*1998年12月07日:学生時代のバイトの想い出 その二
*1998年12月08日:ある研修
*1998年12月09日:腰が上がらない
*1998年12月10日:DRUMについて
*1998年12月11日:時差について
*1998年12月12日:また潰れるよ [^.^]
*1998年12月13日:青天井な悩み
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*1998年12月07日:学生時代のバイトの想い出 その二


 先日に引き続いて、学生時代のバイトの想い出話をする。

 「訪問販売」に、いわば「人間観察」の面白さを見出したとはいえ、さすがに、500円/日程度の収入では意欲が続かない。何よりもまず、金を稼ぐためにアルバイトをするのであるから。

 そこで、商売替えをした。今度は筋肉労働である。R園という、大手の植木屋。ここでの仕事も、大変面白いものであった。

 早朝、実家から徒歩でR園に出勤し、常時5名乃至10名位はいたアルバイトと、大体同数の正社員が、トラックやダンプを連ねて、現場に向かう。それは造成中の団地だったり、大きな公園だったり、広い工場(というよりコンビナート)の敷地内だったり、交通量の多い幹線道路沿い(の並木)だったりした。

 素人のアルバイトが、剪定などさせてもらえるわけが無い。基本的に力だけ要して特殊な技術を要しない仕事。土運び、石運び、土降ろし、水撒き、掃除。そして、穴掘り。

 常時複数の現場を抱えている植木屋であって、正社員にせよアルバイトにせよ、ひとつの現場に貼りつきっぱなし、ということはない。正社員は、それぞれの現場の作業の進行状況に応じて、出動先を変えるし、アルバイトは適当にローテーションさせられる。ところがどういうわけか、私は最初の年、とある現場を最初から最後まで見届ける巡り合わせになった。その現場に取り掛かり始めるところから、仕事終いまで付き合ったのである。社長を含めていかなる正社員も、その現場に毎日向かったものはなく、結局私が、そこの事情に一番通じている者、ということになってしまった。

 それは、非常に広い工場の敷地内の緑化作業であった。多分、京浜臨海工業地帯のどこかだったのだろうと思うが、工場名は、全く憶えていない。化学工場だったような気がする。

 そこでの私の仕事は、くる日もくる日もくる日もくる日も、穴掘りであった。

 植木屋での諸作業のうち、最もきついのが「穴掘り」なのである。その証拠に、その年の春のシーズンが終わって給料をもらう時、最も苦しい現場で誰よりも長く働いた私には、特別ボーナスが支給されたのである。

 会社にとっても、ある程度意外なことであったらしい。その現場でのある日の昼休み。アルバイトも正社員も、午前中の作業の疲れを癒すべく、全員昼寝をしているのだが、正社員のひとりが私に、「お前は誰よりも先に逃げ出すと思っていたよ」、と、横になったまま、グロッキーな表情で言ったものだ。それを聞いている私は、昼寝もせずにお茶など飲んでいた。

 彼が言うのも無理はない。私は当時からやせっぽちで、とても朝から晩まで(何週間ものあいだ)穴を掘り続けていられるようには見えなかったからである。確かに腕力はなかったのだが、こういう作業で要求されるのは、瞬発力よりも、むしろ持久力である。私はそれには自信があった。(今ではもう、全然駄目だが。)

 翌年の春、再びR園でアルバイトをしたが、前年とはうって変わって、重労働が要求される現場はほとんどなく、芝刈りなどの(少なくとも運動量的には)楽な仕事の現場ばかりであった。そのため、この年は特別ボーナスもなかった。

 いや、ひとつだけ、きつい現場があった。それは、街路樹のメンテナンスであり、われわれ筋肉労働部隊は、樹木自体の手入れではなく、例の鳥居型の添え木?を埋めて回ったのである。

 これは苦しかった。あれを埋めるためには、極端に細長くて深い穴を掘らなくてはならないのだが、それ専用のスコップというものがやはりあって、これは一言で言えば、巨大なハサミの先端の形状が、向かい合わせのスコップになっているもの。これを地面にぶっ刺して、土をつまみ上げる..

 どう考えても、不合理である。ハサミの柄を(直角に)握って突き立てるのであるから、力と言うか反作用の方向が、拳(掌)の内側の表面を、小指側から人差し指側に走ることになる。

 あっというまに豆が出来、すみやかに潰れた。もう、グチャグチャのズルズルのベチャベチャのドロドロである。血膿である。グロである [;^.^]。肌が軟弱な私だけではない。他のアルバイトも正社員も皆、これには悩まされていた。

 たまりかねて、高校時代に体育の鉄棒競技の時間に使っていたプロテクターを引っ張り出して着用してみたが、少しはましか、という位であった。なにしろ、このプロテクターが想定している力の向きとは、90度異なる方向からの“攻撃”を、和らげなければならないのである。

 ま、2年目でしんどかったのは、この現場くらいのものではあったのだった。

 (ついでに思い出したので、メモしておく。一年目の現場の広大な工場の中の、とある棟に掛けられていた垂れ幕が、「来月の目標:作業事故の皆無!」..

