*2016年01月11日:黄金伝説展/カマキン最後の展覧会
*2016年01月12日:2月最初の週末は西へ
*2016年01月13日:SMAP解散?
*2016年01月14日:耳の定期診察/今週末の予定
*2016年01月15日:VirtualBox & Win95 頓挫中 [;_ _]
*2016年01月16日:ラファエル前派展/フェルメールとレンブラント
*2016年01月17日:肉筆浮世絵展/プラド美術館展
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*2016年01月11日:黄金伝説展/カマキン最後の展覧会


 昨日の日記(というか先週アップした日記の「日曜日」分)で、「第1回 ゆく桃くる桃「笑顔ある未来」完全版 ももいろクローバーZカウントダウンライブ」(年末の年越しライブ)の話題を取りあげたのだが、やはり急いでいたためか、肝心要のことを書くのを忘れていた。この長いイベントの最後から2曲目、「今宵、ライブの下で」のエンディング。出演者が勢ぞろいして合唱する前で、百田夏菜子がやらかしたのである。「2015年も、よろし..(テヘペロ)」..[;^.^][;^.^][;^.^] 6時間のイベントすべてをフリにした、乾坤一擲(※)のボケ [;^.^][;^.^][;^.^]..いやもちろん企んだボケではなく天然なのだが [;^J^]、百田夏菜子でなければ成立しない、強烈なオチをつけたのであった。[;^.^]

「乾坤一擲」は、ももクロの5人には絶対に読めないし、仮に「読み方」を聞いたとしても絶対に意味を知らない..5万円、賭けてもいい。[;^.^])

 雲は多いが、天気予報では降らないとのこと。6:20に自宅を出て、浜松駅を7:19に発つ、いつものひかりで上京。8:55、上野の国立西洋美術館。9:30の開館まで30分ほど待つ。「黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝」の、最終日であるが..

 ..これは..凄い [;*.*]。凄すぎる..[;*.*][;*.*][;*.*]。要は「黄金細工展」なのだが、観終えた感想は、間違いなく「財宝展」である。今日が最終日なのだが、いったい今まで怪人二十面相は何をしていたのだ、仕事しろよ! ..まったく夢も浪漫もついえ去ったか..[;-_-][;-_-][;-_-]凸 ..などと、わけのわからん悲憤慷慨に襲われるほどの。[;^.^]

 サイズや重量の問題ではない。金の延べ棒が積まれているわけでもない。(ミュージアムショップには(一見、金の延べ棒、というブツが)山積みにされていたが。[;^.^])むしろ、極めて小さなものが多いのだが..その加工が..人間技とも思えぬ超絶技巧が..そしてそのほとんどが、「古代」に作られたものなのである。爾来、数千年もかけて、人類の加工技術力がどの程度進歩したのか、強い疑念を感じてしまったほどの「財宝」たちなのである。

 図録は買わなかった。買っても仕方がないのだ。一所懸命写真に収めていただいたカメラマンには申し訳ないが [;_ _] 本物の迫力は、どうやっても再現できない。しかしながら、紹介しないわけにもいかないので、いくらかでもいい状態で写されている絵葉書を3枚購入して、そこからスキャンした。とはいえ、所詮はjpegファイル。ファイルサイズは普段の倍にしたとはいえ..

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 ..ブラウザの機能で目一杯拡大してみて欲しい。jpegだから、最大倍率では細部のレゾリューションがボケボケになってしまっているのだが..「動物模様のある留め金」(紀元前7世紀第1四半期、エトルリア)。馬、ライオン、キマイラなど、全部で131体。これ、幅は20cmぐらいなのである。この、細かい金の粒(粒金と呼ぶ)に着目して欲しい。粒金を作ること自体は難しくないが、それを固定する(要はハンダづけのようなことをする)方法が、それこそ数千年間も謎に包まれていたのである。



