*2000年11月06日:石器捏造事件
*2000年11月07日:石器捏造事件の違和感
*2000年11月08日:「おはようございます」
*2000年11月09日:山田章博、ほぼ収集完
*2000年11月10日:「デビルマンレディー」文庫版完結
*2000年11月11日:6.4G → 8G
*2000年11月12日:6.4G → 8G、つづき
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*2000年11月06日:石器捏造事件


 大道芸in静岡 2000の審査結果を、公式ウェブページ(http://www.daidogei.com/)で確認する。まず、ワールドカップ部門。

*チャンピオンリブラ
*シルバーストレンジ・フルート
*ブロンズサルゲイリー

 ジャパンカップ部門。

*チャンピオンMr.アパッチ
*シルバー三雲いおり
*ブロンズDandy GO!

 その他。

*実行委員会特別賞ロマノ カーララ

 (今年観たパフォーマーについては、リンクを張っておいた。)

 ワールドカップ部門の「シルバー:ストレンジ・フルート」と「ブロンズ:サルゲイリー」は、去年と同じ結果。

 確かに、ストレンジ・フルートは、異様に人目を惹くんだわ。とにかく、地上5メートルでゆらゆらしてるんだから [;^J^]。遠目からパッと見、去年と同じネタだったんで、今年はパスしたんだけど、他のパフォーマーの演技を取り巻く人垣が「十重二十重(とえはたえ)」であるのに対して、ストレンジ・フルートの回りの人垣は「三十重五十重(みそえいそえ)」なのである。(← こんな言葉はありません。)..というか、人垣を作る必要が無い。何しろ、広いメイン広場のどこからでも見えるのである。早い話が、メイン広場を埋めていたオーディエンスが、(広場外縁に並んでいる屋台や飲食店の前のテーブルで食事をしている人々を含めて、)全員、これを見ていたのである。“パスした”と簡単に書いたが、メイン広場を埋め尽くしたオーディエンスの群れをかき分けて“パスする(通り抜ける)”のは、容易なことではなかった [;^J^]。

 参考までに、去年の鑑賞記去年の写真へのリンクを、張っておく。今年もデジカメで撮影したのだが、この物凄い数のオーディエンスも一緒に収めよう、と、無駄な努力をした結果、実につまらない写真になってしまったので、掲示はしない。広角レンズが無いと、無理です。(ストレンジ・フルートの今年の観客数は、この写真に見られる観客数とは一桁以上違う、と、考えていただきたい。)

 サルゲイリーも、去年観ている。さほどの感銘は受けなかったので、今年はパスしたという次第。(去年の鑑賞記も、ほとんど一行(というか一言)で済ませているので、わざわざリンクすることはしない。)

 Mr.アパッチの自転車芸は、一昨年観て、まぁこんなものかな、という評価をしたまま、去年も今年も、通りすがりに眺めてすませていたもの。三雲いおりは、毎年、何故か見逃している。ロマノ カーララは、全くのノーマークであった。

 前期旧石器時代石器捏造事件。あっちゃあ..

 石器の年代を直接測定することは困難(あるいは不可能)で、発掘した地層しか、より所にならないのだという。となると、どの地層から掘り出したのかは、(事実上)発掘者の自己申告に頼らざるを得ないのだから、(まるでゴルフのスコアの様だ、)その申告者が嘘をついていた、という前例が出来てしまった以上、その発掘者が手掛けた、他の全ての発掘が疑われても、仕方が無いわなぁ..

 しかし、どうもおかしいな。藤村氏に誘導されて、その石器を直接“発掘した”人は、何故それが“(つい最近)埋められた物である”ことに、気が付かなかったのだろう? 土の色や締まり具合が、全然違う筈だと思うのだけれど..

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*2000年11月07日:石器捏造事件の違和感


 まず、私は考古学界の現状に疎く、藤村氏の名前を知らなかった(秩父原人くらいは知っていたが、その“発掘者”までは知らなかった)ことを、先に述べておく。

 昨日、「石器を自分で埋めていた」「大発見をしたかった」「学会の傍観も一因」という、朝日新聞の大見出しだけを、まずざっとスキャンした時点で、反射的に組み立てたストーリーは、「学会に認められていない(相手にされていない)民間の研究者が、学会の鼻をあかすために仕掛けたペテン(悲喜劇)」、というものであった。上述の前提(藤村氏の名前も業績も知らない)に立つと、全く自然な推測だと思う。

