*1998年02月16日:納税と「エロティシズム」
*1998年02月17日:ある廉売
*1998年02月18日:ISDN! \[^O^]/
*1998年02月19日:ISDNを引くための三箇条
*1998年02月20日:あるいは泥沼
*1998年02月21日:国会図書館オフ
*1998年02月22日:お気楽ロ短調ミサ
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*1998年02月16日:納税と「エロティシズム」


 代休を取得して贈与税を取られに^H^H^H^H納めに行く。もちろん、たちまち終わる。今日から確定申告だということを忘れていたので、思いがけぬ長蛇の列(税務署の駐車場に、車が入れない)にびびったが、毎年のこと故、正しい書式でいきなり提出できるので、申告相談の長い待ち行列をショートカット出来るからだ。(それにしても、フォーマットさえ正しければ、数字の裏付け(証拠)の提出を求められないことであることなのであるよなぁ。)

 ようやく、「エロティシズム」(バタイユ)読了。確かに、真摯かつ有意義な思考の記録なのだ。もっと読みやすく書けば、自分の思想をさらに広範に、世界に行き渡らせることが出来ると思うんだがなぁ。とにかく(なにしろ有意義な書物なので)そこらじゅうにポストイットして抜き書きしておいた。せっかくなので、ここにインクルードしようかと思ったが、対応する私の思想は(まだ)提出できる段階ではなく、従って、「引用」たる要件を満たさないので、やめておく。

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*1998年02月17日:ある廉売


 東芝リブレットシリーズの、とある機種が、ある店舗で携帯だかPHSだかとの組み合わせで完全に原価割れで販売されようとしていたのが、急遽中止されたことについて、これは東芝が圧力かけたのに違いないそれなら公取法違反だとかなんだとか、事実確認もしないで憶測を喚きあっている連中がいる。事実関係は私も知らないが、少なくとも彼らは、メーカーは利益を出さなくてはならない、という、中学生(もとい、小学校高学年)程度の知識を持ちあわせていないらしいので、これは近づいたり諭したりしない方が無難というもの。君子危うきに近寄らず。

 それはともかく、この(時ならぬ)騒ぎのお陰で、私がいまだにPHSを持っていないことについての、“内なる、心理的な”理由が判ってしまったので、私にとっては、必ずしも無意味なことではなかった。

 それは、ただ同然で配っているからである。

 無論、経済原則に合致した行為である。のちに、通話料で元が取れるので、ハードウェアをただでばらまいても、利益が出せるのである。これは、正しいビジネス戦略である。

 しかし、メーカーに勤務して、ハードウェアを作っている私としては、これには心情的に大変な抵抗があるのだ。自分の作った電子楽器が、音楽産業の底辺を広げるため、という理由で、ただで配られた日には..

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*1998年02月18日:ISDN! \[^O^]/


 ISDNの工事日である。工事といっても、NTT局内の作業であって、自宅に来るわけではない。モジュラーケーブルを電話機から、MN128SOHO/DSU(ルータ兼TA兼DSU)につなぎ換えて、電源を入れて出社。

 10時頃にNTTから、工事完了、と会社に電話連絡。あっけないこと。

 無人の自宅に、一応電話してみる。無事に呼び出し音が鳴っている。回線は生きているらしい..

 ..“誰か(なにか)”が受話器を取ると恐いので、呼び出し音を5回だけ聞いて、切る。[;^J^]

 ノー残業デーでもあるので、諸設定のために、いそいそと帰ってみると..

 ..をっと、アパート前の下水道工事が、駐車場の目の前まで迫っている。明日か明後日には封鎖される。工事が終わるまでの臨時駐車場について、大家さんに相談しないと。夜間に掘り返すことは無いだろうから、朝になったら出られない、ということは無いと思うが、帰ってみたら入れない、という事態は大いにありうる。

 それはそれとして、ISDNのチェック。

 まず、ふたつあるアナログポートのチェック。1本を電話機につなぎ、これからの発信、OK。もう1本をリブに挿したモデムカードにつなぎ、インターネットもニフも送受信、OK。従来出来ていて出来なくなってしまったことは無い。

 1本をニフにつないだまま、もう1本で実家に電話し、折り返し電話をかけてもらう。同時2回線使用、OK。

 次に、いよいよイーサネット接続である。リブにLANカードを挿して(ドライバは購入当日にインストール済み)、ルータのイーサポートに接続。マニュアルどおりに設定ページをネットスケープで開け、電話番号、アカウント名、パスワードを設定。

