*2006年12月25日:ブースター実験
*2006年12月26日:駐車場にて
*2006年12月27日:スーパーエッシャー展/スキャナーダークリー
*2006年12月28日:年賀状投函
*2006年12月29日:「続・妖怪図巻」「柳柊二 怪奇画帖」
*2006年12月30日:CMカットについて
*2006年12月31日:紅白歌合戦/ナマ半、ニセ全
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*2006年12月25日:ブースター実験


 (なんかJAXA(宇宙航空研究開発機構)系のタイトルだけど、そういう内容ではありません。[;^J^])

 医者へ行くため午後半休。診察は15時からなので、それまでに雑件を片付けられるだけ片付けておくことにする。昼食は、会社のすぐ近くの「とんきぃ」でひれかつ定食。ここの豚肉は美味い。

 帰宅してから、まず、東芝のRDシリーズサポートダイヤルに電話。RD−X5本体のみで地デジ番組の録画予約することはできない、東芝のテレビとの連動で予約することは可能、とのこと。了解。当面、松下のテレビ(VIERA)を東芝のテレビに買い換えることはあり得ないので、この方面の可能性は潰せた。しゃあない、地アナの電子番組表を流用することにするか。(つまり、地アナ番組を選んで、それを登録するときに「入力ライン」の項目を「内蔵(アナログ)チューナー」から「外部入力」に切り替える。)そのうち誤操作は必ずするだろうが、その場合でも、(地アナのアンテナがRD−X5に入ってさえいれば)「地デジで録画するつもりだったのに、切り替えを忘れて地アナで録っちゃたよぅ [/_;]」という程度の被害にとどまるんだし。

 引き続き、松下に電話。VIERA(TH−42PX300)の録画予約件数を(ファームのアップデートなどで)24件より増やせる可能性はないか、ダメモトで訊いてみるが、やはり可能性はないとのこと。了解。しゃあない。

 以上より、地デジに完全にシフトするのは得策ではなく、地デジと地アナを併用すべきである、という結論が(改めて)出たので、昨夜コンプマートで買っておいた分配器で壁から来ているアンテナ線を分岐して、RD−X5のアナログ入力とVIERAの地デジ入力に入れてみる。地アナはOK。地デジ番組も大方映るが..051(テレ朝)のみまともに入らない。入力信号が弱いのかな? 分配器を外して直結すると051も綺麗に映る。分配器の有無と症状が完全に連動している。やはりこいつが原因か。

 ここで15時。まずクリーニングを受け取ってから、O内科へ。年末年始に備えて、念のため血圧の薬を処方してもらい、様子を見ることにする。(そもそもそれほど血圧が高いというわけでもないので、場合によっては、薬のせいで血圧が下がりすぎる可能性もあるのです。)

 その足で、OAナガシマへ。アンテナ線を分配器に通したら映りが悪くなった件を相談したら、分配器の代わりにブースターを使うことを提案されたが..買わなかった。店員の説明が頼りなかったからである。イケヤ(書店)に寄ってから、いったん帰宅。

 夕方から再度出動。今度は街中方向に向かい、コンプマートで、OAナガシマでしたのと同じ相談をする。やはりブースターを薦められ、ここで購入した。実は、購入したのは、OAナガシマで薦められたのと同じ機種であり、値段も同じ(1万弱)、店員の説明(「ブースターを購入して通したからといって、映りが良くなるとは限りません」というデメリット情報の開示)も同じであった。ではなぜ、OAナガシマでは買わず、コンプマートで買ったのか。それは、前者の店員の説明態度には自信がなく、後者のそれには自信があったからである。「ダメかも知れませんよ」と言われても、説明内容に自信と裏付けを持っている店員からなら、安心して買えるのである。ここは大切なポイントなので、営業系の人はアンダーラインしておくように。

 帰宅してから分配器とブースターを置き換え、ひととおりの動作実験を行い、地デジも地アナも不具合なく受信できること、各種ダブ録(地アナ+地アナ、地アナ+地デジ、地アナ+BS/CS)が問題なくできることを確認した。やれやれ。

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*2006年12月26日:駐車場にて


 会社は明日が仕事納めなのだが、私は明日、有休を取得しているので、今日で年内の仕事は終わりである。明日の大掃除には参加しないので、自分の机の回りだけ、ざっと綺麗にしておく。

 さて、今日も今日とてなのだが..私は3日に一度は、退社時に会社の駐車場で自分の車を探して彷徨っているのである [;^J^]。これはもう、業病というほかはないのである。[;^J^]

 さほど広い駐車場というわけではないのだが、定位置があるわけではないので、こういうことになるのだ。出社時に止める場所(のパターン)は大体決めているはずなのだが..何故か、退社時にはそれを忘れているのだ。あまり目立たない車(旧型マーチで、浜松ではかなりよく見かける車種である)ということもあるが..

