*1997年12月08日:身堂竜馬に乾杯!
*1997年12月09日:「訴訟大国」
*1997年12月10日:“夢”を捨てよ、と忠告する人々
*1997年12月11日:ホテルで泊り込み忘年会
*1997年12月12日:ホテルから会社へ直行
*1997年12月13日:一行の字数を揃えぬ人々
*1997年12月14日:贋物出現?
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*1997年12月08日:身堂竜馬に乾杯!


 永井豪の「ガクエン退屈男」(角川書店、ヤマト・コミックス・スペシャル版、上下2巻)を、古本屋で買う。私は、この初期の大傑作を、連載開始から最終回までリアルタイムで読んでおり、いくつかの名場面は鮮明に記憶している。だからこそ、今まで単行本も買わず、30年近くも読み返していなかった訳だ。良くある逆説である。

 そして今回、久々に通読して..改めて驚いた。もう、べらぼうな面白さである!

 私は、この作品を、(僅かに)ハレンチ入っている、スーパーバイオレンスとして記憶していたのだが、確かにそうなのだが、同時に、堂々たる耽美的猟奇伝奇浪漫でもあったのだ。何故か、この側面は、記憶からすっかり欠落していた。

 言うまでもなく、永井漫画最大級のスターである、早乙女門土と身堂竜馬のデビュー作である。今の読者には、このふたりの活躍する作品と言えば、雄編「バイオレンスジャック」の方が、馴染みが深いであろう。

 「バイオレンスジャック」は、永井漫画のオールスター総まくりの観があるが、元ネタの性格を見事に保存したまま、ジャック世界に移植している手腕には、感嘆する他は無い。そして、「バイオレンスジャック」の狂言回し的役割として、何度も重要な役で登場する、門土と竜馬のコンビ。彼らの活躍は、実に、デビュー作「ガクエン退屈男」での性格を、非常に忠実に、色濃く反映したものであったのだ。これ以上説明すると、「バイオレンスジャック」「ガクエン退屈男」両者のネタバラシになってしまうので控えるが、特に、身堂竜馬の、ある“特殊な性質(性格)”が、このデビュー作に由来するものであったことを、改めて認識した。

 身堂竜馬の、もうひとつの“代表作”は、「凄ノ王」(「凄ノ王伝説」)である。終盤になってから、仮面をつけた謎めいた剣道部副将として登場し、「恐るべき剣の天才! たしか名は…… 身堂竜馬とか……」という声を受けて、バーンと見開きで仮面を外す! まさに千両役者! 「待ってました!」と、立ち読みをしている店頭で、声をかけそうになったほどである。

 身堂竜馬に乾杯!

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*1997年12月09日:「訴訟大国」


 アメリカの訴訟大国?ぶりが、ときおり報道される。まぁまともな訴訟なら、どんどんやってくれ、だが..どうも理解できないのは、「マクドナルドのコーヒーで火傷して*億円」の類である。

 火傷等の被害を被った、いち消費者が勝訴し、企業が敗訴したとしよう。

 損害は、全額賠償されるべきである。また、裁判所に支払う経費の他、裁判に関わっていたために十分に仕事できなかったとか、失職したとか、その他生活に支障を来したとかの、直接・間接の裁判費用も、全額支払われるべきである。計算しにくい「慰謝料」の類も、十分に補償されるべきである。そこまでは、いい。

 わからないのは「懲罰的罰金」である。どうも、膨大な“勝訴額?”の大半は、これが占めているらしいのだが(確かに、前パラグラフで挙げた費用をどう加算しても、普通は*億円にはならない)、それを敗訴した企業に支払わせるのは正当なことであるとして、勝訴した「被害者」に、これを受け取る権利があるのだろうか? これは国庫(あるいは関連する公的機関)に帰すべき「罰金」ではないのか?

 ものの本で調べれば、すぐに回答が得られるのかも知れない疑問で、恐縮だが..

 百歩譲って、勝訴者が、この罰金を受け取るのが正当なことだとして..(“正当”であるという法理論は、もちろんあるのだろうが..)これでは、一度、“うまい具合”に怪我をすれば、一生遊んで暮らせるではないか。

 このような、巨額の罰金が動く事例(判例)は、珍しいのであろう、とは思う。だからこそニュースになるのであろうし、ほとんどの訴訟では、こんな巨額の罰金を、勝ち取れていないのであろうが..この報道は、“射幸心”を煽っていないか?

 なかなかうまくはいかないが、当たればウン億..これはもはや、“宝くじ”ではないか。だからこそ、あれほど膨大な件数の訴訟が争われているのだろう..