 引き続き“外”のURLを打ち込んでみたら..あっけなくつながった。メール(Becky!)もTELNETもFTPも、問題無し。(従来の設定を殺していないため、ダイヤルアップ接続の画面を起動してしまうので、今のところはESCキーで払っておく。あとで、自動起動のチェックを外せば良い。)

 おおよそ、望む通りに動いている。取り敢えずの動作チェックとしては、この辺で十分だ。

 よくわからない事態も、いくつか発生している。まず、LANカードを挿したまま、ニフに入る方法がわからない。(これが出来ないと、リブにはカードスロットがひとつしか無いので、モデムカードとLANカード(と、SCSIカード)を、華麗な手捌きで抜き替えつ挿し替えつ使うことになる。)これは、それなりのソフト環境を用意すればいいはずだ。秀termのTELNET接続を使うのと、ニフにはHyperROAD64でつなぐことにするのと、どちらが便利か、(あるいは他にもっと便利な解があるか)後程調べることにしよう。

 モデムカードから、ダイヤルアップでインターネットにつながらなくなってしまった。これはおかしい。何かを間違えたようだが、まぁ今夜のところは、イーサネット接続は出来ているので、これもあとで調べることにしよう。

 晩飯を食いに居酒屋へ。祝杯にビールを1本。帰宅してから、さらに日本酒をヒヤでグラスに1杯。それから風呂に入ったら..(つい最近まで、シャワーだけですませていたのだが、最近は湯船に30分弱、汗がだらだら流れるまで入ることにしているのである..)なんと、上がってから、眩暈(貧血)。三度に渡って平衡感覚を失った。

 無理もないか。さすがに体に悪いか。汗を全部拭いてから、気付けに缶ビールを2本。(これがいかんのか。[;^J^])

 ニフのFCLAで軽くRTして、ISDN自慢をしてから、さらに振舞いを調べる。

 やりたいことは、LANカードとモデムカードのスマートな使い分けである。いずれは、「自宅ではLANのみ、モバイルではモデムのみ」または「自宅でもモバイルでもLANのみ」または「LAN&モデムのマルチファンクションカード」などの解に至るのだろうし、例えば「リブ100にはカードスロットがふたつある」みたいな別解もあるのだが、当面は、LANカードとモデムカードを挿し替えて使うことになる。そして、モバイル用のモデムカードからも、インターネット接続する必要がある。

 カード毎にDNSの有無の設定をしたいのだが、どうも、TCP/IPの設定が、全体で一種類しか持てないようだ。これがネックなのか?

 今日はホームページの更新日である。リブの中にホームページのマスターイメージがあり、これを圧縮して(現時点で約2.5Mバイト)FTPでホストに送り、ログインして展開スクリプトを走らせているのだが、従来の336モデムでは3100バイト/sec前後だったところを、6300バイト/sec程の転送速度が出ている。ぴったり、計算通りである。

 初日の成果としては、こんなもんで十分。缶ビールをもう1本飲んでから、寝る。

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*1998年02月19日:ISDNを引くための三箇条


 「駐車場を使えなくなるかも知れない事件」について、会社から大家さんに電話して、善後策を講じてもらう。恐らく、すぐ近所にある大家さんの事務所の駐車場を、使わせてもらうことになる。

 3軒茶屋の2階のマンガ屋の通販カタログで、「バンパイヤ第2部」(手塚治虫)の、「少年ブック」誌1968年11月号付録と、「とりのいち」(とり・みき)を発見して、注文していたのだが、本日めでたく、当選通知が来た。特に前者は、長年探していたものなのである。これで、「バンパイヤ第2部」の章ごとの初出年月日情報から、“?”を外せる。とにかく早速、明日にでも、郵便局から送金だ。

 帰宅してみると..をを、やはり駐車場に入れない。[;^J^] 郵便受けに大家さんからの通知が入っており、その指示に従って、事務所の駐車場に回る。

 ルータが、やや挙動不審。LANカードを挿して、PnPでそのまま使うと、ネットスケープが、うちのホストの外のページを読めないのである。TELNET、FTP、メールの読み書きは、全てOK。これらは、うちのホストとの通信だからか? 挿してからリブートすればOK。

 おやぁ? リブートしなくても、いつのまにか見えるようになることもある。因果関係が見えない..