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 これも、凄い。「腕輪」(紀元前675−紀元前650年、エトルリア)。直径10cmぐらいであり、粒金の直径は0.15ミリ以下という、超絶技巧である。拡大してみると、この腕輪をとりまく無数の「線」が、実は「粒」の集合(連接)であるということがわかるだろう。20世紀になってから、ようやく、製造方法の謎が解けた(..というか推測されたというか、仮説が提唱された)らしいのだが..方法がわかることと、それを実践する(できる)こととは、話が別。要するに現代の技術では、作製(再現)不能なのである。



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 そして、これが究極! 「横たわるシレノスが表された飾り板」(紀元前480年頃、エトルリア)。高さは、僅か5cmもないのである。拡大して注視してみて欲しい。「粒金」というより、もはやほとんど「パウダー」に近い。どうしてここまでやらなくてはならないのか、意味がわからない [;^.^]。技術のための技術というか、技巧のための技巧というか..恐らく、職人たちの「競争」があったのだろう。誰が一番細かく作れるか、という..そしてここで、私ならではの暗い想像(幻想)に迷い込んでしまうのだが..このいわば「技術オリンピック」に破れた職人は、殺されたのではあるまいか..古代の王ならやりかねない..などと書くと(いかにも「古代」に対する目線がワンパターンで)いささか問題だとは思うが、しかしそういう想像力の暴走を喚起するほどの、「命懸け」の迫力(凄み)が放たれているのである..(そしてそれは、jpegファイルでは、伝えられない..)



 11:40に退出。とにかく、最初から最後まで単眼鏡で覗き続けた展覧会は、初体験である。疲れた..[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^]

 例によって、JR上野駅のすぐ上のぶんか亭で昼食。ここら辺で展覧会を観るときには、とにかく手っ取り早いので、昼はここですませることが多い。(とはいえ、時間帯を少し間違えると結構な列ができてしまうので、その場合は、素速く諦めて離脱するが。)12:11に上野を発つJRで、13:15、鎌倉着。大混雑の小町通りを突っ切って [;^J^]、10分後に神奈川県立近代美術館 鎌倉館(通称、カマキン)着。「鎌倉からはじまった。」。1月31日(日)までであり、そしてこれが、カマキンの最後の展覧会なのである。(私の美術館(展覧会)遍歴がカマキンから始まり、そしてその「遍歴」の「最初」に、私の魂の根幹(もっとも深く、暗い部分)の主成分たる「オディロン・ルドン」と「デ・キリコ」に出逢った、つまり、私(倉田わたる)を事実上「作った」のが、この美術館である、ということは、先日の日記に書いた。)

 ひさしぶりに訪れたカマキンは、追憶の中よりも遥かに小規模な美術館であった。しかし、このインティメートな、小さな空間の心地よさは、どうだ..まぁ、今さら何を言っても繰り言になってしまうが..

 清水登之の「映画館」の画像検索結果は、多分、(画像検索結果)の最初の1枚目ぐらいしかないのではないかと思うが、なかなかスマート。古賀春江の「窓外の化粧」画像検索結果)は、もう、この作者の定番。ある意味、カマキン自体のイメージに極めて近いといえる。同じ作者の「サーカスの景」画像検索結果)は、もう少し、暗くて不気味な作品。

 松本竣介の「橋(東京駅裏)」画像検索結果)も、好きな作品。同じ作者の「少女」画像検索結果)の、絶妙な美しさ! この美術館とのお別れの展覧会で彼女に出会えて、とても幸せであった..

 ..65年間、お疲れさまでした [_ _]。ありがとう。[^J^]

 14:20に発ち、14:38、鎌倉駅からJR。小田原でこだまに乗り換え(浜松まで在来線で帰ってくる根性などない [;^J^])、16:59、浜松着。

 駅そばの居酒屋で軽く飲み食いして、19:45、帰宅。

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*2016年01月12日:2月最初の週末は西へ


 今月末か来月頭に、京都、奈良、名古屋で、それぞれひとつずつ展覧会を観る予定があることは、以前にも述べた。当然、交通費的にも一気に(一筆書きで [;^J^])片づけるべきである。実は、核になるのが、奈良なのである。随分以前に退職された元同僚が経営している「I」という飲み屋が、奈良駅のほど近くにあり、そこは大変至便な場所で、近くに奈良県立美術館も、そして古くて素敵な商店街もある。1日目(土曜日)には京都、奈良と回って、この店を(数年ぶりに)訪れ、近くのホテルで一泊。翌日(日曜日)、浜松への帰途に名古屋に寄る..完璧である。[^.^]

