*1998年07月20日:私の典型的東京買い出し紀行
*1998年07月21日:「原獣事典」
*1998年07月22日:「どろろ」「少年」
*1998年07月23日:はじめてのオートマ車の思い出
*1998年07月24日:ヘルマン・プライ死す
*1998年07月25日:GODZILLA/ワニガメ/ローマの松
*1998年07月26日:「手塚治虫全史」リスト、照合中..
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*1998年07月20日:私の典型的東京買い出し紀行


 横浜の実家をゆっくり発って、まず中野まんだらけへ。とり・みきの「るんるんカンパニー ベストコレクション」の第1巻(この3巻本は、5年以上前、まだ、とり・みきのファンでは無かった時代に売り飛ばしていたのだ。買い直しである)、「漫画の手帖」を数冊、それと宮谷一彦の「肉弾時代」(太田出版、QJマンガ選書)が、早くも定価マイナス600円で出ていたので、これはラッキーと買っておく。

 「少年」の1967年1月号が6000円。迷いに迷う。何故なら、「まんだらけ 21号」にこの号が出ていたので、抽選に応募しているところであり、その結果が出るのは月末。当落通知を待っていると、店頭から消えてしまうかも知れない。かと言って、保険のために買っておくには、いささか高い..目をつぶって(当選の可能性に賭けて)、ここは見送ることにする。

 次に、現代マンガ図書館。まず、手塚治虫の「やけっぱちのマリア」「アラバスター」「マグマ大使」の初出誌を、ありったけ閲覧する。どうしてまたこんなものを調査し残していたのかというと..この時代の「少年チャンピオン」と「少年画報」は、国会図書館では全滅であり、ここ(現代マンガ図書館)にも、スカスカの歯抜けの状態でしか収蔵されていないからである。

 そういう半端な調査をしても(その作品の、ごく一部のデータしか明らかにならないので)仕方が無い、と、以前は考えていたのだが、調査も終盤に至って、どんな断片でも読めるだけ読む、と、発想を改めたのである。

 さらに、島本和彦の単行本未収録作品を(持参した「単行本未収録作品リスト」にチェックを入れつつ [^.^])、20篇以上読む。蔵書目録を調べきれなかったが(なにせ − いつものことだが − 時間が足りない)、あと5篇ないし10篇は、ここで読めると思う。

 神保町に回り、中野書店。スカ。書泉ブックマートで「堕靡泥の星 2」(佐藤まさあき、アスペクト、愛蔵版)をゲット。これで3冊揃った。しかし重い。坂を登ってお茶の水駅前のディスクユニオンで、だぶっていたCD(クラシック)を2枚売る。

 線路沿いに坂を降りて、秋葉原へ。まずはリブ100の増設メモリ(32M)だ。ラジオデパート1Fの店は閉まっていたので、若松通商へ。プリンストン社の製品を1万5800円でゲット。探せば、もっと廉いところもあるのかも知れないが、僅か2ヶ月前までは、298が相場だったので、これでよしとしよう。閉店間際の東芝テクセンに飛び込んで、メモリを装着し、起動も認識も問題無いことを確認する。(椅子と机を借りただけである。[;^J^])さらにチチブでACアダプタ。これで、自宅と会社にACを置きっぱなしにして、本体を持ち歩くだけで良くなった。リブ100固有の周辺機器への投資は、これで終わりである。(ポートリプリケーターは、買わない。)

 石丸3号店で、ベルリオーズを3点と、シベリウス、ベートーヴェン各1点。ロック売り場に回って、Focusの「Live at the Rainbow」を探す。浜松には無かったのだが、ここでも、棚に並んでいない。やはり古いからなぁ..と、カウンターで調べてもらったら..「6月末に廃盤になりました」。

 思わず、「6月末に廃盤!?」っと叫んで、両の拳でカウンターを叩いてしまったが(私は、こんなことは数年に一度もしない)、この店員が廃盤にしたわけではないのだから、責めても仕方が無いのであった。m[_ _]m [;^J^]

 しかしなんというタイミング..あるメロディが、もう何年間も、耳について離れないというほどではないが、おりにふれては思い出され..それが気になって気になって、とうとう我慢しきれずに、これはなんという曲か、社内のニュースグループに投稿したのが、7/7。回答が得られたのが7/9。それは「Sylvia」という曲であった。廃盤になった直後に、質問を発したことになる。このCD、成仏しきれずに、あの世から手招いたか..

