*2007年06月18日:今夜は親子丼
*2007年06月19日:蚊との戦い
*2007年06月20日:手皿について
*2007年06月21日:朝日ソノラマ、閉店
*2007年06月22日:「失楽園」について
*2007年06月23日:多摩図書館/クラス会
*2007年06月24日:クールダウン
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*2007年06月18日:今夜は親子丼


 「チューボーですよ!」の録画(計55本、DVD−R14枚)を整理していて見つけたのだが、昨年6/17放映分の「親子丼」(ゲスト:堀北真希)。手頃な食材で特に手間もかからずに作れそうなので、早速カインズへ食材と専用調理道具(丼鍋)を買い出しにいく。何しろ台所が狭いので、調理道具については汎用品以外はできるだけ買わない方針なのだが、この「丼鍋」は比較的小さくて邪魔になりにくいし、恐らくカツ丼などを作るときにも使えるのではないかと思われるので。(ダメかな。[;^J^])

 まず、「鶏ダシ」を作る。普通はトリガラを6〜8時間ほども煮詰めて作るのだが、この番組で紹介されていたレシピでは30分とかからない。材料は、水【750cc】昆布【15g】酒【100cc】卵白【1個】鶏挽肉【250g】玉ねぎ【1/4】。まず昆布で普通にダシを取ったら、挽肉、玉ねぎ、卵白をボールで粘りが出るまで捏ねて、酒と共にダシに入れ、中火で20分煮詰めて、漉す。これだけでいい。

 「丼つゆ」1人前は、鶏ダシ30cc+みりん45cc+濃い口醤油20cc。あとで沸かすので、この段階では火は入れない。

 以下も1人前の数字。卵2個を(時間差で投入するので)別々のボールに割って、それぞれかき混ぜておく。かき混ぜ時間は4秒程度で、黄身と白身が混ざりきらないように注意すること。胸肉20gを皮を取って削ぎ切りにする。もも肉50gは皮を取らずに皮面を網で強火で焼き、やはり削ぎ切りにしてスタンバイ。

 丼鍋に丼つゆを入れて強火で沸き立たせ、まずもも肉、次に長ネギ少々を入れる。長ネギがしんなりしたら、ひとつめの玉子を回し入れ、中火に落として蓋をして10秒。次に胸肉を入れ、ふたつめの玉子を回し入れ、三つ葉を散らして、再度蓋をする。「とろとろ加減が残っている頃合いを見計らって」蓋を開け、ご飯に乗せて出来上がり。

 うむ。美味である![^.^] 2種類の鶏肉(皮がカリカリに炙られているもも肉と、ほとんどレアな胸肉)の対照の妙!(わざわざ買ってきた三つ葉を入れ忘れたのは遺憾であるが。[;^.^])卵を1度に2個使うという点でコレステロールがやや気にはなるが、鶏肉だし油は使わないしで、基本的にはヘルシーなメニュー。道具もそろえたことだし、調理時間もとても短いし、これからちょくちょく作ることにしよう。[^.^]

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*2007年06月19日:蚊との戦い


 体質なんだろうなぁ。私は人の3倍、蚊に食われるのである。とはいえ実は、今ではそれほど蚊に悩まされてはいない。

 まず、会社には蚊がいない。日中のほとんどの時間は蚊と無縁である。次に自宅であるが、オールドファッションな蚊取り線香もハイテクな電子蚊取り器も使ってはいないが、蚊を発見し次第(あるいはブ〜ンという羽音を認識し次第)、毒ガス 大量破壊兵器 フマキラーの集中噴霧である。狭い自宅故やつらの逃げ場などなく、ほどなく一切の羽音が消える。そしてもっとも蚊に襲われやすいシチュエーションであるところのアウトドアであるが..私は基本的にアウトドアに出ない、じゃなくって [;^.^]、アウトドアでは「虫よけスプレー」が案外効く。

