2026年03月09日:「木挽町のあだ討ち」
2026年03月10日:幻想美術選「街の神秘と憂愁」ジョルジョ・デ・キリコ
2026年03月11日:計算尺の思い出
2026年03月12日:対数グラフ用紙の思い出
2026年03月13日:横浜いわき歯科/「トワイライト、新版画」/大築耳鼻咽喉科
2026年03月14日:書架のメンテなど
2026年03月15日:静岡県立美術館/MOA美術館
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2026年03月09日:「木挽町のあだ討ち」明るい曇天というか、雲が多い晴天というか。既に風邪?の症状は消えている。朝いちでららぽーと横浜へ。9:20からの回で、「木挽町のあだ討ち」。素晴らしい。
例によって(非常に有名であるらしい [;_ _])原作は読んでおらず [;_ _]、予備知識はほぼ皆無だったのだが、問題は感じなかった。劈頭そうそう、いきなりのクライマックス(仇討ちの成就)! ..ここから謎解きが始まる。未読の原作はどうやら芥川の「藪の中」式に、話者が切り替わるたびに真相(の見え方)がどんどん変わっていく構成らしいのだが、映画では真相を追う侍・加瀬総一郎が関係者に次々にインタビューしていく形式となり、これはこれで非常にわかりやすい。加瀬を演じる柄本佑がいい。「仇」である作兵衛を演ずる北村一輝、立作者・篠田金治を演ずる渡辺謙らの存在感も、さすがである。最後、(仔細は伏せるが)これでうまいこと姿を消せるのかな?と疑問に思う点もあるが、まずは万全の(完備した)時代劇ミステリであろう。
中原街道のかつやでロースカツ定食。帰宅してから、念のために白根診療所へ。例によって対症療法の風邪薬のみ。
夜になってから、「木挽町のあだ討ち」と「国宝」のいくつかの類似点が気になったので、ChatGPT に意見を求めたところ、例によって、「あなたの感覚はかなり鋭い」、とこちらを持ち上げてくれたあと [;^J^]、いろいろと興味深い分析をしてみせてくれたのだが(実際には、ネット上から「分析」をかき集めているだけかも知れないが)、「(「木挽町のあだ討ち」は小説だが)映画化すると 複数証言構造が弱くなることが多い」、ときた。今日は3月9日であるが、「映画は2月26日に公開されているのだが」、と、指摘したら、「ご指摘の通りです。映画 木挽町のあだ討ち は 2026年2月27日公開(劇場によっては26日先行上映)です。私の前の回答で「映画版が広く公開されていない可能性」と書いたのは誤りでした。訂正します」..ChatGPT の特徴のひとつであるところの、なんら悪びれない、しれっとした前言撤回であるが ["^.^]凸、なるほど、少なくともこの程度のタイムラグはあるわけだ。このあと、どこぞのサイトで読んだらしい映画版の「あらすじ」から、小説版との違いを「推測」しているのだが、読解力は、それなりに評価できる。
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2026年03月10日:幻想美術選「街の神秘と憂愁」ジョルジョ・デ・キリコ「幻想美術選」、第333回。Giorgio de Chirico(1888〜1978、Wikipedia、画像検索結果)の作品を取り上げるのは、第19回の「夏の午後」以来、10年ぶり、314回ぶりである。[;^J^]

前記「第19回」を読み返してみたら、「「デ・キリコの作品世界」は、全体として(死ぬほど)好きなのだが、特定のこの作品が、というわけではない」などと書いているが、えーと、これは撤回します [;_ _]。認めたくないものだな。自分自身の、若さ故の過ちというものを..[;_ _]..いや、これを書いたときには、既に58歳でしたが..[;_ _][;^.^][;^.^][;^.^]
この作品が私とデ・キリコとの初めての出会いだったかどうかは、記憶も定かではない。中学校の美術の副読本(遥かな昔に失ってしまったが)に載っていたことは、確実である。もう、完璧な絵だと思った。謎めいた「時間帯」と、呼応する“影”と、色彩と、そして何よりもその「“死ぬほど”カッコイイ」タイトルと..遠近法が狂っていることは子ども心にもわかったが、それがまったく不自然ではない。「なるほどこれが“夢のリアリティ”というものか」..と“言語化して”納得したのは、なんとも早熟でヤなガキであったことであるよと、今となっては懐かしく想う。[;^.^]
