*1996年04月08日:人間ドック
*1996年04月09日:車の修理とホームページの紹介
*1996年04月10日:悪魔憑きについて
*1996年04月11日:蜘蛛について
*1996年04月12日:焼肉屋とインターネット
*1996年04月13日:ある敗北
*1996年04月14日:ある廃屋
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*1996年04月08日:人間ドック


 会社のお金で、ディープな健康診断が出来るのである。ありがたいことである。これといった異常は無し。しいて言えば肝臓関係のとある係数が、少々大きい。節酒と運動、はいはい、よーくわかっています。

 胃カメラはそれほど気持ち悪くないのだが、どうにも我慢出来ないのが、エコー検査である。腹部と胸部にローションみたいなものをぬって、器具をグリグリ押し付けまくる、あれである。私は敏感な体質なので、これをされると悶絶してしまうのだ。担当が若い女性であれば、まぁそれなりに結構だが、相手が中高年のむさいおっさんだった日には、悲惨どころでは、ない。今回は、姥桜であった。

 人間ドックのために、会社は一日有休である。午後、やや早く(といっても3時位)に終ったので、自宅にとんぼ返りした勢いで、渋谷に行く。NIFTY-ServeのFCLAのオフのひとつ、「お気楽」シリーズで、今回は「お気楽モーツァルト/ハ短調ミサ」である。慢性的に合唱が不足気味のこの演奏オフ、私が遅刻して駆けつけた時点で、各声部がひとりずつ揃った次第(私は、ハイバリトンで、担当はバスである)。

 しかし突然の上京であったために、「ムーンライトながら」の券を買えず、やむなくオフを早退して、早い時間帯の新幹線で帰る。本当はもちろん、23時頃まで遊んでいたかったのである。人民列車(旧・大垣行き夜行の通称)が、東京発の時点では全席指定の洒落た列車(「ながら」のこと)になってしまったお蔭で、「ふらり上京」がやりにくくなってしまった。

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*1996年04月09日:車の修理とホームページの紹介


 車を、再度修理に出す。3月にも修理を依頼したのだが、どうも後輪のあたりでゴロゴロガシュガシュという騒音が、特に低速でステアリングをきっている時に、うるさくなっているからである。原因がわからないので気持ちが悪い。どうも何かメカが磨耗か破損しかかりかしているように聞こえるのだ。

 とある単行本の編集部から、私のホームページを紹介したいがよろしいか、というメールが来た。実のところ、内容についての評価が高いとは言いかねる(しかし、とにかくベストセラーになった)本のパート2であり、潔癖な人ならば断るであろう打診である。ところが私は、全く潔癖ではないのであった。

 その本の存在自体がいけない訳ではなく、一部、雑な編集がされていた(例えば、無許可で紹介されているホームページがいくつかあった)らしいということであるし、私は売り出すためにならば、悪魔とでも手を組むであろう(僅かに誇張)。こういう売名欲を前面に押し出す「物言い」に、顔をしかめる人がいるのだが、そんな態度はちゃんちゃらおかしいという主張は、また別の機会に。

 ちゃんちゃらおかしいのは、引用許諾の返答の期限である。10日だと。明日である。たまたま今日、メールを送受出来る環境にいたから、即座に返答できたものの、やはり編集は、いまいちまともではないようだ。

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*1996年04月10日:悪魔憑きについて


 今日は、昨年体験し、NIFの某フォーラムに紹介した実話を、紹介する。この悪夢の記憶は、いまだに鮮明である。



 休日出勤中、少しばかり疲れたので、小部屋に椅子を並べ、その上に横になって仮眠を取り、悪夢に襲われた。あるいは、もっと悪いことだったのかも知れない。

 まず、いわゆる金縛り状態に陥ったが、この時点では驚きもしない。レム睡眠中に体が動かないこと自体は、自然な状態である。しかし、足が動き始めた。ハの字型に両足のつまさきが開き、次に、勢いよく閉じて、互いにぶつけあう。これを、次第に動きを大きくしながら繰り返す。

