*1997年12月15日:なぜ :-) なのか
*1997年12月16日:手塚治虫漫画全集、完結
*1997年12月17日:「ポケモン」事件/acd
*1997年12月18日:ある論客
*1997年12月19日:PDJ(Public Domain Joke)
*1997年12月20日:高橋葉介調査
*1997年12月21日:通信速度について
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*1997年12月15日:なぜ :-) なのか


 かつて、「:-) vs. (^_^)」というタイトルで、どうして日本では縦型、海外では横倒し型のフェイスマークを使うのか、考察したことがあるが、今日になって、もうひとつ、説得力がある(かも知れない)仮説を思い付いた。

 横文字文化の連中は、書店や書斎で、90度倒れた書名を首を傾げて読むことに、慣れているのである。

 だから、平然と、横倒し型フェイスマークを見ていられるのではないか。

 「ドーナツブックス33」(いしいひさいち)と「石神伝説1」(とり・みき)と「仄暗い水の底から」(鈴木光司)と「COMIC CUE VOL.4」を買う。COMIC CUE は、もちろん、とり・みきと京極夏彦の合作「美容院坂の罪つくりの馬」が目当てであったが、これの講評は差し控える。[;^J^] 集中のベストはやはり、鬼畜系 [;^J^] の「われら動物家族!」(地下沢中也×榎本俊二)か。

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*1997年12月16日:手塚治虫漫画全集、完結


 手塚治虫漫画全集、全400巻が、完結してしまった。「しまった」というのは、つまり、私の「総解説」が、まだ36巻分という、ほとんど入り口の所でストップしているからである。[;^J^]

 昨年4月に、このプロジェクトを開始した時点では、全巻の解説の執筆が、全集の完結にぎりぎり滑り込みで間に合うかも知れない、と見積もっていたという、大笑い海水浴場状態。[;^J^]

 マラソンと同じで、ひとたび立ち止まってしまってから再開するのに要するエネルギーは、何もないところからスタートするのに要するエネルギーよりも、遥かに大きい。

 しかし、これは必ず、今世紀中に全巻分書き上げることを、お約束する。(20世紀最後の日は1999年12月31日ではなく、2000年12月31日であることを、ここに確認しておく。)

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*1997年12月17日:「ポケモン」事件/acd


 「ポケモン」を視ていた子どもたち、数十人が、入院騒ぎである。詳細は不明だが、強烈な視覚的刺激でも受けたか? 不謹慎かとは思うが、「リング」(鈴木光司)を直ちに想起した。しかも偶然ではあるが、この紙面(朝日新聞17日付朝刊社会面12版)では、すぐ隣に「ウィルス」の記事(中国・広東省の養鶏場での、数万羽の鶏の大量死)が掲載されているのである..

 ..出社して、会社で静岡新聞を見てみたら、入院者は500人以上である。自宅に来る朝日新聞は締切りが早すぎるのか、極めて初期の段階の数字が載っていたらしい。

 原因はまだ不明だが、仮に、本当に番組の画像が問題だったとすると、電波ジャックによる無差別テロが可能であることが証明されてしまったことになる。

 acd というツールを、DOS窓で便利に使っている。これは、cd する際にディレクトリ名をタイプする手間を大幅に減らすものであり、その動作原理は極めて単純。

 まずディレクトリツリーのデータベースを作成し、以降は、引き数として与えられた「ディレクトリ名の一部」を、そのデータベース中で検索し、“最も良くマッチする”ディレクトリ名を第一候補として一覧を出力するので、その中のどれかをワンキーで選ぶ。マッチングするディレクトリがひとつしかなければ、いきなり cd する。例えば、(以下の例では、acd というコマンド名を、Vz の機能で a にエイリアスしている。また、C:> はプロンプトである)


C:>a log
0: C:/NIF/LOG
1: C:/NIFLOG
2: C:/PROGRA~1/ACCESS~1/LOG

となり、0 又は ENTER を押すと /NIF/LOG に、1 を押すと /NIFLOG に cd する。

C:>a ajima
0: C:/TEMP/AJIMABAK
1: C:/WWW/MYHOME/AJIMALST

となり、/WWW/MYHOME/AJIMALST が目当てならば 1 を押さなければならないが、

C:>a mal

とすると、/WWW/MYHOME/AJIMALST にしかマッチングしないので、直ちに cd する。

 これは、pushd / popd よりも遥かに使い易く、到底手放せないほど便利なツール(環境)なのだが、本日、ついに誤動作した。半分位のディレクトリ名にどうしてもマッチせず、一覧出力にも現れない。

 acd -s で作られるディレクトリ名データベース(テキストファイル)を見ると、非常に長いサブディレクトリ名(~ を含むロングファイルネームを、いくつか含む)が、真ん中あたりにひとつ登録されており、どうも、これより下に登録されているディレクトリを検索できない様である。試しにこの長いサブディレクトリ名を削除してみたら、その下のディレクトリも、全て正常に検索できた。

