*1998年09月14日:デマについて
*1998年09月15日:音楽資料室の想い出
*1998年09月16日:漣
*1998年09月17日:世紀末の腕時計
*1998年09月18日:猿は頓挫する
*1998年09月19日:スキャナーを修理に出す
*1998年09月20日:「塗仏の宴」
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*1998年09月14日:デマについて


 ネットワーク上には、絶えずデマが流れている。悪意の(意図的な)デマもあるのだろうが、私の見るところ、ほとんどのデマは“裏を取っていない”だけのものである。で、必ず「お叱り」をこうむることになる。当然である。

 この類のデマで、あまりの馬鹿ばかしさに忘れ難いものが、一件ある。いつのことだったかは、忘れた。

 fj のどこか。雑誌の廃刊に関する話題が続いていたなかで、とある大学生が「..というわけで、最近潰れた雑誌には、例えばSFマガジンがあります」。

 もちろん、潰れていない。当然、「どこでそういう話を聞いたの?」、と、問い返される。

 「僕の友だちに、大変なSFマガジンファンがいて、毎月、その月の号の話をするんですよ。それが、ここ数ヶ月間、SFマガジンの話をしないので、これは潰れたんだな、と」..

 ..叱責の言葉ひとつなく、黙殺されたのであった。[;^J^]

 BOOK BOX から「ウルトラマンG」(島本和彦)届く。

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*1998年09月15日:音楽資料室の想い出


 今では、FCLAのオフ絡み以外の上京時の定食コースは、「ひかりで8時半前後に東京着、17時まで国会図書館、その後は、現代マンガ図書館、神保町、秋葉原、渋谷、池袋のうち3箇所ほど」、か、国会図書館に用が無ければ、「東名バスで12時頃に霞ヶ関着、現代マンガ図書館、以下同文」、のいずれかである。

 ほんの数年前、手塚治虫の大調査を始める以前の定食コースは、全く異なっており、「12時前に上野着、音楽資料室で調査、(オプションで美術館、)東京文化会舘でコンサートを聴いてから、拍手もそこそこに新幹線に飛び乗る」、であった。

 「音楽資料室」は、東京文化会舘の4階にある。(現在、改装中だとかで、どこかに移転しているらしい。)ずいぶん長く御無沙汰しているので、最近の様子は判らないが、例によって思い出話を。

 ここには、クラシック音楽の「音」と「文献」の資料が、豊富に収められている。「音」については、LP、CD、LDなど。「文献」については、楽譜や書籍など。こういう施設は、他に「民音」があるらしいが、これは利用したことがない。また、音楽大学の図書館が一般開放されている場合は、当然、それらも利用できよう。

 音楽資料室が、SPやLPやCDを、どの程度網羅的に集めているのかは、知らない。国内発売されたものをことごとく、という方針では、無かったと思う。(「運命」の同曲異演盤を何百枚も収集しても、“音楽的”には無意味だわな。[^.^] あらゆる演奏家の完璧なディスコグラフィーを整備するつもりならともかく。)

 この前利用したのは、何年前だったろうか。閲覧(視聴)したい書籍/楽譜/CD/LDなどの資料番号をカードで調べ、それを申請書に書いて提出して暫く待っていると、出納されるのである。ソフトの視聴は、座席番号を指定され、そこに置かれているCD/LDプレーヤーを使う。LPは、レーザー読み取りのプレーヤーで再生する。(埃に弱いのか、“針飛び”(光飛び?)しやすい、という印象を受けた。)この体制になったのは、比較的最近のこと、すなわち、CDが主流になり、LPの再生に(摩耗や損傷の恐れが無い)レーザー方式が使えるようになってからだ、と、記憶する。私の学生時代(15年ほど昔)は、こうではなかった。