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2026年03月11日:計算尺の思い出半世紀以上前の記憶なのでさすがに怪しいが、私は、ソロバンよりも先に計算尺を触っていたと思う。むろん、小学生時分のことなので「実用」ではなく、親父が(仕事で)使っていたもののおさがりを、触って喜んでいただけである。
おそらく、右に添付した漫画が、私と計算尺のファーストコンタクトであった。雑誌「少年」1967年4月号の別冊付録「大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス まんがストーリー」(原作・高橋二三 大映映画作品、まんが・中沢啓治)。ギャオスを倒すために荒唐無稽な作戦が立案されているシーンだが、2ページ目の最下段右端のコマ。ギャオスの身長から体重を計算尺で算出している。(持ち方が違うのはご愛敬。[^.^])
..「計算尺って、怪獣の身長から体重を計算できるんだ!!」
小学生男子は、そりゃ、燃えますとも!!\[^O^]/\[^O^]/\[^O^]/(..回転ラウンジが25トンの重みに耐えられるか否か即答できる支配人も、ただものではないが。[;^.^])
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2026年03月12日:対数グラフ用紙の思い出(承前)まったく、計算尺ほど神秘的な「道具」が、世にあろうか! と、小学生・倉田わたるは、とことん、魅了されたのである。滑尺(すべりしゃく)をスライドさせてカーソルを合わせて読み取るだけで、掛け算・割り算ができるのである! 小学生の私に「log(a × b) = log(a) + log(b) 」という計算尺の基本原理が理解できるわけもなく、親父の「対数計算が云々」などという説明(というかほぼ呪文)に聞き惚れるばかり。しかも親父は化学会社に勤務する研究職だったため、その計算尺は化学工学用(画像検索結果)で、「原子量・分子量の計算、温度、圧力、濃度の換算」などもできる、ほぼ「魔法の杖」であったのだ。
だから、勢いあまって、「対数グラフ用紙」(非理科系のあなたのために画像検索結果)にも魅了されたのだ。小学生の私には使い方などまったくわからなかったが、この美しくも神秘的なグラデーション! 学校の先生に、理科などの授業で使うために「明日は方眼紙を持ってきなさい」と指示されたときなど、通常の(25cm×18cmの)「方眼紙」ではなく、わざわざ「対数グラフ用紙」を持参して、クラスメートたちの目を丸くさせて、得意満面! [^.^] ..でも、「対数グラフ用紙」って、普通に表を書いたりするときには、めっちゃ使いにくい(というか、ほぼ使えない)ことは、憶えておくといいよ。[^.^][;^.^]
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2026年03月13日:横浜いわき歯科/「トワイライト、新版画」/大築耳鼻咽喉科明るい曇天。8:06のバスで、鶴ヶ峰駅へ。8:45、横浜駅西口の(9:00から予約していた)横浜いわき歯科へ。3ヵ月ごとのモニタリングとメンテである。問題なし。
10:00に退出し、横浜から10:12のJRで、10:38、東京。10:47、三菱一号館美術館。「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」(〜5月24日(日)まで)である。
小林清親の「光線画」も、吉田博や川瀬巴水らの「新版画」も非常に好きで、何度も展覧会で観ているし、画集もいろいろ持っているのだが、それでも、何度でも観に来てしまう。その工数を惜しいと思ったことは一度もないが、それを繰り返し紹介する工数については、話は別である [;^J^]。図録からのスキャン/添付は適当に手を抜くが、悪く思うな。[;^J^]
まずは、小林清親の作品群。左から、「江戸橋夕暮冨士」の淡い光。「帝国議事堂炎上之図」の迫力。「川崎月海」の朧な月光は、まさに絶品。
有名な「高輪牛町朧月景」だが、機関車の絵は、実際に路線を走っていた英国製の機関車ではなく米国型の機関車であることも、よく知られている。アメリカ製の石版画の鉄道図を参考に描いたかららしい。「不忍池畔雨中」の水たまりの描写!「大川岸一之橋遠景」の詩情!(私がもっとも愛する清親作品である。)
「新橋ステンション」も、名高い作品。水たまりへの光の反映と、雨傘のリズム。「明治十四年一月廿六日出火 両国大火浅草橋」は、前掲の「帝国議事堂炎上之図」よりも、さらにすさまじい。そして、「武蔵百景之内 両国花火」の構図こそは、まさに絶品! あえて空を描かぬ俯瞰構図で、花火は、隅田川への反映としてのみ描かれている。そして空を見上げているのであろう女性の(やはり顔を描かぬ)美しい後ろ姿..