 なるほど、仕様の限界か。何しろ、5年以上前にニフからダウンロードしたツールである。[;^J^] 当時は、ロングファイルネームなどは存在していなかったのだ。

 事情が判ったので、最新版をニフの FileFind の MENU の 11番、「IBM&互換PC Users' Forum (総合) FPCU」から探して、ダウンロード。

 をを、なんと見やすく使いやすいこと! 今までのモノクロディスプレイ版に引き換え、これは ANSY.SYS を使った、カラー表示版ですよ、あなた![;^.^](教訓:古いツールが無事に動いているからといって放っておかずに、たまには更新状況をウォッチすること。)

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*1997年12月18日:ある論客


 ニフの、とある会議室での議論にもならない議論で、ある当事者が、まるでまともには取り合えないほどの馬鹿なので、彼の滑稽な発言(振る舞い)を、今後はギャグとして楽しませていただく、と、発言したら、別の人が、暗に私のこの発言を指して、「私の議論も面白がられているのかも知れないと思うと、心が冷える思いがします..」と言うような書き込みをした。

 いい歳をして、何を可愛らしいことを言っているんだか。

 非常に真面目な書き込みをしている人なのだが、どうも、自分の関与する議論に参加している人は、皆、自分と同じ様に真摯であるべし、と考えている節がある。これは傲慢と言うものである。

 日常の議論の場を見れば、明らかなことではないか。社内の会議。同好会のミーティング。政党の集会。井戸端会議。どんな場を見ても、「参加者」の意識は、ばらばらである。口角泡を飛ばして真剣に論ずる人が一人いれば、あたかもバランスを取るかのように、内心、くだらねぇ〜、と、しらけている参加者が、一人はいるものなのだ。全然別のことを考えていたり、もう帰りたいのにきっかけが掴めなかったり、相手の服についている汚れが面白くて、じっとそれを観ていたり。もちろん、中には、相手と同じ意識のレベルで、対等に議論をしている人もいる。

 そして、これらの参加者の意識は、何かをトリガーにして、ころっと変わる。馬耳東風と聞き流していたのに、あるキーワードが耳に引っ掛かって、猛然と食いつきはじめたり、フッと意識が薄くなって、上の空になったり。このスイッチングがいつ起こるかは、ほとんど予測不能である。

 だからこそ、こういう「場」が、面白いのではないか。こういうダイナミズムが、人と人との議論の面白味ではないか。こういう、ごちゃごちゃした混沌の中からこそ、何かの新しい“意味”が生まれてくるものなのである。皆が皆、同じレベルの真摯さで取り組んでいる会議など、つまらない以前に無気味である。

 多分、上記の真摯な人も、パソコン通信の端末相手ではない日常の議論では、こういう事情は判っているのだ。パソコン通信やインターネットの、相手の顔が見えない議論では、フェイストゥーフェイスの議論では嫌でも目に入る、欠伸をかみ殺している表情が見えないのである。

 これも一種の“ネットワーク・ハイ”か..

 “ネットワーク・ハイ”と言えば、公の場で、プライベートな、仲間うちでしか意味を持たない(それこそ、その他の全員が呆れて欠伸をしている)話を、嬉々として延々と繰り広げる初心者(のグループ)が、必ずいるものである。

 あまりにも度が過ぎれば、一応注意はするが、しかしこれをいきなり叱る気持ちにはなれない。その楽しさが、良く判るからである。正直な話、初心者時代には、私も同じことをやっていた。(多くの古株連も、同じ考えと見えて、よほど目に余る状況にならない限り、滅多に口出しはしない傾向がある。)

 そしてこれは、いかにも幼稚な“楽しさ”でもある。何故、そんなに楽しいのかというと、無慮数千数万人の前でプライバシーを公開することによって、自分たちが、一気に全国区に(言ってしまえば、プライバシーを公開させられる“有名人”に)昇格したと、錯覚できるからである。小室やアムロならともかく、誰もあんたらの交友関係なんぞに、興味も関心もないんだけどね。

 ポケモン事件余波。案の定、番組が(一時)放映中止になりそうな雲行きである。

 仕方が無い、と思う。因果関係が相当な確度で推測され、しかも真因は不明、という状況である以上、仮に私が監督省庁の担当者であったとしても、放映を見合わせるよう指示すると思う。食中毒事件のようなものだ。

 どうやら、光刺激性癲癇、というものらしい。全く不勉強な話だが、この病名は知らなかった。しかし海外では知られているものらしく、日本でも、TVゲーム業界では公知のことであり、PL法対策というわけでもあるまいが、注意すべくパッケージに明記されている由。TV業界では知らなかった、では、ちょっとすまされまい。

