*1998年09月28日:結論:モデムカードの故障
*1998年09月29日:「日本は未開国である」
*1998年09月30日:「G−taste 1」を買う
*1998年10月01日:「G−taste 2」を買う
*1998年10月02日:「2人におまかせ SUPER REMIX」を買う
*1998年10月03日:「2人におまかせ 全6巻」を買う
*1998年10月04日:「Dear Boys」は見送る
*目次へ戻る *先週へ *次週へ


*1998年09月28日:結論:モデムカードの故障


 帰途、「刺客列伝」(鄭問(チェンウエン)、講談社)と「萬歳」(同)と「炎の筆魂 弐之拳」(島本和彦、朝日ソノラマ)と「三国志 11、12」(横山光輝、潮漫画文庫)と「逆襲の<野獣館>」(R・レイモン、扶桑社ミステリー)を買い、T八でひたすら読む。

 帰宅してから、調子が悪くなって以来、たっぷり20時間ほど寝かせておいたモデムカードで、再度ニフへの接続を試みる。NG。つながらない。そこで、ハードの問題かソフトのトラブルか最終的に見極めるために、ネットスケープ4.04をインストールする前に取って置いたフルダンプ(VFATBAK)からリストアし、旧ソフト環境に戻してから、リトライ。NG。

 モデムカードの、物理的故障と決まった。

 このカードは、明日にでもさっさと修理に出すとして、代替ハードが必要だ。先日、一時的にモデムカードを(リブ100ごと)紛失した際に購入したカードは、既に社内でforsaleしてしまった。

 PC周辺小物収納箱の底から、MicrocomのV.34 ESIIが出てきた。ひところベストセラーになった(と記憶する)外付けモデムである。カードモデムの導入に伴ってお払い箱になっていたのだが、試しにシリアルポートにつないでみたら、ちゃんとつながる。仕事している。立派なもんだ。不憫な奴。しばらく、こいつに頼ることにしよう。

*目次へ戻る


*1998年09月29日:「日本は未開国である」


 ..と“時々”発言する人々がいる。(“時々”というのが、ポイント。)

 どういう時に発言するのかというと..それは、他国の“後進性”や“野蛮性”に、国民の多くが眉をひそめる場合である。例えば北朝鮮。あるいはアフリカで今なお続く虐殺。もう少し穏やかな例では東南アジア諸国における著作権侵害。旧ソ連圏における経済崩壊と政治的揺り戻し、等など..

 そういう話題がはじまると、必ず顔を出して、「いやぁ、本当に未開なのは、日本の方ですからねぇ..」、と、わけ知り顔。

 彼らの(あるいは彼らの発言の)共通した特徴は、「まったくなんの役にも立たない」ことである。言ってみせるだけ。行動しない。(選挙では、棄権するタイプ。)議論を発展させることもしない。(「どこが未開なの?」、と、突っ込まれると、例外なしに、カッコだけつけて、逃げる。)

 楽しているのである。思考停止なのである。それは、(未開である、というのが)“一面の”真実だからだ。国民の政治意識。民主主義が真に育っているか。著作権を大切にしているのか。「未開である」、と、言って言えないことはないのだ..しかし「未開」というタームを、馬鹿のひとつ覚えのごとく繰り返すだけならば、未開国の原住民どころか、人間以前の九官鳥である。

 大体、失礼である。日本(及び日本人)に対してではなく、比較対象とされた相手国に対して。

 自国が決して未開ではない(どころか、最先端の国である)と信じている多くの日本人に対して、「未開である」という“意外な主張”を突きつけることによって、いいカッコをしよう(一目置かれよう)、というのが、彼らの真意。つまり、(日本よりは“まだまし”な側面もある、として)引き合いに出された、北朝鮮、アフリカ諸国、東南アジア諸国、旧ソ連圏諸国、等などが「未開であることは自明である」という前提に立った、発言なのである。

 修理のため、モデムカードを発送する。

*目次へ戻る


*1998年09月30日:「G−taste 1」を買う


 有休をとって、S予防検診センターで、半年前の人間ドックの再検査。肝臓系である。結果は「横ばい」。悪化もしていないが、さほど良くもなっていない。

 ネットスケープ4.04の冤罪は晴れたので、インストールし直す。本音を言えば3.01で十分なのだが、3.01はスタイルシートに対応していないのである。今後ますます、3.01ではまともに読めないページが増えていくに違いない。これもご時世だ。それにしても、ブックマークを「ALT + B( + フォルダ名、ページタイトルの頭文字)」で選べないのは、痛い。

 ついでに、TeraTerm Pro、Becky!、ACDseeなども、最新版に入れ替える。

 BOOK OFF で、八神ひろきの「G−taste 1」(講談社)を買う。これは、久しい以前から、非っ常〜〜に、気になっていた本なのである。

 とにかく、表紙が美しい。しかも、どの書店でも(新刊ではないのに)平積みか、あるいはディスプレイされている。売れているのである。しかし私は、この漫画家のことは全く知らない。作品の内容も知らない。もちろんビニ本状態なので立ち読みできない。

