*1997年02月24日:フランクフルト第二日:夢のように美しい街
*1997年02月25日:フランクフルト第三日:設営作業でヘロヘロに
*1997年02月26日:フランクフルト第四日:視察初日にクタクタに
*1997年02月27日:フランクフルト第五日:開き直って歩き倒す
*1997年02月28日:フランクフルト第六日:街角にて
*1997年03月01日:フランクフルト第七日:クラブへ行く
*1997年03月02日:フランクフルト第八日:メッセ最終日
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*1997年02月24日:フランクフルト第二日:夢のように美しい街


 起床3時。しゃあないわな。[;^J^] そもそも日本から一歩も出なくてすら、例えば22時に寝て1時に起きるわ、2時に寝て4時に起きるわの、でたらめな睡眠システムで生活しているところに持ってきて、昨日は早起きに加えて8時間引き伸ばされ、その日中から夜にかけて、中途半端な仮眠を数回に分けてどろどろと取ったりしたので、もはや何時に起きてもなんの不思議も無いのであった。

 7時過ぎに、ホテルの喫茶店で朝食バイキング。27マルク(76.5円のレートで2000円以上)という高価な朝食なのだが、この味では文句のつけようがない。非常にうまい。(どこでも − もっと廉いところでも、この位美味しいのかも知れないが。)

 (以下、“マルク”は“ドイツマルク”のこと。)

 部屋で日記など書いてから、10時半にロビーで待ち合わせて、徒歩10分強のメッセ会場に向かう。今日も暖かい。

 そもそも今回の出張の目的は、フランクフルトメッセという、米国のNAMMショーと並ぶ(それ以上の規模の)、世界最大の楽器ショー(日本の楽器フェアの、大体10倍位のスケールを想像してもらえると良い。また、ただの展示会ではなく、商談をまとめるトレードショーであるという点でも、楽器フェアとは異なる)。それの設営・撤収の支援、新製品のフォロー、他社の動向の調査、そして(欧州楽器市場の)情報収集、などである。例によって、業務内容に立ち入った話は割愛する。(ちなみに、以下では多くの場合“メッセ”と略すが、この会場で開催されている、音楽産業の商談・展示会は、正しくは“musikmesse”という。他の展示会等と区別する必要がある時は、こう書く。)

 昼食は現地法人スタッフの“炊き出し”で、白米にポテトを添えて、チキン(またはターキー)のホワイトソースシチューをかけたもの。これがまた、実にうまい。ソースもそうだが、ポテトが美味しいのだ。日本でよくあるように、パサパサし過ぎても逆に湿り過ぎてもいない。丁度いいのだ。さすが本場である。

 夕食も出たのだが、あまり腹も減っていなかったので、カレー系のものを軽くいただく。20時前にあがって、同僚4人とタクシーに分乗して飲みに行く。マイン河畔の「ザクセンハウゼン」という、居酒屋やレストランが集まった小集落。その中の「Zum Grauen Bock」という店。

 まだメッセ開会以前だということもあって、混みすぎてはおらず、実にいい感じ。木製の調度、やや暗い照明、アコーディオンの生演奏。ソーセージはもちろん、非常に美味しい。私はビールではなく名物のアップルワイン。日本のもののようなくどい甘みはなく、さっぱりしている。

 私は海外出張は初めてなのだが、経験の多い人から、例年のフランクやNAMMの出張に比べて、今年はホテルの待遇が異常に良すぎる、という話が出る。私もそう思う。

 22時を過ぎてから、ザクセンハウゼンを散歩する。形容を絶するほど素敵な街である。時刻も遅いからか、広い石畳の路上には、人影がごく少ない。自動車も(侵入禁止でも無いようだが)ほとんど走っていない。道の両側に連なる風情のある建物の地階のほとんどは、居酒屋かレストラン、あるいは喫茶店であり、その多くには客が大勢入っている。(閑散としている店も、もちろんある。)にも関わらず、馬鹿騒ぎの声は全く響いてこず、道を歩いている限りは、むしろ静寂に包まれた街なのだ。数軒置きに、ライブ演奏の響きが入り口からもれ聴こえて来る。この、ひそやかな喧騒。落ち着いた雰囲気のレストランや酒場の中には、電灯ではなく蝋燭を灯している店もいくつもある。