 各展覧会の会期の重なり方から、チャンスは、1月30日(土)〜31日(日)か、2月6日(土)〜7日(日)の、どちらかのみ。そして、1月30日(土)には、休日出勤が入る可能性がある..ツイッターで、「I」の女将(おかみ)に確認する..

 良かった! 2月6日(土)は開いているとのこと! 早速、奈良のホテルを楽天トラベルで確保。およそ、以下のようなプランである。

 初日土曜日は、7:49の新幹線で上洛し、

*京都国際マンガミュージアム
 「江戸からたどる大マンガ史展 〜鳥羽絵・ポンチ・漫画〜
 後期:〜2月7日(日)まで

 奈良に南下して、

*奈良県立美術館
 「蕭白・松園…日本美術の輝き
 1月23日(土)〜3月13日(日)まで

 多分、1〜2時間余るので、近くの商店街で古本屋めぐりなどしてから、「I」へ。23時頃まで飲んでから、徒歩で宿(コンフォートホテル奈良、JR奈良駅から徒歩数分)へ。翌日日曜日は7:00過ぎにホテルを発ち、

*名古屋ボストン美術館
 「ヴェネツィア展 魅惑の都市の500年
 〜2月21日(日)まで

 なかなか素敵なプランでしょ。[^J^]

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*2016年01月13日:SMAP解散?


 青天の霹靂的報道であるが..現時点では憶測記事ばかりでよくわからないが、どうやら事務所内の「政争」に巻き込まれた形?(デマの可能性も低くはないが。)

 私自身は、音楽グループとしてのSMAPには、興味はない。(紅白歌合戦でも、SMAPが歌う時間帯は「休み時間」にしているぐらいである。[;_ _][;^J^])むしろ、(好悪巧拙はあれど、それぞれに存在感のある)俳優集団として認識している。(特に、稲垣吾郎。)(中居正広は司会者として評価が高いらしいが..)だから、「私にとっては」、「SMAPが解散しようが、SMAPという名前が無くなろうが、どうでもいい」のである。

 しかし、SMAPのファンにとっては、この世の終わりのごとき、大事件であろう。例によってネット上には、「STAP騒動」とかけて茶化したりする連中が溢れかえっているが、他人の心の痛みを思いやれない屑(クズ)のサンプルが大量に採取できたとしか、言うべき言葉がない。(← 相変わらずの上から目線だが、これでも自戒を込めて書いているのである。なぜなら、私こそ、そういう「他人の心を傷つけていることに気がつかない、無神経な軽口を叩いてしまうタイプ」だからである。)

 さらに、よく考えてみると、これはかなりの大事(おおごと)であることがわかってきた..仮に、SMAPが解散したとする。4人がジャニーズ事務所を去ったとする。(非常にリアリティのある仮定である。なぜならジャニーズ事務所にとって、SMAPなどは、旬の過ぎたワンノブゼムに過ぎないのだから。)さて、問題はテレビ番組。「ジャニーズを去ったタレントとジャニーズのタレントが、同じ番組に出演することを、ジャニーズ事務所が許可するだろうか?」..たとえて言えばこういうことだ、各番組のプロデューサーは、こういう決断を迫られることになる。「元SMAPと、嵐と、どちらを取るか」..普通は、「嵐」だろう。

 「SMAPが解散しようがどうしようが、さほどの興味はない」、という(冷たい)心情に、嘘偽りは無い。しかし、彼らがタレントとして、芸能界での活動が制限される(干される)ようなことになるのは、あまりにも惜しいと思う。なんとかソフトランディングして欲しい..