 リブの修理終わったという電話。やれやれ。楽しみなことである。

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*1997年12月10日:“夢”を捨てよ、と忠告する人々


 パソコンを購入しようとしている、パソコン初心者に対して、一般になされている典型的な忠告は、「使う目的がはっきりとイメージ出来ているのならば、買いなさい。あやふやならば、買ってはいけない」というものである。もちろん、これは正しい。私も、相談されれば、必ずこのように答えている(し、相談されていなくても、誰かが、何を買おうかな〜、と、嬉しく悩んでいるのを見つければ、わざわざ首を突っ込んで、このような言葉を容赦無く浴びせている。← ほとんど有難迷惑)。

 実際、コストパフォーマンスが、日々劇的に向上しているさなかに、買ってから例えば数ヶ月間、使い方が解らずに(あるいは使い道を思い付かずに)寝かせてしまうと、数万円(以上)の“損害”が発生してしまうことになるのだ。(“期間の利益”ならぬ“期間の不利益”。)買ったその日のうちに、(ノートパソコンの場合など、買った帰りの電車の中から、)使い始められるまでに、準備と需要を追い込めてから、金を払え、というアドバイスは、けっして間違ってはいない。

 しかし、それはそれとして..

 まず「道具」を先に買い、それから使い方を考える、というアプローチも、必ずしもおかしくない。買って、使ってみなければ判らないことは、沢山あるのだ。思ったよりも処理速度が遅い(速い)、タイプしにくい(しやすい)、画面が見にくい(見やすい)、フォントが汚い(美しい)..これらの組み合わせにより、使い道はいくらでも変わってくる。

 今現在、例えば私のように、偉そうに初心者にアドバイスしているベテランでも、最初にPCを買った時には(私の場合、PC−8801だったが)、何に使えることやら、さっぱり見当がつかなかった人が多かったのではないか。だからこそ“夢”もあった。

 地に足の着いた、損をしない購入計画を、というアドバイスは、つまりは、「“夢”が“夢”でなくなるまで、ブレイクダウン出来てから」買え、と言っているのである。かつて“夢”と戯れて来た者たちの、この言葉。実は極めて不当で横暴なものかも知れない..

 リブが修理から戻ってきた。ぱっとみ、画面に異常なし。オッケー。しかし今日はホームページの更新日なので、サブ機のT2150からデータを戻している余裕はあるまい。再稼動は明日以降だ。

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*1997年12月11日:ホテルで泊り込み忘年会


 今夜は、部署の忘年会。浜名湖岸のRホテルで、鯛やひらめの食い放題の泊り込み宴会である。ちょっとした問題は、明日が平日であることだけだ。[;^J^] 週末に予約をとろうとすると料金が跳ね上がるので、平日にしたという、説得力のある理由である。

 18時に、ホテルからの送迎バスで、会社からホテルに直行。

 宴会自体は、(女っけが無かったのを遺憾とするが)大変楽しかった。酒は、普段飲んでいるものと似たようなものだが、料理はなかなかうまかった。大浴場で疲れを癒し、誰かの部屋で深夜まで喋り込んでから、部屋に戻ってバタンと眠る。

 ホテルの浴場で、いつも困るのが、シャワーである。インターフェース(操作方法)が、全然統一されていないからだ。要は、温度調節と、シャワーから出すか、蛇口から出すか。得られる(期待する)結果は、これだけなのに、どうしてこれほど多彩な操作方法が存在しうるのか。なかなかお湯を出せずに、もたもたしていて風邪をひきそうになったこともあるし、いきなり熱湯に襲われたこともある。これははっきりと危険である。

 噂によると、操作方法が、JISで規定されるとか。当然である。

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*1997年12月12日:ホテルから会社へ直行


 6時半過ぎに起床して、素晴らしい明け空を堪能しながら、昨夜の展望大浴場で、ゆっくりと朝風呂。バイキングの朝食をとってから、送迎バスで出社。(やはりこの日程計画は、どこか不自然だったのでは。[;^J^])

 (バイキングは、コンセプトメイキングに失敗すると、わけのわからない食事になってしまう。自分で作った組み合わせなので。文句も言えない。)

 大過なく仕事をこなし、大過なく帰宅する。

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*1997年12月13日:一行の字数を揃えぬ人々


 インターネットやパソコン通信で、よく見かける書法(というか、字配り)は、句読点とか単語の区切りとかで改行していて、一行の長さが揃っていないものである。

 そして、下記の例1のような、機械的に(無論、禁則処理はして)改行して一行の長さを揃えたものよりも、例2のように、意味のあるところで改行する方が読みやすい、と、初心者に“指導”している人を、また、極めてよくみかける。


例1:

   ここで忘れてはならないのは、これほどまでに“革新的”な音楽が、
当時(1830年)のパリを熱狂させた、という事実である。我々は、ベ
ートーヴェンの死後、僅か3年にして、これほどまでに“現代的な”交響
曲が誕生したことは、注意深く覚えているが、そのベートーヴェンすら、
まだ“前衛音楽”として捉えられていた当時のパリの聴衆に、この交響曲
が受け入れられたことは、忘れてしまいがちである。