 古い絵本や、挿し絵本でしか知らなかった、こんな姿の街が、本当にあったのだなぁ。

 ここに来るまでの、タクシーの窓から見えていた、マイン河畔の建物群も、実に風趣と変化に富んでいた。必ずしも古い建物ばかりではなく、新しい近代建築も混じっているのだが、それも周囲に自然に溶け込んでいる。ビジネス街の近代的なビル群にも、けたたましさや浮薄さは、無い。(書き忘れていたが、タクシーのドアは、日本と違って自動開閉ではない。ベンツのタクシーであろうとも、手動である。それに気が付かなかった私は、到着してから降車するまで、車内で不気味な“間”を作ってしまったのだった。)

 まるで夢のような街である。無論、“夜の幻想効果”は、当然あるだろう。ましてや初めての街だ。(これについては、かつて「北海道無軌道紀行 '95」の「ルナティック」の章で述べたことがある。)

 しかしさすがに眠くなった。昨日はまともに眠っていない上に、今日は3時起き。作業の段取りの関係で、力仕事はほとんどしなかったのだが、階段(正確には、止まっているエスカレーター)の上り下りを、相当やったのだ。帰路のタクシーの中でも、思わず眠りそうになった。部屋に戻ると、シャワーも浴びずにベッドに転げ込む。

 それにしても、こんなに美しい街の、こんなに素敵なホテルに泊り、こんなに美味しいものばかり食べていていいのだろうか?

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*1997年02月25日:フランクフルト第三日:設営作業でヘロヘロに


 起床4時半。[;^J^] 昨夜はあんなに眠かったのに、5時間も眠れない。今日は半徹夜作業になる予定だというのに。

 部屋のTVのリモコンで、各種情報がゲットできることに気が付いた。ここまでの追加料金などもである。それによると、結構電話(IBMGNDのフランクフルトAPまでの市内通話)が高いのだ。初がけ(というのか?)が0.65マルク。以後、大体2〜3分ごとに、0.65マルク加算される。(最小単位は、もっと細かいかも知れない。)75円のレートで、0.65マルク=約48円。日本の市内通話の5倍位か。ホテル料金で2倍かかるとしても、まだ日本よりも倍以上高いことになる。

 これに限らず、日本と比べても、結構物価は高い。出張慣れしている連中によると、日・独が高いという以上に、アメリカが異常に安いのだ、ということである。

 昨日同様、ホテルの喫茶店で朝食バイキング。高いのは承知の上。うまいんだから、仕方がない。バイキングだとどうしても食べ過ぎてしまう、という、この貧乏性は、多分一生、直るまい..って、つい最近、同じようなことを書いているな。(カット&ペーストしたんだから、当たり前である。)

 終日、設営作業。力仕事はほとんど無いのだが、脚が棒になった。元々、我々開発セクションからの参加者については、主たる業務は明日以降の他社調査なのであって、前日までの設営(及び、会期が終わってからの撤収)については、作業マニュアルも指示系統も無いに等しく、つまり幾らでもサボれる状況なのであり、だからこそ、逆にサボっていては話にならないのである。(早乙女愛の目の届かないところで、「君のためなら死ねる!」と意地を張って拷問に耐えた岩清水みたいなものだ − 違うかも。[;^J^])手待ちになったり、ひと仕事片付くたびに、他に何か仕事はないかと歩き回るのに、疲れてしまった。

 この“musikmesse”の巨大さを端的に表しているのが、設営期間中に“設営資材屋”が店を広げることである。ガムテープ、洗剤、ネジ、釘、塗料、フック、ブラシ、掃除用品、工具セット、電装系ひと揃い、文房具ひと揃い、壁紙等など、設営作業中に必要になると思われる小物は、なんでもある。領収書をビシバシ切りながら、売りまくっている。これとは別に、プロッタやカッティングマシン(と、もちろんMacやPC)を揃えて、看板屋(というか、ポスター屋)も、店を広げて結構繁盛していた。