新版画を描いたふたり目の外国人画家であるチャールズ・ウィリアム・バートレット(1860〜1940)の作品を2点。左から、「磯子」と「牛臥」。彼の「青」は、浮世絵でしばしば用いられる深い「藍」ではなく、軽く爽やかな「水色」で、その明るい光の表現は、水彩画に起因しているらしい。
高橋松亭(1871〜1945)を3点。「お茶の水」は、明らかに、広重の「東海道五十三次之内 庄野」(画像検索結果)の本歌取りである。「蛍狩り」の影の清新な感覚。「都南八景之内 品川」の青のグラデーションもまた、絶品である。
..で、ビッグネームふたりは、いちいち紹介文を書く気にもならんので、適当に貼りつけて終わりだ [;^J^]。左から、吉田博の「瀬戸内海集 帆船 朝」と「穂高山」。川瀬巴水の「東京十二題 雪に暮るゝ寺島村」。いずれも、マイ・フェイバリット・新版画である。
12:20に退出。昼食は、ガード下の「鳥良商店 国際フォーラム横店」で、「からあげ定食 秘伝塩」。月島に移動。13:30、大築耳鼻咽喉科。午後の診療は14:30(今日は少し遅れて14:45)からなので、受付だけすませて、外出。すぐ近所の中央区月島区民センター内の中央区立月島図書館で、時間調整。
14:45からの診察(というかモニタリング)はすぐに終わり、薬局で薬を受け取って出たのが、15:15。16:11、横浜、16:38、鶴ヶ峰。帰宅したのは17:15。
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2026年03月14日:書架のメンテなど快晴。暖かい。8:31のバスで、鶴ヶ峰駅前へ。鶴ヶ峰皮膚科で状態を診てもらい、予後良好。徒歩で、10時過ぎに帰宅。
車で、スーパービバホーム長津田へ。切り売り粘着シート(ドイツ製)などを買う。帰途、ガソリン補給。リッター156円から181円になっている [;_ _]凸。まさに人災..[;_ _]凸
拙宅の書庫のスライド書架は、奥行きが深いので、本を前後置きにしないと空間の無駄が看過できない(本が入りきらない)。しかし前後置きにすると、奥の本の背表紙が見えず、まことに使いづらい(QOLの目減りが半端ない)。そこで、発泡スチロール製の「Kレンガ」や「Kブロック」で奥側を嵩上げして、この問題を解決しているのだが、改善点は残っていた。
それは、発泡スチロールであるために(ウッドやスチールの書棚と異なり)「滑りが悪い」ことである。これは常に悪いこととは言えないが、本の追加挿入をするときなど、いささか作業性が悪い..まぁ、これだけなら重大な欠点とは言えないので、さほど気にしてはいなかったのだが..書籍の出し入れの頻度が高い一角の表面が「削れてきた」(何しろ発砲スチロールなので)に至り、これは対処が必要だ、ということで、表面に貼りつける「粘着シート」を試しに購入してきたのであるが..
