*1996年04月01日:廃墟より
*1996年04月02日:ボーダーランドの町
*1996年04月03日:迷宮にて
*1996年04月04日:コンピューター言語“Z−80”
*1996年04月05日:コンピュータを修理に出す
*1996年04月06日:“手塚治虫漫画全集”解説総目録 について
*1996年04月07日:文庫の再版に思うこと
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*1996年04月01日:廃墟より


 大家の名誉のために書いておくが、ここは決して廃墟などではない。築12年目だから新しくはないが、こざっぱりとした2階建のアパートである。その1階に私のねぐらがあるのだが、この中がやや廃墟に近く、これは大家の責任ではない。

 1DKで6畳間+8畳位のDK。窓は広くて沢山あるのだが、ほとんど本棚とCDラックで塞がっている。問題は床の上で、私には「“未決書類”は床や机の上に寝かせておく」という習癖がある。本棚などに整理してしまうと、まだ読んでいなかった/処理していなかったことを忘れがちになることと、まだこんなにも沢山の定期購読雑誌とか郵便物とかを片付けなければならないのだぞ、と、自分を叱咤激励する意味も有る。これは合理的な理由だと思う。そのもくろみどおりに物事が進行し、追われながらも片付いて回転していけば。

 例えばアンプの前に、8年近くも積まれたままの、展覧会のカタログと、百科事典のコピーがある。後者にはラインマーカーも入っており、何かの原稿を書く材料とするつもりだったらしいが、もはや全く記憶にない。しかしいつ思い出すか判らない以上、これは未決書類であり、元の場所に積み戻されるのだ。卓袱台がわりに15年以上使っている炬燵(1年じゅう片付けない)の上には、やはり10年前から(すなわちここに引っ越してきて以来)積まれたままの原書が、2冊ある。「宝島」と「海底牧場」である。表紙には埃がうずたかく積もり、その周囲は書物の型にくり貫かれた埃の層が出来ている。これらもまた、時間が出来次第読むつもりなので(この10年間、ずっとそうだった)未決書類。2年前に数えた時点で500冊以上あった、未読のいわゆる積読(文庫本のみ。ハードカバーの積読は、数えたことがない)は、さすがに物理的に置き場所が足りなくなり、書架に収まってはいるが..これらも買う速度の方が読む速度よりも速いので、原理的に増える一方である。

 「童夢」のチョウさんの玩具の部屋を想起していただくとよい。私の夢想と妄想は、この夢の空間から今日も紡ぎだされているのだ。

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*1996年04月02日:ボーダーランドの町


 ここは浜松。いくつかの意味で、ボーダーランド(境界線上)の町である。

 まず、東京と大阪のちょうど中間にある。まさに中間なのだ、時間的にも交通費的にも(新幹線を使う場合)。すぐとなりに名古屋があるが、それを別とすれば「東京文化圏でも大阪文化圏でもない」ということになる。事実そうだ。

 次に、浜松は都会と田舎の中間である。都会からみれば田舎であり、田舎からみれば都会である。

 浜松は東京へは、時間的には非常に近い。朝7時頃のひかりに乗れば(私の場合、朝6時半に家をでれば)、8時半以前に東京に着いてしまう。これは下手をすると、首都圏の通勤者よりも近いと思う。交通費が片道7410円、という現実は、厳としてあるが。帰りも近い。東京駅23時40分、あるいは品川駅23時50分の「ムーンライトながら」に乗れば、浜松3時40分である。あとはタクシーで7〜8分なのだから、ながら車中と帰宅後と、2回に分けて眠れば、翌日(当日)の出勤にも、支障はない。品川駅23時50分というデッドエンドは、首都圏近郊の連中よりも遅いことが珍しくない。つまり、その位東京とは時間的に近く、金銭的にはさすがに遠い。