 スタッフルームで、Mac系の人がPC(Win95)と格闘している。どれどれとヘルプに行ったら..ドイツ語仕様のPCであった。メッセージが全部ドイツ語で、メニューなどは順番から見当をつけて実行するしかない。キー配列も違う。YやZが引っ越しているんだもんなぁ。

 昼・晩とも、昨日同様、現地スタッフの炊き出しで、昼はパスタのベーコン・ホワイトソースがけ。晩は(名称を失念したが)スパイスの効いた“おじや”。いずれも非常に美味しい。

 設営は22時過ぎに、一応終了。最悪、27時まで予定されていたのだが、なんとか片付いた。シャワーを浴びて、ベッドに直行(する前に、メールのゲットと、この文章のタイプ)。

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*1997年02月26日:フランクフルト第四日:視察初日にクタクタに


 起床2時半。[;^J^] いい加減にしろよ。[;^J^] 日本でもこんなもんだが、それはへとへとに疲れて就寝することがないからだ。(不健康と言えば不健康な話。)ヘロヘロに疲れていても、睡眠時間は連続3時間半が限度か。「アメリカ怪談集」(荒俣宏編、河出文庫)を読みながら、冷蔵庫の中のビールを寝酒にして、眠り直す。(せっかくドイツに来たのだから、心覚えにビールの銘柄を書いておく。「Clausthaler EXTRA HERB」。ちなみに、設営時にスタッフルームで出されるのが「Henningr Kaise Pilsner」。)

 4時間の追加睡眠で、7時半起床。ちょっと鼻風邪気味である。気をつけないと。

 そろそろ倹約にかかる。なんぼ朝食バイキングがうまいといっても、毎朝2千円では。また、昨日、ランドリー・サービスも使ってみたが、Yシャツ=10マルク(750円)、下着=7マルク(500円)、ちょっとしたお大尽である。

 同僚3人と朝9時に待ち合わせて、ホテルの近くの雑貨屋に買い出しに行く。すぐ隣に大学(ハイスクール?)のある、学生御用達と思しき小さな店。日曜雑貨から食料品から酒に至るまで置いてある。(日本のコンビニとは異なり、本・雑誌の類は置いていない。)

*薄切りハムのパック(100g)2.8マルク(210円)
*トマトジュース(500ml)1.6マルク(120円)
*カシューナッツ(100g)3.5マルク(260円)
*ミックスナッツ(125g)2.5マルク(190円)
*黒パン(250g)1.99マルク(150円)
*缶ビール(WARSTEINER)(500ml)1.8マルク(135円)
*缶ビール(TUBORG PILSENER)(500ml)1.6マルク(120円)
*チョコレートバターと蜂蜜(各20g)計0.8マルク(60円)

 やはり全体として日本より廉い。また、ホテルの売店の価格は、予想どおり市価の倍。洗剤を見つけられなかったのだが、これは同僚が小さな袋詰めの物を持っているらしいので、少し分けてもらうことにする。

 続いて朝食である。これは路面電車に乗って、街中へ食べに行くことにトライする。ひとりが部屋に帰ったので、計3人。

 路面電車は「トラム」と言う。切符の買い方がさっぱり判らないので、居合わせた人に尋ねる。行き先ボタンを押すと、料金が表示されるので、お金を入れる。簡単である。問題は、行き先の駅名を路線図から読み取れないことだけだ。[;^J^] 「中央駅前」はどこだかも、教えてもらう。スペルは忘れたが、ドイツ語を知らない日本人には想像できない類のものであった。[;^J^](という訳で、英語の説明がほとんど無い日本の街で、多くの外国人がいかに困っているか、実感できてしまった。)