 そして、その一方で、「これを契機に、ジャニーズ王朝など、崩壊してしまえ!」、という、破壊的な怒りを感じているのも、事実である。ひとつには、昨年末の紅白歌合戦での(ジャニーズ事務所の)傍若無人ぶりに呆れ返ったからであり(個々のタレントには恨みはないし、ファンでもある。念のため)、もうひとつには、今回のような騒動を起こしたからである。ファン不在。マネジメント能力拙劣。ジャニーズ事務所は、「日本の芸能界を仕切れるような器ではない」、と思う。図体がでかいだけの、ただのガキである。(念のため繰り返すが、個々の所属タレントの問題ではない。)

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*2016年01月14日:耳の定期診察/今週末の予定


 午前半休。7:45頃に出て、8:20には浜松医科大学医学部附属病院。耳鼻科のM先生の、3ヶ月に一度の診察(というか経過観察というか経過報告というか)である。9:00からのアポだったのだが、早めに初めてもらえ、9:00には会計が終了した [;^J^]。M先生は、私の自宅直近の浜松医療センターに転勤するとのことで、そちらへの紹介状を書いていただいた。(自分自身への紹介状だが。[;^J^])次回(3ヶ月後)からは、いくらか便利になるが..しかし、治療の方針は、自分自身でも決めかねているところである..

 今週末の予定を書いておく。

 16日(土)は、バス上京で渋谷。まずは、

*Bunkamuraザ・ミュージアム
 「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展
 〜3月6日(日)まで

 半蔵門線で永田町へ。国会図書館で手塚治虫回りを、ひと調べ。日比谷線で六本木に回り、

*森アーツセンターギャラリー
 「フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展
 〜3月31日(木)まで

 観終えるのは、早くて18時、遅くて20時。いつもなら、飲みの段取りに走る(都内在住の知人にメールを飛ばしまくる)ところだが、ちょっと、アルコールを控えておきたい事情があるので [;^J^]、飲みは無し。スパ ラクーアに直行して、リクライニングシートで読書でもする [;^J^]。どうせ疲れているので、すぐに眠れるだろう。

 翌17日(日)は、まず、上野。

*上野の森美術館
 「シカゴ ウェストンコレクション 肉筆浮世絵-美の競艶
 〜1月17日(日)まで(つまり、最終日に滑り込み)

 そして、東京駅界隈へ向かい、

*三菱一号館美術館
 「プラド美術館展−スペイン宮廷美への情熱
 〜1月31日(日)まで

 なかなか効率いいでしょ [^J^]。今週末まではこんなに慌ただしいが、それ以降は、2週末連続、浜松でおとなしくしている予定である。(当たり前だ、休日は休んでろ。> [;_ _][;^J^])

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*2016年01月15日:VirtualBox & Win95 頓挫中 [;_ _]


 もうすっかり忘れている人が大多数だろうが、「VirtualBox」を使って、Windows 8.1 ノート(いつのまにか Windows 10 ノートになってしまったが [;^J^])の上に、Windows 95 環境を作ろうとしていたのだが..

 ..絶賛、挫折中である [;_ _][;_ _][;_ _]..まず、「VirtualBox」が「Windows 95」を正式にサポートしていない(「動けばラッキー」)ということがひとつと..やはり、Windows 95 の致命的な欠陥、「速いPCでは動かない」で、モチベーションが、だだ下がりなのである [;_ _]。たまたま今、私が使っているノートPCでは、BIOSで「クロック数を常に遅くする」と設定すると、「VirtualBox」内で「Windows 95」が、そこそこ起動する。(Vz Editor を常駐させる、という最終目標には到達していないが。)しかしもしもこのノートPCを買い換えて(いつかは必ずそうするのだが)、「十分に遅くならなくなったら」、どうすればいいのだ..というか、どうしようもなくなり、アウト..これまでの努力は、全て水泡に帰す..

