*1996年04月15日:エッシャーの街で
*1996年04月16日:カウンタ・サーバについて
*1996年04月17日:風邪を引く
*1996年04月18日:原稿依頼
*1996年04月19日:風邪に敗れる
*1996年04月20日:悪夢について−白い猿
*1996年04月21日:手塚治虫漫画全集、読了
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*1996年04月15日:エッシャーの街で


 基本的には散文的で謎がない、浜松。しかし私が棲息している一角は、別だ。ここの空間は、明らかにねじれている。いや、地図には合理的に記載されているし、それと実地とを対応づけることは可能なのだが、そのような現実的な“解”よりも、このあたりを散歩していて体感できる、不合理な説明の方が、生活実感に近いのだ。どうしてこんな場所に、突然公園が出現するのか? 道路がいきなりくだり階段に変わってしまうのは、何故か? などなど..

 随分以前、会社の先輩に、私のアパートまで送っていただいたことがある。この地域に乗り入れるためのナビゲーションがまた、大変で、助手席かバックシートから誘導しない限り、辿り付くことは不可能に近いのだが、逆に、出ていくのは、そう難しくはない。アパートの前の道を直進して、T字路にぶつかったら右折。そして最初の信号が、浜松の主要幹線のひとつ、館山寺街道との交差点である。ところが先輩は、簡単には脱出できなかった。不思議な道に迷いこんでしまった、と、翌日、会社で力説されたのだが..

 そんな道は、存在しないのである。先輩の言葉どおりに歩いてみたところ、そこにあるのはただの塀で、その向こう側には、もちろん普通の住宅がある。先輩は、ここを車で突き抜けていき、館山寺街道に出るまで、えらく難渋したという。そりゃ難渋するはずだ。ない場所を通ってしまったんだから。

 この件についても、合理的な説明は可能だ。しかし、そんな理性的な解決よりも、この地区の夜中の2時では無理もないさ、という姿勢の方が、総体的には好ましく思えるのである。私は科学の子であり、理知の人であるが、全ての暗闇に光を当てる義理はない。

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*1996年04月16日:カウンタ・サーバについて


 ネタばらしせざるを得ないので、作者名も作品名も伏せるが、とある傑作短篇ギャグ漫画がある。実にしょうもないギャグ(「ゾウだゾウ」の類)を誰かが発すると、とあるカウンタがアップカウントされるのである。同じギャグ(「ゾウだゾウ」)を(世界中のどこか別の場所にいる)別の誰かが言うと、またアップカウントされる。そしてちょうど100万カウント目に「ゾウだゾウ」をやらかした人間に、(神様から?)花環が送られる。当人も周囲もわけわかめ状態なのだが。他の種類のしょうもないギャグ、例えば「気分爽快、ああそうかい」を世界の誰かが言うと、別のカウンタがアップカウントされる。そして最後のコマでは、(世界のどこか?にある)広大な壁面に無数のカウンタが並んでおり、それぞれが「しょうもないギャグ」をひとつづつ担当して、カウントし続けているのである。

 これを読んだのは僅か数年前で、その時は非常に感心した。なにしろ素晴らしくスケールが大きく、しかもそのバカバカしさたるや、まさに無類。このユニークな発想には、心底、脱帽したものである。

 ところが今や..そう、あなたが思ったとおりである。これは今となっては、ギャグでもフィクションでもなくなってしまったのだ。アクセス・カウンタ・サーバがそれである。世界中のホームページから個別に飛んで来るアクセス・メッセージをじっと待っていて、それに反応して自身が持つカウンタをインクリメントし、その結果のイメージデータを送り返す。ただそれだけ。それを、数千数万というホームページについて行なう。私は初めてこれを試用した時、わざわざオランダまでインクリメントしに行ったことに仰天し、あまりのバカバカしさに心底呆れた。しかもこれはインターネットのインフラなかりせば全く不可能なアプリケーションであり、ある意味ではインターネットの威力をこれほど誇示しているものもなかろう。インターネットの構築とは、実に、上記ギャグ漫画のアイデアを実体化させることに他ならなかったのである。