 発車待ちの電車に乗り込んで座っていると、朝っぱらからビール瓶片手に出来上がっている酔っ払いがやってきた。何かさかんに話し掛けて来ては、我々をありがたそうに拝むのである。[;^J^] ほとんど聞き取れない(何語で喋っているのかも判然としない)のだが、どうも「シノワリ」と繰り返している様に聞こえる。中国人だと思っているのかな? 日本人だと言ったつもりなのだが。それと、煙草か何かをくゆらせるような手真似も、さかんにする。これは単なる想像だが、あるいは麻薬関係の相談を持ち掛けられていたのかも知れない。

 そうこうしているうちに路面電車は出発し、到着する。(目的駅は、隣の隣であったのだ。)ドアは、降りる人がボタンを押して開けるしくみ。外側にも乗る人用のボタンがある。おや、改札がない。切符販売システムは、性善説に基づいているのだ。さらに言うと、乗る時も鋏を入れられなかった。その代わりに発売時刻が打たれている。つまりこの切符は、一定時間(1時間?)の間ならば、何度でも使えるのであるらしい。(正確には、乗り継ぎ・乗り換えは自由だが、逆方向から戻ってくる時には、別途購入しなければならないとか。)これは便利だ。素晴らしい。車内広告に混じって「ただ乗りが見つかったら、罰金60マルクだぞ」という警告ポスターが。性善説とは少し違うかも。[;^J^]

 中央駅の大きなホールの地下に降りて、これは世界中どこにでもありそうな「ピザハット」で朝食。3.1マルクでピザ一切れ(そこそこ大きい)とドリンクひとつ。わりと廉いかな。立ち食い中に、またも(今度は)変な中国系に話し掛けられる。「I Can't understand you」で、お引き取り願ったのだが、人の服を引っ張るならともかく、いきなり後ろから、人の眼鏡をつままないで欲しい。[;^J^] 物乞いではなかったような。あなたの幸せを祈らせてください、のパターンかな? 全然判らない。

 腹ごなしに歩いて帰る。15分。ホテルから10分も歩けば、色々と店があるのは判った。これで生活出来る。問題はドイツ語の数字のヒヤリング。その他は英語で話してくれても、数字は自国語で発音してしまう、というのは、日本人だけではないらしい。ゆっくり値段を聞き返せばいいのだが、後ろに列が出来ていたりすると、焦って(面倒になって)大き目の紙幣を渡して、釣り銭を受け取る、というパターンが多くなる。従って、財布の中がコインだらけになる。

 12時に会場入り。今日から3日間は、ディーラーのみ入場。そのあと2日間が、一般客も入場出来る。前日までの設営作業のあと、大きなトラブルもなかったので、視察(見学)を開始する。

 とにかく広いのである。フランクフルトのメッセ会場というのは、それ自体がひとつの小都市と言えるほど広大で、我々が参加している「musikmesse」は、その半分も使っていないのだが、容易なことでは全貌を掴めない。

 アメリカで開催されるNAMMショーについては、これは伝聞でしか知らないのだが、ヨーロッパで開催されるこの「メッセ」のNAMMとの大きな違いは、楽器、及び音楽産業に関わるありとあらゆる商品が集まること。及び、ヨーロッパの伝統文化が、色濃く現れていることである。

 とにかく、なんでもある。普通にオーケストラで使われる楽器や電子・電気楽器はもちろん、民族楽器、楽譜、CD、ビデオ、メトロノームの専門店、楽器ケースだけずらりと並べているブース、楽器の足台だけの店、ヴァイオリンの弓だけ、アゴ当てだけ、修理道具だけ、さらには楽器製造用の道具だけの店。パーカッションのスティック、各種シンバル、トロンボーンのミュート(消音器)、音楽ソフト、音楽系のデザインのネクタイ、各種楽器玩具、アクセサリー、リード、マウスピース、ギターベルト、古楽器、オルゴール、手回しオルガン、ハープシコードの作製キット、防音室、舞台衣裳等などの、専門店。ありそうで無いのが、指揮棒の専門店。特徴的なのは、楽器の製材(木材)を展示しているブースが少なくないことで、ヴァイオリン用、ギター用。太鼓用の皮の店もある。これらの店は、もちろん一般客相手では無い。こういう、楽器商相手の(メタな)店は、予定していただけの商談がまとまると、(会期の後半は一般客向けなので)滞在費を節約するために、メッセ期間中にさっさと撤収してしまうことも、あるらしい。