 第3に、ふたつのベクトルのボーダーランドである。発展に向かうベクトルと、衰退に向かうベクトルと。

 いくつもの大きな建設が進行し(あるいは完成し)、それなりに活気もある。その一方で、もう何年も前に、駅前から丸井が撤退し、もう1〜2年以内に、西武も撤退する。巨大な空きビルが増えて行く。駅前からデパートが消滅していく理由は、上に述べた通りだ。東京に近すぎるからである。もともと郊外型大規模量販店は、分野ごとにいくつも存在するのであって、生活志向質実剛健な買い物は、そちらに向かう。そうではない、本来デパートが吸収すべき、ちょっと(うんと)贅沢な買い物は、そもそもそういう買い物をしようとする人は、往復1万5千円の交通費位だせる訳であり、しかも東京に出れば商品の選択肢が、ざっと100倍。競争も厳しい故、値段も廉い。つまりかえって割安だったりするわけである。要するに、浜松駅前のデパートには、出番などないのだ。

 私はこの、コウモリのようなアイデンティティの町が、結構気にいっている。その時の気分(と状況)次第で、都会人にも地方人にもなり、活気を楽しむと同時に、零落の甘美な香りも味わうのである。ひとつのユートピアである、死都ブリュージュへの道は遠かろうが..

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*1996年04月03日:迷宮にて


 浜松駅前のアクトシティは、新幹線で通りかかられる方なら、どなたも御存知だと思う。全く唐突に、見上げるばかりの高層ビルが出現するのである。これこそバブルの塔、テナントも半分位しか埋まっていないが、それでも、崩壊するバブル景気がどんぞこに沈むその直前に、滑り込みセーフで完成したのである。これが浜松の悪運の強さである。国内には、完成途上で放棄されてしまったビルが、いくつもあるというのに。

 それら生まれ出ることも出来なかった、不運の建造物たちの嫉妬の呪いでも浴びたか、このアクトシティ、まさに迷宮である。いやこれは、レトリックでもなんでもない。

 よくもまぁ数百億を遥かに越える税金をつぎ込んで、こんな訳のわからぬ構造物を建てたものである。いわゆるラビリントス的な、暗黒の回廊が続くというよりは、そこここで、直感的には通り抜けられるべき場所が、ガラス戸で塞がれており、施錠されている。これは向こう側が見えているだけに、一層腹が立つ。で、迂回して向こう側に行く手段が、そう簡単には判らないのである。慣れないと、今自分が何階にいるのかもわからなくなる。決して、そんなに広大な建物ではないのに。

 最悪なのが、地下駐車場である。まず、ここへ行けない。行く手段としてオフィシャルに提供されているのはエレベーターであって、これは地上遥か数十階まで上がってから地下に潜るのであって、待ち時間が話にならぬ。階段は一応あるが、これはどうみても非常階段である。しかも地下駐車場自体のアーキテクチャもおかしい上に、これは広すぎる。私は夜遅く、自分の車を求めて、30分近くさ迷ったことがある。

 膨大な税金を使って、これほど大規模な遊園地を作ってくれたのだから、豪気なものである。皮肉でもなんでもなく、私は、迷宮・アクトシティが、好きである。

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*1996年04月04日:コンピューター言語“Z−80”


 私は、基本的にはゴルゴ13のファンである。冷戦終結以降のしちめんどくさい設定の作品でしばしば見られる、ほとんど連載1回分使いきる位の状況説明などには、付き合わずに読み飛ばすので、“基本的には”ということになるのだが。

 もう10年以上、20年前位になるかと思うのだが、“ウォーゲーム”という映画がヒットした頃、これを素材にしたエピソードが、早速供給された。筋はどうでもいい。ここで取り上げるのは冒頭のシーン、コンピューター言語の授業における、教師の言葉である。

「コンピューター言語にはさまざまな種類がある。フォートラン、コボル、ベーシック、Z−80、……」

(記憶に頼った大意である。)

 CPUの名前をコンピューター言語の名前だと、誤認識している。これを読んだ瞬間、私はさいとうプロダクションに同情した。彼らは彼らなりに、調べて書いたことが判ったからだ。何も調べずに書けば、このような不思議な混乱は決してしない。中途半端に調べれば、この罠にはまるであろう。書店のコンピューターのコーナーに行ってみれば判る。そこには、「フォートラン・プログラミング」や「コボル・プログラミング」という書名と並んで、「Z−80・プログラミング」という書籍があるはずだからである。