 ところが、記事本文を良く読むと、藤村氏は、学会に認められていないどころではなく、(一部、胡散臭い目で見ていた向きもあったようだが、)日本考古学会の“スター”だったのである。なるほど、これは大事件になるわけだ。(無名の民間人であれば、学会の対応(騒ぎ方)は、全く異なっていただろう。)

 それにしても、違和感が残る。

 まず、藤村氏は、ほとんど無収入に近いのである。本業(会社員)のかたわら、研究者として活動していたのだが、最近になって本業の方は退職して、保険で生活していたという。つまり、研究者としての仕事からは、ほぼ全く、収入を得ていない。(彼が所属していた「研究所」も、ごくごく小さなもの。)なるほど、在野の(市井の)研究者であれば、さもありなんと思わなくもないが..“一国”の“一学会”を代表する“スター研究者”が、ほとんど無収入? なぜ?(まぁ、れっきとした国立・私立の大学の研究室であっても、(給与水準は知らないが)研究費が雀の涙、という話は、腐るほど聞いているので、違和感を感じる方がおかしいのかな..いやいや、やはりそんなことは。)

 次に、“発掘”時の現場の状況である。

 いくら石器の年代測定が難しいといっても、“当日(または数日前)に埋めた”ものであれば、不審な点がいくらでもあったろうに。昨日も書いたことだが、土は柔らかいだろうし、なんというか、周囲に“馴染んでいない”筈だ。それが判らなかったのだろうか? 「まさか(藤村氏が)捏造するとは思ってもいなかったから..」という“言い訳”が報道されているが、それは変だ。藤村氏に全幅の信頼を置いていたのは、まぁ当然としても、氏とは無関係な(悪意の)第三者が“捏造”(贋石器の埋め込み)をする可能性は、常にあったはずである。それを前提として、真贋チェックを現場で(あるいは、のちに真贋チェックできるだけのデータ集めを現場で)するのが、当然ではないか。

 (“第三者による贋物の仕込み”は、別に荒唐無稽な仮定でもなんでもない。藤村氏以外に、石器を捏造する理由を持つ人物像は、少なくともふた通り考えられる。まず、石器が発見されると利益を得る立場の人。(例えば、村おこし・町おこし。)、次に、藤村氏を陥れたい(はめたい)立場の人。(学会のスターであれば、敵はいくらでもいるであろう。)まぁ今回は、藤村氏がやったことに間違いは無いようだが..)

 第三の違和感は、学会としてのチェック機構が、全く働いていないことである。「年間一万点以上(だったかな?)の発掘に対して、個別に厳密な検証をすることは現実には不可能で、発掘者の自己申告を採用(信用)する他は無い..」という現実論は、理解できる。しかし、藤村氏が行ってきたのは、並みの発掘では無いのである。日本(もとい、世界)の考古学の常識を根底から覆す“大発見”の連続だったのである。何故、検証しなかった? 人手不足、時間不足で言い逃れできる問題か?

 ..しかしこれは、恐らく、「日本の」「考古学会の」固有の問題では、無いのだ。確か1988年に翻訳出版された書籍だったと思うが、「背信の科学者たち」(ウィリアム・ブロード、ニコラス・ウェイド、科学同人。パラパラと目を通しただけで通読していないので、ちゃんとした読書記録が残っていない)の中に、「(超常現象以外の)通常の科学の対象になっている現象の場合でも、追試が行われることは実は滅多にない」、というくだりがあったと思う。「追試を行っても結局は(自分ではなく)他の科学者の名誉を高めてやることになるだけにすぎないし、それに何と言っても論文の記述が不十分だったり実際に必要なものが入手しにくいものだったりで、同様の実験条件を再現できないことが少なくない」、のだと言う。

 実に説得力のある理由である。前途洋々たる少壮気鋭の研究者ならばともかく、“残り時間”をカウントダウンせざるを得ない、経験豊かな学者たちは、他人の業績の追試よりも、(それもまた重要な仕事であることは重々承知の上で、)自分自身の(オリジナルな)仕事をしたいであろう。当然だと思う。私はこれを、非難出来ない。全く、非難出来ない..

