*1999年07月19日:客層について
*1999年07月20日:無限への陥穽
*1999年07月21日:雷鳴と電光
*1999年07月22日:夏オフの指揮者に選出される
*1999年07月23日:「こうもり」の歌手決定
*1999年07月24日:惑わす者ども:音響地獄
*1999年07月25日:「スプートニク」
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*1999年07月19日:客層について


 車通勤をしていて気が付く、マヌケな存在。それは、(事実上)車専用の道路の脇の、ネオンサインの広告塔である。あっという間に通り過ぎてしまうので、全貌が判らない。少しずつ点灯しているので、肝心要の商品名等の一部しか読めないのである。歩行者なら読めるのだが、この道を歩いている歩行者は、いない。

 同様のものに、(やはり歩行者がほとんどいない)道路の脇の電柱に針金止めされている、ヘルスやテレクラなどの風俗のポスターがある。これも一瞬しか目に入らないので、写真もイラストも電話番号も、きちんと認識できない。もどかしいもどかしいっ(いや、そういうわけではなく [;^.^])。

 ゴルゴ13の、確か「カリフォルニア軍団」だったと思うが、ハイウェイ上でG13を襲撃する集団のエピソード。(正々堂々たる)宣戦布告として、ハイウェイ脇の樹木に一枚、「Danger! G」という紙片を貼っておく。G13は、もちろんこれを認識した。人間離れした動体視力と注意力の持ち主だからである。

 相手をみて広告を打て、といいたい。>風俗業者

 「こうもり」の配役でおおわらわ。アイゼンシュタイン役が、ようやく確保できた。やれやれ、これで一安心。(彼が病欠しさえしなければ。[;^J^])

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*1999年07月20日:無限への陥穽


 澁澤龍彦が幼少のみぎりに深く印象づけられたという、確かコンデンスミルクか何かの罐のイラストの話。女の子が持っている罐に、その女の子がその罐を持っている絵が描かれており、その罐にはまた..という、無限に縮退していくイメージ。

 私にも、似たような記憶(経験)がある。但し私のそれは、より観念的なものであり、また、収縮(あるいは拡大)という方向性を持たず、無限に反復を繰り返すものである。

 小学校低学年の頃だったと思うのだが..親に連れられて乗っていた地下鉄の車中で、斜め向かいに座っていた30前くらいの女性と、偶然、目があったのである。

 うぶな私は、もちろん、すぐに目をそらした。彼女も特に私を認識した気配もなく、しばらくして、彼女の方にそっと視線を戻した時には、既に目を閉じて眠ってしまっていた。

 起こった事実は、ただ、これだけのことであるのだが..

 ..私は、なんとなく恥ずかしく、「この女の人に、『この子は、私の顔を見た』と思われているだろうな..」と、思ったのである。

 しかし聡明そうな彼女のこと。そういう私の思いも読んでしまったのではないか、と気が付いた。

 そこで、「「「この女の人に、『この子は、私の顔を見た』と思われているだろうな..」と、思っただろうな..」と思われているだろうな..」と、思ったのである..

 ..私は、愕然とした。

 「止まらない」のである!

 ここまで「思って」も、その「思い」は事態を全く進展させておらず、当然のように、私はさらに、「「「「「この女の人に、『この子は、私の顔を見た』と思われているだろうな..」と、思っただろうな..」と思われているだろうな..」と、思っただろうな..」と思われているだろうな..」と、思ったのであるから。

 かくして私は、幼くして、「無限の反復」という概念を体得したのであった。

 「こうもり」の配役でおおわらわ。オルロフスキーとアイゼンシュタインは、なんとか目処がたったが、全ての配役がフィックスしているわけではない。「仮決め」になっているところも多いのだ。

 今年の夏オフは、他にも「ヴェルディのレクイエム」「モーツァルトのレクイエム」「ラターのレクイエム」「ラモーの歌劇の一部」、と、声楽の大作が目白押しで、他の曲の出番とバランスを取らないと、一部の歌い手に負担がかかってしまうのである。

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*1999年07月21日:雷鳴と電光


 有休を取って、大忙しの上京である。7時14分のひかりだが、その1本前(7時6分)のひかりに、中学生だか高校生だかの私服の女生徒の集団が、大騒ぎしながら乗り込んでいた。引率らしき大人がひとり。察するところ、林間学校といったところか。そうか、夏休みが始まったのか..(ケッ! [;^J^])

 国会図書館で、久々に手塚治虫調査。ここのところ停滞しているのだが、夏オフの準備に忙殺されているのだ。仕方がない。(意外に思われるかも知れないが、仕事だって、していないことはないのである。)「BIG TOMMOROW」「IS」「PHP」「Telepal」「THE GOLD」「TOP」、と、アルファベット系の雑誌に掲載されたエッセイや対談をチェック。「週刊宝石」、及び「毎日中学生新聞」の連載インタビューもチェック。