 ヨーロッパの特徴として、アコーディオンとオルガン(電子オルガン、パイプオルガン、及び両者のハイブリッド)が“非常に”多い。アコーディオンは電子楽器と結びついて、一種異様な進化をしており、いわゆる「MIDIアコーディオン」なんかは可愛い方で、アコーディオンの右手キーボード(というかスイッチ群)と左手キーボード(というかスイッチ群)が、オルガン型鍵盤楽器の右手部分と左手部分に、普通にオルガンを弾く時の手の向きで弾けるように、いわば“広げて”置かれている楽器が、多くのメーカーから非常にたくさん、発売・出展されている。この形状は、普通の日本人の想像を絶する類のものである。さらにこの要領で“ギター型”の形状に展開されたアコーディオンすら、ある。もう訳がわからん。[;^J^]

 一日歩き回って、クタクタになった。

 今日の夕食は、計10人で中華料理。龍鳳酒楼という店である。例の路面電車で中央駅前まで乗ったあと、繁華街を歩いて行く。私は気がつかなかったが、地下鉄に降りてゆく階段の隅とかに、ジャンキーと思しき風体の連中が、2〜3人いたようである。場所によっては、暗がりに注射針が落ちているような街なのだ。これもまた、フランクフルトの一面である。

 中華料理は、んまい! ドイツ料理も美味しいものは美味しいが、やはり、日本人の口と腹に馴染むのは、和食や中華だ。ちなみにこの街では、日本料理はお薦めでない由。廉いところは味がいまいちで、うまい店は、非常に高いそうな。

 中央駅前まで、同じ道を歩いて帰る。往路では乞食がふたりいたところに、仲間がふたり増えて、計4人でうずくまっている。私は目を合わせずに通り過ぎたのだが、なんと、今朝、路面電車の中で我々に絡んできた、あの酔っ払いがいたらしい。[;^J^]

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*1997年02月27日:フランクフルト第五日:開き直って歩き倒す


 非常に接続性のいいIBMGNDであるが、今朝は3回続けて失敗した。電話がかからないのならともかく、パスワードの認証が始まったところでタイムアウトするので、電話代はしっかり取られてしまう。まぁ腹を立てても仕方が無い。やはり時間帯によっては混んでいる(混んできた)ということだろうか。複数の同僚が compuserve につないでいるが、人によっては10回に1回位しかつながらないらしい。良く考えてみれば、この大きなホテル(巨大なメッセ会場の、コングレスセンターなのである)に泊まっているのは、ほぼ全員がメッセ参加者であると考えて間違いなく、よって、ほぼ全員が、インターネットなりパソコン通信なりで、情報発信しているはずである。つながる方が不思議だわな。[;^J^]

 疲れるよー、などと言っている場合ではないので、性根を据えて歩き回る。あまり縁がないかと思われる、プロ照明機器のフロアにも行ってみる。これがまぁなんとも異様な空間であった。

 広大なフロアの中に、数十社のブースが構えられているのだが、これが楽器の展示ならば、ヘッドフォンで聴ける訳だし、デモの大音響が外部にもれるとしても、要するに“音”だけだ。照明となると、そうはいかない。“光”なのである。フロア全体の照明は薄暗く落とされ、霧のようなスモークが立ち込める中、サーチライトやレーザービームが、それぞれのブースの勝手な都合と自己顕示欲に従って、“無秩序に”空間、通路、天井に飛び交い、這い回る。そしてBGMは、大部分が重低音の効いたテクノビートであり、これまた(もちろん)、各ブースから“無秩序に”大音響でバラバラに鳴り響いて来る。

 ほとんど、サバトである。[^J^]