 そのギャグ漫画でカウントしていたのは、脱力するほどしょうもないギャグであったが、カウンタ・サーバが律義にカウントしているのも、脱力するほどしょうもないホーム・ページへのアクセス..おっと。[;^J^]

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*1996年04月17日:風邪を引く


 やれやれ風邪をひいてしまった。微熱があるようで、指先が冷たい。鼻も喉もやられてしまったので、レッスンは休みである。(わたるのボイトレ日記参照。)

 T2150CDTが、無事に修理から戻ってきた。バカになってしまったバッテリーも交換してもらった。私はノートパソコンに関しては東芝のファンで、SS02E、SXP、T2150と、3台続けて東芝製品である。特にキーボードが素晴らしく(T2150は、少々難ありだが)、その他のテクノロジーも、大体世間に一歩先んじている。ただ、バッテリーだけは、別。どんなに素晴らしい製品にも、必ずどこか弱点があるものだが、東芝の泣き所は、バッテリーの持続時間が短すぎる(公称持続時間持たすことも、至難の技である)ことである。

 また妙なメールが舞い込んできた。海外からの人探し依頼なのだが、差出人のアドレスが、

From: FirstName LastName <userid@***.edu>

である。知りませんよ、私は。

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*1996年04月18日:原稿依頼


 風邪が悪化する。熱は37度台の前半を上がったり下がったり。但しアナログの水銀計による計測である。会社で総務からデジタル体温計を借りて計ったら、36度3分。これは受けいれられない数字である。しかも測定のたびにプラスマイナス3分ほども変動するようでは、なおさらだ。予測式とかで、短時間で測定できるように出来ているのだが、結果がこれでは無意味である。大体、体温計とは医療器具ではないのか? この程度の精度の製品を販売していいのか?

 某誌から原稿依頼のメールが来る。私のホームページを読んでの依頼であるから、外したテーマではない。問題は、〆切が20日ということである。明後日。9日に受信した許諾依頼の期限といい、こういうのが出版業界の常識なのであろうか? 仕込みや調査をする時間は一切なく、手持ちのネタで書くしかない。暫く考えた末に、引き受けることにする。

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*1996年04月19日:風邪に敗れる


 ついに出社不能の状態に陥る。症状が激烈でないだけに始末が悪い。鼻と喉の状態が悪く、微熱と頭痛がおさまらない。かかりつけの医者に行く。ここは車で9キロも離れたことろにあるのだが、いつ行ってもすいていて(これはどちらかと言えば悪いニュースだが)、すぐに診てもらえるのである。

 しかし元々名医でないのは承知の上でかかっていたのだが、デジタル体温計を採用していたのには呆れた。ここまで藪だとは思わなかった。計測値は35度9分。話にならん。もっとも治療内容は、いつもの注射といつもの薬で、体温計の計測値など関係ない様では、あった。藪なのか藪じゃないのか。

 帰りに富士通プラザに寄って、Online Today Japan(NIFTY-Serve の雑誌)をチェックする。私のホームページの一部(新・ベルリオーズ入門講座)が紹介されているからである。もちろん、事前に許諾依頼メールをいただいている。URLが微妙に間違っているのは、今回に限り、御愛敬。http://www.inetc.roland.co.jp/~kurata/berlioz になっており、最後の berlioz.html が欠けているのだが、これでもアクセス出来るからである。むしろ(私の環境ではアクセス生ログを読めるので)OLTJ を読んでアクセスしに来る人が何人位いるか、わかって面白い。しかし一般論として、URLを間違えてはいかん。話にならんっ

