*2004年02月23日:バス停ノスタルジア
*2004年02月24日:孤独について
*2004年02月25日ロートルベテランたち
*2004年02月26日:予後良好
*2004年02月27日:呪いについて
*2004年02月28日:「凶獣リヴァイアサン」
*2004年02月29日:日曜日の哀しみ
*目次へ戻る *先週へ *次週へ


*2004年02月23日:バス停ノスタルジア


 ふと、遠い目になってしまった..回想バスがやってきたので..

 ..いや、もちろん、回送バスだったんですけどね。[;^J^]

*目次へ戻る


*2004年02月24日:孤独について


 シュルレアリスムの最大の画家のひとり、イヴ・タンギー..ご存知無い方が多いだろうから、彼の作品のいくつかを見ることができるページのURLを、(いつまで有効かはわからないが、)いくつか紹介しておく。


* http://p.cuvelier.free.fr/tanguy/index_tanguy.htm
* http://www.abcgallery.com/T/tanguy/tanguy.html
* http://www.cosmopolis.ch/english/cosmo14/yvestanguy.htm

 ..しかしながら今夜紹介したいのは、彼の絵画作品ではなく..


世界の果てから今日のたそがれにいたるまで
何ものも 私の荒涼たるイマージュを越えるものがない

 ..これは、ポール・エリュアールの「イヴ・タンギー」からの抜粋であり、従って、厳密にはタンギーの言葉ではない(ポール・エリュアールによって“想像された”タンギーの言葉である)のだが..しかし、上記のリンク先のタンギーのタブローを見ていただいた方々の胸には、この呟きの“真実性”が響くはずである。この寂しさと、この遙けき憧れとが..

*目次へ戻る


*2004年02月25日ロートルベテランたち


 おっとっと。SFマガジンを買いに行ったついでに、その隣りにあった(普段は立ち読みもしない)ミステリマガジンの表紙が目に入り..「夢幻紳士 幻想篇」(高橋葉介)の、第2回が掲載されていることに気がつきました。しまったなぁ。ノーマークだったよ、この雑誌。図書館かどこかで、先月号を閲覧しないと。

 ちなみに、読み切り連載らしいのだが、今月号は「女か虎か」。まずまずかな。しかし正直なところ、往年の輝きは感じられないなぁ。まぁ、出来不出来などどうでもよくって、不滅のヒーロー、夢幻魔実也の「新作」が読めれば、それだけでしあわせ..というのが、実際のところなんですけどね。[;^J^]

 「デビルマン×キューティーハニー Vol.2」(月刊コミック・ラッシュ 4月号増刊、ジャイブ株式会社)..ええ、買っていますよ。買っていますとも。そんな目で見ないで下さいよ。どーせ私は、負け組ですよ。[;^.^]

 ..ま、連載時のカラー頁、トビラ頁が再現されていますので、資料価値はそれなりにありますし..それになんといっても、シレーヌ様は、美しい..

 そーいえば「デビルマン」は、6月には「実写版」が公開されるんだよなー..もー、不安が一杯だが [;^.^]..しかしどのみち、原作の「血湧き肉弾け跳ぶ」究極のスプラッターが実写で再現できるはずもないので、そこは割り切って、別物として待ち受けるしかあるまいなぁ。本誌の巻末カラーグラビアの冨永愛のシレーヌ姿は、確かにそそるものがありますし..[;^.^]

*目次へ戻る


*2004年02月26日:予後良好


 午後半休。聖隷三方原病院。治療中の某疾病について経過確認。投薬一週間で、一応完治したとのこと。やれやれ。

*目次へ戻る


*2004年02月27日:呪いについて


 「祝う」という字と「呪う」という字は、とても似ている。そのことに気がついたのは、いまから30年ほども昔のティーンエイジャーの頃..「この子の七つのお祝いに」..という歌詞を、「この子の七つのお呪いに」..と読み間違えた時である。

 ..という昔話をほのぼのと思い出して、今夜の日記に書いていて..ふと思いついて検索してみたら..同じことを思ってた人、結構いるんだね..[;^J^]..ま、それらの多く(概して、掲示板への書き込み)は、ここ数ヶ月ないし1年以内の書き込みであり、それに対して私のオブセッションは30年ものなので、全然熟成度が違うのだが..ま、エビデンス(証拠)も無いことだし、大人げなく言い張ったりはしませんけどー。[;^J^]