例2:

ここで忘れてはならないのは、これほどまでに“革新的”な音楽が、
当時(1830年)のパリを熱狂させた、という事実である。
我々は、ベートーヴェンの死後、僅か3年にして、
これほどまでに“現代的な”交響曲が誕生したことは、注意深く覚えているが、
そのベートーヴェンすら、まだ“前衛音楽”として捉えられていた
当時のパリの聴衆に、この交響曲が受け入れられたことは、忘れてしまいがちである。


 どうであろうか? 私は、例2よりも、例1の方が、遥かに読みやすいと思う。単語の途中を避けて、意味のあるところで改行している例2は、かえって息苦しい。これは恐らく、書き手の“ブレス(息の長さ、短さ)”や“リズム”に“付き合わされる”からである。自分でリズムを組み立てて読むことが出来る例1の方が、楽なのだ。

 手元の本を、文庫本でもハードカバーでも小説でも専門書でもいいから、適当に選んで開いてみて欲しいのだが、日本語の書籍の場合、圧倒的多数が、例1の書式のはずである。(例外は、詩の類くらいではないか?)つまり、例1には、実績及びペーパーウェアとの互換性があるのだ。

 なのに、どうして例2の書き方をする人が多いのだろう?

 ひとつには、「整形ツール」の類を使わずに、書き流しているのだろう。(別に、悪いことではない。)この場合、意味のあるところで改行したくなる、ということは、ありそうである。

 もうひとつ、これが怪しいと思っているのは..

 ..私も、ニフで“オンラインレス”など書くときは、例2の書き方をしているのである。何故か。上向きカーソルで、前の行を修正できないからである。1行ごとに推敲しなくてはならないからである。従って、必然的に、文章の息が短くなる。

 つまり、意味のあるところで改行する癖のある人は、パソコン通信の(古くからの)経験者なのではあるまいか?

 “上の行に戻って修正することが出来ない”で思い出したが、学生時代、最初の2年間は、当時はまだ台数が少なかったオンライン端末を、実習で使わせてもらえず、パンチカードを使っていたのだが、このIBMの29型パンチャーというのは、タイプする度に孔が穿たれていくので、タイプミスしたら、1枚パーなのである。まさに真剣勝負なのであった。のちに使えるようになった129型には、1行分のバッファがあり、1行以内であれば、カーソルで戻して修正出来た。また、直前の行をテンプレートとして利用できた。私(我々)は、あまりの便利さに目が眩む思いをすると同時に、これは「タイプが雑になる」とも、思った。

 3年生になってから、初めて、スクリーンエディター付きの端末を使わせてもらえるようになり、もはやタイプミスは「コンパイラに聞け」という位、緊張感が緩んでしまった。だからこそ、最初の2年間は、敢えて不自由な環境を与えたのだ、とは、教官たちの弁である。最初からスクリーンエディターを使った学生と、パンチカードを使った学生とでは、入力前の机上プログラミングの質と量が全く異なり、課題を解くまでのコンパイルの回数(要は、CPU使用時間)が、桁外れに違う、という統計結果に基づいた、卓見であった。

 ..さて、カーソルを戻さない(?)1行完結型の書式の使い手は、1行ごとに推敲吟味しているのであろうか? みたところ、文章の雑さは、いい勝負のようであるが..

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*1997年12月14日:贋物出現?


 ニフのFCLAで馬鹿が暴れているので、適当に叩いていたら、昼になってしまった。例によって買い物などをしてから、炬燵で午睡..

 ..電話の呼び出し音で叩き起こされる。時計をみたら6時。暗い。こんな早朝に誰から..? なわけはなくって、夕方の6時。[;^J^]

 佐川急便からの住所確認の電話であった。細田書店から、発注した書籍が届いたのである。ベルリオーズの著作(の翻訳)を2冊注文していたのであるが、「ベートーヴェンの交響曲」は在庫無しで、「ベルリオーズ回想録」(音楽文庫)のみ。やはり、現役の完訳本がある後者の方が、競争率は低かったか。この音楽文庫版を白水社版とざっと照合してみたら、やはり(どういう訳か)前半のみの訳出であった。

 就眠間際に、面白いメールが飛び込んできた。私の「「2001年宇宙の旅」の真相」のパクリが、ネットワーク上に現れているそうな。なんともはや。[;^J^] このメールは、そのパクリを読んだ人が、パクリの作者に宛てた返事(感想&反論)で、それを送る前に、私の文書の存在に気が付き、私にもカーボンコピーを送ってくれたものらしい。だから、私の「2001」への反論としても、結果的に、ほぼ通用するもののはずである。はず、というのは、まだ読んでいないからだ。人のことは言えないが、結構長文なのである。[;^J^] なんとか一週間以内には、返事を出したい。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Dec 19 1997 
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