*1999年09月06日:作者の権利について
*1999年09月07日:時間の澱
*1999年09月08日:情報量とキャパシティ
*1999年09月09日:八ヶ岳ツアー:第1日
*1999年09月10日:八ヶ岳ツアー:第2日
*1999年09月11日:八ヶ岳ツアー:第3日
*1999年09月12日:八ヶ岳ツアー:最終日
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*1999年09月06日:作者の権利について


 「作者」の「意志」(あるいは「遺志」)は、どこまで尊重されるべきか。

 「考えるまでもない、“全面的に”尊重されるべきだろう!」、と、おっしゃる方は、少し考えが足りない。「この作品を破棄せよ!」、と、作者が命じた(命じる)例は、少なくないのである。その場合でも、その「作者」の「意志」は、尊重されるべきであるか?

 カフカの主要な作品の全て。ベルリオーズの「ミサ・ソレニムス」。そして何よりも、ヴェルギリウスの「アエネーイス」。これはアウグストゥス帝の命令で編集/発行されなければ、人類の歴史から失われていたのである。それが作者の遺志だったのだ。

 何か「素晴らしいもの」を作り上げてしまった人は、その創造物の「素晴らしさ」故に、その創造物に対する「正当な権利」を失う。それは芸術作品に限ったことではない。工業製品でも。あるいは「人間」でも..

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*1999年09月07日:時間の澱


 クラシック音楽の世界で大流行した「原典至上主義」。これは、作品が初演された時の姿に可能な限り近づけよう、とする考え方である。

 しばしば、「19世紀の手垢」と表現される。初演後、あるいは作曲者の死後に、人々がその音楽をどんどん改変して行く。「慣習的」なカットや追加、楽譜の書き換えが行われる。そういうことが、数十年も数百年も繰り返され積み重ねられて、初演時の「本来の」「ピュアな」姿は、見えなくなってしまっていた。それを再現しよう、というのである。

 大いに結構。

 しかし、考えてみて欲しい。

 「音楽」の宿命として、エジソンの発明以前の演奏は、全て地球上から消滅してしまっている。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン。ヴァーグナーの作品群も、その初演時の「音」は残っていない。

 だから、現代の我々に出来ることは、(文献資料その他をもとに)想像することだけなのだ。「原典至上主義」の落とし穴のひとつは、ここにある。そして、もうひとつ。

 この「運動」は、作品が初演されてから以降の「時間の堆積」に、価値を認めていない。そういう「時間の経過」を、「無に帰そうとする」運動なのである。

 考えてもみて欲しい。

 175年前にベートーヴェンの第九交響曲が初演されて以来、どれだけ多くの人々が、この作品を演奏し、聴いてきたか。よりよく演奏しよう、よりよく(その時代、その地方の)聴衆にアピールしよう、と、指揮者と演奏者(とプロデューサー)たちが心を砕いて来た、その積み重ね。時には楽譜を改変することも敢えて辞さずに繰り返してきた、果敢な試み。これが「19世紀の手垢」であり、「時間の澱」なのである。

 これを「無かったことにする」ことなど、許されるはずがない。

 「初演時の状態に、極めて近い(と推測される)演奏」を行い、記録に残す。資料的な価値は絶対にあるし、できるだけ数多くの作品について、こういう「研究資料」を作成していって欲しい。

 しかし結局、21世紀、22世紀に残って行く演奏は..19世紀、20世紀の「手垢」にまみれた演奏であろう。作曲者個人がいかに偉大であろうとも、その発想(発明)がいかに天才的であろうとも、その後の数百年間にわたって、数千、数万、数百万、数千万の人間が、その作品に対して注ぎ込んできた「想い」の総量に、互し得るわけがないのだ。

 願わくば、19世紀の手垢、20世紀の手垢が忘れ去られることなく..そして、21世紀の手垢、22世紀の手垢が、23世紀以降までも伝えられますように..