 これなら万全ではないかと思われるかも知れないが、「穴」というのはあるもので、今現在、もっとも蚊に悩まされているシチュエーション(ロケーション)は、マンガ食堂Mである。別に蚊が多いわけではないのだが、いったん奴らに目をつけられると、まさかフマキラーを噴霧するわけにもいかず、てこずるのである。

 大概の人は(私もそうなのだが)、「チクッ」と感じたときに、取りあえず「払う」が、実はこれはかなり拙い反応であり、これが被害(痒み)を拡大させるのである。「チクッ」と感じたときには、既に痒みの元は注入されているのであり、もはや手遅れなのである。にも関わらず蚊を追い払ったことにより、蚊は再度、別の場所に痒みの元を注入しにくる。これを繰り返しているうちに10箇所以上も腫れ上がってしまった..という経験は、どなたもお持ちのことと思う。

 より賢い方法は、「チクッ」と感じたら身体の動きを止め、蚊に吸血を完了させることである。いったん満腹した蚊は、もはや血を吸いに来る事はないのであるから..とはいえもちろん最善の手段は、蚊が着地して動きを止め、針を刺し込む、その直前に叩くことである。

 それにしても今夜は参った。マンガ食堂Mで、どうも目の前で髪の毛でも揺れているのか、視界が落ち着かずマンガを読みにくい..と思っていたら、なんと蚊が顔の真正面から攻撃をしかけてきていたのである。叩こうにもメガネがあるので一瞬躊躇しているあいだに、ものの見事に顔面にひと刺し食らってしまったのであった。[;^.^]

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*2007年06月20日:手皿について


 いわゆる「手皿」。箸で口まで食事を運ぶとき、左手(左ききの人なら右手)を下に添えるという行為。これが無作法だということを知らない人が実に多いような気がする。

 別にマナーの教科書に書かれているから(そう決まっているから)、という話ではない。(私だって、マナーの教科書なんかほとんど読んでいない。← 威張るなよ。[;^.^])直感的におかしいと思わないのだろうか。万がいち箸から取り落としてしまったときにテーブルや着物などを汚さないように、という意図であると思われるのだが、「本当に落としてしまった」ときに何が起こるのか、予想できないのであろうか。

 今夜の「愛エプ」で、まさにそれが起こった。ある試食者が丼から口まで手皿を添えて運ぶ途中に、ご飯が箸から(手皿をしていた)左手の上にこぼれてしまったのである。さて、彼はどうしたか。捨てるわけにもいかず、丼に戻すこともできず、そのまま左手を口に持っていって、手のひらから直接ご飯を食べたのである。あぁみっともなっ! あぁ行儀悪っ! しかし左手で直接ご飯を受け止めてしまった以上、これ以外に取れるアクションが無いということも事実である。ぐぐって見たところ、懐紙か醤油皿を添えるのが正しいマナーのようだ。まぁ懐紙は手元にないことが多かろうから、醤油皿ですかね。

 「手皿」はマナー的に論外としても、私は食事中に「左手を汚す」のを極力避けている。(右手は多少は汚してもいい。)骨付き肉や骨付き魚にかぶりつく(あるいは骨を取る)場合にも、可能な限り左手は使わない。とはいえ使わざるを得ない場合もあり、そのためにお絞り/ハンカチ/ティッシュペーパー等が常時使いやすい場所にスタンバイしており、すぐに左手の汚れを拭けるようにしてある。理由は自明であろう。左手を汚すと食事中に本が読めなくなるからである。(← いろいろと論外。[;^.^])

 今夜も帰宅が遅かったので、晩飯はありもので済ませる。トマトソース(玉ねぎとニンニクをみじん切りにしてサラダ油で炒め、カットトマトとコンソメを投入して煮込んだもの)の冷凍と、鶏もも肉の冷凍が余っていたので、前者をハンマーで適当に割ってフライパンで溶かし、後者は70gだけレンジで解凍して、塩/コショウ/ガーリックパウダーをやや多めにまぶして擦り込み、ビタクラフトの鍋で両面カリカリ・中ジューシーなソテーにする。(火加減に気を配れば、サラダ油やオリーブ油を敷かなくても焦げ付くことはない。)皿にトマトソースを敷いて鶏肉のソテーを置いて、出来上がり。美味っ! [^.^] 今夜は塩加減もガーリック風味も丁度いい。

