*1997年02月17日:「IBM Global Network インターネット接続サービス」
*1997年02月18日:マウスを分解してみたら
*1997年02月19日:SCSIとは
*1997年02月20日:鳥たちの激突死
*1997年02月21日:統一教会からの祝福招待状
*1997年02月22日:渡欧直前荷造り&買い出し
*1997年02月23日:フランクフルト第一日:8時間の薄暮
*目次へ戻る *先週へ *次週へ


*1997年02月17日:「IBM Global Network インターネット接続サービス」


 (実際にやるやらないはともかくとして)欧州からのアクセスの可能性に備えて、かの地におけるインターネットの入り口を確保しておかなくてははならない。無論、常識的に考えれば、第一候補はマイクロソフトネットワークであり、あるいはコンピュサーブであろう。しかしどうも、マイクロソフトネットワークと契約する気には、なれない。料金支払いの事務処理上のトラブルが、いくつか起こっていることを、漏れ聞いているからだ。また、その最大の魅力であった、全世界に(隙間無く)配備されたアクセスポイント、という思想(理想)が変更され、主要国のみに限定される方向であるとも、聞いた。それなら、そこらのプロバイダと変わらない、ただのワンノブゼムである。

 コンピュサーブでも構わなかったのだが、結果として「IBM Global Network インターネット接続サービス」(以下、IBMGNDと略記)と契約した。理由は単純。どこにしようか誰に相談しようかと、ウダウダしながら社内ニュース(メールだったかも)を眺めていたら、IBMGNDのURLが目に入ったので、クリック。それだけである。

 主体性を全く持たない客(獲物)に関する、教訓的な物語である。

 さて、接続パッケージは約4メガバイト。これを会社でダウンロードするのは(例え休憩時間であっても)迷惑というもの。帰宅してからいそいそとダウンロードを始める。(インターネットクラブのモデムが不調なので、アサヒネットからアクセスする。アサヒネットの入り口を確保したのは、昨日のこと。なんともグッドタイミング。)一回目は残り30Kバイトで回線断。プリプリしながらリトライし、二回目で無事に、この巨大パッケージのゲットに成功してみれば、なんとその大部分は、標準添付のネットスケープ2.02なのであった。(私は3.0ユーザーである。)IBMGND独自のコンテンツは、ダイヤラーと登録フォームと、あと若干のドキュメント。こちらは(数百Kの)ダイヤラーも不要であり(だって、95のダイヤルアップネットワークで、なんの問題もなくつながるんだもの)、必要なのは登録フォームと、電話番号表だけだったのである。(いや実際、契約書も定款も電話番号表も、WWW上にあったのだ。)

 ま、それはともかく。これでアサヒネットの他にIBMGNDも確保できた訳だ。無論、月額基本料はかかるので、しばらく海外に出る予定なし、という状況になれば、すぐに解約する。

*目次へ戻る


*1997年02月18日:マウスを分解してみたら


 会社で使っているPCの、物理式マウス(ボールに接触している車の回転で、移動量を拾う)の動きが、酷く鈍くなったので、分解掃除をしてみたら..

 ..おぞましい..[;-_-]

 内部が埃だらけであるのは当然として。ボールに接触している小さなプラスチック製の車に、“べっとりと”油汚れがはりつき、分厚い層が出来ている。これをピンセットで剥がしていくのだが..これは2年や3年の蓄積ではないぞ。鼠の死骸が出てきても、少しも不思議ではなかった。(←「マウス」に掛けているのである。←解説。)

 インターネットクラブの回線は、今日もダウンしてる。アサヒネットからアクセス。IBMGNDを、色々試運転。IBMのアカウントからインターネットクラブのアカウントにメールを送信し、それをアサヒネットから入って受信。その逆、などなど。

 吾妻ひでお情報が、色々飛び込んでくる。そう言えば最近、fj.rec.comicsに告知していなかった。いっぺん、むこう数ヶ月の動向を、まとめてポストしておかないと。

*目次へ戻る


*1997年02月19日:SCSIとは


 インターネットクラブの回線の不調の原因が判明する。ターミナルサーバーが壊れてしまっていたのだった。という訳で、ホームページを会社で(無論、業務時間外に)更新する。この状況では、自宅からだと(出来なくはないが)やりにくいのだ。