 これだけ巨大な展示・商談会を企画・実行できるのに、どこか抜けている(というか、日本人の感覚とは違う)のは、面白い。時間にルーズなのだ。毎日、9時開場18時閉場のはずなのだが、どうもこの時間がはっきりしない。9時前から開いているブース、昼近くまで閉まっているブース、18時を30分以上過ぎても帰らない客たち。それに、昨日と今日(と明日)は、ディーラーしか入れないはずだが、子ども(やベビーカーの赤ん坊)を、ちょいちょい見掛ける。結構いい加減なのだ。

 今日の夕飯は廉くあげようと、まず、例の学校の隣の雑貨屋に行ってみるが、閉店後であった..と思う。正確に言うと、見つけられなかったのである。[;^J^] この街の店は(いや、ここに限った話ではないはずだが)、日本のそれと違って、外見上は、普通の建物と区別がつかないのだ。窓や戸口から覗き込んで、初めて判る。よって、窓とドアを閉められてしまうと、お手上げなのだ。

 そこで、路面電車で中央駅前まで行って地下街に降り、ストアを探す。 ..あった。

 缶ビール(「BINDING ROMER PILS」と「HOLSTEN PILSENER」、それぞれ500ml)、ミネラルウォーター(500ml)、牛乳(500ml)、黒パン(500g)、ソーセージの瓶詰め(正味200g)で、17.61マルク。レシートをくれなかったことと、それぞれの商品に値札が貼られていないので、内訳がちょっと判らないのだが、ビールは両方とも2.9マルク(1マルク=75円で、約220円)だった。これなら日本と大差ない価格である。昨日、例の雑貨屋で1.6(1.8)マルクで買った「WARSTEINER」「TUBORG PILSENER」の500ml罐も、同じく2.9マルク。格別高い店とも思えないので、このあたりがドイツの標準的な価格なのだろうか。いずれにせよ、昨日の店はディスカウント店だった訳だ。(それに気がついたので、ここでは大量に買い込まず、2本にとどめたのである。)

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*1997年02月28日:フランクフルト第六日:街角にて


 起床時刻は、ついに0時半である。[;^J^] さすがに根性入れて、眠り直す。

 今日は、ピアノのフロアにも行ってみる。非常にさまざまなピアノメーカーから出展されているのは当然として、面白かったのは、「椅子」の専門メーカーからの出展がかなり多かったことである。それと、譜面台の照明。チェンバロ、スピネット、クラビコード。さらに、調律機具、修理工具、(ピアノを運びだすメカニズムそのものをデモしている)運送メーカー、加湿器・除湿器に至るまで。奇矯なデザインのピアノは、一点だけ。宇宙船をイメージしたと思しき流線形ピアノである。

 会場からの引き上げには、シャトルバスを使う。ホテルは会場の一部であり、会場の表玄関にあるのだが、ここから会場の一番奥にある“musikmesse”のメイン会場までは、「動く歩道の上を歩き続けても」10分以上かかる、という、ばかばかしい距離。ここを歩いて出勤するのに飽きていたところである。“musikmesse”のメイン会場近辺から、ホテルのすぐ近くまで、構内バスが走っているとは知らなんだ。

 部屋での寝酒のビールが今夜で切れるので、例の雑貨屋に買いに行く。(冷蔵庫の中には、種類も豊富な酒類が標準で備え付けられているのだが、どうせ手をつけたが最後、高い請求書が回ってくるに決まってる。)店の名前と、営業時間を聞いておく。「Lebensmittel Klaus Becher」(後半は、人名かな)で、土曜日は 8:00 - 12:30、月〜金が 7:00 - 18:30 である。(日曜日は休むらしい。)

*トマトジュース(500ml)1.6マルク(120円)
*缶ビール(WARSTEINER)(500ml)1.8マルク(135円)×2
*缶ビール(TUBORG PILSENER)(500ml)1.6マルク(120円)×2
*成分不明のソーセージ(200g)2.89マルク(220円)
*同上(200g)3.19マルク(240円)
*果実のジャムを2個(各20g)計0.8マルク(60円)