 ま、この辺は、おいおいクリアして行くことにして、これはルータ(と、あるいは、LANカード?)の問題である。ISDN自体は、全くなんの問題も無く稼動している。

 ここで、ISDNを引く、という“大仕事”をする踏ん切りがつかない皆さんに、偉そうに講釈をたれさせていただく。

 ISDNを引くためにすべきことは、たったの3つである。


1.インターネットマガジン98年3月号の特集を読む。

2.MN128SOHO/DSUと、適当なLANカード(またはボード)を買う。

3.0120−494933番に、「どうしたらいいでしょう?」と、電話する。


 これだけでいい。(1.は、省略可。)この順に実行するだけで、ISDNは開通する。総経過時間は、私の例で2週間。てきぱきとコトを運べば、1週間。

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*1998年02月20日:あるいは泥沼


 会社のインターネットクラブのメーリングリストからの情報によると、やはりここ数日、クラブのルータ(自宅のルータではなく)が、不調だったらしい。特に昨夜、色々と妙な現象に見舞われた人がいたらしい。

 こちらも自宅のISDN&ルータ環境を立ち上げたばかりで、いまひとつ(どころか全然)自信が無いので、問題点を切り分けられないのだ。新技術の導入時には避けられないことである。これに耐えられないのならば、枯れている旧技術だけでやっていくことだ。

 しかし、それはそれとして、報告されている不具合だけでは、私の遭遇した現象を説明できないのだ。自宅の環境もやはり、まだ、どこかがおかしい。

 「学園天国」(唐沢なをき)を購入。例によって傑作..だが、この“初出一覧”は、ビブリオマニアに対する挑戦とみなすっ

 (「SF大将」(とり・みき)を“正しく”読むのにも、いい加減難儀したが..どうして俺は、こんな 漫画家ばかり、追いかけているのかね。[;^J^])

 大雨である。大家さんの事務所の駐車場からアパートへの道を通り抜けられない。もはや河ですらない。“沼”である。[;^J^] 反対方向に抜け、大回りしてアパートへ。

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*1998年02月21日:国会図書館オフ


 1ヶ月ぶりに国会図書館。(土日は原則として、第三土曜日しか開いていないので、有休を取る余裕が無い時期には、必然的に、1ヶ月間隔で詣でることになる。)今回は、高橋葉介ML(と、その他のML)の合同企画の、国会図書館オフなのである。

 明日は、東京・木場(錦糸町)のホールで、FCLAのお気楽オフの本会があり、これに(オルガン及びチェンバロの代用の)シンセを持っていくことになっている。2日で2回、浜松・東京間を往復するのは、良い考えではない。そこで今夜は東京泊。既にホテルも取っている。つまり、今日はシンセ持参の上京なのである。

 例によって7:14のひかり。東京駅・銀の鈴待合所のコインロッカーにシンセを預けて、永田町へ。

 オフの参加者は、結局3人。H氏、T氏、そして私である。ロビーで落ち合うことに失敗したので、9:30の開館早々に入館して出納・閲覧開始。ほどなく館内で(リブレット等を目印に)落ち合える。

 高橋葉介については、3人で手分けして、未調査誌の捜索、出納を行なう。この他に、H氏は、諸星大二郎と、とり・みき、私は、手塚治虫を調査する。

 「ホラーM」誌から、高橋葉介の新発見作品をふたつほど。「叫ぶ女」が「平凡パンチ」誌に掲載された号を特定。また、ずっと見つけられなかった「竜神伝説」が、どうやら「少年ビッグ・コミック」誌の、増刊号に掲載されているのではないか?という感触が得られるところまで、追い込めた。(私は、この作品については半ば諦めが入っていたのだが、H氏がしぶとく追跡・再調査を進め、どうやらそれらしい“掲載予告”を発見したのである。)

 国会図書館には存在しない(目録に掲載されていない)と思い込んでいた「SMスナイパー」誌だが、「S&Mスナイパー」の誌名で掲載されていることを発見! 欣喜雀躍して出納したが、目当ての90年前後の号は、ごっそり欠落。仕方が無い。しかしいよいよ、これらを読む術が無くなってきた。まだ出版社にはアプローチしていないが、こんな昔の出版物を残しているはずが無い。古書店か..従来、この類の雑誌類のコーナーを覗いてきた経験で言うと、極めて新しい(2〜3年以内の)号しか、見かけないものなのである。そうなると、「S&Mスナイパー」誌上の「読者のページ」(が、あるだろう、多分)に投稿して探す、という手が残されているが..「同好の士」として認知されるであろうことが、気がかりである。[;^J^]