 参考図書室で「国語大辞典」(全1巻)を「日本国語大辞典」(全20巻)と照合チェック。やはり、かなり情報量が違うなぁ。

 11時半に退館して、現代マンガ図書館へ。「冒険王」「まんだらけ カタログ」等を軽くチェック。これも手塚治虫絡みである。

 神保町へ。コミック高丘で水木しげる(「墓をほる男」)。諸星大二郎(「諸怪志異 3」)は、来月(以降?)に発売延期。

 徒歩で秋葉。石丸でシベリウスを1枚。チチブでリブ100用大容量バッテリパックを2本。これは先週、電話して取り置いてもらったもの。取り置くまでもなく、この店にはいくらでも?あるようなのだが、世間的には、(とっくに生産完了で)在庫が無いのである。リブ100は、あと2年以上は使うと思う。(メーカーを問わず、現行のPCでは、他の選択肢が無いのだ。)たかがバッテリーが入手出来なくなった位のことで、他機種に乗り換えざるを得なくなったら、泣くに泣けない。今のうちに買い溜めておかないと。

 地下鉄で銀座ヤマハへ。「こうもり」のボーカルスコア(音楽之友社版)を購入。私はスコア(総譜)を持っているので不要なのだが、夏オフでは(ソリストも含め)ほとんどの声楽陣は、このボーカルスコアで歌うはずである。私の総譜と不整合があったら、困る。そのチェック用である。

 渋谷。まず靴磨き。(実は、都内で靴磨きをしているところは、ここ(ハチ公口の先)と、東京駅八重洲口しか知らないのだった。)この頃から、奇妙な物音が気にかかってきた。ガード下だから電車の音かと思っていたのだが..

 ..違う。雷鳴だ! いつのまにやら暗雲がたれこめ、強烈な「雷鳴と電光」が!

 物凄い音量である。「電光」がまた、半端ではない。空全体の明滅。また、ビルの谷間の彼方の空に、実に姿の良い稲妻が走る。

 水滴は、まだ落ちてこない。急ぎ足で東急ハンズへ向かい、「こうもり」用のマスクを購入。懐中時計は高くて買えない。

 はす向かいの「まんだらけ」へ向かう最中に、ついに、空の底が抜けた。間一髪、ビルに飛び込む。「漫画の手帖」のバックナンバーをしこたま。とり・みきの漫画単行本の“(未入手本の)最後の1冊”「The Very Best of るんるんカンパニー 3」を、ついに発見! つい1〜2日前に、漫画以外の単行本の“(未入手本の)最後の1冊”「しりとり物語」を、インターネットで発見して発注したばかり。これで全部揃った! ご祝儀に、「The Very Best of るんるんカンパニー 3」の隣りに並んでいた「RARE MASTERS」の新装版まで買ってしまう。表紙が違うだけなので、新刊で買う気にはなれないが、古本ならいいでしょう。

 豪雨が小やみになったところを見計らって、渋谷駅へ。(折り畳み傘は鞄の中に入っているのだが、あと始末が面倒な「三段折り畳み傘」なので、できるだけ使いたくないのだ。)代官山から徒歩でEスタジオへ。

 夏オフの準備オフのひとつであるところの、合唱譜読み会である。早めに着いたので、「こうもり」のスコア(オイレンブルク版)と音楽之友社版ボーカルスコアの照合を始める。終わらせる前にみんなが集まって来たので、前半の照合のみで中断したが、早くも不整合箇所が見つかった。この作業、やっておいて良かった。

 合唱の方だが、ボイトレのブランクも長いし、そもそも全然譜読みの準備をしていなかったので、まるで歌えない [;^J^]。(「こうもり」ですら [;^J^]。楽譜と人の手配で手一杯で、歌う準備に割く時間などなかった。)これから当日まで、シンセの仕込みもあるし、今年は歌う方は諦める、とは言わないが、ま、歌えそうな曲の歌えそうなところだけ拾う、ということで。

 いつもの店(店名、失念)で、反省会。23時ジャストに退出。恵比寿駅に出て、東京駅着23時29分。あとは「ムーンライトながら」で浜松へ。(「ながら」車中で眠らずに、先週分の日記を書き続ける。朝までにアップしないといけないのだ。[/_;])

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*1999年07月22日:夏オフの指揮者に選出される


 夏オフで、「交響詩 前奏曲」(リスト)の指揮者に選出された [;^J^]。準備している時間はあるのか? 本当に?(今日なんか、これだけしか書いている余裕がないというのに。)

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*1999年07月23日:「こうもり」の歌手決定


 「こうもり」の歌手を決定する。22日中に発表、という当初のスケジュールに遅れること、数時間。まぁ良しとしよう。(夏オフ2日目(8/1)に上演するのだから、これ以上発表が遅れると、歌手の準備が間に合わない。)