 睡眠中の痙攣や不随意運動も、自然な現象だ。何度も経験しているし、他人のそれを目撃してもいる。しかし今回のこれは、少し動きが大き過ぎる。そうこうしているうちに、バタ足運動に移行した。

 かなり大きな音がしているはずだが、この部屋の「ドアを閉めた」ことを思い出した。誰にも聞こえない。誰も起こしに来てくれない。自力でこの状態から脱出しなくてはならない。

 繰り返すが、これは夢であるとは認識していた。しかし、肉体は現実に不随意運動をし得るのだから、これほど大きな動きの大半は夢であるとしても、ある程度は実際に動いている可能性が高い。だとすると、椅子から落ちて、怪我をしかねないのだ。

 肩から先は、びくとも動かない。わきのテーブルに掴まりたいのだが、手がいうことをきかない。そしてついに、上半身(というより胴体)が動き始めた。肩と首を固定したまま、腰を支点にして、角度にして15度から20度ほど起こして、ドンと倒れる。これを驚くほどの速さで繰り返す。これは私の運動能力を越えている。

 足は、左右バラバラに空中を蹴りあげつづけている。私は、映画「エクソシスト」を思い出し、ポルターガイストという概念に襲われた。ポルターガイストは、人体ではなく物体に作用するものだと思うが、それはともかく、今の私の状態をよく説明できるような気がした。「なにかに両肩を掴まれて、背中を椅子に叩きつけられている(註)」と考えると、理解しやすい動作なのである。

 これは夢である。確かに夢には違いない。しかし、椅子から落ちる可能性は確実にある。胸ポケットにはカッターナイフが入っている。刃は引っ込めているはずだが、確証はない。

 支点となっている腰が、浮いた。

 次の瞬間、私は立っていた。体を硬直させたまま(といっても、上半身と下半身は勝手に暴れていたが)前方に90度回転した。不随意運動は、全て止まった。確かに立っている。体の向きは、床面と直行している。

 ここが正念場である。何故ならば「立っているはずがない」からだ。物理的に不可能とは言わないが、私の肉体には、絶対に不可能な動作をしたのでない限り。一番危険な瞬間だ。ここで気を緩めたら、椅子から落ちる。恐らく、胸を下にして落ちる。

 右手が動いた。ゆっくりと、ゆっくりと右側に動かし、テーブルの縁を掴まえた。そして、待った。目覚めようという努力を全て破棄して、むしろ、より深く眠りに沈みこむように意識をコントロールした。そうすれば悪夢の裏をかける様な気がした。

 テーブルの縁を掴まえて立ったまま、待ちつづけた。



 悪夢は去った。

 私は椅子の上に、同じ姿勢で横たわっていた。右手は、テーブルの縁ではなく、左手首を掴んでいた。動いた形跡は、一切なかった。汗もかいてはいなかった。

 このような体験が、数限りない迷信や俗信を生み出すのだと、理解した。もしも心弱い人であれば、あるいは、何か意識に隙があれば、このような体験を通じて悪魔や妖精の存在を信じるのは、当然だと思った。私は、確かに「悪意」を感じたのだ。「悪意」あるなにものかが私の肩を掴んでいた。しかも、その「悪意」は、私の意識と体の内側にあるように思えたのだ。

 もちろん、夢であり、妄想である。しかしこの種の夢と妄想には圧倒的な説得力があり、伝説となって人類の歴史の中で「実体化」してきたのだ。悪魔を、妖精を、妖怪を生み出してきたのだ。

 この私ですら、「この部屋にはなにかあったのか」と、暫く考えてしまったのだから。そして、「この部屋は、昼休みの仮眠に常用されており、誰もこのような悪夢を訴えてはいないのだから、何もないのだろう、しかし私は二度とここでは眠るまい、よしんば眠らざるをえない状況になったとしても、その時はドアを開けておこう」と、考えてしまったのだから。