 こういう発明はどうだろう。(「発明」といっても公知技術の応用に過ぎず、出願しても特許は取れっこないのでここで公開してしまうが。)携帯を探すときにその携帯に電話して着信音を鳴らす、という手法は広く知られている。これの応用で、車を駐車場の中で探すとき、なんらかの遠隔操作装置(携帯電話を流用してもよい)を操作することによって、その車が特定のパターンでクラクションを鳴らす..(なんと迷惑な。[;^.^])

 夜遅くになり、かなり強烈な雨が降ってきた。明日には東に去ってしまうはずだが..

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*2006年12月27日:スーパーエッシャー展/スキャナーダークリー


 今日から年末年始の帰省である。幸い天候は回復していた。予定より1本早い7:24のひかりに乗る。9:00に渋谷着。

 まず、シネセゾン渋谷へ。窓口が開くのを10分ほど待って、9:15に「スキャナーダークリー」の整理券をゲット。引き続き文化村に向かうが、近道しようとしてあっさりと道を間違え、ラブホ/風俗店街に迷い込む [;^J^]。まぁ午前中には人気のない白茶けた街であり、面白くもなんともないが、それはさておき、コンビニを見つけて道を訊く。するとこれがものの見事に逆方向の道順を教えてくれやがり [;^.^]、あまりにお約束通りの展開に、ほとんど安堵感すら覚えた。[;_ _][;^J^]

 しゃあないのでいったん渋谷駅方向に坂を下りて109からアプローチすることにする。その途上で松屋を見つけたので牛メシを食う。109から坂を登り直して無事に文化村に着く。10:00からスーパーエッシャー展。

 ちょっと驚いたのは「音声ガイド」が無料で貸し出されることである。(普通は500円。)そしてその「音声ガイド」のハードウェアが、DSであった。これもびっくり。2画面を駆使した(それなりに)使いやすいソフトであるが、普通の音声ガイドは展示作品の脇に掲示されている番号を押すだけなのに比べると、やはり複雑な操作体系であると言わざるを得ない。お年寄りなどにはハードルが高いのではあるまいか。

 初期のイタリア風景画がしっかりと展示されているのが嬉しい。(実は私は後年の作品群よりも、初期の風景画のほうが好きなのである。)そして最後の展示室の壁一面に「少年マガジン」がずらりと展示されていたのには、快哉を叫んだ。(いや、叫びませんでしたが。[;^J^])1970年代初頭の少年マガジン誌上で、大伴昌司がエッシャー作品をシリーズで紹介していたのである。(この時期、毎号、カラフルに色づけされたエッシャーの版画が表紙を飾っていた。同時期に、ルネ・マグリットなども紹介されていたはずだ。)この日記の読者の中にも、このシリーズを記憶している人は多いのではあるまいか。私は、大伴昌司のこの仕事こそが、日本におけるエッシャー受容の基礎を作ったのだと思っている。(昔の漫画雑誌は「すごかった」のだよ。)その意義を、この展覧会はしっかりと評価しているわけだ。実に嬉しいね。

 シネセゾン渋谷に(近道せずに [;^J^])戻り、12:10から「スキャナーダークリー」を観る。原作はフィリップ・K・ディックの「暗闇のスキャナー」である。

 5年前に原作を読んだときの読書記録を以下に引用するが、全くこのとおりの映画であった。

作者の自伝的要素が強い、ほぼノンSF。「物質D」は、ただの麻薬だし。(“歩くモザイク”としての「スクランブル・スーツ」は、ちょっと素敵だが。)ひたすらドラッグ中毒者の世界を(しかしそれほどおどろおどろしくはなく)描き、なんのカタルシスもなく、囮捜査で捨て石にされ、廃人となった麻薬捜査官の末路を描いて終わる。

 ..つまり、ディックの原作に非常に忠実な映画であるといえる。全編、ロトスコープ(実写をアニメでなぞる技法)で撮影されているのだが、これが現実感覚を“微妙に”稀薄にさせ、絶妙な効果を醸し出している。ディックのファンであれば、一見の価値があることは保証する。但し、DVDが出たとして、それを買う価値があるかと訊かれると、考えてしまう。私は買わない。(一度観たし。)いつかそのうち放映される機会があれば、録画して手元に置いておくことは間違いない。

 引き続きタワレコ。CD/DVDを5枚、画集を1冊。神保町にも寄るつもりだったが、いささか疲れてきたので、まだ16時前ではあるが、無理せず横浜の実家へ向かう。

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*2006年12月28日:年賀状投函


 今日も好天。今日も暖かい。年末恒例実家のガラス拭きと、年賀状書き&投函。これで年内の「義務」は完了である。あとは正月まで連日堕落していればいいのだ。極楽である。[^.^]

 夕方にかけて、さすがに少々寒くなってきた。ひなたでは暖かいのだが、日影に入り、風が吹いてくると、かなりきつい。

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*2006年12月29日:「続・妖怪図巻」「柳柊二 怪奇画帖」


