]、それ以外は、傷物でも構わない。こだわる理由がないことに、人生も終盤を迎えた今頃になって、気がついたのである [;^J^]。だって、私が読むだけであり、転売するわけではない。何ひとつ困らないのである。
さらにいうと、あえてC級品を買うことすら、ある [;^J^]。半世紀ほど昔に新潮文庫で買いそろえていた「ルパン傑作集(全10巻)」。いつしか最終巻「棺桶島」が紛失していて、これは拙宅の書庫に絶対になくてはならない、アルセーヌ・ルパン・シリーズの最高峰のひとつにして、20世紀(1919)に書かれたゴシック・ロマンの中でも屈指の傑作。買い直して備え付けておく必要がある。
そこで、「Amazonマーケットプレイス」で、一番「品質が悪いもの」を選んで購入した。なぜなら他の9冊は、半世紀を閲(けみ)して、汚れ、痛み、いい感じの風格を醸し出しているからである。綺麗な本を、それらと並べたくないからである。[;^J^]
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2025年10月22日:いろいろ損傷 [;_ _]小雨。寒いに近い涼しさである。
普段使いの靴の踵が、両足とも激しく損傷している(穴が開いている)ことに気がついた [;_ _]。歩道の濡れているところを歩いたら、冷たいつめたい [;_ _]。帰宅してからフローリングの上を歩いたら、足の後ろ半分の足跡がペタペタと..[;_ _][;^.^] 買い直さなくては。
普段使いのズボンの右ポケットに、穴が開いていることに気がついた [;_ _]。穴というか、ミシンの縫い目がほつれているのである。う〜む、私は家事全般を行うが、裁縫だけはダメなのである [;_ _]。ま、無理に縫って縫えないことはないし、外から見える箇所ではないので仕上がりの不細工さを気にする必要はないとはいえ..しかしまぁ、ここは、金で工数(時間)を買う局面だなぁ。たまに利用しているリフォーム業者に持っていくか。500円ぐらいかなぁ..
ついに掛け布団を冬布団に変えた。(つまり今まで、夏布団だったのだ。[;^.^])
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2025年10月23日:J-OPUS に仮登録朝はかなり寒かった。曇天。
旭混声合唱団の定期演奏会に際して、JASRAC に使用料を支払うためのライセンス手続き担当に任命されていたのだった [;^J^]。前回までは、手書きで申請書類等のやり取りをしていたらしいのだが、どう考えてもオンラインでやる方が早くて確実なので、J-OPUS から作業。とりあえず催事情報を仮登録しておいて、その確認画面のハードコピーをこれまでの担当者(Sさん)に見ていただき、間違いはないか、このまま進めても問題はないか、確認してもらうことにする。
iPhone(iOS26)の電話アプリの赤バッジが消えない。ChatGPT に相談してもなかなか解決しない。従来は、不在通知一覧を一瞥しただけで、「未確認の不在通知があります」という赤バッジが消えていたのだが..どうもこういう仕様に変更された(かまたは仕様変更中である)らしい。消すためには、不在通知の(赤バッジが点灯している)メッセージひとつひとつにアクセスして消す必要があるようだ。う〜む、なんとも微妙..確かに「手間がかかるようになってしまった改悪」とは言えるのだが、しかし「うっかり一瞥してしまっただけで、未確認マークが消えてしまうと困る」という声もあったのだろう..