 街を歩いていて気がついたことを、数点、心覚えに書きとめておく。

*信号車道の信号は、赤から青に変わる直前の1秒から2秒の間、黄色も点灯する。この間に、信号待ちをしていた車たちが、エンジンをふかすのである。歩行者用信号には赤と青の2状態しかなく、青からいきなり赤に変わる。そのせいかどうか知らないが、歩行者は赤信号を、あまり守らない。この方式だと、赤になった時点で、車道上から撤退完了している、ということが、論理的に不可能だからだろうか。
*広告塔街中の広告は、日本よりは少ない。交差点などに、円柱状の「広告塔」が建っており、ポスターは主としてこれに貼られている。(ここ以外にはポスターが貼られていない、という意味では、もちろんない。駅の壁や人家の柵などに、ポスターは数多く貼られている。)
*垂れ幕ビルディングに「垂れ幕」が、ほとんどかかっていない。
*ライト晴れているにも関わらず、日中からライトを点けて走っている車が、かなり多い。
*野菜まるでペンキを塗ったかのように、鮮やかで人工的で単調な色合いをしている野菜が、数多く並んでいる。プラスチック製の偽物かと疑って、何度も手にとって確認してしまった。

 まぁいずれも、ホテル周辺という、狭い地域を歩き回っての感想に過ぎないが。

 同僚から分けてもらった洗剤で、下着を洗濯してから就寝。結構乾燥しているので、明朝までには乾いているのではあるまいか。

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*1997年03月01日:フランクフルト第七日:クラブへ行く


 今日は土曜日。今日の午後と明日(日曜日)は、Lebensmittel(例の雑貨屋)が閉まってしまうので、朝の内にビールを買ってから、シャトルバスで会場入り。

 今日と明日がメッセの後半、一般客が入場する日である。予想通り、凄い人ごみ。それにもめげず、見落としていたものはないかどうか、しつこく会場を回る。これは無意味なことでは無いのだ。初日(や2日目)に間に合わず、後半になってから出品されるものが、あるからである。(その逆に、途中から姿を消すものもあるので、油断出来ない。)

 今日一日の視察・調査を終えてから、クラブに行くことにする。これは公には業務の一部ではないが、ドイツにおけるクラブ事情を直接体験してくる、というのは、当然期待されていることなのである。熱心な連中は、連日、深夜(早朝)までクラブ通い。私はなかなか体力のタイミングが合わず、この地のクラブに出向くのは、今夜が初めて。

 22時にホテルのロビーで、同僚4人と待ち合わせ。ホテルを発ったのは、なんやかやあって、23時頃。遅いと思われるかも知れないが、クラブが盛り上がって来るのは、大体2時過ぎだったりするので、これでも本当は早すぎるのだ。

 路面電車と地下鉄を乗り継ぎ、夜の道をさ迷い歩き [;^J^]、開店直後でひとけの無いクラブを1軒パスし、路上まで人が溢れていて到底入れそうもないクラブを2軒諦め、「オーメン」というクラブに辿り着く。

 ただし、入るまでに多少の迷いがあった。その入り口付近にたむろしている連中が、ちょっと危なげに見えたことと、何よりも路上には男しかいなかったからだ。(ゲイ系のクラブに入る度胸は、皆、持ち合わせていなかった。)少し離れたところから観察していると、カップルが入った。「よし、大丈夫だ!」[;^J^]

 入り口では、ごついお兄さんがふたり、厳重なボディチェックをしている。ここでもちょっとビビったが、逆に、管理がしっかりしている訳で、安心もした。我々はボディチェックをされなかったが、これは日本人だからだろうか? 確かに見た目、危険な客ではなかったが。

 入ってみれば、なに、そんな怪しげな客層ではない、(多分)健全な、十代二十代の若者たちである。男女同数位か。料金は18マルクで、ドリンク類は別計算。一晩中出入り自由なシステムである。(途中外出する時に、手首に再入場許可のスタンプを押してもらえるのだ。)