 超自然現象を認めた訳ではないが、超自然現象を認めることに通ずる、おのれの心の弱さを認めてしまったのだから。



註:「…『ドアの窓ガラスから、なにかがわたしのほうをうかがって…』あなたは『なにか』と言っておられる。なぜ『誰か』と言わなかったんですか」J・D・カー「曲った蝶番」創元推理文庫166頁より



 この部屋は、今では空部屋ではなく、プログラマーと端末が常駐して、製品組み込みソフトを作っている。ここに何かがいるとして、その製品のROMコードに入り込み、それが基板にマウントされて、世界各国に出荷され、それの奏でる音楽が、全世界に満ち溢れる日は、そう遠くはない。

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*1996年04月11日:蜘蛛について


 元々浜松は、大型の蜘蛛の産地である。というか、浜松を境にして西側に、大型の蜘蛛が多いのである。よく見られるタカアシグモ(アシタカグモだったっけ?)−巣を作らずに床の上を走りまわる、脚を広げたサイズが大人の掌位のもの−は、ゴキブリを喰う益虫である。

 その蜘蛛たちが、私のねぐらから姿を消して、もうかれこれ5年は立つであろうか。昔は、朝寝坊をしている私の顔の上を走りまわって起こしてくれたり、帰宅した私を、玄関先で出迎えてくれたりしたものであるが。天敵がいなくなったからといって、ゴキブリが増えた訳でもない。いや、ゴキブリに至っては、7年位、見た記憶がない。要するに、私の部屋には、私以外の生命体が、ほとんど存在していないのである。去年の夏は、蚊もいなかったような気がするが、さすがにこれは気のせいか..?

 蜘蛛がいなくなってから、部屋の廃墟化が急速に進んだのではないかと、今、書いていて気がついた。

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*1996年04月12日:焼肉屋とインターネット


 車が修理からあがってくる。ベアリングが磨耗していたので交換しておいた、これでもなお音がするようであれば、それはサスペンションの軋み音であり、安全面では全く問題ないから、気にしなくて良い。サスの軋み音をなくそうとすれば、結構な費用がかる、とのこと。とりあえず様子を見る。

MASK

 近所の焼肉屋で、職場の宴会。かつてこの店で、私がひとりで飲み食いしながら、T2150でImageViewを起動して、フッタに使っているアイコン(右図参照)を編集していると、ウェイトレスのおばさんが背後から覗きこんで、つくづく感心した声で、「これが例の、インターネットというやつ?」。違うのだが、最終的にはホームページに使うグラフィックイメージを編集しているわけなので、「まぁそんなようなものです」と、無責任に答えたことがあったことである。

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*1996年04月13日:ある敗北


 ズボンとベストを計5着、リフォームに出す。この件については、これ以上何も言いたくはない。今日はこれだけである。

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*1996年04月14日:ある廃屋


 私のアパートから20メートルほどのところに、廃屋がある。廃屋なのだと思う。ガレージには、特に錆びてはいない、いつでも使えそうなスクーターと自転車があることと、目と鼻の先とはいえ、その家の前は通勤のために車で通過することがほとんどであったため、気がついていなかったのだが、考えてみると、その家に人が出入りしているのを見た記憶がない。表門と裏門にはそれぞれ蔦が絡み付いていて、かなり長期間、開けた形跡がない。2階の雨戸が締めっきりになっているが、その雨戸が風雨で痛んで板が反り返っており、戸袋に入れることが出来無くなっている。などなど、どうみても無人の邸宅である。

 それにしては(雨戸の件など、全体に明らかに疲弊してはいるが)妙にこぎれいでは、ある。スクーターの件もあるので、単純に廃棄されているとも思えないのだ。(それならば、スクーターを持っていきそうなものである。)いやつまり何をいいたいかと言うと、ここに住んでみたいな、と。

 私は廃墟が、好きなのである。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Apr 14 1996 
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