 秋葉原名物のキャンギャル。今日はやけに、黒のマイクロミニに赤いノースリーブ(しばしば丈が足りない [^.^])の子が多かった。東芝の、ダイナブック10周年(新ダイナブックシリーズ SlimShock! 発売)のキャンペーンである。辻つじでステッカーを配っているので、両手がふさがっているというのに、辻つじで、にっこり笑って荷物を増やす羽目になってしまった。

 ひかりで浜松へ。

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*1998年07月21日:「原獣事典」


 書店で、谷口ジローの「原獣事典」を発見。ずいぶん以前に、大判のものを買って実家に置いてあるし、内容も大体覚えているのだが、それには金子隆一の解説は載っていなかったと思う..ので、解説目当てに買う。無論、本体の漫画も十分面白い。ピュアな古生物モノ(人間がいっさい出てこない)としては、岸大武郎の「恐竜大紀行」に匹敵する傑作ではあるまいか。

 ちなみにこの書名、もちろんボルヘスの「幻獣辞典」(晶文社から翻訳が出ている)のもじりだろうが、「幻獣」の方は、実は私はあまり高く買っていなかったりするのである。質的な問題ではなく、量的に物足りないのだ。

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*1998年07月22日:「どろろ」「少年」


 まんだらけから、当落通知。抽選は月末と聞いていたが、早い。「少年」1967年1月号と7月号は、落選。「冒険王」1969年5月号付録「どろろ」が当選。直ちにまんだらけに電話して、店頭の「少年」1月号を押さえる。7月号は残念だったが、仕方が無い。「どろろ」の付録を確保できたのが大きい。これで「冒険王」版の、全エピソードがつながった。

 「少年」は、1968年3月号をもって廃刊となったが、私はこの雑誌のラスト15ヶ月、1967年1月号以降を集めているのである。残りは(今回落選した)7月号だけだ。

 なぜ、この期間に注力しているのかと言うと..(1958年生まれであるから)ちょうど記憶(ノスタルジー)が鮮明になる時期だということもあるが、重要なのは、この期間は「連載漫画が、別冊付録に回されていない」ことなのである。(別冊付録は、読みきり短編のみ。)これより古いバックナンバーの「本誌」を買っても、実はそれには連載漫画がほとんど掲載されていないのだ。数ページだけ掲載して、あとは「つづきは今月の別冊付録を読もう!」なのである。結局、当該号の別冊付録も収集しなければならない。これは容易なことではない。それに対して、1967年1月号以降は、本誌だけ通読すれば、連載漫画をすべて読めるのである。

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*1998年07月23日:はじめてのオートマ車の思い出


 私は1984年の春に大学を卒業、就職したが、当時でも、在学中に免許を取る人が、多数派であったと思う。(今では、さらにその傾向が強いか?)遊ぶためでもあるが、就職したら教習所に通っている暇はないだろう、という、堅実な判断でもあった。

 私は免許を取らずに卒業し、車が無いと通勤も生活もまことに不便な浜松に就職して、その1年目に免許を取った。教習所には短期間に集中的に通って、一気に免許を取るのが常道なのだが(間を置くと、前回に憶えた運転技術を、すぐに忘れてしまうから)、残業が続くと、3週間、あるいは2ヶ月と、何度も間があき、その度に少し前に習ったことからやり直しになるので、だいぶ時間をオーバーしてしまった。半年以内に卒業できないと時間切れになるのだが、確か、6ヶ月マイナス1日で卒業できたと記憶する。

 その当時は、オートマ教習というものは、無かった。全てマニュアル車である。オートマ車の運転技術については、教科書の終りの方に、2ページほど記載があるだけで、これを講義で説明されたのみ。つまり私は、オートマ車の運転方法についてはトピックスとして話を聞いただけで、免許を取ったのだ。

 就職してから数年目。市内の別の事業所への足として、しばしば社有車を運転することがあるのだが、その日はオートマ車しかあいていなかった。いつもは、マニュアル車を指定しているのだが、マニュアルの社有車が無いのならば私有車を使う!という我が侭が通るものでもないので、おっかなびっくり、オートマ車の運転席に乗り込んだ。(同乗者は、いなかった。)

 まず、サイドブレーキが見つからない。[;^J^] 数年前の教科書の内容を、必死になって思い出すが、そんなことは書かれていなかったように思う..もしかして、この、オートマ車にはある筈の無いクラッチペダルのようなものが、そうなのか? ハンドルの下、左の手元ノブを回すと、ペダルが外れた(というか、戻った)。なるほど。エンジンをかけずに、サイドブレーキを踏んだり外したりする練習。

 次に、レバーである。なんだこれは? PNRD2L..オートマって、設定いらずで動かせるからオートマなんじゃないのか?(← 誤解している。)Pは..パーキング..Nは..ノーマルかニュートラルだろう。Rはリバース。D..ドライブか..じゃあこの2とLはなんだ? L..ロー..オートマといえども、起動時にはトルクが必要ということかな? とすると、2は、セカンドか..これじゃ、マニュアル車と全然かわらんじゃないか!(← まだ誤解している。)