 社員やアルバイトの誰彼をつかまえては、これはおかしいよねー、と、一緒に面白がろうとしたのだが、誰もわかってくれなかったのであった。もしかして、当時からこのようにして、人間関係を少しずつアレしていたのか? [;^J^])

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*1998年12月08日:ある研修


 月に一度の、名古屋での某研修。

 周囲を見回すと、3人に2人は意識が無い [;^J^]。まぁ、寒い戸外、暖かい室内、昼食直後、と、これだけ条件が揃えば仕方が無いかな。

 居眠りするのは勝手だが、鼾はやめよう [^.^]。実に素晴らしい重低音を(正確なインターバルで)響かせている人が、ひとりいるのだが、眠って力が抜けているせいか、柔らかく胴鳴りしており、広い部屋の反対側まで、無理なく届いている。(ボイトレ、再開しないとなぁ。)

 ま、この研修の内容はさておき、かつて受講した、とある研修の内容を思い出したので、それを書こう。

 確か1〜2年以内に受けた、昇格者研修である。「とある支店に赴任した新任支店長が、(週明けから赴任する、その前日に)その支店に休日出勤して、1時間ほどの制約時間の中で、溜まっている(申し送りされた)書類の山を出来るだけ片づけておく」、という状況を想定してのシミュレーション。

 25通ほど溜まっている書類を、この制限時間の中で、より多く、より正確に(妥当に)処理しなくてはならない。25通全てを処理するのは、まず不可能である。

 その支店の人員構成、服務規定など、最低限の背景知識しか与えられていない。しかも、その書類群の内容は、実に多彩なのである。各種の連絡書、決済申請、周辺住民からのクレーム、伝票、寄付依頼、などなど。発信者も、女子社員、部下の係長、上司、取引先、役員、周辺住人、マスコミ関係者、などなど。

 そしてこれらは、互いに微妙に矛盾しているのである。このことに気が付かない人は、機械的に上から処理してしまうのだが、それでは状況を正しく見抜けないのだ。「どこかおかしい..」と気がついて、相互に慎重に突き合わせて、何故、矛盾しているのか、その裏の状況を見通して、正しく判断しなくてはならない。しかも当然ながら、処理案件の重要度には、差がある。この際時間切れで見送っても構わない(翌日以降、フォローすれば良い)案件もあるし、大至急、処理しなければならない案件もある。重要度の判定が難しい案件も含まれている。

 そして、これらの(点描的な)書類を、正確に組み合わせて読み解くことに成功した人は、驚くべき真相に気が付くことになる。この支店は..ほとんど腐りきっていたのである!

 ..面白そうでしょ?

 こんな面白いゲームを、会社の金でやらせてもらえるんだから、昇格しないと損だよ。

 その時は想起しなかったが、こうして今、思い出してみると、これは「誰がロジャープレンティスを殺したか」に似ているな。このD・ホィートリーの作品は、いわゆる実物探偵小説で、最近は流行らない形式かも知れないが、パッケージの中に、タイプされた手紙やら、写真やら、切手やら、そういう「実物の」証拠品を収めて読者に提供し、謎解きをさせるのである。

 上記の研修でも、この25通の紙背に、じっくりと目を通せば..実は、「死体なき殺人事件」が浮かび上がってくる..とか、「支店の社員は、実はすべて贋物に入れ替わっていた」、とか、「読み終えた時、あなたの背後には..」とか、そういう仕掛けがあれば面白かったのに。(なんの研修なんだか。[;^J^])

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*1998年12月09日:腰が上がらない


 例えば昨日の日記では、FONT タグを使っている。そればかりではなく、改行には P タグを使っているし、実際、酷いもんなんである、「廃墟通信」に限らず、私のページのソースと来た日には。

 いつか直そう、と、2年くらい前から思っているのだが、なんとなくズルズルと引き伸ばしてこそ、人間味豊かであるというもの。

 ..とか、そうこうしているうちに、時代はスタイルシートになってしまったので、(FONT タグなんかやめて)全面的にスタイルシートを導入して書き換えるついでに、P タグの使い方とか、全部直そうよ..

 ..とか、そうこうしているうちに、ネットスケープはスタイルシートのサポートがいまいちであるという情報をつかみ、それなら、スタイルシートをきちんとサポートしたネットスケープのバージョンがリリースされるのを待とうよ..