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*1999年07月24日:惑わす者ども:音響地獄


 朝いちで会社へ。8:30に電源工事で停電するので、それまでにサーバー等をシャットダウンしなければならないのだ。(こういう場合は、前夜のうちににシャットダウンしておくのが常識だと思うが、今、いくつもの製品が追い込みにかかっていて、それらのチームは、思うさま深夜残業しているのだ。彼らが帰る時刻まで、付き合っていられない。)

 シャットダウン。予定どおりの時刻に停電。そして..季節はずれの秋の虫を思わせる風情で、いっせいに、無停電電源装置群のアラームが..[;^J^]

 消して帰れよ、消して! [;^.^]凸

 今日の停電は終日続くので、放置しておくと、無停電電源装置のバッテリーがあがってしまう。仕方がないので、パワーオフして回る..

 ..これが、実に難航した。

 サーバーを保護している、一昔前の大型タイプの無停電電源装置は、いいのだ。かなりの大音量で、「ジリジリジリジリ」鳴っているので、すぐに場所が判る。(それにそもそも、自部署のサーバーの無停電電源装置は、シャットダウンする時に(私の手で)パワーオフしている。パワーオフしていなかったのは、隣りの部署のサーバーの無停電電源装置である。)

 問題は、各自のPCやMacを保護している、(超)小型の無停電電源装置である。こいつらも、アラーム音を発してはいる。しかし、サイズ相応に小さな音量で、「ピーー........ピーー........」、と、囁いているのである。(大体、いつの間に、こんなに無停電電源装置が増えていたんだ? [;^J^] 廉価なためか資産登録もされていなかったので、全く把握できていなかった。)

 しかも、(これが問題なのだが、)実に「定位感」の曖昧な音なのである。どの方向から鳴っているのか、判らないのだ。ゆっくりと歩きながら耳をすませていると、前方から鳴っていたはずの音が、一瞬のうちに背後に回り込む(ような気がする)。歩いていると危ない。直ちに足をとめ、目を閉じて全神経を耳に集中する。そして、5秒/30度ほどの時間をかけて、レーダーのように全方向スキャンをする..

 ..さらに、確かにこの机の上に違いない、と、見当をつけてからがまた、容易ではないのだ。なぜならあまりに小さくて、積み上げられた書類や機材の陰に、隠れてしまっているからである。また、正面から見たその姿は、一見して、LANのハブやハードディスクと区別がつかない。どうかすると、「ディスプレイ台」に擬態している..それを、ひとつずつ突き止めては、息の根を止めていく..

 ..かくして、快晴の休日の朝も早くから、私は会社で、ひとり、白土三平していたのであった。

 「こうもり」のオイレンブルク版スコアと音楽之友社版ボーカルスコアの照合を進める。「前奏曲」の振り方の検討をする。夏オフ関連のもうひとつの重要業務である「3分間指揮者」の選定をする。(今夜発表である。5人の候補者から4人を選ぶことになり、ちょっと、しんどかった。[;^J^])。ようまぁ、色々な仕事を抱え込んだものだ。(他にもまだあるのだが。)シンセの仕込み手つかず。といっても、音色については、ほとんど問題なし。例年担当しているノウハウの積み重ねは、ダテではない。唯一問題になるのが、「ツィター」である。「ウィーンの森の物語」で必要になるのだ。本物のツィター(及びツィター奏者)が参加してくれれば、もちろん出番は無いのだが、どうも見込みは薄そうだ。何が問題かというと、私自身、ツィターの音色を良く知らないのである [;^J^]。まぁ、なんとかしましょ。

 先週、「ヘルマスに乾杯!」で紹介した、「銀河パトロール隊」(E.E.スミス)に於ける、アリシア人と対決するヘルマスの勇姿。さる方からメールで、ふたつのエピソードが混じってるよ、と、指摘された [;^J^]。もうだめだめ、私の記憶機能 [;^J^]。

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*1999年07月25日:「スプートニク」


 先週、「“「ブレードランナー」異聞”の真相」で紹介した、偽書(冗談本)「スプートニク」(スプートニク協会+ジョアン・フォンクベルタ著、菅啓次郎訳、筑摩書房)を読む。(届いたのは2日ほど前だが、ようやく、読む時間を取れた。)

 なるほど。既にフィクションだと知っているのだが、その先入観をさっ引いて、極力白紙の状態で公平に眺めてみても、実に「胡散臭い」本である [;^J^]。とにかく、この宇宙飛行士のゲジゲジ眉毛と笑顔が、怪しいのだ [;^.^]。

 比較的薄味だが、そこそこ面白い。が、必読とは全く言えない。買って損はしなかったが、お薦めはしない。読もうと言うのなら反対しない。

 (例の「とてもあんたたちに信じてもらえないようなものを見たのだ。… もう死ぬときがやってきた」というセリフは、私が想像していたほど、ロマンティックな状況で語られた言葉ではなかった。これが、唯一残念な点であった。)

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 28 1999 
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