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2025年10月24日:準備/買い換え/修理だし曇天。
「音楽のつどい」の作業手順書(エクセル)を修正(というか清書)した。(混同している人がいると思うが、「音楽のつどい」と「旭混声合唱団の定期演奏会」は、別のイベントである。[;^J^])近所のコンビニで人数分印刷してから帰宅して、揃えていて気がついた..ひとつ前のバージョンを印刷してしまった..[;_ _][;_ _][;_ _] まさか私がこんなポカをするとは..[;_ _][;_ _][;_ _] 急いでコンビニで印刷し直して、近所の自治会館で開催されている「音楽のつどい」のスタッフたちによる直前の荷物確認作業現場に持ち込んだ。(少し遅刻してしまった。)被害総額、450円である..[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^]
帰宅してから、ポータブルCDプレーヤーを探す。今回3団体が持ち込むCD−Rが、万が一、会場(旭公会堂)に設置されているCDプレーヤーと相性が悪くてかからなかったときのための保険である。運よく、何年前になるのかな、白内障の手術で入院する機会に購入した超小型CDプレーヤーが発掘できた。まだ動く。これを持って行こう..まぁ、会場備え付けのプレーヤーでかからなかったCD−Rが、これならかかるという保証はないのだが、気休めにはなる。
一昨日判明したズボンのポケットの穴を直すために近所のリフォーム屋に持っていったら、数分の時間差で昼休みに突入していたという、想定外の破局 [;_ _]。出直しである。帰宅してから改めて車で出て、昼食は中原街道を東上していつしか緑産業道路に変わったところにある壱鵠堂で、醤油肉つけ麺。
引き続き、ららぽーと横浜。インフォメーションで靴屋が何軒あるか訊き、とりあえず3FのABC−MARTへ。ほかの店も回ってみる予定だったのだが、非常に可愛らしいスタッフがいたので、彼女に接客してもらうことにした [*^.^*]。こちらの要望(丈夫であること、そこそこの防水性能があること、等)を伝えて、1万円ほどの靴を購入し、ここまで履いてきた靴(踵破損 [;^.^])を廃棄してもらった。
1FのATMで現金をいくらかおろし、3Fの紀伊国屋により、再度帰宅してから、改めて徒歩でリフォーム屋へ。800円ほどかかるとの見積である。こちらの予想よりも300円高いか..[;_ _] まぁ、仕方がない。どうやら単に糸がほつれただけでなく、周辺の布も劣化しており、場合によっては当て布をしてから縫う必要がある(その場合はさらに料金がアップする)とのこと。やはり、プロに任せることにして正解だった。(縫うのが面倒なのでホッチキスでお茶を濁そうかと本気で考えていた始末なので。→ [;_ _][;^.^])
「音楽のつどい」で予備のCDプレーヤーを持参する件。もしかするとCD−Rの再生にはPCの方が相性がいいのではないかと思いついた。このPCも持っていくか。荷物にはなるけれど(なにしろ17インチ [;^.^])。
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2025年10月25日:朝カルウェビナー:ゴジラからシンセサイザーまで(現代音楽)昨夜から手こずっていたのだが、TELASA を Chrome で見ることができなくなったのは、結局、Windows 11 25H2 の既知の不具合(仕様)だった [;_ _]凸。TELASA のサポートページにも、Chrome が(今のところ)非対応との記述があるようで、こうなるとこちらに全面的に非があるとしか言いようが..[;_ _]凸 [;^.^]凸
小雨が残っている。旭混声合唱団のSさんに、催事の登録については仮登録の内容でOK、との確認をしていただけたので、引き続き、全演奏曲(15曲)の仮登録をした。これもいったんここで止めておいて、確認画面のハードコピーをSさんに見ていただくことにする。
18:30から、朝日カルチャーセンターのオンライン講座。高山博氏による「西洋音楽の歴史シリーズ 第6回」、「ゴジラからシンセサイザーまで(現代音楽)」。最終回である。
ムンク『叫び』を導入イメージとしつつ、まずは『浄められた夜』(シェーンベルク)。ここからやがて無調音楽へと発展していく。『月に憑かれたピエロ』の「シュプレヒゲザング」唱法は、ラップの元祖みたいなものか。