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*1999年09月08日:情報量とキャパシティ


 私が作成している2大リスト、「手塚治虫」と「吾妻ひでお」について、まだまだ判っていないことは、たくさんある。それで、未見の初出誌や不明な作品についての「ウォント・リスト」を作って、しかるべき筋や有志の方に渡すことも、まま、ある。

 しかし、そのリストが長大なものであればあるほど、反応は芳しくない。

 逆に、ほとんどリストとも言えない程度の、ワンポイント乃至数ポイント(ひとつ乃至高々数点の作品)に絞ったリストだと、たちまち反応(貴重な情報)が返ってくることがある。

 我が身に置き換えてみれば、理由は明白。数十乃至数百行に及ぶ、長大なリストが送りつけられたって、(例え善意の篤志家であろうとも)そうそう読んでいられる筈がないのである。

 リリース前の新製品の動作テストをする際にも、同じことが起こる。もちろん、全機能の実装が完了してから動作テストに入るのが理想だが、実際には、「出来たところから」テストに入ることも、ままある。怪しい箇所は早めに叩けという戦術であり、きちんとマネージメントされているのであれば、こういうスケジューリングもあり得るし、決しておかしくはない。(計画も立てずにやみくもにテストするのは、もちろん論外である。)

 実装が終わっていない箇所のテストをされても無駄なので、「テスト除外リスト」というようなものを、発行することになるのだが、問題は、この内容。例えば、「以下の機能はテストしないで下さい。1.テンポレコーディング、2.カウントイン中にシステムエクスクルーシブを受信するリアルタイムレコーディング、3.リアルタイムレコーディング中のトラック切り替え、4.ステップレコーディング中のデリート、5.リモートキーボードによるステップレコーディング、...」等と、20項目も指示されても、テストチームがまともに読んでくれる訳がない。目を通し終える頃には1.の内容を忘れていて、しっかり、「テンポレコーディング」の「バグ」を、報告してくれたりする。

 この例について言えば、(そんなに「レコーディング」回りのあちこちが不備ならば、)「レコーディングは、一切禁止!」、と、指示するべきなのである。

 上記2例、いずれも「仕事の与え方」の難しさの例であった。

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*1999年09月09日:八ヶ岳ツアー:第1日


 今日も明日も平日だというのに、白昼堂々有休をとって、遊びに行く。集合時刻は始業直後の9時、集合場所は会社の駐車場である。

 目的地は八ヶ岳。清里のペンションである。5年ほど前から、勤務先の(天文愛好者を中心とする)グループが、毎年、この時期にお世話になっている。なかなか立派な天体観測施設と小ホールを備えたペンションなのである。

 一行は5人。Yさん夫妻とAさん、Iさん、そして私である。車は2台。Iさんの車にAさん、Yさん夫妻の車に私が同乗する。私の車(マーチ)は、なかなかいい車なのだが、後部座席がいまいち狭いのと、何よりも荷物の積載可能量が、絶望的に、致命的に、いっそ清々しいほどに少ないのであった。

 浜松西インターから東名に乗り、10:55に清水インターを降りて、国1経由で52号。11:18に「道の駅 富沢」休憩所。12:00に食事を終えて、富沢の町(と町役場の中)を散歩する。12:45に発つ。

 141号経由で清里に入り、アイスクリーム休憩と放牧地休憩を経て、ペンションAに着いたのが、16:50。

 主目的は星空なのだが、あいにくの曇り空。しかし雲はそう厚いわけではなく、流れている。広い範囲が同時に見渡せることは無いのだが、部分的には、しばしば晴れる。

 ペンション敷設のドームで、22時前から23時過ぎまで、星空を眺める。

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*1999年09月10日:八ヶ岳ツアー:第2日


 今日は、体力系のスケジュール。(天気予報によると、いつまで晴天が保つかあやしいので、屋外系の行事は晴れているうちに片づけておこう、ということになったのだ。)

 10:15にペンションAを発ち、大泉・清里スキー場に着いたのが、10:38。もちろん、スキーをするわけではない。リフトで1900mの展望台まで。

 をを、UFOだ。これである。九分九厘、ただの反射だが、わざわざ確認もしなかったので「未確認」というわけ。「飛行物体」だったかと問いつめられると、それも確認しませんでしたが、(というか、ほとんど確実に「地上物体」だが、)ま、回りが雲っぽくて、浮いてるようにも見えるということで。