 私は今でも Windows 95 を(リブ100という傑作ハードウェア上で、もちろん、ネットとはオフラインで)使っているし、この文章も、Windows 95 に常駐している Vz Editor で書いている。これがもっとも素晴らしい日本語ライティング環境かどうかはともかく、もっとも手に馴染んでいる環境だからだ。だから、この環境を塩漬けにして、死ぬまで使えるようにしようとしたのだが..やはり、考え方を改めるべきか..暇になったら(いつのことやら [;^J^])、模索しよう..

 「1.Vz Editor が常駐でき、クロック数の制約もなく、VirtualBox が正式サポートしているOSを見繕う(あるとして)」、「2.Vz Editor で組みあげた環境(大量の BAT ファイル群など)を、Linux(の shell と emacs)に移植する」、「3.一生使える分、Libretto 100 の中古(及びパーツ)を買い集める(過去10数年間で既に5台分は買い、それらのパーツ(のうち動く部分)をかき集めれば、2台程度は組み立てられる [;^J^])」..(案外、3..[;^.^][;^.^][;^.^])

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*2016年01月16日:ラファエル前派展/フェルメールとレンブラント


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 雲はあるが、天候の心配は無い。6:05に自宅を発ち、自宅直近のバス停から浜松駅北口のバスロータリーへ。7:00発の渋谷新宿ライナー浜松2号で、渋谷マークシティに定刻の10:54に着く。(せっかくだから、足柄SAで撮った富士山の写真を貼っておくが、前回(11月28日)よりも、雪が少ない。)



 11:15、Bunkamura前のラーメン屋(「横浜家系ラーメン道玄屋」)で昼食。11:40、Bunkamuraザ・ミュージアム。「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」(〜3月6日(日)まで)である。

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 まずは、左図。この展覧会のアイコン、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの「シビラ・パルミフェラ」。さまざまな象徴が畳み込まれている作品だが、単に、純粋に、この美しさに見惚れるだけ、という鑑賞態度で、全然OKである。

 右図は、アントニー・オーガスタス・フレデリック・サンズの「トロイアのヘレネ」。珍しい画題である。(「トロイアのヘレネ」を知らない人は、とっととぐぐれ [;^.^]!)何が珍しいといって、正面像、そしてこの不機嫌な表情 [;^.^]。己を弄ぶ運命(神々の気まぐれ)への怒りはまことにもっともだが、ここまでそれをはっきり描いた作品は、初めて観た。(「絶世の美女」なのだが、こんな女、やだ。[;_ _][;^J^])



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 左図は、ダニエル・マクリースの「祈りの後のマデライン」。これまた面倒なので、物語の説明は、いっさい略 [;_ _][;^J^]。ただただ、この暗くて美しい画面(情景)の中で、服を脱いで寝る支度をしている、秘やかなエロティシズムを楽しんでいただければ十分である。[^.^][;^.^]

 右図は、フレデリック・レイトンの「エレジー」。ここまでくると、もう理屈はいっさい無し。このあまりにも美しい肌の質感に酔っていただきたい。



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 左図は、アルバート・ジョゼフ・ムーアの「夏の夜」。(左端付近に縦に光が入ってしまっているのは、図録のノド付近で、スキャン時に十分に広げられなかったからである [_ _]。また、実際の色とはかなり異なり、青みがかって、しかもいささか暗い。実物の色はもっと薄く明るく、繊細なのである。)理屈はいらない。この「唯美主義」に耽溺していただきたい..半裸の女たちと、湖面に照り映える月光..どうやら私は、この組み合わせが「ツボ」らしい..[;^.^](他人の性癖を指さして嗤っている場合ではないぞ、そこの読者。[^.^]◎)

 右図は、アーサー・ハッカーの「ペラジアとフィラモン」。例によって、物語の説明は、略 [;^J^]。ざっくり言って、罪深い生活を送ってきた妹が悔い改めて荒野に向かったが、そこで死に瀕し、それを、修道院の院長であった兄が弔うシーンである。従って、本来、厳粛なシーンのはずであるが、それにしてはエロティックである。素材となった小説にも、そういう特性があるらしい。(この図版のスキャン時にも、左端に光が入ってしまいました。[_ _])