 カードで調べて、申請書を提出するところまでは、同じ。違うのは、出納されるのがソフト自体ではなく、LPのジャケットとライナーノートだけ、ということである。

 それらを持って、指定された座席についてヘッドフォンをかぶり、スイッチを押す。すると..コントロール・ルームよろしく、ガラスの向こうの別室で待機しているお兄さんが、その部屋にずらりと並んでいるLPプレーヤーで、申請書に指定した順番(LPの名前とトラック番号を、聴きたい順に書いておくのだ)でプレイバックするのである。当然、プレーヤーは、座席の数だけある。(確か10以上。20は無かったと思う。)もちろん、LPの時代だったからだ。貴重な(かけがえの無い)資料を一般人に触らせるのは、恐かったのである。

 容易に想像がつくように、コントロールルームのお兄さんは、とても忙しいのである。10以上のタスクの並列処理。クラシックであるから、1曲1曲は比較的長いとしても、この交響曲のこの楽章、この序曲集のこの曲、というのが続くリクエストだってあるのだ。昨今のDJがやっていることとは全く異なるが、多数のプレーヤーを常時睨んで、あるプレーヤーにかかっているトラックが終われば、待たせることなく速やかに次のレコードをかける。これは見ていて、かっこいいと思えるところが、なくもなかった。

 当然、たまには、ミスもやらかす。[;^J^]

 その時、私が聴いていたのは、ベルリオーズの「ベンベヌート・チェリーニ序曲」。この曲は、終わる直前にゲネラルパウゼ(総休止)があり、そこからクレッシェンドし直して終わるのだが..(曲を知らなかったらしい)お兄さんは、ゲネラルパウゼで、慣れた手つきで素早く針を上げ..キッ、とコントロール・ルームを睨み返した私と目が合って..針を下ろし直したのであった。[^.^]

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*1998年09月16日:漣


 台風一過。

 爽やかに晴れ渡った空。

 朝一番で出社した私の車は、駐車場があったはずの場所に広がる湖の岸辺に、佇んでいた..

 昨夜から残っている強い風が漣(さざなみ)をかきたて、それか岸辺(駐車場の入り口)に打ち寄せる..

 ..いやはや。[;^J^]

 この駐車場、もともとは沼地だったとかで、排水能力がなってないのである。夜間に大雨が降ると、こういうことになる。大体、年に一度位か。

 それにしても、今朝の風情は格別である。好天もさることながら、(例年は、朝まで雨が残っている中での水没が多く、これは興じている場合ではなく、鬱陶しさが先に立つ、)強い風に煽られた漣がポイントであろう。仕事前のリフレッシュとして、しばしリゾート気分を満喫してしまったことである。

 (..などと牧歌的なことを言ってられる状況ではない被災地の方々には、お見舞いを申し上げます。[_ _])

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*1998年09月17日:世紀末の腕時計


 職場の掲示板には、業界関係の新聞記事の切り抜きのコピーが、随時掲示されているのだが、久々にこけた。

 小室哲哉が腕時計をプロデュース。それはいい。新聞記事なので要領を得ないが、いくつかの音色とリズムパターンが入っていて、テンポを変えることもできる。いわゆるグループ(ノリといいますか)を変えることが出来るかどうかは、よく判らない。ユーザーが自分でリズムパターンをプログラミングすることは、多分出来ない(と思う)。なんで腕時計にこんな機能がつかなきゃならないのかさっぱり判らないが、これもよしとしよう。

 ひっくり返ったのは、想定ユーザー層である。10代20代の若者たち(これは当然)と、「音楽関係者」!!