..これが、想像を遥かに越えるすばらしい出来!(右写真の上の段)滑りの問題も摩耗の問題も解決したし、もうひとつ、内心気にしていなくもなかった、Kブロック/Kレンガのむき出しの使用が醸し出す「仮設感」「安普請感」が完全に払拭され、なによりも、数ある柄の中から「白マーブル模様」を選択するという私の高雅な選択眼により(スチールの色味とも調和して)、ほとんど高貴とすら言える仕上がりになったではないか! あまりの素晴らしさに、このあと就寝するまでに書庫に何度も(10回以上)繰り返し入っては、この「奥の段」を撫でたりさすったりし続けたほどである。[^.^](世の中には「良いフェチ」と「悪いフェチ」があり、私のこれが「良いフェチ」であることは、言うまでもない。[^.^])
数えてみたら、今現在、私の書庫のスライド書架には、横85cmの棚が304本ある。(合計、258メートルか..少しだけ引きました。[;^.^])このうち、現時点で約70本に、Kブロック/Kレンガによる「嵩上げ前後段」工作をしているので(つまり、60メートル追加だ)、これらすべてを白マーブル粘着シートで仕上げなければ..大変だなぁ..[^.^](← こういう作業は、まったく苦にならない。[^.^])
ついでに書いておくと、このDIYの最重要ポイントは、「簡単に取り外せる」ことである。KブロックもKレンガも、スチールの棚板に、両面テープで「軽く」止めているだけ。あとから除去することが難しい強力な接着剤などは、決して使わない。理由は自明であろう。「のちにより良い素材や方法が見つかった時に、無理なく取り換えられるように」しておくためである。これは、専門機関が美術品や古書などを修復するときの基本原則と、まったく同じである。
そして、次に「奥側の嵩上げ工作」をするときには、おそらくKブロックもKレンガも、使わない。これらを大量購入して70本の棚板に設置し終えたあとにホームセンターで見つけた「スタイロフォーム」(左写真は、91cm×91cm×5cm)の方が、コストも工作性も、遥かに優れているからである(トホホ..[;^.^][;^.^][;^.^])
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2026年03月15日:静岡県立美術館/MOA美術館快晴。6:30のバス。6:42に鶴ヶ峰を発ち、横浜からJR。10:01に、静岡のふたつ手前の草薙着。東海道線車中でモバイルバッテリーが故障している(まだ容量はあるのに iPhone に充電できなくなっている)ことに気がついており、駅前のローソンに飛び込んで、ChargeSPOT を慌ただしく登録して、借りた。[;_ _](これまで使ったことが無かったのである。[;^.^])ローソンの目の前のバス停から10:10のバスになんとか飛び乗れ、10:30、静岡県立美術館。「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」(〜3月15日(日)まで、すなわち今日まで)である。
なお、展示を観終えてからショップで判明したことであるが、本展の図録は、既に完売していた [;_ _]凸。まぁ、最終日に来た私にも非があるが、どうもかなり早い段階で売り切れていたようなふしもある [;_ _]凸。古書市場に出てくるのを待つしかないが、少なくともしばらくの間は、プレミア価格になっているかもしれないなぁ..[;_ _]凸 ..というわけで、図録からのスキャンではなく、展覧会場で撮影した写真で、ご紹介。(多くは撮影可であった。)
まずは、会場風景。「第1章 社会へのまなざし」。「階段にて」(1959〜60)は、1959年11月27日の、全学連と労働組合の国会構内への突入事件が主題であり、中村も現場にいたという。時代を象徴するモチーフがコラージュされているが、中心をなしている「階段」は、「戦艦ポチョムキン」の「オデッサの階段」のシーンから。
「第2章 記憶の中の風景」。左端の「場所の兆(1)」(1961.2)は、1960年安保(の「敗北」)の後の、空虚な空気感の時期の作品。中村宏の故郷の浜松市の、三方原台地の風景が投射されているらしい。「パシフィック」(1961.11)も同様だが、これは水木しげるに(まるまる見開きで?)パクられていることでも、知られている [;^J^]。2015年に浜松市美術館で開催された「絵画者・中村宏展」での、中村自身によるアーティストトークで直接聞いているし、その水木作品のページを見た記憶もあるのだが、現時点では作品名を特定できない(思い出せない)。ChatGPT に捜索させたところ、「貸本版『悪魔くん』の魔界・荒野の場面」とのことだが、拙宅の書庫には「悪魔くん」が5バージョンほどあるのだが、発掘できなかった [;^J^]。まぁ、先行研究はいくらでもあるだろうから、捜索工数をこれ以上さくことはしないし、この絵に限らず、水木しげるは、泰西(幻想)名画を極めてしばしば引用しているのだが、これらについても先行研究にまかせる。(ついでに言うと、水木しげるに限ったことでもない。)さらに念押ししておくが、これらの引用・流用を(「検証サイト」を作ったりして [^.^])批判・糾弾する意図は、もちろん全くない。そもそも「漫画」とは、このようなものなのである。(中村宏も、「水木しげるにパクられた」と、“面白そうに/楽しそうに”語っていたものである。[^.^])
