*1998年12月28日:武器としての「笑い」
*1998年12月29日:伊勢丹古本市/「マンガのかきかた」/帰省
*1998年12月30日:ピエロについて
*1998年12月31日:紅白歌合戦 '98
*1999年01月01日:中井英夫の青春
*1999年01月02日:新年R亭オフ
*1999年01月03日:W君の墓参り
*目次へ戻る *先週へ *次週へ


*1998年12月28日:武器としての「笑い」


 ネットニュースのニュースグループ、あるいは、掲示板、ML、パソコン通信の会議室などなどの「場」に、「騒動師」が飛び込んでくることが、しばしばある。大概の読者には、思い当たるフシがあるであろう。そして、その「騒動師」を「追い出す」ことが、いかに大変であるかということも、実感されているはずだ。

 なにしろ、「場」を「荒らす」こと自体が目的の愉快犯であり、まともな(論理的に筋道の通った)議論をするつもりは、はなから持ち合わせていないのだから、正論で立ち向かっても無駄である。正攻法で説き伏せることは、ほぼ不可能に近い。

 彼を「追い出す」、単純で有効な方法が、ひとつある。

 それは、「笑う」ことである。

 彼は、要するにヤクザだ。恐れられたいのである。嫌がられたいのである。そして、安物の金メッキで飾り立てた「プライド」を、磨き上げたいのである。

 だから、その「プライド」に、糞尿をぶっかけてやればよろしい。

 彼の発言に対して「失笑」をもらし、(そしてこれが重要なのだが、)読者はみんな同様に「面白がっているよ」、と指摘してやれば、居たたまれなくなって(糞まみれになったプライドの残骸をかき集めて)退散してしまう。私は今までこの手を(少なくとも)4回使い、4回とも成功している。

 但し、これが意外と難しい。

 「失笑」に「リアリティ」が必要なのだ。口先(筆先?)だけで笑ってみせても駄目。同様に、「みんなが面白がっている」ということを、確実に納得させなければならない。これには、その発言単独の文章の技術ではなく、場の雰囲気や議論(というか騒動)の流れを読み、確実なタイミングで「失笑」を打ち込む、という技術が要求される。この「タイミング」が実に重要なのであって、それ故、(本質的に、ただ1枚の「掲示板」である)「パソコン通信」ならばともかく、発言順序どころか、発言(投稿)の到着時刻も、到着の確実性すらも保証されない「ネットニュース」では、非常に難しいのだ。

 結局、ヤクザと渡り合うためには、それなりのスキルが要求されるということ。世の中、うまい話はなかなか無いものである。

*目次へ戻る


*1998年12月29日:伊勢丹古本市/「マンガのかきかた」/帰省


 予定どおり、年末年始休暇を(多少の後ろめたさを残しつつ [;^J^])取れることになった。今日から帰省。

 寝過ごして、(というか、目は覚めたのにフトンから出られなくて、)東名ハイウェイバスに間に合わず、新幹線で上京。差額3700円。フトンの中のヌクヌク10分間の代償が、3700円..

 ..それはともかく [;^J^] まずは新宿。伊勢丹古本市。

 あぁ、なんということだ。街中はそこそこの人出だったのに、伊勢丹デパートの中が「すいている」。そりゃ確かに今日は「平日」だが、「12月29日」に平日もクソもあるか。今日揉みくちゃに混まなくて、一年中のいつ、混むというのだ。不況なんだなぁ..

 あぁぁ、なんということだ。5階の古本市の会場が、マジで「すいている」!

 おかげで、例年は適当にはしょって眺めているところを、全ての(30近い)店舗の棚を、時間をかけてじっくりと吟味できてしまった。副作用として、ひとつの籠の中には入り切れないほどの収穫。被害甚大である。[;^.^]

 主たる獲物は、銀背(ハヤカワSFシリーズ)の25冊。文庫落ちしていないところを、集中的に拾い集める。1冊800円。今の銀背の相場はもっと廉いと思うが、これだけまとまって手に入る機会は滅多に無いので、割り切る。とはいえ、ソ連SFなどのアンソロジー系は2500円乃至3000円で、これは相当迷った末に、見送った。大坪砂男や久生十蘭の全集等も気になったが、同様に見送る。

 どういうわけか、吾妻ひでおの単行本が、やたらと目に付いた。もちろん、私の目は、「吾妻ひでお」という文字列に対して感度が良すぎるのだが、それをさっぴいても多かった。この会場内で丹念に拾い集めるだけで、かなりまとまった「ベーシックコレクション」が作れるほどだ。

 近くまで来ているので、ついでに中野まんだらけへ。漫画の手帖10冊の他、色々と5〜6冊。ここでも吾妻ひでおは、比較的目に付いた。

 「色々と5〜6冊」のうちの一冊は、「マンガのかきかた」(冒険王編集部編、秋田書店)。これは長年、探していたものなのである。(石森章太郎の、有名な「マンガ家入門」(版元同じ)と混同しないこと。)

 実は、そう珍しい本でも無い。それどころか、現代マンガ図書館には、3冊(4冊だったかも?)も収蔵されている。

 ..なぜ、同じ本を、3(4)冊も揃えているのか?

