*2000年02月14日:コンビニ端末考
*2000年02月15日:凍る浜松
*2000年02月16日:凍る浜松 II
*2000年02月17日:無礼者
*2000年02月18日:使用経験、無し
*2000年02月19日:どこまで続くぬかるみぞ
*2000年02月20日:Tさんコレクション調査も、最終局面
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*2000年02月14日:コンビニ端末考


 昨日、ローソンの端末を操作してチケットを購入した時、どうして、「これは便利だ!」と感心したのか、ちょっと分析してみよう。なぜなら、普通に考えれば、コタツから出ずに買い物できるWebの方が、便利に決まっているからだ。

 実際、私はコタツから出ること無しに、新刊本も古本もCDも楽器も、購入しているわけである。そんな私が、なぜ、ローソンの端末に感心したのか。

 それは、その場で「買い物」行為が完結しているからだ。現物(この場合はチケット)がその場で手に入り、(現金による)支払いも完了する。つまり、コンビニの端末は、「不便なWeb」ではなく、「ちょ〜便利なプレイガイド」なのだ。確かにこれは、Webとはジャンルが異なる。

 そしてコンビニとしては、このサービスをWebに移すつもりはあるまい。来店機会を増やしたいはずだからだ。このあたりの棲み分けとせめぎ合いは、今後、ますます面白くなりそうである。

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*2000年02月15日:凍る浜松


 出社時、霙(みぞれ)が降っている。寒いというより、むしろ冷たい。昼ごろ、雪がぱらつく。

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*2000年02月16日:凍る浜松 II


 朝起きたら、夜間に降った雪で、車が白くなっていた。出社中、雪が降り続ける。昼前に薄い雪化粧は消えるが、日中も夕刻も、半ば晴天ながら、ことある度に雪が舞う。寒い..

 (昨日も今日も、手抜きをしていると思われているでしょうが、浜松的には、これも事件のうちなのです。)

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*2000年02月17日:無礼者


 若い酔っぱらいも手がつけられないが、熟年・老年の酔っぱらいよりは、まだましである。後者は、年輪に裏打ちされたプライドを中途半端に持っているので、始末に困るのだ。

 以前、天狗のカウンターで、とあるハードカバーの書籍を読んでいたら、通りすがった、さる「お年寄り」が、何読んでいるんだよ、と、その本を取りあげ、パラパラとページをめくりはじめた。といって、読めているわけではないのだ。メガネを貸せ、と、私の“顔から”(その時、かけていた)メガネを取りあげたのだから。

 こんな無礼な話は無いのだが、酔っぱらいに逆らっても仕方がない。メガネはともかく、本を汚しでもしたら蹴り飛ばしてやる、と、(私にも多少、酒の勢いが入っていたので)睨んでいたら、案の定、この強度の近視用メガネでは全く読めなかったらしく、見えないね、と(本とメガネを)返してきた。

 ったりめえだろ、この死にぞこないの老眼じじいっ!

 (その時の心理状態を出来るだけ正確に再現するために、意図的に強い表現を採用しております。抗議は受け付けません。)

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*2000年02月18日:使用経験、無し


 「ガングロ」と言うんでしょうか。あの、黒っぽい肌と白っぽい唇とテカテカしている髪の毛のファッション。もちろん、好きずきですから、それは構わないのですが、言いたくて言いたくて、ずうっと、うずうずしていたことがあるので、ここで書かせて下さい。(読者の中には、きっと、ガングロの人もいると思いますが、気にさわったら、笑って読み飛ばして下さい。いち中年オヤジのタワゴトに過ぎないのですから。)

 それは..どうしても、「ダッチワイフ」にしか見えない、ということなのです [;_ _][;^.^]。ダッチワイフは、室内(寝室内)に置かれていてこそ、華。街中を闊歩されても、ミスマッチなのです。

 誤解の無いように、念押しして置きますが、私は「ダッチワイフ」を買ったことはありませんよ [;^J^]。これはダッチワイフの写真からの連想です。実際、貧乏な学生時代には、買いたくても手が出なかったし、いくらかでもふところに余裕が出来た社会人になってしまったら、そんなものには用がないし..ままならないものですな [^.^]。

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*2000年02月19日:どこまで続くぬかるみぞ


 久しぶりの(← 定型接頭辞)国会図書館。手塚治虫初出誌調査も、エッセイやインタビュー、座談会等の、細かい仕事の初出データ確定、という、フェーズに入って久しいが、これがやたらと数があるのである。しかも従来の様々なリストでは(特に座談会などは)比較的軽んじられていたのか、従来リストに掲載されていない物件が、ボロボロ出てくる。まさに、叩けば叩くほど。

 閉館後、今日は現代マンガ図書館はパスして、神保町に直行。コミック高丘 → 三省堂 → 書泉ブックマート、と走り抜けて(やや誇張)、徒歩で秋葉原へ。まず、チチブで、リブ100と(古い)J3100SXPの、おしゃかになったバッテリーの処分を依頼する。浜松では、(私の探し方が悪いのだろうが)東芝のノートPCの、リチウムイオンバッテリー(等)を回収してくれる店が、見つからないのだ。

 石丸で、CDを5枚ほど。わざわざCDNOWで探して航空便で取り寄せたCDが、当たり前のような顔をして平然と並んでいるのに、むかっ腹を立てる [;^J^]。(怒ってもしゃあないつうに [;^.^]。)あとは、横浜の実家に直行。

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*2000年02月20日:Tさんコレクション調査も、最終局面


 相当、間が空いてしまったが、久しぶりにTさん宅を訪問する。大ネタのチェックは、ほとんど終わっているのだが、小ネタになると、どこまでチェックしたのか、既に把握しきれていない [;^J^]。(なにしろ、ダイナミックに活発に、成長し続けているコレクションなのである。)

 それはともかく、本日の調査で、書籍、付録、同人誌の類は、「ほぼ」チェックを終了した。「ほぼ」というのは、先に述べた事情から、どうしても見落としが発生するからである。発見し損なったエッセイ等は、必ず存在する。しかしそれは、仕方が無い。私は、「目撃したもの(してしまったもの)は、極力リストアップする」という方針で、リスト作成に臨んでいるが、それと同時に、「パーフェクティズム」は、はなから捨ててかかっている。(このふたつの大原則は、矛盾していないことに注意せよ。)さもなくば、こんな「仕事」を続けることは、不可能なのである。

 また、Tさん宅の書架の、膨大な手塚関係書籍(等)の全てを、必ずしも手にとって開いてみたわけではない。というより、手に取らなかった書籍(等)の方が多い。私の調査の目的は、(エッセイ等を含む)手塚治虫の「未知の作品」の発掘であり、死後に発行された書籍のほとんど全てには、それを期待しても無駄なのである。(手塚治虫の文章が掲載されているとしても、それは再録である。)無論、未発掘の(新発見された)文章が、それら「新しい」書籍に収録されている可能性は、ゼロでは無い。完璧を期すならば、全て読むべきだ..が、その可能性が、極めてゼロに近いことを鑑みて、死後に発行された書籍のチェックは、原則としてほとんど全てすっ飛ばしてきたのである。時間は有限なのだ。(先に述べたように、完全主義者では無いのである。)

 16時頃に切り上げ、「市が尾」駅まで送っていただき、新大久保へ。この3月下旬に開催される、「お気楽 マタイ受難曲」オフの、譜読み会(の反省会)に出席するためである。「反省会(飲み会)にだけ出席して、意味があるのか」と問われるかも知れないが、世の中は、そういう物ではない。「無駄」が人生を豊かにするのだ。

 最終ひかりで浜松へ。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Feb 23 2000 
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