 12:25に出発し、「赤い橋」という休憩所で昼食。これからいよいよ、本日のメインイベント、川俣東沢渓谷の沢下りなのである。13:00に出発。

 ..これは、中途半端な山歩きよりも、遙かにきつい。とにかく、登り下りがムタクタに多く、しかも、その角度と足場がヘビーなのである。張ってある鎖に体重を預けて、腐りかかった木の梯子をつたい降りなければならない場所が、何ヶ所もある。梯子が腐り落ちてしまっている場所もある。

 先日も書いたと思うが、後頭部からの発汗量が異常であるところの私は、あっという間に、後頭部は風呂上がりも同然の状況になってしまった。哀れなのは、巻き添えを食った襟である。襟をつまんで汗を絞り出せたぞ(いや、マジで)。

 とはいえ、沢まで降りると、その冷たい清流は、別天地である。

 ルートは素直では無く、(というか、流れ沿いに歩いて降りられるほど、甘い地形ではなく、)何度も、沢まで降りては、また10メートル(20メートル?)以上も高いところに登り、の繰り返しであった。

 疲れた。死んだ。左脚がおかしくなってしまった。(登りよりも、下りの方がきついのだ。しかも、ある場所で降りる時に、うっかり、左脚を伸ばしきって「着地」してしまい、その衝撃が、足首と膝をつらぬいてしまった、というわけ。)ま、ピョコタンピョコタンすれば、歩けないことはないのだが。

 16:00前に渓谷を抜ける。ここからまた、車。16:16に清泉寮着。17:00発。17:05に花の公園着。17:25発。17:30ペンションAに帰還。

 今夜も曇天。食後、温泉へ。

 (古い読者の方は、あるいはお気づきであろう。廃墟通信が画像(写真)をリンクしたのは、実に今夜が、初めてであった。)

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*1999年09月11日:八ヶ岳ツアー:第3日


 温泉が効いたか、昨日の左脚の疲れは、ほとんど回復している。

 10:10ペンションA発。牛乳工場、JR最高地点を経由して、11:10頃、野辺山電波天文台着。

 「野辺山電波天文台」という言い方でいいのかな。パンフレットの表紙には、「NOBEYAMA RADIO OBSERVATORY/文部省 国立天文台/電波天文学研究系/野辺山太陽電波観測所/野辺山宇宙電波観測所」とある。細かい説明は、略。詳しく知りたい人は、http://www.nro.nao.ac.jp/ に行きなさい。

 ざっくり言って、「45m電波望遠鏡」で知られている。これである。真下から見上げたところが、これ。他に、「ミリ波干渉計」や「電波ヘリオグラフ」などがある。

 併設されている南牧村農村文化情報交流館で遊ぶ。グローブシアターという全天映画。宇宙から地球を見下ろして、一気に畑の作物へ、というズームアップは見事だったが、(実際、眩暈がした、)そのあとはいまいち。全天映画で農村風景を映しても、仕方がないと思うぞ。後半の「宇宙物」は、その意味ではミスマッチではなかったが、内容的にはちと退屈。

 引き続き、フライトシミュレータ。これは設定の勝利。「南牧村の平和を乱すUFO群を撃墜する、パトロール隊」なのである [;^.^]。(恥ずかしげも無く、「MAPS」である。「Minamimakimura Agricultural Patrol Simulator」なのだが、「南牧村農業体感シミュレータシステム」という「和訳」は、誤訳だと思う。)

 大体私は、PCのフライトシミュレータも、ろくにやったことが無いのだ。UFO群を上から狙う作戦に出たので、外れたミサイルが、地上の畑を誤爆誤爆 [;^.^]。

 13:54に発ち、食事を経て、15:10に萌え木の村着。

 オルゴール博物館は、うっかり見逃してしまったが、その代わり、屋外で行われた自動オルガンの演奏を、たっぷりと鑑賞。パイプ618本、レジスター数18、打楽器8、という、本格的なもの。演目はカルメン等。15:55発。