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*2007年06月21日:朝日ソノラマ、閉店


 朝日ソノラマが9月末日で営業活動を停止するとのニュースに衝撃を受ける。(「現代教養文庫」の社会思想社が廃業したときよりもショックが大きい。)厖大な量のコンテンツを単に「抱えている」だけではなく、ネムキ誌などを通じて、今なお大量に産み出し続けているのだ。

 1959年9月創業ということは、私より1歳年下だったのか..出版事業は朝日新聞社が引き継ぐということだが、この機会に切り捨てられるアイテムも少なからずあるはず。とにかく、この貴重な文化遺産群を、死蔵だけはしないでいただきたいものである..

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*2007年06月22日:「失楽園」について


 私は渡辺淳一の「失楽園」という小説を、ほとんど読んでいない。(日経新聞を購読しているので、一部をチラ見したことはある。)だから批判する資格はないのだが、チラ身した部分に関して言えば「ものすごくつまらなかった(というか、ものすごくどうでもいい小説だった)」ので、今さら通読するつもりはない。(それほど暇ではない。)

 批判する資格はないのだが、ひとつだけ許しがたいことがある。それは、「失楽園」というタイトルを採用したことである。もしかすると作品中でこのタイトルの必然性(あるいは由来)が語られているのかも知れず(何しろ通読していないのでわからない)、その場合は取り下げるが..それにしてもジョン・ミルトンの叙事詩「Paradise Lost」(1667)の邦訳タイトルとして定着している「失楽園」を、中年男女の不倫小説のタイトルに使うというのは、この作者は一体どういう神経の持ち主なのか。読者の大多数はミルトンの名前など知らないだろうし、それは別に構わないのだが、まさか渡辺淳一が知らぬわけがあるまい。なぜ、知っていて、このタイトルを使えるのか。

 世の中には、「神聖不可侵なタイトル」というものがあるのだ。仮にあなたがミルトンの「失楽園」を知らないとして..中年男女の不倫小説に「罪と罰」というタイトルを付ける作家がいたら、彼を許せるか? あるいは「風と共に去りぬ」というタイトルを付ける作家がいたら、彼を許せるか? ..要するに、そういうことだ。

 渡辺淳一についてはここまで。さて、もしもあなたがミルトンを読んだことがないとして..そしてもし、「神と戦う悪魔(呼び名は「サタン」でも「ルシフェル」でも構わない)の物語」「神に敗北する悪魔の物語」「神に復讐する悪魔の物語」「ヒロイックな悪魔の物語」が好きな、ファンタジー・ファン(小説でもマンガでも)であるのなら..悪いことは言わないから、ミルトンの「失楽園」を読みなさい。

 一度でいいから「本物」を読みなさい。

 ミルトンの「失楽園」こそ、「気高く、誇り高く、魂が震えるほど英雄的で偉大な」悪魔を完璧に描きあげた、おそらく史上最高の傑作であるのだから。

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*2007年06月23日:多摩図書館/クラス会


 5:15に起床。mixiを覗いたら、私の日記にスパムなコメント(いけないリンク付き)が付いていたので削除する。やれやれ。6:00に発ち、6:19のバス、6:57のひかり。立川の多摩図書館に着いたのは、開館時刻の9:30の数分前。素晴らしい。ジャストである。

 浜松のマンガ喫茶やブックオフではなかなか見かけない本を数十冊読む。途中、R氏が陣中見舞いにくる [;^J^]。閉館時刻の17:00まで粘る。

 17;24立川駅。南武線と東急東横線を経由して、18:30に横浜駅。ルミネ横浜5Fの有隣堂書店で時間調整をして、19:00に岡田屋モアーズ8Fの「トラットリア パパミラノ」という店。高校の同窓会(クラス会)である。1977年卒業だが、1回同窓会をやっているので、17年ぶりである。さすがにいささか懐かしい。20名以上(30名弱?)集まった。女子は6名。私は言うまでもなく巧妙に立ち回って「両手に花」状態の席に収まる。他の男子たちからはブーイングも出たが、こういうのは頭脳ゲームの結果なので、どうこう言われる筋合いはない。[^.^]