 母の所要につきあって横浜まで外出。昼食後に単独行動にうつり、ルミネの有隣堂で6冊ほど購入して先に帰宅。

 「続・妖怪図巻」(湯本豪一編、国書刊行会)- これは今年の春に出版されている。その情報をキャッチしていた私は、これまで何度もアマゾンで検索していたのだが引っかからず、不審に思っていたのだが..店頭でこれを発見すると同時に、これまでずっと、「続・妖怪図鑑」で検索していたことに気がついたという次第であった。[;_ _][;^.^]

 「柳柊二 怪奇画帖」(大橋博之編、ラピュータ)- 柳柊二の名前を知らなくても、その作品を観れば、多くの人が「ああ、この絵か!」と膝を打つであろう。「燈台鬼」(原作:南條範夫)のイラストが収録されているのが嬉しい..というかなんというか、少年の日の恐怖が甦ってしまった [/_;]。この恐ろしいイラストと、哀切を極めた悲惨な物語は、私のトラウマのひとつなのである。[/_;]

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*2006年12月30日:CMカットについて


 ハードディスクレコーダーを入手してから2年が経つ。最初のうちは律儀にCMカットしていたのだが、ここ1年ほど、あまりCMカットをしなくなってきた。

 無論、今でもCMカットはしているのである。例えばNHKの「地球・ふしぎ大自然」シリーズなどは、番組開始直前の「ゴミ」と終了後の「ゴミ」は明確に「邪魔」であるし、たいした手間もかからないので、チョンチョンとすぐに切ってしまう。また、BSの(もう終了しているが)「島旅」シリーズとか「豪華客船クルーズ」シリーズとかは、「記録映像」的な意味合いも込めて保存しているので、やはりCMは邪魔。これらは番組の前後だけでなく番組中でも3回ほどCMが入るが、地道に全部カットして保存している。

 CMカットをやめたのは、主として地上波の「連続番組」や「バラエティ番組」である。理由は3つある。

 まず、「(言うまでもないが)めんどくさい」。特に「バラエティ番組」には小刻みかつ“不規則に”CMが入っていることが多く、これらを全部カットするのはかなりの手間である。

 次に、「たいして効果がない」。ここでいう「効果」とは「メディア代の節約」である。例えば各種ウルトラマンシリーズは毎回30分なので、DVD−R片面に4回入る。しかしCMカットをして1回を正味24.5分に切りつめられれば、片面に5回入るのである。(標準画質で録画している場合。)実際、このように節約してシリーズまるごと録画した例もあるのだが、じゃあそれでメディア代を何百円節約できたかというと..また、毎回24.5分に切りつめられればいいが、25分だとアウトなわけで、そのようなきわどい作業にともなう心労(「今週はまさかCMが短く本編が1分程度長いなんてことはないだろうな..[/_;]」)に1年にわたって耐え続ける価値があるであろうか(いや、ない)。

 最後に、「無意味である」。特に「バラエティ番組」の場合、これらを録画する理由はなんであろうか。数年後の再生に備えて蓄えておく理由はなんであろうか。それは、「楽しい時間」を再生して、幸せになりたいからである。そしてその「楽しい時間」を補強するのが「時代の記憶」である。CMには「時代の記録」としての意味があるのだ。CMカットをしてしまったバラエティ番組の録画は、クリープを入れないコーヒー、とまでは言わないが、せっかくの「時代の空気感」を洗い落としてしまっているのである。この雑然としたCM群あってこその、「バラエティ番組の記録」なのである。

 サダム・フセイン、処刑される。

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*2006年12月31日:紅白歌合戦/ナマ半、ニセ全


 今年は例年と違って、耳を覆いたくなるような連中は出ておらんな..と油断していたら、GAM&モーニング娘。「Thanks! 歩いてる 2006 Ambitiousバージョン」が、地雷だった。[;^J^]

 細川たかし「浪花節だよ人生は」において、歌詞間違い事故発生 [;^J^]。やはり生放送は、これが無くては(クリープを入れないコーヒーみたいなものである [;^.^])。

 比較的心に残ったのは、絢香「三日月」、TOKIO「宙船(そらふね)」、今井美樹「PRIDE」、和田アキ子「Mother」、秋川雅史「千の風になって」、倖田來未「夢のうた」、DREAMS COME TRUE「何度でも LOVE LOVE LOVE 2006」、といったところ。

 まぁ私としては、今年の紅白は、元気なほしのあき(の胸元)が観られたので満足である [;^J^]。バラエティ番組で見慣れているとはいえ、やはり紅白という舞台は、意味が違うのである。

 その意味でも、どうやら今年の紅白の最大の「不祥事」になりそうなのが、DJ OZMA(「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」)の演出だが..私は別になんとも思わなかった。ボディスーツだろうということはすぐに見当がついたし、そもそもボディスーツだろうがナマだろうが、ヌードダンサーを動員したって別にいいじゃん..と眺めていた私は、もしかして薄汚れていますか? [;^J^](「薄汚れていマスか?」、とは意地でも書かない。[;^.^])これがどうやら紅白的(というかNHK的)にはかなりまずい事態らしいということに(ようやく)気がついたのは、司会者が謝罪してからのことであった [;^J^]。誰が始末書書くんかな。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jan 2 2007
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