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*2000年11月08日:「おはようございます」


 芸能人が、昼でも夜でも24時間いつでも、「おはようございます!」と挨拶することは、良く知られているし、これを真似する(というか取り入れる)風潮も、一部にはあると思う。

 意図的に取り入れる、というわけではないが..この挨拶が、実に合理的(というより、感覚的にしっりくる)ことに、気がついてしまった。例えば、午前半休を取った同僚が、昼休みに出社して来る。その際、「こんにちは」、とは、挨拶しにくいのだ。どうにも気合いが入らない。これから一緒に仕事するぞ!という気分になれない。ここはやはり、元気に「おはよぅっす!」、でなくては。

 つまり、「おはよう」は、もちろん、「朝の挨拶」なのだが、何か(特に仕事)を開始する時の挨拶でもあるのだ。調べたわけではないが、「芸能人用語」が語源だというわけでもなかろう。多分。

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*2000年11月09日:山田章博、ほぼ収集完


 山田章博の初期の単行本、「人魚變生」(1982)と「カフェ・ド・マキニカリス」(1985)が届いた。もちろん、とっくの昔に絶版であり、例によって EasySeek に登録したところ、立ちどころに見つかった(オファーが殺到した)のであった。

 「人魚變生」は、確か学生時代に購入していた筈だが、いつしか売り払っていたのである。売却益は、どうせ雀の涙であったであろう。今ごろになって買い直したことによって、差損が発生したわけだ。まぁ仕方が無い。こういうケースは、実に多いのだ。(自分の10年後の嗜好など、誰にも予想できはしない。)

 残るは画集が2冊だけ。「すうべにいる」と「ふぁんたすていか」で、前者は既に入手の目処がついている。後者は、とりあえずヤフオクで発見してツバつけといたが、あっという間に高騰しそうな気配である。さてさて。

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*2000年11月10日:「デビルマンレディー」文庫版完結


 「デビルマンレディー」文庫版が、第9巻で完結した。新書版の第16巻第5章以降と第17巻全部に相当する。描き足されたのは、下記の7箇所。(多分、見落としは無いと思う。)

*p232 - p233ティターンたち
*p240 - p241出動
*p244 - p245戦闘
*p252 - p255戦闘とH・A総裁
*p258 - p267札幌:暴徒
*p328 - p333札幌:変身
*p384 - p385荒野:美樹と光

 これらの描き足しによって、いくらかでも厚味がついたことは確かだが..やはり、“力”が無い。「デビルマンレディー」のコンセプトは、決して弱々しいものではないのだが、なによりも、“絵”に“力”が無い。例えば、上記の「暴徒」のシーンにしても「変身」のシーンにしても、(比べても仕方がないのだが)オリジナル「デビルマン」の、あの“神話的”としか言い様の無い、崇高な、総毛立つほどの“恐怖美”が、全く無い。ほとんど“爽やか”であるとすら、言える。そう、これは全く別の作品。「デビルマン」後日談では無く、「デビルマンレディー」なのだ。当然のことを、再確認せざるを得なかった。(だから“ダメ”だとは、言えない。オリジナル「デビルマン」の、あの圧倒的な“詩情”を、うざったい、暑苦しい、と思う向きも、いるであろうから..)

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*2000年11月11日:6.4G → 8G


 とにかく、6.4Gでは、どうにもこうにも狭過ぎるのであった。1.6G+4.8Gにわけて、1.6GをCドライブとし、Dドライブの4.8Gに、携速98化したCD−ROMイメージ群(世界大百科事典や日本大百科全書や大辞泉やリーダーズ+プラス等など)を置いていたのだが、DはともかくCがパンクしてしまった。

 これはリブ100固有の問題だが、「8Gの壁」がある。BIOSが8Gまでしかサポートしていないのである。「6.4Gで足りないのだから、それの2割5分増しの8Gにしても、どうにもならん」と考えるのが、常識。なんとかして8Gの壁を越えて、12G、20G、あるいはそれ以上にしたい..これが当然の発想だろう。

 出来ると言えば出来る。例えばWinにこだわらずにLinux等のUNIX系にすれば、なんなく乗り越えられるらしい。しかし、(“怠惰”を含む)さまざまな理由から、私は、Win95で、8Gの壁を越えたかった。そして、(ニフのFTOSHIBAの会議室を購読していると、)その手段もあるようだ..

 しかし、例えばそのひとつである、“Disk Manager”というソフトによる方法は、起動時に“Disk Manager”のFD(またはCD)からブートしなければならないらしい。(HDアクセスを(全て)トラップするのだろうから、これは当然だろう。)デスクトップ機ならばなんの問題もないが、これでは、モバイルでは全く使えない。(FDドライブやCDドライブを内蔵しているような超巨大疑似モバイル機ならば話は別であるが、私が使っているのは、真のモバイル機でありながら、しかも小さ過ぎない、必要十分な画面サイズとキーボードサイズを持つフルスペックのデスクトップ機でもある理想のPC、リブ100なのである。)却下。他の(FTOSHIBAの会議室で紹介されている)方法も、どうもトリッキーで不安である。12Gなり20Gなりを認識して使えるのだろうが、どこか砂上楼閣の気配がある..(ちなみに、ディスク圧縮という選択肢は、はなから考えていない。砂上楼閣どころでは無いからだ。)