 とにかく、ブレーキを踏んで、エンジンをかけて、恐る恐るRに入れて、ブレーキから足を離したら..うーむ、勝手に動き出す。わかっちゃいたけど、気持ち悪い。とにかくハンドルを切って、駐車エリアからバックで抜け出すと、Lに入れる。そしてアクセルを踏み込む。ほほ、動く動く。シフトチェンジしなくてもいいのは、確かに楽だ。するすると50キロ以上にスピードを上げて、しばらく真っ直ぐ(田舎道を)走ってみる..しかし、オートマ車って、こんなにうるさいものなのか?..と、タコメーターを見てみたら..8000回転越えている。[;^J^] そうか、通常走行時は、Dなのか。[;^J^]

 レバーを操作してDに入れ、ちょっとアクセルから足を放してエンジンブレーキ。交差点に接近した私は、左折しようとして..ここで、最大の悲劇が起こったのである..

 ..ここに至るまで、数年前に教習所で習ったことを必死に思い出していた私は、講師がトピックスとして紹介してくれた、英米でのオートマ走行テクニックを、おっかなびっくり取り入れていたのである。それは、右足はアクセルの上に、左足はブレーキの上に置く、というものである。これは確かに合理的なフォーメーションだ..

 ..コーナーに近づく。スピードが落ちてきた。そして左折するためにシフトダウンしようとした私は、クラッチの上にある(はずだった)左足を、素早く鋭く、踏み込んだのであった。

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*1998年07月24日:ヘルマン・プライ死す


 ドイツの名バリトンであった。享年69歳。心筋梗塞。

 そんな気配も噂も全く無かっただけに、驚いた。とにかくヒューマンな役は絶品だった。合掌。

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*1998年07月25日:GODZILLA/ワニガメ/ローマの松


 素晴らしい晴天。今日は資源回収日。古新聞はともかく、200本近く溜まっていた缶ビールの空缶を始末できて、ほっとした。

 街中に出て、10時から「GODZILLA」。

 世間では、「賛否両論」というよりは「否」の論調の方が支配的であるが..面白いじゃないか、これ。私は気に入ったぞ。

 ..但し、「ゴジラ映画」でも「怪獣映画」でもないが。

 要は、巨大生物がマンハッタンに産卵しにきただけの話である。舞台も、序盤を除けば、完全にマンハッタン島に限定されている。この判断は正しかった。「巨大生物から見れば、マンハッタンは、身を隠す場所の多い、産卵には好適な島(但し、小うるさい小生物が群れをなしていたのは、誤算)」という視点は面白い。

 ノリも軽いし、気楽に観ていられる。空襲を知らぬマンハッタンの摩天楼が(しかも、GODZILLAによってではなく、米軍の誤射によって)破壊されていくのは、なかなか爽快である。[^.^](最終的には退治するとはいえ、)米軍は、ほとんどいいとこ無しだし。

 素晴らしいのは、GODZILLAと戦闘ヘリの編隊が、摩天楼の街並みをぬって繰り広げる、追撃戦である。これは、日本版ゴジラのスピードでは無理で、GODZILLAの走行速度と機敏さが無ければ、出来ない演出。また、林立する迷路のようなビル群の中で、逃走するGODZILLAを見失う(そしてもちろん、意外な角度から現われる)シーンなど、実にスリリングであるが、これも、摩天楼に対して「巨大過ぎない」大きさ故に可能になった趣向である。

 しかし..今、思い出しながらこれを書いているのだが..実に「心に残らない」映画でもある。オリジナリティ皆無。なにからなにまで借り物である。もちろん、十分面白い作品に仕上がっているのだから、そういう方針でも構わないのだが、全て他の映画で「置き換え」が効くシーンばかりなので、この映画を「記憶しておく必要が無い」のである。具体的には、「ジュラシックパーク」と「エイリアン」だ。どのシーンとは言わないが、「こういうシチュエーションならば、(ゴジラよりも)ヴェロキラプトルの方が、遥かに恐くてファンタスティックなのに」、と、何度も思った。

 「動物」としての「GODZILLA」、というのは、重要なポイントだ。パンフレットによると、この映画の製作者たちは、日本版ゴジラ(クラシックゴジラ)と同じことをやっても意味が無い、と判断した由。それは100%正しい態度だ。新しいことにチャレンジしなければ、意味が無いのだ。

 しかし、「怪獣」ゴジラを「動物」GODZILLAに置き換えたのは、正しい戦略だっただろうか? これによって、映画「GODZILLA」のライバルは、「怪獣映画」ではなく「恐竜映画」になったのである。すなわち、「ジュラシックパーク」と「ロストワールド」。

 こうなると、GODZILLAに勝ち目は無い。なにしろ、ティラノもラプトルも、「本物」なのである。少々体がでかいくらいのことでは、「架空の動物」は「本物の恐竜」の凄味には勝てない。「怪獣ゴジラ」は、恐竜とは全く異なる荒唐無稽な存在だからこそ、独自の輝きを放っているのである。

 そう、映画「GODZILLA」には、「夢」も「神秘」も「幻想」も無いのだ。ただの(べらぼうに面白い)市街戦でしかない。

 序盤、GODZILLAに襲われる日本の漁船の中で、乗組員が「相撲」の中継を観ている。私には、これは極めて象徴的なシーンと見えた。(まさか監督は、そこまでは考えていなかったと思うが。)どういうことかというと..