12音音楽は無調音楽とは異なり、12個の音をなるべく均等に使うという特有のシステム(縛り)がある。
国民楽派からの流れもある。バルトークの弦楽四重奏曲の鋭角的なリズムは、のちのロックへも影響を及ぼした。(同様に革新的なリズムの)ストラヴィンスキーの『春の祭典』は、無調ではなく、複調。原始主義とも呼ばれた。その半世紀後の、伊福部昭の『ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲』は、日本的なものとの合体。この音楽には「ゴジラ」のテーマと同じメロディーも現われる。(1950年代が日本映画の黄金期で、5つの映画会社から膨大な量の映画が量産され、映画音楽も量産された。)
20世紀初頭に戻り、未来派。(美術作品の例として、ボッチーニの『空間における連続性の唯一の形態』。)工業的、機械的。速度・騒音・雑音こそが美しい。(テクノポップ的な?)(戦車、飛行機が美しい..まではまだ良かったが、これが戦争賛美、ナチズム賛美へと結び付いてしまった..)ルッソロの『Risveglio di una Citta』などは、ノイズ・ミュージックの元祖かのごとくである。
ロシアに目を向けると、ロシア革命が勃発して、作曲家たちは、ある種の苦境に陥ることになる。政府の指導に従わなければならない。「娯楽のための娯楽」「音楽のための音楽」「芸術のための芸術」が否定された。ショスタコーヴィチの『交響曲 第5番』(の第4楽章)の圧倒的な迫力と輝かしさは、国家からの、ロシア革命の偉大なる勝利を称揚せよという、期待と圧力の元に作られたもの。(とはいえショスタコーヴィチは複雑かつしたたか(面従腹背?)で、一筋縄ではいかないのだが。)
戦後となり、オリヴィエ・メシアンの『トゥーランガリラ交響曲』は、美しい色彩と悦びに満ち溢れている。ピアノとオンド・マルトノがフィーチャーされているのも特徴。とはいえこれは、調性音楽ではない。『音価と強度のモード』は、ある意味、12音音楽の発展形。12音音楽は高さだけを問題にしたが、これでは不十分だとして、長さ(音価)、強さ(強度)についてもシステマティックなルールを作った。ブーレーズのトータル・セリエリスムは、さらに厳密な規則へ。リズムにまで拡張された。ここまで来ると、音を区切って(まとまりごとに分節して)聴くことができない。聴きにくい。高さ、長さ、リズムはともかく、強さ、音色にまで拡張すると、そもそも人間の手で演奏できるのか?(のちの電子音楽なら、可能じゃないか!)
そして、ジョン・ケージが出現する。方法論(アイデア)を重視した、いわば、コンセプチュアル・アート。発明家。彼の「偶然性の音楽」は、くじ引き(筮竹)で作った音を並べた音楽であり、音のヒエラルキー(主音、導音という意味付け)を否定し、出現確率を同じにした。これは、ホワイトノイズである。従来の音楽と演奏の「権威」の否定/パロディとも言える。乱数で作った音楽(ノイズ)を、修練した演奏家が、一生懸命に忠実に弾くのだから。
リュック・フェラーリの『偶発音のエチュード』は、ミュージック・コンクレート。テープ編集。未来派は「音」の「由来」(機械とか車とか)を重視するが、それとは異なり、「音」を「由来」から解放した。
リゲティの『ムジカ・リチェルカータ』は、徐々に音の種類が増えていくという、いわば「残像に口紅を」(筒井康隆)の逆のような「ルール」のもとに作られた作品。「2001年宇宙の旅」に使われたことで有名な『アトモスフェール』は、「トーン・クラスター」。これは是非とも生で聴いて欲しい。個々の音の出どころがわからなくなり、全体でひとつの音響となる。ホールがうなりでビリビリ震える。音響を聴く。
黛敏郎は『涅槃交響曲』で、寺の鐘の響きを周波数分析して、オーケストラで再現した。ブーレーズに始まる「スペクトル楽派」。トリスタン・ミュライユの『Desintegrations』は、電子音とオーケストラの統合。楽音とテープで作られた音楽。カイヤ・アンネリ・サーリアホの『弦楽四重奏とライヴ・エレクトロニクスのための《睡蓮(秘密の花園III) Nymphea (Jardin secret III)》』は、コンピューターが発達したからできるようになった音楽。弦楽四重奏のライブ演奏をマイクで拾い、加工して共演する「ライブ・エレクトロニクス」。
時間切れで紹介しきれなかったが、このあと、ミニマル・ミュージックが現われたし、印象派の末裔の音楽や、19世紀以来の調性音楽も、今なお作られている。