 もちろん、私以外は全員既婚・子持ちである。私の隣に座った(旧姓)Iさんのお子さんは24歳ということなので、既にお婆さんである可能性もある [;^J^]。さて、このIさんは少し遅れて到着したのだが、彼女が到着する数十分前、ひとりづつ近況報告をしていたとき、ちょうど幹事のH君がいろいろ報告をしている最中に彼の携帯が鳴り、Iさんから「今、どこそこに着いた」という連絡が入ったのであった。あまりに完璧な(仕込みとしか思えない)タイミングであったが、しかしこういう仕込みをする理由がないし。[;^.^](「チューボーですよ!」のエンディングの小芝居みたいなタイミングだったのである。)

 二次会はカラオケ。カラオケに移動する前後の記憶が(例によって)ない [;^J^]。後日、クラス会のブログに掲載された写真を見ると、カラオケで歌い騒いでいる10数人のなかで、私はすやすやと眠っているように見える [;^.^]。しかし実はこの事態は覚悟の上というか織り込み済みというか。なにしろ今日はまだ多摩図書館にいた16時頃の時点で既にねむく、うつらうつらしながら読んでいた始末なのである。おかげでその頃に読んでいた書籍の内容は夢うつつ状態でしか憶えていないのであるが、これが「イバラード博物誌シリーズ」(井上直久、架空社)であり、多少記憶が混濁していても問題のない内容なので、よしとしていたのであった。[;^J^]

 閑話休題。目が覚めたのは朝の2時か3時頃ではなかったかと思われる。この時点で残っていたのは女子が3人、男子が私以外に4人ぐらい? 実のところ、女子については誰が残っていたのか完全に憶えているのだが、男子については人数も含めてあまり思い出せないのである。私の(選択的)記憶力の正直さには、まったく我ながら驚くばかりである。[;^.^]

 私が目を覚ました頃には、皆、大体歌い疲れていたようで、時折誰かが歌う程度。私も特に歌うことはせず、もっぱらおしゃべりを楽しむ。「倉田はなぜ結婚できないのか/今からでも結婚すべきか」という話題に花が咲いたような気がする [;^.^]。5時に閉店。店の外に出てみれば空はすっかり白んでいる。それにしてもこんな朝っぱらから横浜駅前が「賑わっている」ことに、いささか驚いた。日曜日のこの時刻に仕事のために出てきている人などほとんどいるわけがなく、つまりこの若者たちはほぼ全員、夜遊びあけというわけだ。なんという不健全なやつらだ..と軽く毒づきつつ駅に向かう遊び帰りの中年男女のグループは、連中の目にはどのように映ったのであろうか。[;^.^]

 市営地下鉄で新横浜駅へ。何故か数駅乗り過ごして引き返すハメになったが [;^J^]、時間に余裕があるのでなんの問題もない。6:43新横浜発のこだまに乗って浜松へ..ふと気が付いたら浜名大橋を渡っており、豊橋から浜松に引き返すことになったが、これもまた全然想定の範囲内である [;^.^]。帰宅は10時。さっさと就寝。

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*2007年06月24日:クールダウン


 起きたら時計の針が「3時」。朝の3時にしては明るすぎるのでしばらく混乱したのだが、なんのことはない、午後の3時なのであった [;^J^]。朝の3時に目を覚ますのは普通のことであるが、午後の3時に起きるなんぞは、少なくともここ10年以上(もしかしたら20年以上)、記憶にない。

 あまりに中途半端な昼夜逆転だし、外出する気力も出ないので、冷蔵庫の中のありもので空腹を癒して、もう完全にぐたら〜っと、時間を無駄にすごす。たまにはこういうのも、「あり」だと思う。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jun 27 2007
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