 日本版「ゴジラ」、あるいは日本の「怪獣映画」は、「相撲」なのだ。それに対して、「GODZILLA」は、明らかに「ボクシング」である。

 相撲も、いったん立ち会えば、そのスピードもフットワークも、ボクシングに引けを取らぬほど鋭い。そういう比較をしているのではない。

 そもそも相撲は、神事であった。その試合は、神への奉納であったのである。その神秘性が、今なお色濃く「相撲」を取り巻いている。関取は、スポーツマンである以前に「異形のもの」であり、人界と異界の媒介ですらあるように見える。それに対して、ボクシングは、純粋に敵を倒すための、高度に洗練された「技術」である。

 これが、日本産の「怪獣映画」と、ハリウッドの「恐竜映画」の違いだと思うのである。

 もっとも、「GODZILLA」にも、実に「怪獣映画」らしい面は、ある。それは、「人類に、打つ手はない」という、誇大な宣伝文句である。実態は、「マンハッタンは大騒ぎ」なのだが、「人類に、打つ手はない」。この、いかがわしくも大仰な身振りこそ、怪獣映画の真骨頂である。とにかく、もう1〜2回は、観なくっちゃね。[^J^]

 アクトシティで開催中の「石ノ森萬画館」へ。ややこじんまりとした原画展である。続いて、同じくアクトシティで開催中の「世界ふしぎ生物展」へ。

 魚類を中心に、爬虫類、節足動物など、珍しいものからさほど珍しくないものまで、無節操な展示である。100種は無かったはず。いわゆる貴重種は、ほとんど来ていないが、デューンの「砂虫」に良く似た形状のヤスデの群れ(種名失念、体長30cmほど)など、趣きがあってよろしい。

 もっとも気に入ったのは、特に珍しくも無い種だという「ワニガメ」である。水槽の中に築山があるが、さて、カメはどこにいるのかな、と、探してみたら..実はその「築山」が、カメだったのである。頭部が斜め後方を向いていたので判らなかった。

 これは、苔ではなくて、水草なのかな..とにかく、甲羅一面に密生している。本当に山(森林)のようである。そして、ちょっと顔を見せてもらおう、と、水槽の横手に回り込んでみて..思わず、「うわっ」と声を上げてしまった。巨大な口を、壁にむかってクワッと、開けていたからである。人知れず..

 ..粋な奴..[;^J^]

 それにしても、頭部の上まで、苔だか水草だかが密生している。ということは、首は引っ込まないわけか。

 こういうのを見ていると、「島」が「カメ」であるという発想(例えば、「海のトリトン」)など、フィクションでもなんでもないな、と思う。また、この「島」のような「カメ」は、ひとつの「国」ひとつの「世界」を背負っているようにも見え..とすると、あのおなじみの「宇宙像」(「宇宙亀」と言うべきか)は、ここらあたりから発想されたのかも知れないな、と、思えるのである。(ちなみに、ワニガメは「ガメラ」の造形のヒントになったという。)

 ヤマハへ。まず、予約しておいた「バンパイヤ」のLDボックスを引き取る。「どろろ」のLDボックスも、購入したまま未開封だというのに、一体いつになれば再生できるのやら..(トホホ)。

 楽譜売り場に回って、「火の鳥」(ストラヴィンスキー、1919年版)のスコアを立ち読みし(高かったのだ [;^J^])、「ローマの松」(レスピーギ)のスコアを買う(廉かったのである [^.^])。2週間後に迫った、FCLA夏オフの準備である。

 クリーニング屋に回ってから帰宅し、「ローマの松」のスコアを検討。例によって、シンセサイザーで、ハープ、チェレスタ、パイプオルガンなどのパートを担当する(私が弾くわけではない)のだが、今年は、鍵盤打楽器(シロフォン、グロッケンなど)もシンセでやることになっている。となると、「ローマの松」は、シンセ1台では不可能である。音源のキャパとしては、余裕しゃくしゃくなのだが、鍵盤が足りない。補助鍵盤(MIDIキーボード)の調達をしなくては。

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*1998年07月26日:「手塚治虫全史」リスト、照合中..


 14日に購入した「手塚治虫全史」の巻末リストの照合とマージに、没頭する。平日には、まとまった時間が取れないこともあって、いまだに終わらぬ。あと数日は、かかりそうだ..

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 30 1998 
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