 13:30に発ち、永田町へ。14:05から15:20まで、国会図書館。手塚治虫関係の初出(新聞)裏取りと、コピー。引き続き、日比谷線で六本木へ。16:00、森アーツセンターギャラリー。「フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展」(〜3月31日(木)まで)である。

 この展覧会では、諸事情で図録を購入しなかったので、絵葉書と額絵からのスキャンである。後者はともかく前者の画質はいまいちなので、ご容赦を乞う。[_ _]

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 左図は、エマニュエル・デ・ウィッテの「ゴシック様式のプロテスタント教会」。右図は、ヘラルト・テル・ボルフ(2世)の「好奇心」。これらはいずれも絵葉書からなので、画質はよろしくない [_ _]。前者の、なんだか中途半端に錯綜している空間は面白く、後者はもちろん、(おそらくはラブレターの返信を書いている)姉妹(の手紙の内容)に対する「好奇心」がメインテーマなのだが、この犬が..[^.^]



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 (これら3点は、額絵からのスキャンなので、画質はある程度マシである。)

 左図は、ピーテル・デ・ホーホの「女性と召使いのいる中庭」。意外に思われるかも知れないが、私が一番好むタイプの作品である。実に素敵な空間じゃないか。[^J^]

 中央図は、この展覧会の目玉その一。ヨハネス・フェルメールの「水差しを持つ女」..これはもう、別格! 「フェルメールブランド」を盲信しているわけではない。作者名で絵を観ているわけではない。ただ、数十分間も絵の前で足が止まり、身動きできなくなってしまった、という事実があるだけだ。フェルメールの作品を観ていつも思うのは、とにかく、色彩の構図・色彩の配置のバランスの、天才的(超人的)な素晴らしさである。そこに、この淡い、「フェルメールの光」が降り注ぐ..100万円で買えるものなら、即金で(カード払いで)持ち帰るところだが..桁が4つぐらい違うだろう..[;^.^][;^.^][;^.^]

 右図は、この展覧会の目玉その二。レンブラント・ファン・レインの「ベローナ」である。神話の女神の威風堂々(盾を飾るゴルゴンをご覧なさい!)と、女神の顔の親しみやすい庶民性のアンバランスぶりが、面白い。(私、個人的には、二重顎に着目しております..[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^])



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 18:20に退出。せっかくだから、この六本木ヒルズの52階からの夜景(by iPhone6)も貼り付けておこう。

 「ひでえ構図だ」などと誹るの禁止。なぜならテラスからならともかく、ガラス越しに撮影しているのであって、ガラスに盛大に、屋内の照明やら人影やら自分自身やらが映り込んでいるのだ。それらを可能な限り回避して撮影したのだから、褒めて欲しいぐらいのものである。[;^.^]



 いささか早いが、19:10に、水道橋のスパ ラクーア。テワランなどのオプションをつけることもなく、リクライニングシートで読書しているうちに、あっけなく寝落ちした。

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*2016年01月17日:肉筆浮世絵展/プラド美術館展


 8:25にラクーアを発ち、9:05、上野の森美術館。「シカゴ ウェストンコレクション 肉筆浮世絵-美の競艶」である。開館55分前、列2人目 [;^J^]。何故、必要以上に早く来たのかというと、今日が最終日なので、混み方が読めなかったからだ。(結果的に、盛況は盛況だが、メチャ混み、という状況にはならなかった。列の長さも、常識の範囲内。[;^J^])開館時刻は10:00なのだが、寒いからか、10分ぐらい前に入れてもらえました。[;^J^]

 見応えのある作品が多かったが、図録は買わなかった。廃墟通信で紹介する際には、画像検索結果をリンクすればいいや(図録や絵葉書からスキャン、だけでなく、メリハリも大切 [;^.^])、と考えたからなのだが..油断だった [;_ _]。ほとんど検索できない [;_ _]。要するに、ネット上に画像が多数出回るほどには、メジャーではない作品群だったのである。