 ためしに買ってみるには、少々高い。しかも..どうやらエッチ系らしいのだが、エッチ系のマンガ(あるいはイラスト集)というのは、99%、ゴミなのである。私は、エッチ系というのは(コンセプト的には)むしろ好きなのだが、私が見た限りにおいては、実作品として読むに値するものは、ほとんど無い。とにかく、絵が汚い。下手。人間の骨格をしていない。

 私の勘では、これ(「G−taste 1」)はゴミではない。しかし、1000円以上だして、まんいちゴミだと、ちとつらい。それで今まで買いそびれていたのだ。

 BOOK OFF で、ほぼ美本状態のものが、500円弱。これなら(仮に外しても)オッケーでしょ、と、買ってみたという次第。

 ..なるほど。

 ..これはいい。

 とにかく、綺麗である。美人。可愛い。絵がうまい。もちろんエッチ系なのだが、お下劣なものではなく、非常に抑制 [;^.^] された表現の、上品 [;^.^] とさえ呼べるものである。良い作品が正しく評価されるのは、素晴らしいことだ。「G−taste 1」が平積みになっている日本は、この限りにおいては、未開国とは言えない。

*目次へ戻る


*1998年10月01日:「G−taste 2」を買う


 一日おいて出社したら、アスカ書店から「だまって俺について来い」(とり・みき、青林堂)、城北ざっしから「とつげきウルフ 第3巻」(島本和彦、少年サンデーコミックス)が届いていた。

 帰途、「学校怪談 第10巻」(高橋葉介、少年チャンピオンコミックス)と「ワルキューレ」(松本零士、新潮コミック)と「G−taste 2」[;^.^](八神ひろき、講談社)を買う。「学校怪談」は雑誌(少年チャンピオン)でリアルタイムに読んでいる。「ワルキューレ」は分厚いし、前作「ラインの黄金」の内容(伏線)をだいぶ忘れているので、これを再読するのが先。従って、この2冊は後回し。

 ということで、「G−taste 2」を、T八で読む。こういうのを人前で読めるようになれば、一人前である。とはいえ、カウンタで隣に女性客が座れば、いそいで(しぶしぶ)鞄にしまう程度のたしなみは、持ち合わせているつもりである。

*目次へ戻る


*1998年10月02日:「2人におまかせ SUPER REMIX」を買う


 松本零士の「ラインの黄金」「ワルキューレ」を、続けて読む。

 ヴァーグナーの楽劇を換骨奪胎した、というよりは、ヴァーグナーを発想の素材として、自分自身の物語を自由に展開している、と言って良い。

 ハーロック、エスメラルダス、エーテル、トチローら、オールスター顔見せ興行の趣向は嬉しいが、私は松本零士を組織的に読んでいないので、中には良く判らないキャラクタもいる。

 但し、構成は緩い。これだけ多数のキャラクタを(複数の時代で)動かす作品の場合、因果関係を緊密に組み上げていくのが肝要(醍醐味)だと思うのだが、(詳しくは説明しないが)そういう感覚が、作者には全く無いのである。そのため、いわゆる「大河ドラマ的」感動は、大幅に割り引かれることになる。まぁ、星の海の中で、これらのキャラクタが動いているのを見るだけで幸せ、というファンにとっては、これでもいいのだろうし、そういう読み方を、私は否定するつもりは無い。決して悪い作品ではない。残り2巻、「ジークフリート」「神々の黄昏」がどう展開するか、楽しみである。現在、「ジークフリート」は、Webで連載されている。

 もう、仕方がないので、「2人におまかせ SUPER REMIX」(八神ひろき、講談社)を買ってしまう [;^.^] 。「G−taste」の2冊を買って、これを買わない、というのは、私の美学(秩序観念)からは有り得ないことなのである。

*目次へ戻る


*1998年10月03日:「2人におまかせ 全6巻」を買う


 もう、どうしようも無いので、「2人におまかせ 全6巻」(八神ひろき、講談社)を買ってしまう [;;^.^]。「2人におまかせ SUPER REMIX」を買って、これを買わない、というのは(以下略)。

*目次へ戻る


*1998年10月04日:「Dear Boys」は見送る


 もう、とまらないので、「R.田中二郎のホームページ」で検索して、八神ひろきの残る(唯一の)主要作品「Dear Boys」を発見し、その勢いで発注してしまう..と思ったでしょ。さすがにブレーキが働いた。[;^J^]

 巻数も多いし、これは店頭で見た記憶が、全く無いのだ。仮に買うにしても、書店で(内容確認は無理でも)少なくとも表紙くらいは確認してからだ。

*目次へ戻る *先週へ *次週へ


*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Oct 7 1998 
Copyright (C) 1998 倉田わたる Mail [kurata@rinc.or.jp] Home [http://www.kurata-wataru.com/]