 16:00過ぎに清里現代美術館着。

 こだわりの展示である。ちょっと馴染みの薄いクリエイターと、あまり親しんでいない流派・手法(こういう言い方自体、「現代的(こんにち的)ではない」、ということになろうが)がメインなので、そこそこ居心地が悪く、新鮮であった。17:00発。

 17:08、大泉・清里スキー場駐車場の、清里星祭り会場。地方ならではの望遠鏡等の(都会では考えられない相場の)安売りがあるかと期待されたのだが、これは外れ。小規模な出店を冷やかして回るのは、しかしそれなりに楽しいものである。17:31に発って、ペンションAに直行。

 ベッドに寝転がりながら、デジカメからコンパクトフラッシュ経由でリブ100に取り込んだ写真(デジカメの仕様により、全てJPEG)を整理していて、妙なことに気がついた。画質の荒い写真が、数点ある。

 荒いのも当然。データサイズがやたらと小さい。これらは、リブ100で、PhotoFinishで90度回転してセーブし直した写真であった。なんでこんなにサイズが減ったの? JPEGって、こういうもんなのか?(なんと今まで、JPEGで画像をセーブしたことが、無かったのである。画集からのスキャンは、非圧縮フォーマットで行っていたのだ。)

 ..と、調べている暇もなく、今夜の観測時刻となったが..今夜も条件は悪い。明日、帰るのだから、今夜が最後のチャンスだったのだが、こればっかりは、まさに運を天にまかせるしかないのだ。仕方がない。

 とはいえ、部分的には雲が晴れ、空の奥深くまで見える時間帯がある。ペンションAのドームでは雲の切れ間に、大型の望遠鏡で木星などを観測し、それなりに満足。また、確かに浜松とは比較にならないほど、多くの星が見える。

 23:00前に車で出る。空の広いポイント(具体的には「まきば公園」の駐車場)で寝ころび、星空を眺めよう、というプランだったのだが..なんと、現地に近づくと、半端ではない濃さの霧。下界的に言うと、雲の中に突入してしまった。

 それから2時間近く、霧(雲)の晴れているポイントを探して走り回るが、付近一帯、濃淡の差こそあれ、基本的には霧の中である。諦めて、ペンションAに帰る。

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*1999年09月12日:八ヶ岳ツアー:最終日


 写真処理の件、PhotoFinishのオンラインヘルプを読むと、どうもそんなもの(サイズは一定ではない)らしい。回転したのが問題だったのではなく、JPEGセーブしたのが原因。つまり、PhotoFinishのデフォルトのパラメータ設定では、JPEGセーブというのは「サイズ圧縮優先/画質二の次」らしいのだ。ま、非圧縮のpcxフォーマットでの取り回しが基本アプリであるところのソフトだから、無理もない。

 じゃあ、いくらかファイルサイズはでかく、画質もそれなりに..という設定にしようとしたら..参った。パラメータが多すぎる。

 乾坤一擲の画像データを整形・処理するためには、むしろ少なすぎる位であろう。それは私にも判る。しかし、今の私には、トゥーマッチである。

 大昔(1994)のソフト、ImageViewがリブ100に入っていたので、これで処理してみる。

 をを。JPEGオプションとして、基本的には「画質」と「スムース」のふたつしか無い。「スムース」を0とし、「画質」を75から95(MAX)の間で調整すれば、「サイズ」が見事に「画質」の関数になり、しかも、そこそこ小さくなる。わかりやすくてよろしい。しばらく、これを使ってみるか。

 10:27、ペンションA発。途中、ジャムを買ってから、「三分の一湧水」を経て、11:45頃、まきば公園着。レストランで昼食。土産を買う。12:43発。

 あとは、往路に寄ったポイント(「清里カントリークラブ」でソフトクリーム、など)で休憩しつつ、浜松へ直行。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Sep 15 1999 
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