 入るときに、ガードマンのお兄さんが、「ここはテクノ系のクラブだぞ(それでもいいか)」と念押ししたのは、面白いことである。ダンスミュージックにも色々なジャンルあるのだが、確かに、ハウス系やヒップホップ系を期待していた人がテクノ系のクラブに入ったら、それは悪夢だろう。

 「テクノ」と聞いて「YMO」を思い出す世代の読者も多いと思うが、あの時代に「テクノ」と呼ばれた音楽と、こんにち「テクノ」と呼ばれている音楽は、全くの別物なのである。後者に比べたら、前者はほとんど「歌謡曲」である。何しろ、古来からの音楽理論に従って、音楽的に楽曲が進行する。[;^J^]

 こんにちの「テクノ」は、もはやほとんど音楽では無いのである。「騒音音楽」というのとも、違う。ちょっと言葉では表現しきれない。それにしても、重低音のビートが「腹に響く」とか「足の裏に響く」というのは良く聞くが、全身を下から上に突き抜けて「喉に響く」のには参った。[;^J^]

 結局、2時過ぎに引き上げ、タクシーでホテルへ。

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*1997年03月02日:フランクフルト第八日:メッセ最終日


 飛び起きたら8時25分! 一瞬諦めが入ったが、3秒間で気を取り直し、8時33分に部屋を飛び出して、8時45分の朝礼に滑り込みセーフ。ここ数日間悩まされていた、軽度の鼻風邪が治っている。やれ嬉しや。

 ついにメッセ最終日である。例によって凄い人ごみだが、実はディーラーオンリーの3日間と、一般公開の2日間とを比較すると、確かに後者の方が入場者数は遥かに多いのだが、想像していたほど極端な差では、なかった。本来一般公開日に来るはずの一般入場者が、結構、ディーラー専用日に流れたからではないか、という観測がなされている。

 どうして、ディーラーオンリーの日に、子どもが入っているんだろうという疑問は、以前に述べたが、チケットを買う時に「音楽学校の学生です」と言えば、誰でもディーラー専用日に入れるらしい。[;^J^] これが、アメリカのNAMMショーと違うところなのだ。NAMMショーは、全米楽器製造業協会が主催して仕切っているので、そういういい加減なことはしない。NAMMショーにはそもそも一般公開日がなく、商売だけの場である。商売の邪魔になる連中を入れる訳がない。それに対して、“musikmesse”の主催者は「メッセ会場」である。入場者数が増えれば、それでいいのだ。

 18時に閉場。いかなる種類のセレモニーも無く(それどころか、会期全体を通じてただの一度もチャイムのひとつもならず)、ほとんどなし崩し的に撤去・撤収が始まる。

 19時過ぎには、ローランドのデモブースで、ローランド関係者の打ち上げが始まる。元々は、会期全体を通じて、受け付けやそれぞれの担当部署に張り付いていて、自社のデモをほとんど見ることの出来なかったクルーたちへの慰労として、デモプレイ一式を披露する、という趣旨で始まったらしいが、今ではそれから発展して、無礼講のセッション大会になっている。他社ブースのデモプレイヤーの飛び入りもあるらしい。

 終わったのは、21時過ぎだろうか。シャワーも浴びずにベッドに倒れ込む。

 それにしても、フランクフルトに来てから痛感したのが、“横になって眠ることの心地良さ”である。疲れきっている脚を、まっすぐに投げ出していると、脚の疲れが“ジーンと”癒えてゆくのである。しかも連日。

 私は久しく、これほど健康的に疲れる日々から、遠ざかっていたのだ。

 先日から、どうも腑に落ちないことが、一件。私は冷蔵庫の中から、ビールの小瓶とウィスキー(ジョニ赤)の小瓶を一本ずつ、飲んでいるのだが、例のTVで見られるインフォメーションの、現在までの利用明細に、出てこないのだ。最終日にまとめてチェックされるのだろうか?(普通は、毎日カウントすると思うのだが。)

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Mar 12 1997 
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