*目次へ戻る


*2004年02月28日:「凶獣リヴァイアサン」


 1年ほど積読していた「凶獣リヴァイアサン(上)(下)」(James Byron Huggins、1995、中村融訳、創元SF文庫)を、読み巧者のSF者たち(書評家等)のあいだで意外に評判が良いようなので読了したのだが..まぁ確かに、B級怪獣映画としての面白さは認めるが、読まずに死んでも、1ミリメートルたりとも損する書物では無かった。[;^J^]

 舞台はアイスランドのとある島の地下の洞窟で、ここで兵器として作られた全長10メートルの「怪獣」が制御を離れて洞窟内で暴れ回るのを退治する、という、ただそれだけの話であるが、2点、「新機軸」がある。ひとつは、怪獣退治と並行して事態が進行する、「自爆装置の解除(制限時間24時間)」であるが、これを司っているのが「疑似人格」を持つコンピューターで、最終的にはこいつの「サイバースペース」に突入して活劇するのであるが、1995年にもなって寝言を書かないで欲しい [;^J^] と呆れるだけの話なので、これは読まなかったことにしておいて [;^J^]。もうひとつは、「宗教的」な視点である。

 この「怪獣」を「絶対悪」とする、「善悪の死闘」の物語なのである。これには多少辟易するが..まぁ、気楽な読み飛ばしの邪魔になるほどでもないし..ここで「宗教論」を書くつもりもないが、少しだけ。

 例えば、下巻の116頁に、その「宗教的な人物」の言葉として、「人間を超えるのは神だけだ」、というセリフがあるのだが、ここで私は戸惑ってしまうのである。キリスト者(といっても、いろいろな宗派があるだろうから、「一部のキリスト者」)って、こういう発想をするのだろうか?

 例えば、「人類対地球」という図式を考えてみる。「人類」の方が「地球」を超えているのだろうか? そんなことがあるわけが無い。人類は地球の寄生虫以上のものではない。せいぜい頑張っても、生態系を無茶苦茶にできるだけで..実際、人類文明が死滅させた生物種の数、という視点から見ると、地球の生物史上有数の大災害を引き起こしているわけで、その意味では、人類というのは「なかなかのもの」ではあるのだが、仮に全生物を(人類ごと)死滅させてしまったとしても、ただそれだけのことである。地球にとっては、別に痛くも痒くもない。ただ薄皮一枚の表層だけのことであって、まぁ100万年か、遅くとも1億年もすれば、そんな傷跡は消えてしまうし、そもそも地球にとってはそれは「傷跡」ですらない、そんな事態が起こったことなど「知らない」ことでしかあるまい。そして、「地球=神」という発想は、キリスト者たちにはどうやら無さそうなのであるが..それでも、「人間を超えるのは神だけ」なのかねぇ? まぁ、いいや。[;^J^]

 怪物への攻撃が、後半ワンパターンになってしまうのが、残念なところ。上述した以上の付加価値は無いから、暇潰し以外の理由で読むのは、お薦めしない。

*目次へ戻る


*2004年02月29日:日曜日の哀しみ


 「帰ってきた「大問題」’01〜’03」(いしいひさいち、峯正澄、創元ライブラリ)の、232頁に、素敵な文章を見つけたよ。


「小学校の頃の私は、日曜日よりも土曜日のほうが好きだった。授業は昼までだし、明日は休みだし、その解放感は、休日そのものよりも楽しかったのだ。(中略)じつのところ私は、完全週休五日制にすっかり賛成ではない。授業終わりしのちの土曜の午後の楽しさと、そして休日が終わりつつある日曜の夕方のわびしさは、子供の教養にとっては、わりかし大事なものではないかと思ったりするからである」

 ちょっと発掘できないのだが、野田昌宏の「スペースオペラの書き方」か「新版 スペースオペラの書き方」(いずれも早川書房)のどこかに、「原稿が書き上がった土曜日の午前中は、まさに天国。原稿が書き上がらない日曜日の午前中は、泣きたくなるような灰色」..と言ったような文章があったはずである。(野田昌宏の「本業」は会社経営者であり、平日は「仕事」があるのである。)そうなんだよなぁ。日曜日って、実はあまり楽しくない、憂鬱な日なのであった..

*目次へ戻る *先週へ *次週へ


*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Mar 3 2004 
Copyright (C) 2004 倉田わたる Mail [kurata@rinc.or.jp] Home [http://www.kurata-wataru.com/]