 久々にボイトレである。先生のオペラ出演の準備で間が開いたのと、そのあとのレッスンの再開に私の風邪が重なって休んだりして、ほぼ2ヶ月ぶりである。だから気分はリハビリモードだったのだが、そのわりには調子は悪くなかった。コンコーネも26番まで進んだということで、次回からイタリア歌曲集に取り組むことになる(..のはいいのだが、肝心の楽譜の名前をメモするのを、忘れていた。第15曲が「O Cessatedi Piagarmi」であるところの、イタリア歌曲集を、ヤマハかどこかで探さなくては [;^J^])。

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*1997年12月19日:PDJ(Public Domain Joke)


 ジョークをひとつ、著作権を放棄して公開する。私が使うチャンス(勇気)は、多分、無いと思われるからである。


(車の助手席か後部座席で地図を見ながら)「次の角で、挫折して」

 外すのも恐いが、受けたら受けたで危険な状態になるので、これも恐い。[;^J^]

 カーナビがこんなに普及する前に、使いたかったのであるが..

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*1997年12月20日:高橋葉介調査


 7時15分のひかりで国会図書館へ。

 7時のひかり(→静岡→東京)は、かなり混むのだが、7時15分のひかり(→東京、すなわち途中停車無しの直通)は、がら空きである。到着時刻は10分しか違わず、8時35分に東京に着くので、非常にお得。但し、日曜日には運行していないので、要注意である。(私は、しばしば、土曜日と日曜日を間違えるのだ。)

 今日は、手塚治虫ではなく、高橋葉介調査である。

 しかし、厄日としか言いようが無いほど、手際が悪かった。出納ミスが重なり、ほとんど記録的な閲覧冊数の少なさ。それでもなんとか、「眠れぬ夜の奇妙な話」は全巻閲読。また、手塚治虫の新聞関係の細かい仕事を、数点押さえる。

 閉館後、現代マンガ図書館で「少年ビッグコミック」等を閲覧し、引き続き高橋葉介調査。収穫あり。

 さらに神保町に向かう地下鉄の中で「週刊アスキー」の吊広告が目に入る..週刊アスキーって潰れたんじゃなかったか? 復刊したのか? どうも見出しを見ていると、新創刊という雰囲気が無いんだが..

 わはは、これはなんだ、「西和彦のデジタル日記」大好評連載中![;^O^]

 で、でじたるにっきぃ..? これほどイモなタイトルを、天下のアスキーの看板?雑誌の看板?コラム(何しろ執筆者が西和彦である)につけて、大丈夫か?>アスキー。

 どう贔屓目に見ても3年前のセンス。しかもおやじ入ってる。(まぁ、西和彦は、20年前からおやじ系だったが。)

 神保町では、中野書店、コミック高岡とも収穫ゼロ。三省堂で画集を3冊(カード払い)。こだまで帰宅。

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*1997年12月21日:通信速度について


 そろそろISDNにする潮時か。なまじ古い(と言っても、せいぜい1〜2年前の)情報を知っているだけに、「ISDNは高くて面倒」という先入観が染み付いてしまっているのだ。昔のインターネットマガジンの記事など読んでいると、申し込みから工事から用意しなければならない設備から、実に実に実に面倒で、しかも当時はそれを生かせるインフラが貧弱だったのだから、これは到底、高い料金には見合わない、と、敬遠してきたのだ。1年前までは、これは正確な判断だったと思う。

 しかし私の思い込みを置き去りにして、世間では情勢が激変しているらしく、最近は値段もほとんどかわらず、工事の申し込みも簡単、機器の接続も簡単、と、大幅に環境が変わっているらしい。まぁ年内はどうにもならないが、年開け位から、ISDN化を考えよう。

 それはそれとして、今は、56Kモデムカードを、(それを生かすプロバイダやパソコン通信のアクセスポイントを使っていないので)336相当で、ニフティのROAD5アクセスに使っている。

 そして実は、ニフに限って言えば、これ以上速くする必要は、全く無いのであった。

 私は、ニフ経由でインターネットする予定も必要も無い。ハイパーロード等を使って、ニフ自身のログやデータのダウンロードを速くするのは可能だが、これがもはや無意味なのである。何しろ(今の私の設定では)月に15時間までは2000円固定になってしまったのである。私の巡回している会議室のログのダウンロードと、大体1日おき位に参加している深夜RTでは、この時間を使いきれない。電話代もテレホーダイを使っているので、深夜から早朝までは固定である。これ以上速くしても、アクセス代は、少しも廉くならないのであった。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Dec 25 1997 
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