 ここは考え方次第だ。現実に、今の6.4Gでは狭過ぎるのだから、これは拡張しなければ仕方が無い。その一方で、8Gでは足りないからと言って(不自然な手段を無理矢理使って)12Gにしても、(8Gで辛抱出来なかった以上、)いずれ必ず12Gでも足りなくなるであろう。20Gでも同様。ならば、その時その時でコストとのバランスを勘案して、(最適な)環境に改善していくしかないではないか。ここは、8Gを買うべき局面だ..

 kakaku.com で、2.5インチ、9.5mm厚のHDの相場をざっとチェックしてから、出動。まず、コンプマートへ。この仕様を満たす在庫は、一番手頃で信頼もおける(と判断した)IBMブランドのDJSA−210のみ。価格をチェックしてからOAナガシマへ..

 ..向かう途上で、ハニーコーエイへ寄り道。先日発注しておいた「VIDEO BOX」10個を引き取る。プラスチック製の積み上げられるタイプで、私が予定している主たる用途は、ビデオではなくB6版の書籍である。これ(B6版)がやたらと(中途半端に)書棚を占有しているのが、私の書斎の悩みの種だったのだ。こいつらをこのプラスチックケースに詰めて、押入の中なりテーブルの下なりに積み上げられると、書棚がかなり(しばらくの間は)楽になる。

 しかし、頼みもせんのに、いきなり領収書を書き始めるのはやめてくれ。業務用じゃないちゅうに [;^J^]。さらに多少の野暮用の寄り道をしてから、OAナガシマへ。うーん、手頃な在庫無し。IBMのも無し。で、結局、コンプマートに戻って、DJSA−210を買う。(これは実は8Gではなく、10.4Gである。)

 帰宅してから、DVD−RAMに(ドライブCを)VFATBAKでフルダンプ(5時間)。FDISK(ドライブCに2.6G、ドライブDに5.4G)&フォーマット。(今回の主眼は、ドライブDの+0.6Gではなく、ドライブCの+1Gである。)DVD−RAMからのVFATBAKリストアコマンドを叩き込んでから、就眠。

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*2000年11月12日:6.4G → 8G、つづき


 起床した時点で、ドライブCのリストアは終わっている。ざっと動作チェック。OK。(備忘:FAT16のファイルシステムからFAT32のファイルシステムにVFATBAKしても、問題無し。)

 ドライブDのコンテンツを復元。ここは携速98の管理下にあるCD−ROMイメージの倉庫なのである。(これまでよりも0.6G広いので、常駐させておくCD−ROMの取り合わせを、少しだけ変更する。)また、これ以外にも、いくつかの巨大ファイルが置かれている。例えば、松嶋菜々子のキャンギャル時代の(水着)AVIファイル等..誤解しないでいただきたいが、購入した雑誌に附属していたCD−ROMに、たまたまこれが収録されていたので、念のためにバックアップしておいたまでである。(どういう雑誌だ [;^J^]。)

 ..完全に「問題無し」とは言えない。以前にも書いたと思うが、Win95 OSR2は、FAT32のサポートが、やや中途半端なのである。つまり、DOS窓で、正しい残り容量を表示出来ない。ほとんど常にDOS窓で作業している私としては、いささか不便なことなのだが、当面は、残り容量に(かなり)余裕がある..つまり、残り容量をそれほどシビアに気にしなくてもいい身分に(儚い幸せだとは重々承知しているが)なったことだし、DOS窓ではなく、エクスプローラー上では、正しい残り容量がわかることだし、そんなに深刻な問題ではない。

 ネットで、聖レイの「セクシャル女学生」と「蜜壷あそび」を発見、即発注。このネット古書店で聖レイを購入するのは、確かこれで計6冊である。(少なくとも聖レイに関する限り)穴場なのだが、ここの在庫は、実は検索しにくい(というか、ここに在庫されていることが、判りにくい)。古書店系のメタサーチエンジンはいくつかあるが、それらには引っかからず、また、(古書店に特化していない)汎用のサーチエンジンでも、引っかからない。つまり、この店の名前(URL)を知っていて、ここにピンポイントで探しに来る人でないと、見つけられないのである。

 だからURLは、ここには書かない。当たり前である [^.^]。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Nov 15 2000 
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