「戦下の顔」(2020)は、遥か後年、2020年に「4分の1について」という題名で発表された作品を改題して、戦争画(「戦争記憶絵図」)として発表したものである。この4分の1だけ顔を出しているのは、「恐怖、恨み、怒りが混ざった、自分自身を含めた空襲下の子どもの表情」である。後期/晩年の作品の特徴である「直線の強さ」が際立っている。
「第3章 セーラー服と蒸気機関車」には、画家の代表作が並んでいる。左から、「観光帝国」(1964)。「観光」は、1960年代の日本においては、社会的な後ろめたさを伴う行為として受け止められていたようで、(小学生だった私には、その空気感はわからなかったが [;^J^]、)日本社会が「観光」に将来的に覆い尽くされていく状況を、批評的かつ予見的に描いたものとのこと。
「修学旅行」(1966)は、立石紘一とともに「観光芸術研究所」の活動を開始した1964年に発表された同名作品のバリエーション。「観光」という概念が贅沢や通俗性を帯びた否定的なニュアンスを伴って受け止められていた時代感覚。芸術における蔑称としての「観光」。中村にとっては「観光」は贅沢な個人旅行ではなく、修学旅行の記憶に結び付いているようだ。
「円環列車・A―望遠鏡列車」(1968.6)は、「幻想美術選」の「第320回」で取り上げた、氏の代表作。批評性云々というよりも、自作自体を素材とした幾何学的想念によるコンポジション。
「円環列車・B―飛行する蒸気機関車」(1969.4)もまた、「幻想美術選」の「第146回」で取り上げた、「円環列車・A―望遠鏡列車」と対をなす作品。
「HUDSON-C622」(1971.6)−中村宏は、1960年代末から1970年代にかけてグラッシの技法を取り入れた油彩画に取り組んでおり、本作はその成果のひとつ。「似而非機械」(1971.11)も同様で、「蒸気機関車」とともに画家を代表的するイメージである「セーラー服」を、メタリックな素材感で描いている。
「第4章 絵画と観賞者」。「女学生に関する芸術と国家の諸問題」(1967.7〜1997)は、1967年の個展で絵画作品として発表された作品に、同年の別の展覧会において床面積3メートル四方の個室空間を追加して、セーラー服を着たマネキン人形を設置し、「見る」という行為自体が可視化された。(マネキンが顔に装着している双眼鏡は、1997年にさらに後補された。)絵画の題材は富士山であるが、富士山自体を描くのではなく、観光旅行中の英国機が富士山上空の乱気流に巻き込まれて空中分解して墜落した、1966年の事故を主題としている。
「車窓篇 TYPE 9(ズーム)」(1980)は、ズームという概念の絵画での表現の試み。
右端写真は、透視図法の実験。上から時計回りに、「三点消失・剱岳」(2013)、「三点消失・制服」(2013)、「三点消失・タトリン」(2014)。
昼食は館内のレストラン「ロダンテラス」で「なすとモッツァレラのボロネーゼ」。12:20に出て、美術館前のバス停から12:31のバスに乗り、草薙駅前で降りて、先ほど ChargeSPOT を借りたローソンに返却し、(バッテリーが劣化している iPhone が持つとも思えないので)もう一度、借り直す。(帰宅してからよく考えたら、ここで借り直さずに最初のを借りっぱにしておいて返却する方が廉くついたのだが、何しろ初めて使うシステムで料金体系も把握していなかったし、電車の時刻が迫っているしで、検討している余裕などなかったのである。[;_ _][;^J^])
12:51に草薙を発つJRで、14:05、熱海。14:15のバスで、14:20、MOA美術館。「名品展 国宝「紅白梅図屏風」」(〜3月18日(水)まで)である。さすがにもうめんどくさくなってきたので [;^.^]、画像検索結果へのリンクですませちゃうよ。[^.^](以下、初見の作品は(多分)無いはず。)
「過去現在絵因果経断簡」(画像検索結果)、吉山明兆の「白衣観音図」(画像検索結果)、海北友松の「楼閣山水図屏風」(画像検索結果)。
「湯女図」(画像検索結果)は、昔から好きな作品。この作風を「でろり」と表現したのは、誰だったかなぁ..(ぐぐるなりちゃぴるなりすりゃ一発でわかると思われるので、逆にしない。[^.^])尾形光琳の「紅白梅図屏風」(画像検索結果)はもちろん、何も言わずもがな。同じく光琳の「燕子花図屏風」(画像検索結果)とともに日本美術の最高峰だと思うし、年に一度は観ないと落ち着かない。
「手鑑「翰墨城」」(画像検索結果)は、要するにスクラップブック。「洋人奏楽図屏風」(画像検索結果)も、楽しい。
15:30に退出し、美術館前のバス停から15:43のバスで発つ。16:04に熱海を発つJRで、横浜へ。17:20、西口の「新時代」。19:20に出て、中略して、19:55に帰宅。
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倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Mar 19 2026
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