 で、更新してから先週の日記を読み返していて気が付いたのだが、SCSI端子がひとつしかないから、SCSI機器を一度にひとつしか使えないだとぉ?! SCSIはデイジー・チェーンできるだろっ! このタコ![;^O^]

 恥ずかしいから書き直そうかと思ったが、既に何人もがアクセスして読んでしまっている。潔くない。これはこのまま置いておく。[;^J^]

*目次へ戻る


*1997年02月20日:鳥たちの激突死


 渡り鳥だと思うのだが、勤務先の社屋の中庭のガラスに、次々とぶつかって死んで行く。今日一日で、直接目撃した分と、伝聞の分、合わせて二十羽近い。従って、実際には(私と周囲の連中が見ていない間に激突死して、片づけられた分を合わせると)その倍位が犠牲になったのではあるまいか。

 キレンジャクという鳥らしい。どうも新聞でも(この不可解な激突死が)話題になったようなのだが、例によっていい加減に読んでいたので、気が付いていなかった。

 ガラスに慣れていないのだろうか? 確かに、うちの社屋の中庭の大ガラスは、正面玄関の大ガラスを突き抜けて、向こうの景色が見えるので、光線の具合によっては、ガラスが見えなくなることもあろう。それと、そのガラスの方向に吹く、強い西風。この風に乗って、叩き付けられているのである。哀れでならないが、大ガラスの内側にカーテンを引く訳にもいかないだろう..

 植谷雄高、死去。とう小平、死去。

*目次へ戻る


*1997年02月21日:統一教会からの祝福招待状


 わははは、とうとう来たか、この手のメール![^O^]


Subject: 祝福招待状

突然ですが神様からのメッセージをお伝えします。
あなたは神様に選ばれた幸運な方です。

 私信には違いないので、全文引用はやめるが、要するに、統一教会からの合同結婚式への勧誘である。この11月に、ワシントンDCで360万組の国際合同結婚式を挙行するのだそうである。


どうか、貴殿も真の父母様の前で、真の結婚をしてください。

と言われても、ここは遠慮しておくが、


くわしくは、ホームページまで
http://www.j-net.co.jp/KJ/

とのことなので、興味のある向きは、覗かれてみたらいかが。

*目次へ戻る


*1997年02月22日:渡欧直前荷造り&買い出し


 ディーラーが自宅まで車を取りに来る。車検なのだ。先日電話をもらうまで、コロッと忘れていたのである。[;^J^] こういう主体性のない、ディーラー丸投げの客が、結局、ディーラーを(不当に)肥やし、日本の車社会の異常な高コスト体質を支えているのだ、という自覚はある。一度位、ユーザー車検にトライしてみるべきだ、と、数年前から考えてはいるのだが。

 渡欧は明日。荷造りは今日から。[;^J^] 土壇場(〆切)になるまで手をつけない、というこの体質も、なんとかしないと。

 もっとも、数年前になるとはいえ、海外旅行をした時の旅行用品類と、何よりもチェックリストが残っていたので、作業は案外手早く片付き、荷物自体も思ったよりは小さくまとまった。

 とはいえ、足りない物も数点あるので、街中へ買い物に出る。主として冬物だ。今年のフランクフルトは例年よりは暖かい、という情報も入ってきているのだが、その“例年”が、とんでもないという噂なのだ。最高気温が零下7度の日があったとか。そして私は“冬物”を全然持っていないのである。いや、ふっる〜〜い冬物があるにはあるのだが、保存がいい加減なので、虫だの黴だの。そしてこの冬(も)、浜松はたいして寒くならなかったので、冬物はひとつも買わなかったのだ。一週間ほど前から、突然寒くなってはいるが..

 こういう不精が幸運を呼ぶこともある。この時期になると、もはや冬物は投げ売り状態なのであった。

*目次へ戻る


*1997年02月23日:フランクフルト第一日:8時間の薄暮


 しかし、飛行機に連続12時間以上、乗っているはめになるとは思わなかった。

 6時に飛び起き(就眠は3時である)、7時に出発、車で待ち合わせの事業所について、昨日のうちに予約を入れておいたタクシーにピックアップしてもらうも、同じタクシーに乗るはずの同僚が(寝過ごして)来ていない。15分待ったところで見捨て [;^J^]、タクシーで浜松駅へ。こだま→(新大阪)→はるか、と乗り継いで関西国際空港へ。この過程で人数が増え続け、最終的に十数人の団体となる。浜松で見捨ててきた同僚も、一本あとのひかりで追いついて来る。[;^J^]