まとめとして..西洋音楽の長い歴史を通じて、「「ある原理に従って」音を構築すりば、何か(「美」)が生まれるのではないか」、と期待してきた。西洋的な(学問/科学などの)発展の基礎が、西洋音楽の歩みの基礎にもあるのではないだろうか。
11月6日に旭混声合唱団の定期演奏会が終わってからが、忙しい [;^J^]。7日は「南大沢古本まつり」と「円山応挙―革新者から巨匠へ」(三井記念美術館)の後期、「北斎をめぐる美人画の系譜〜名手たちとの競演〜」(すみだ北斎美術館)の後期。その夜に横浜駅東口のスカイビルから夜行高速バスで発ち、翌8日は、大阪で終日「関西アンサンブルオフ」。大阪のゲストハウスに泊まり、翌9日は、浜松で「ローランドシニアクラブ 浜松支部総会」。東京 → 大阪 → 浜松のドサまわり [;^.^] というわけで、夜行バスとゲストハウスを予約した。
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2025年10月26日:音楽のつどい2025雨。7:50に出て、すぐご近所の(「音楽のつどい」の実行委員長である)Nさん宅へ。車に乗せていただき、旭公会堂に着いたのが、8:15。(Nさんが管理されている荷物がいろいろありますのでね。)
8:50に、作業手順書の消化開始。午前中は設営とリハ。危惧していたとおり、設営の時間が足りていないが、リハと並行してできる作業もあるので、作業手順書のチェック列へのチェック入れが多少前後しながらも、ほぼ順調に進む。音響室で、Hさんに、会場設置のCDプレーヤーの操作方法を憶えてもらう。ちなみに小型プレーヤーにパソコン、と、予備機を2台も持ってきたのだが、案ずるまでもなく、設置されているプレーヤーで、3枚のCD−Rは問題なくかかった。まぁ、こんなもんだ。十分な準備さえしておけば、トラブルはそもそも起きない。
午後から本番。非常にさまざまなジャンルの演奏団体(あるいは個人)の演奏が続く。演奏技術についても、まったくさまざまである [;^J^]。思い切って正直に書くと、もう少し練習した方が..という団体/個人も散見されたのだが [;_ _]、なんというか..こういう催しに参加するハードルを「(良い意味で)下げている」とは言える [;^J^]。その一方で、アマチュアながら、なかなか素敵な演奏も、いくつも聴くことができた。
だいたいこういう催しではスケジュールが「押す」ものだが、逆に巻いている。奏者の体調不良などの理由でプログラムが2〜3、キャンセルされたこともあり、最終的には30分早く、17時に閉会。
片づけが終わってから、すぐに反省会。指摘された問題点のうち主なものは、「会場備え付けのスピーカーから流された音が、ステージではよく聴こえなかった」−次回は、モニタースピーカーを設置して運用する必要がある。「客席から見ると舞台が暗かった」−これはある程度は確信犯で、十分な光量を確保すると奏者にはまぶしすぎて、楽譜を読む妨げになるから暗めに抑えていたのであるが..とにかく、ピアノソロ、踊りをともなう民謡、筝曲デュオ、サックスアンサンブルなどなど、演目が多彩で、奏者の演奏位置もさまざまなので、すべてにベストな設定を(2回ほど会場の下見をしたとはいえ)追い込めなかったのである。これも来年の課題。そしてこれが一番問題だと思ったのが、「地震への対応」−本番開始そうそう、12:05に、震度2程度の地震が起きたのである。「地震発生時の場内誘導」については事前に十分に練られ、開始前のスタッフミーティングでも念押しされていたにも関わらず、「続行か中断か中止か」の「判断」が、結果的になされなかった。(震度2程度なのでなんら危険はなかったとはいえ、それは結果論。)まぁ、有事の司令塔であるべき実行委員長が、ちょうど舞台上で演奏していた、という、タイミングの悪さもあった [;_ _][;^J^]。これも宿題だなぁ。
おっと、最大の「問題点」を書き忘れていた。次期実行委員長に(スタッフ全員の拍手で)選出されてしまった [;_ _] ..まぁもう、本日までの流れ的空気的に不可避だとは覚悟しておりましたけどね。[;_ _][;^.^]
18時に撤収。筑前屋。21時に帰宅。
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倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Oct 30 2025
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