 共同調査の成果は、おおよそ上記のようなところ。これと並行して個人的に行なった、(恒例の)手塚治虫調査は、今回は少女漫画が中心。

 「なかよし」誌の「虹のとりで」「野ばらの精」「こけし探偵局」「ヨッコちゃんがきたよ!」「とんから谷物語」、「たのしい三年生」誌の「ピンピン生ちゃん」「チッポくんこんにちは」、「二年の学習」誌から「三年の学習」誌にかけて連載された「チッポくんこんにちは」の別バージョン、「りぼん」誌の「あけぼのさん」を、バリバリチェック。「少女ブック」誌の「あらしの妖精」は時間内に読み切れず、調査未了。

 閉館後、H氏もT氏も、現代マンガ図書館を利用したことが無いとのことなので、両氏を案内する。H氏は「少年ビッグ・コミック 86/01/17 増刊号」から、見事に「竜神伝説」を発見する。

 18時頃、ここで両氏と別れて退去して、渋谷へ向かう。明日の準備のために、バッハの「マニフィカート」のスコアを、カワイで買うためだが..おやまあなんと、3月1日で閉店である。(改装のための閉店ではなく、店じまい。)おかげでスコアを(閉店セールで)格安で買えたが..あんまり嬉しくないなぁ。タワーレコードのすぐ近所ということで、実に便利に利用させてもらっていたのだが。

 東急ハンズで、前から目をつけていたスライド式書棚のサイズを(メジャーと、サンプルとして持参した典型的なサイズのハードカバー等で)測定する。NG。奥行きが中途半端過ぎた。

 まんだらけへ。ここのところ、空振りが続いているのだが、好美のぼるが2冊ほどあったので、廉い方 [;^J^] を買う。

 さて晩飯。思わず「つぼ八」に入りかけたが、メニューが浜松の店舗と全く変わらないことに慄然として(当然か [;^J^])、「天狗」へ。宿は、日暮里の「ときわホテル」。

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*1998年02月22日:お気楽ロ短調ミサ


 ときわホテルを9時過ぎに発ち、錦糸町からタクシーで「東京営林局」へ。この中の「木のアトリウム」というホールで、お気楽オフがあるのである。

 素晴らしいホールである。いわゆるコンサートホールではなく、教会の中のような(しかし椅子などの設備は取り付けられていない)フラットスペースで、内装は木材を中心として、地上5階ほどの高さまで吹き抜けており、天井にはガラス。そこから(ステンドグラスこそ無いものの)光が降り注ぎ、逆に音は高く舞い上がり、吸い込まれて行く。とにかく音響が素晴らしい。視覚的にも最高である。

 隣の広い会議室を楽屋として使えるし、飲食も(かなり)自由。近くには大きな飲食店街もあるし、交通の便も良い。ここは、機会さえあれば、何度でも使いたい会場だ。

 今回は、「ロ短調ミサ」と「マニフィカート」を中心に、バッハづくし。例によって準備の足りなかった私は、歌ったことのない(初見に近い)「ロ短調」の後半と「マニフィカート」は、ほぼ棒立ち状態。[;^J^] せっかくの機会なのに、もったいない。しかし、もうかなり以前に、同じくお気楽オフで歌った「ロ短調」の前半は、結構、体が覚えていた。ちゃんと歌えたというわけではないが、たいしたものである。

 ということで、今回の(今回も)主たる任務は、キーボードの提供である。持参したシンセを、ポジティブオルガンとチェンバロの代用とした。私自身は、鍵盤楽器を弾く技量が(ほとんど)無いのだが、幸い、前日になって、名手のH氏が参加表明をしてくれた。

 音色のセッティングをした自分で言うのもなんだが、氏の弾く通奏低音の音色に、演奏中、つくづく聴き惚れてしまった。私が弾いても、こんなにいい音はしないのである。音色とフレーズ(演奏)は、不可分なのだ。

 「ロ短調」「マニフィカト」の他に、「ブランデンブルク協奏曲」抜粋、種々のカンタータの抜粋、その他が演奏された。

 反省会(二次会)を23時前に辞去して、東京駅までタクシー。(15分程で到着。)「ムーンライトながら」で3時50分頃に帰宅。

 まことに充実した週末であった。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Feb 25 1998 
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