 ルフトハンザのLH741便は14:35発。フランクフルト直行で、フランクフルト着予定が18:50。時差は8時間。差し引き12時間強。

 エコノミークラスだから、狭いのは仕方がない。機内食はまずまず。(ちなみ機内食は2回。私は和食と洋食を一回ずついただいたが、和食の特徴的な献立が、一回目は山葵(ワサビ)漬、二回目は茶蕎麦、と、静岡入っていたのは何故か。)

 機内で使用禁止の電子機器は、携帯電話、ラジコンカー [;^J^]、CDプレイヤー等。パソコン類は離着陸時のみ使用禁止なのだが、CDプレイヤーは常時使用禁止である。確か(相当昔に)CDプレイヤーが原因となった事故があったと記憶しているが、それが今でも尾を引いているらしい。隣でMacを使っていた同僚は、CD−ROMプレイヤー内蔵ではないかどうか、チェックを入れられていた。

 到着時刻は現地時間では19時前とはいえ、日本時間では深夜3時頃になる。それで(あらかじめ睡眠を取っておけるようにとの配慮から)16時位には、「お休みになる方のために、窓の蔽いをお閉めください」というアナウンス。(確かに西日が眩しいのだ。)少し仮眠を取ることを試みるが、日本ではまだ夕食前の時刻である。熟睡出来る訳がない。18時頃にどろどろと眠り飽きて窓の蔽いを開けてみたら、薄暮である。シベリア大陸上空で、後方の空は紺色に沈み、前方の西の空の地平線上には、日没後に消え残った茜色の残照..

 この状態が、約8時間続いた。

 太陽とほとんど同期して飛行していたLH741も、終わり頃に差を広げられて、フランクフルトにほぼ定刻の19時に着いた頃には、すっかり夜になっていた。

 12度である。[;^J^] 日本(東京、浜松、大阪)よりも暖かい。零下7度という話は..[;^J^] 20年ぶりに購入した手袋(800円)、マフラー(300円)を、どうしてくれる。[;^J^]

 タクシーに分乗して、これから9泊する MARITIM ホテルへ。昨秋オープンしたばかりの、現代的な立派なホテルである。立派過ぎてエレベーターが使いこなせないが(部屋のカードロックを使うのだが、なかなか目的の方向に動かず、目的の階で止まらないのだ [;^J^])、おやまぁ、こんなに広くて素敵な部屋を、ひとりで使っていいの?(ツイン仕様である。)

 ミーティングのあと、まず電源をチェック。リブ+ユニバーサルACアダプタ+ドイツ仕様250Vケーブルで、問題なし。よしよし、このアダプタには、ケーブル込みで1万5千円ほどかかっているのだ。これから目一杯仕事してもらうぞ。[^J^]

 次に電話回線だが..をを、モデムとISDNの端子が壁に出ているではないか。(モデム端子自体は、きょうび当たり前だろうが、ドイツの電話のジャックは日米とは全然形状が違うぞ、という情報を直前にキャッチし、これは現地で変換アダプタを買わなくてはならないか..と、気を揉んでいたのだ。)モデムセーバーで回線チェック。問題なし。リブに装着したXJACKといそいそとつなぎ、ダイヤルアップネットワークから、IBMGNDのフランクフルトのアクセスポイントに0発信..

 拍子抜けするほど簡単につながってしまった。いつものようにインターネットクラブのPOP3サーバーにアクセスしてメールを受信。行き付けのホームページをさくっとチェック。日本にいるのと、なんの違いもない。

 当たり前のことに感動してしまった。インターネットって、やっぱり凄いや。(もっとも、お陰で“旅情”が半減とは言わないまでも、三割ほどは目減りしたが、これはこの圧倒的な便利さとの、やむを得ないトレードオフであろう。)これで、ユニバアダプタ、回線チェッカ、IBMGND、と、出国間際のドタバタ投資が全部有効に働いたわけだ。こんなことは珍しい。[;^J^]

*目次へ戻る *先週へ *次週へ


*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Feb 24 1997 
Copyright (C) 1997 倉田わたる Mail [kurata@rinc.or.jp] Home [http://www.kurata-wataru.com/]