 ..とかまぁ、物事に着手するのを一日延ばし、一分延ばし、一秒延ばしにする理由など、無限に思い付き続けるものであるという、ひとつの事例であった。

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*1998年12月10日:DRUMについて


 おや、久しぶりにモーニングを立ち読みしたら、「部長 島耕作」の“新”連載が始まっていた。ま、そこそこ面白そうだからいいけど、この雑誌、いまや完全に、過去の遺産の食いつぶしモードに入ってないかい? [;^J^]

 それはそれとして、本質的でないところで引っかかった。他の企業ならともかく“初芝”の“社長”と“副社長”が、「16メガバイトDRUM」などと口走ってはいかんなぁ。(それはドラムだっつーの。)

 アシも編集も校正も、誰も気が付かなかったのかなぁ。最初は(あるいは途中から)正しかったのに、どこかでバグってしまったのかなぁ。やっぱ、堅気な人は、DRAMなんて言葉、知らないんだよなぁ。

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*1998年12月11日:時差について


 私の勤務先は、全世界に代理店を持っている。まぁ、我々開発セクションの人間が、販売セクションである「代理店」と、直接コンタクトを取ることはほとんど無いのだが、アメリカやイタリアにある「開発拠点」と、リアルタイムコミュニケーションが必要になることは、たまにある。(普通は、電子メール等によるノンリアルタイムコミュニケーションで、問題ないのだが。)

 10年位前のことだったと思う。その日のうちにイタリアの関連会社の連中と連絡を取り合って解決しなければならない問題が、持ち上がったことがあった。

 イタリアとの時差は8時間。つまり、彼らが出社するのを待っていた我々は、残業時間帯になって、ようやく作業を開始できたのである。それから、FAX(と電話)で、ああでもないこうでもない、とやりあっているうちに、21時前、「今日は土曜日で半ドンなので、もう終業だよん」、と、彼らは先に帰ってしまったのである。残されたのは、唖然とした表情の我々。[;^J^](それからさらに数時間、われわれが働き続けたのは言うまでもない。)

 や、やつらは、私たちが一日働いたあとの残業時間から仕事を始め、宵の口に帰ってしまったのである。[;^.^]凸

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*1998年12月12日:また潰れるよ [^.^]


 先日の日記で、新装開店したはいいが、全然廉くないぞぃ、と、噛み付いた「セルフサービス」のガススタンド。

 良くよく見てみたら、「給油以外はセルフサービス」であった。あのな。[;^J^](つまり、窓を拭かないだけかぃ。 [;^J^])

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*1998年12月13日:青天井な悩み


 2Gである。狭いのである。

 大型アプリをほとんど使わず、グラフィックをHDにため込んで持ち歩く趣味も無く、データ資産はほとんどすべてテキストファイルなので、1Gに大体収まっていたのだが..「CD−R」と「携速95」が、話をぶち壊した。

 画集等からスキャンしたデータをCD−Rに焼く時には、HDに1G位のワークエリアが必要だ。上記1Gとこの1Gで、ちょうど満杯である。そこに「携速95」。

 このソフトは、CD−ROM(等)のイメージを、(必要ならば圧縮して)HDにインストールする。英和辞典も国語辞典も世界大百科事典も持ち歩けるのである。無茶苦茶便利である。僅か1年前には、夢にも思わなかった環境である。

 PC革命の重要なブレークスルーと言えば、誰もがインターネットを筆頭に挙げるであろう。それに否やをとなえるつもりはない。しかし正直な話、私がここ数年内にPCに関連して最も感動したことと言えば..リブレット100の中に、平凡社世界大百科事典が「入ってしまった」ということなのである。この事件にこそ、「未来」を、「来るべき(そして既に実現された)21世紀」を、感じたのだ。それは、私がとことん、ブッキッシュな人間だからであろう。(← この言い回しは、澁澤龍彦のパクリである。)

 それはともかく、だから2Gでは、話にならんのである。CD−Rを焼く時には、携速でインストールしたCD−ROMイメージファイルを削除しなくてはならないし、出かける時には、どのCD−ROMイメージを入れて持ち歩くか事前に選んでインストール(コピー)しておかなくてはならない。

 そこで、HDの換装ということになる。自分でやれば保証は切れるし、修理もしてもらえなくなるが、最近始まった、東芝の「グレードアップ サービス」を利用すると、保証を残したまま正規に交換してもらえる。但し、リブ100の場合、いまのところ4Gマックスである。

 2Gで足りないのだから4Gで足りるわけが無い。(保証を捨てて)自分でやれば、もっと大きいものが入れられるが、それでも6Gくらいまでだ。いやはや、10Gあっても足りないとは思うものの、この辺が妥協のしどころか? 6Gとなると、それほど廉くもない。CP比のバランスの見極めが、非常に難しいところである。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Dec 16 1998 
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