 これと良く似た間違いに出くわしたのが、私の職場の先輩である。確かカーナビか何かの新製品を店頭で調べていて、店員に「でも16ビットCPUですから、あまり速くはなりませんよね」か何か言ったところ、店員が「でも次機種ではCPUも24ビットにはなるでしょうし..」と、切り返してきたということである。

 この店員には、本当に同情せざるを得ない。彼は接客のために、一所懸命勉強してきたのである。複数のパンフレットのスペックを照合して、ある製品では8ビットCPUが、別の(より高機能の)製品では16ビットCPUが使われていることに気がついたからこそ、「次は24ビット」と、ハッタリをかけることが出来たのである。こういう仕込みをしない店員には、24という数字は思い付かないはずである。

 私だって、どこかでこういうことをしているに違いないのだ。平凡な結語で申し分けないが、自戒だ自戒。

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*1996年04月05日:コンピュータを修理に出す


 現在の主力環境、東芝アメリカのT2150CDTが、そろそろ保証期限切れになるので、ずっと昔から壊れていたところを直してもらうことにする。スピーカーから音が出ない(正確には、不思議なノイズが発生する)という、判りやすい症状である。オーディオアプリケーションを使わないので放置していたのだが、わざわざ期限を外して有償修理するほどの馬鹿ではない。

 このマシンも1年前には先進的なスペックだったのだが.. 486DX4、75MHz、500MHD、TFT65K色、10.4インチ、倍速CD−ROM内臓、メモリは増設して24M、PCカードスロット×2、等など。いまやどこにでも転がっているスペックで、しかも重い。3Kg以上する。従って持ち運びにはまことに不適なのだが(私は車通勤なので、家と職場で使っているが)、この重さがプラスになることもないではない。つまり、動いて欲しくない時には、まことにどっしりと安定しているのであった。

 代替環境は、これの購入前のモデル(こういうこともあろうかと、売り払わずに、スタンバイさせていた)、東芝のプラズマダイナブック、J3100SXP、一代の名機である。プラズマディスプレイが死にかけているのだが、交換すると5万近くかかるということで、ディスプレイが最終的に死ぬ時までのお付き合いということにしている。Win3.1は無理矢理走るので、Netscape だって動くはずだが、640 * 400 の画面で無理しても仕方がない。NIFアクセス環境だけ、整備する。

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*1996年04月06日:“手塚治虫漫画全集”解説総目録 について


 現在進行させているのが、手塚治虫プロジェクトである。手塚治虫漫画全集を読破し、それに収録されている全作品に解説をつけて、ホームページにアップしようと、こういうわけである。全く、どうして私は、誰からも頼まれていないのに、こういう大仕事を始めてしまうのであろうか。

 全集の読破自体は、もう最終段階である。(既刊の)全巻をいったん読み上げてから、第1巻にたちもどって、今度は解説を書いていくのだが、年内に全部書き上げようとすれば、ざっくり、1日に2冊は片付けていく必要がある。まぁ無理だ。これは進行中の段階で公開しよう。出来ることならば、最初に公開した時点で、50冊分は解説をつけておきたいが..無理だろうな。20か30で妥協しよう。公開後に、速やかに定期的に追加していくこと。

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*1996年04月07日:文庫の再版に思うこと


 私のように、5年10年と積読を熟成させていると、購入以来、一度も読んでいない文庫本が、再発されては、その度にカバーデザインも背表紙のパターンも変わって行くのに、何度も何度も出くわすことになる。まぁ新しいカバーの方が出来がいいということは、一般には言えないので、この場合は実害がないのであるが、なんとなく周回遅れの気分である。

 実害があるのは、これまた何年も再生せずに置いているLD等である。こちらは再発のたびに基本的には値段が上がっていく書籍と異なり、再発の度に廉くなっていく。まぁこれはこの世界のルールなので、甘受する。しかし、「デジタルリマスターで音を一新! 画質も大幅に向上!」で、半額にされた日には、手元につまれている「こいつら」を、どうすればいいのだ。まだ一度も再生していないのに。

 周回遅れと言えば、自分より年下のAV女優が、デビューして、引退して、結婚して、出産して、カムバックした時にも、妙な気分になったものである。小林ひとみのことだが。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Apr 7 1996 
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