 それでも、いくつかは検索できたので、紹介しておこう。(多くの場合、「画像検索結果」の最初の1〜2点のみなので、ご注意ください。[_ _])西川祐信の「髷を直す美人」画像検索結果)は、もちろん、シースルーと、胸ポロリがポイント [^.^]。それも、男への媚びがいっさいない、要するに男の視線を意識していない、化粧中の自然な姿であるところが、なんとも..[^,^](他人の性癖を指さして嗤っている場合ではないぞ、そこの読者。[^.^]◎)(← すみません、この1文、コピペです。[;_ _][;^.^])

 喜多川歌麿の「西王母図」画像検索結果)は、「美人図ではない」「中国の神仙図である」という意味で、珍しい。珍しいけど、可愛くない [;^J^]。部屋に飾ろうというモチベーションが惹起されない。[;^.^]

 葛飾北斎の「京伝賛遊女図」画像検索結果)は、素晴らしい。(検索結果中、横向きの、墨でさささっと描いたような作品。)なんとも粋な姿である。同じく北斎の「美人愛猫図」画像検索結果)は、ぶっちゃけ、「美人化猫図」[;^.^]。(これは結構、検索できていると思う。)美人の胸から直接猫が(諸星大二郎的に)突き出ているように見えるが、もちろん、よく観ると、そんなことはない。しかし一瞬そう見えるような視覚トリックを仕掛けているだけの理由はあるのである。おそらく、この猫は、この女の「魂」の視覚化である。

 溪斎英泉の「夏の洗い髪美人図」画像検索結果)は、検索結果の最初の1点ぐらいだと思うが..この、異様に巨大な頭部、バランスを逸したプロポーション、定まらない視点..はっきり言って、恐い [;_ _]。幕末にはこういう「崩れた」「美人図」が流行したらしい。まさに、乱れた世情ならではのデカダンスである。小林清親の「頼豪阿闍梨」画像検索結果)は、これまた1点ぐらいしか検索に引っかかっていないと思うが、これまで紹介してきた「美人図」とはまったく異なる、迫力に満ちあふれた、超常現象図。

 11:30に退出し、またしても [;^J^] ぶんか亭で昼食。次の美術館に行く前にちょっと秋葉で寄り道し、ヨドバシカメラのパソコン売場で、最近の売れ筋のチェック。

 13:30、東京駅から歩いてすぐの三菱一号館美術館。「プラド美術館展−スペイン宮廷美への情熱」(〜1月31日(日)まで)である。

 (一部を除いて)「小さな絵」を集めたというのが、最大のポイント(コンセプト)。なぜなら、「小さな絵」は、「画家が自分で全部描いている」からである。縦横数メートルの大作を、画家がひとりで全部描けるわけがない。弟子を大勢使う。どうかすると、自分は下絵を描くだけで、実際には全部工房で生産される..(現代日本の漫画家とアシスタント群(プロダクション)の関係と、その意味ではまったく変わらない。)その点、サイズが小さい絵は(まったく独立した作品のこともあれば、大作の下絵(構想図)のこともあれば、出来上がった大作の手元保管用コピーのこともあろうが)、間違いなく、隅々まで画家がひとりで描いたものなのである。そこに、何物にも代え難い価値がある。面白い視点の企画である。

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 左図は、ヒエロニムス・ボスの「愚者の石の除去」! なんとボスの初来日作品である! ボスといえば「悦楽の園」幻想美術選)や「聖アントニウスの誘惑」幻想美術選)のような大作を、まず思い浮かべるが、この小品の味わい深さはどうだ..!