 「小室の最新のリズムパターン」を、ありがたく身につけておく業界関係者というのを、どうしても想像できないのだが。[;^J^]

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*1998年09月18日:猿は頓挫する


 まいりました。

 スキャナーで撮った画像をよくよく見てみたら、右下あたりに、薄い水色の直線が入っている。ノイズ(というかなんというか)である。今まで撮りためた画像からサンプリングしてチェックしてみると、目立つもの目立たないものいろいろあるが、基本的には全て、この水色の線が入っている。

 430枚。[;^J^]

 普通、4枚とはいわないまでも40枚も撮れば気がつきそうなものなのに、どうしてまた見落としていたのか。

 実は、比較的初期の段階で、目に入っていたのだ。しかしそのとき運悪く、元の絵にも、そのあたりに同様に水色の直線状のノイズが乗っていたのだ。当然、これはソースのせいである、と安心し、そのために“目が曇って”しまったのだった。(ひとたび疑ってから、その疑いが晴れると、以降は心理的盲点になる。ミステリの基本。一件不再理(とは違うか [;^J^])。)

 がたがた言わずにスキャナーを修理に出そう。画像は全部撮り直すことにする。中には目立たないものもあるのだが、それを選別する手間が惜しい。430枚撮るために、40時間近くかかっている筈だが、撮り直しにはこれほどの時間はかからない。何故なら、これまでの作業範囲については、「どの絵を撮るか」という選別作業、及び、撮った画像のデータの打ち込み、という、非常に手間のかかる作業は終わっているからだ。(その意味でも、撮り直す画像を選別しているより、出来上がっているリストの順に全て黙々と撮り直す方が、速いのである。)

 ということで、猿作業は中断。お陰で、他のことをする時間が出来た。前向き前向き。

 京極夏彦の「塗仏の宴 宴の始末」が、ようやく出版されたと聞く。半年前に、前編である「塗仏の宴 宴の支度」を買って、積んでおいたままである。(後編が出る頃には、細部を忘れているに決まっているから、読まずに置いておいたのだった。)「宴の始末」を明日購入することにして、「宴の支度」を読み始める。

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*1998年09月19日:スキャナーを修理に出す


 宅急便の営業所にスキャナーを持ち込んで、ソフマップに発送。買ったのは3年も前であるから、当然、保証期限は切れている。

 「塗仏の宴 宴の始末」「手塚治虫キャラクター図鑑 3、4」「レコード芸術 10月号」を買う。これだけで、結構な出費である。吾妻ひでおの「贋作ひでお八犬伝」(マガジンハウス)は17日発売の予定だったが、いまだに見つからない。

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*1998年09月20日:「塗仏の宴」


 「塗仏の宴 宴の支度」「塗仏の宴 宴の始末」を、一気に読了。(見事に週末が潰れてしまった。[;^J^])

 ネタバラシにならない程度に、感想を書く。

 傑作である。しかし..これほど大々的にマインドコントロールが押し出されている点については、必ずしも賛成できない。(これはネタバレではないので、ご安心を。前半の時点で、あらゆる関係者の「記憶」が操作されている可能性が、示唆されている。)読んでいて、非常に不安なのである。この記述は信用できるのか。証言や追憶どころか、現在の事件の記述者の視点すら、信用できなくなってしまう。

 昨今のミステリでは、あるいはここまでやるのも珍しくはないのかも知れないが..ほとんど反則に近いと思う。しかし..「もはやミステリとは言えない」とは思わなかったのだから、これは「ルール」の(強引な)「拡張」に成功しているのだ、と言わざるを得まい。豪腕である。

 真相については、もちろん触れないが、これはSFとしてまとめる方が座りが良かったようにも思う。[;^J^] いや、もちろん、SFにしてしまうと、なんとも古風になってしまうので、ミステリの領域内でまとめたのは正解。(このあたり、鈴木光司よりも巧妙というべきか。)

 気になったのは、真相ではなく、決着のつけかた(エンディング)であり、このシリーズの行く末である。[;^J^] 詳しくは述べないが、キーワードは「美少年」である。[^.^]

 来週末の「荘厳ミサ」オフでは、ベートーベンの「第九」の終楽章もやるのだが、大太鼓とシンバルの奏者がおらず、(従って)レンタルの予定も無い、ということで、急遽、シンセで大太鼓とシンバルもやることになった。シンバルが、ちょっと問題。十分いい音を提供できる自信が無いが、なんとかしよう。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Sep 23 1998 
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