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*1996年04月20日:悪夢について−白い猿


 微熱と頭痛と鼻詰まりで、意識が混濁している。最低の週末の始まりである。午前も午後も廃墟の底で、どろどろと眠り続ける。夢また夢。悪夢また悪夢。

 それは猿の物語だった。私と母と妹がどこだかに出掛けた帰り。ちょっとした階段(というか段差)を降りかけたところで、並外れて巨大な猫(この時点では、まだ猫だった)を、私が踏んでしまう。まるで人間が泣き落としにかかる様な情けない声を出し、恐ろしく人間的な「すねる」仕草をするので、ギョッとする。飼い主の白衣の博士に軽く謝ってから、その場を離れる。ふと振り返ると、先程の「猿(猫の筈だったが)」が大分離れて歩いてくる。嫌な予感がして、母達をせかす。何度も道を直角にまがるのだが、まがる度に振り返ってみれば、曲がり角ひとつ分だけ遅れてついてくる猿が、角をまがって姿を現わすのが見えるのである。次第に大きくなっている。既に小柄な人間程もある。体毛が白く短くなっており、顔などは一部ピンク色に禿ており、表情から愛敬が消えている。

 母達に「走ろう」。しかし、このあたりは人家がない。後ろを振り返らずに走り続ける。何故かコアラを抱いている。後ろを見ていたそのコアラが恐怖で暴れ出す。振り返ると、最後尾の妹が追い付かれそうである。前方に大きな食堂が見え、そのそばを走り抜けたところで振り返ると、妹がいない。食堂の中が騒然としている。慌てて引き返すと、妹がその猿につかまって、売店の中に閉じこめられている。が、何故か猿の大きさは、70cm程に縮んでおり、おとなしくなっている。眠っているようでもある。体毛も元どおりである。妹に怪我はない。何故か食堂のオヤジが訳知りで、「あの博士の猿か」などという。頼りになる。礼を言って、妹を連れ出すが、ふと振り返ると、その猿が目を覚ましており、たちまち例の変貌を開始する。誰も取り押さえるでもつなぐでもない。数十メートル進まぬうちに追い付かれそうになる。到底、逃げきれそうもないので、先程の食堂に引き返す。

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*1996年04月21日:手塚治虫漫画全集、読了


 日曜日だが、依然として気分はすぐれない。昨日〆切だった原稿は、昨夜のうちにNIFのメールで発送しておいた。寝込むほどではないので、ただ茫然として座っている。

 手塚治虫漫画全集の既刊分を、ようやく読了する。これからが大変。全巻の全作品、全エピソードについて解説を書き、ホームページに登録しようというのである。もうひとつ問題がある。初出誌調査である。読破しながら作品リストを作っていたので、既にこれは完成しているのだが、手塚治虫漫画全集に記載されている初出誌情報は、連載作品の場合、大雑把過ぎるのである。読切り連載の場合は(例えば「ブラック・ジャック」や「七色いんこ」など)各エピソードごとに、何年何月何日号、と、記載されているのだが、そうでない場合には、漫画少年:昭和25年11月号から昭和29年4月号まで(これは「ジャングル大帝」の例)という調子である。各章ごとに、掲載号を同定したいのである。

 漫画雑誌を、ある程度まとめて閲覧できるのは、国会図書館と現代マンガ図書館である。国会図書館には、日本で発行された全ての書籍と全ての雑誌がある、と思っている人が多いが、大間違い。建前上は、全て揃っていなければならないのかも知れないが、古い雑誌の場合、欠落が非常に多い。また、増刊号や別冊号など、イレギュラーな発行をフォローしきれていない、という印象を受ける。古い雑誌では特に重要な別冊付録については、運が良ければあることがある、といった程度である。このあたりは現代マンガ図書館で補わなければならない。こちらはこちらで、やはり欠落は大きいので、ま、両者合わせて半人前といったところか。これは、「吾妻ひでお 著作リスト」を編集する過程で、さんざん思い知らされたことである。

 とにかく、まずは国会図書館の蔵書状況を調べなくてはならない。これは地方図書館にも蔵書目録があるので、調べられる。浜松中央図書館まで、車で10分もかからないので、ゲホゲホと咳き込みながら出かけて調査。(社会の迷惑もいいところである。)結果、案外そろっていることが判った。(但し、国会図書館の閲覧システムは、不合理非能率極まり無いもので、雑誌を大量に閲覧しようとすると、とんでもない時間がかかる。)あとは現代マンガ図書館(これの在庫状況は、行ってみなければ判らない。ちなみに東京・江戸川橋である)で、どれだけフォローできるか、だ。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: May 17 1996 
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