 右図は、偽ブレス(ブレシウス)の「東方三博士の礼拝」(中央)「12部族の使者を迎えるダビデ王」(左)「ソロモン王の前のシバの女王」(右)。正直、初見の画家だが、細密描写が実に楽しい。



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 左図は、エル・グレコの「受胎告知」。エル・グレコの小品とはまた、実に珍しい。下絵ではない、完成作。明快な透視図法が採用されているのも、珍しいかな。

 右図は、ペーテル・パウル・ルーベンスの「聖人たちに囲まれた聖家族」。これは、超大作の手元保管用コピーらしい。「超大作」は工房作だが、このコピーは、まぎれもなくルーベンスの真筆なのである..それにしても、無茶苦茶な上手さである..(もすこしまともな表現ができないものか。[;^J^])



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 左図は、バルトロメオ・エステバン・ムリーリョの「ロザリオの聖母」。これは実はそれほど小さくはない、まぁ、普通サイズの作品なのだが..しみじみといい作品/いい表情である。赤と青のシンプルな使い方とそのバランスが、完璧!

 右図は、ディエゴ・ベラスケスの「ローマ、ヴィラ・メディチの庭園」。実に見事な構図と空気感。19世紀の印象派の絵だと言われても信じてしまいそうだが、実はそれよりも200年も前、1630年の絵なのである! ..ここまで来ると、もはや「時代の先取り」などという平凡な言葉(概念)ではくくり切れない。「なにかのはずみ」で(それは別に「時間旅行」でも「天啓」でも「夢」でも構わないが)、「(絵画の)未来を垣間見た」、としか、思えない。驚異の傑作である。



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 左図は、ピーテル・ブリューゲル(2世)の「バベルの塔の建設」。いくつものバージョンのある画題だが..それにしても改めて(当たり前のことを)痛感してしまったのだが、こうして手間暇かけて電子化(スキャン)すると、自在に(実物を遥かに越えるサイズまで)拡大できるので、ディテールに気がつくのである [;^J^]。普段、画集を観るとき、拡大鏡までは使うが、いちいちスキャナーでスキャンしてビューワーで観たりはしないもんね。[;^J^]

 右図は、フランスの不詳の画家の「自らの十字架を引き受けるキリスト教徒の魂」..これには、驚いた [;*.*]。作者名が不明だというのがなんとも残念だが、なんという、先鋭的・前衛的なコンセプト..[;*.*]。20世紀の(いや、21世紀の)作品だと言われても信じてしまいそうだが、なんと、1630年頃だというのだから、これには本気で驚いた。上述のベラスケス以上に腰を抜かした。[;*.*]



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 左図は、ピーテル・フリスの「冥府のオルフェウスとエウリュディケ」。言うまでもなく、ボスのフォロワー。私が大好きな画題と画面構成 [;^J^]。しかしやはりボス(やブリューゲル)とはまったく異なる個性の持ち主である。例えば、よくみると「怪物」がほとんどいない。一応、「地獄(冥府)の化け物」の範疇にくくられる連中なのだが、ほとんどが「ヒューマノイドタイプ(という言い方をするのかいな [;^J^])」、あるいはフリークス。ボスらのような「合成怪物」が、ほぼいない。逆に新鮮である。

 右図は、フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテスの「アルバ女公爵とラ・ベアタ」..これ、以前も紹介したかも知れないが、私が大好きな作品なのである。「プラド美術館所蔵 ゴヤ−光と影」という展覧会で、現物を観ている。今回が二度目の逢瀬。十字架をかざして嫌がっているのが、「ラ・ベアタ」というあだ名の、信心深い使用人で、彼女に、後ろ姿で嫌がらせをしている(魔除けの(つまり「迷信」の産物の)グッズを押しつけて、「ホ〜レ、ホレホレ♪」している [;^.^])のが、「アルバ女公爵」なのである [;^.^]。えらい描かれようだが [;^J^]、「アルバ女公爵」も、手を打って大笑いしたに違いない、極上の傑作![^.^]



 15:30に退出。16:03のひかりで、17:32、浜松。18:10、帰宅。「ももクロChan」「#137」を録画し損なっていた(この回だけ、放映スケジュールが完全に異なっていた)ことに気がつき、衝撃を受け、伏せってしまう [;_ _][;_ _][;_ _]..明日までに、出社する元気を、とり戻せるだろうか..[/_;][/_;][/_;][;^.^]

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jan 21 2016
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