 驚くなかれ、版を重ねる度に、どんどん内容が変わっていくのである。本文はほぼ変更無しだが、サンプル図版(漫画の実例)が、最新の漫画に更新されて行くのだ。

 考えてみれば、無理も無いことである。初版は、昭和37年。ムロタニ・ツネ象やわち・さんぺいが現役の時代であり、手塚治虫のヒット漫画が「魔神ガロン」だった時代である。そんなサンプルが、今の読者に通じるとは思えない。

 そう、なんと今でも現役なのである。(少なくとも、紀伊國屋のBOOKWEBで注文できる。)私が現代マンガ図書館で読んだ、もっとも新しい版(発行年度失念)では、サンプルに「吉田戦車」が取り上げられていた。想像してみて欲しい。「フクチャン」などを題材として「起承転結」の基本を丁寧に説いている漫画の教科書に、「伝染るんです」..[;^.^]

 私がこれを探していたのは、純粋に、ノスタルジーのためである。昭和40乃至41年頃に読んだのだ。その時の版を読み返したい。「吉田戦車」や「吾妻ひでお」が収録されていると、ノスタルジーに耽れないのである。[;^J^]

 しかし、店頭ではパックされているから発行年度はわからない。手がかりは、裏表紙にある「この本をつくるのに協力していただいた先生がた」の一覧表である。何、協力といっても、あらたに執筆したわけではなく、図版を提供しているだけなのだが、この中に見慣れぬ(新しい)名前があったら、駄目。

 以上、長くなったが、私が今日、見つけた版の裏表紙には、見覚えのある(古めかしい)名前しかなかった。買った。開封した。大当たり! まさに、昭和41年度版であった。

 これで体力が残っていれば、渋谷まんだらけと、3軒茶屋の2階のマンガ屋にも回るのだが、ちょっと..それに後者は伊勢丹に出店しており、美味しいところは店には残していないはず。ということで、素直に横浜の実家へ向かう。

*目次へ戻る


*1998年12月30日:ピエロについて


 ニフの、とあるフォーラムのとある会議室で、ある人がシスオペグループに噛み付いている。こういう話題を(批判的に)取り上げる時は、対象を明示すべきとされているが、実はいつでもどこでも発生しうる(というか、発生している)一般的な種類のゴタゴタなので、特に明示しない。

 要するに、自分の発言が削除されたのは不当なことであるから、削除を撤回せよ、と迫っているのだが..

 彼の主張の当否は、ここでは問題にしない。ひとつ言えることは、彼は非常に「幸福な」ポジションにいる、ということである。彼は、ことある度にシスオペグループ(というより、シスオペ個人)を攻撃しているのだが、彼の内部では、「自分はシスオペ(グループ)に目の敵にされている」「それどころか、多くの読者もシスオペ(グループ)の味方である」「自分はこのフォーラムでは孤立無援である」「にも関わらず、“敵中”で“書き続けている”のだ!」という“物語”が、作り上げられているのである。

 はっきり言って、この“自覚”は羨ましい。

 酔えると思う。

 私にも記憶がある..

 ..中学生の頃に。

 無論、物語は物語に過ぎず、教師も他の生徒たちも、自分を“特別に”敵視したりは(そもそも意識したりは)していなかったのだ。同様に、シスオペグループとしても、「えぇ? 私らは“敵”だったんですかぁ?」としか反応のしようがなかろう。“自意識過剰”という“病(やまい)”は、子どもの(大切な大切な)宝物であり、大人がそれに罹る権利は、本来、無いのだ。

 今回の件で笑えるのは、「削除事件」は10ヶ月も前のことだ、という点である。これは賭けてもいいが、年末になって、今年の発言をMOか何かに整理している時に、この事件に気がついたのだ。噛み付くネタが出来た、という、ウキウキとした高揚が、踊る筆致の行間から溢れ出している。

 幸せな人だ。

 彼は、役に立つ。

 噛み付く内容には、いかほどかの“理”はあるのであって、(今回は、翻訳権の解釈、)それをシスオペグループがチェックするトリガーになっている。このフォーラムは、サブシスたちは着任してからそれほど日は無いが、(とはいえ数年はたっている、)シスオペはかなり長くやっている。(ニフのフォーラムは、大体どこでもそうだが。)長期政権は、必ず“澱む”。その停滞した空気をかき回す“刺激”としては、確かに機能している。

 また、いかほどかの“理”は必ずあるのだが、同時に“オオボケ”をかましているのも常であって、(今回は、翻訳権云々以前に、原文の転載が“引用”の要件を満たしていなかったので、削除されたのである、)これは見世物として、面白い。

 つまり、シスオペグループにとっても、一般観衆(読者)にとってもプラスなのだ。これに加えて、当人も幸せ。三方一両得ではないが、関係者全員、ハッピーなのである。

 「都市と星」(A.C.クラーク)における“ケドロン”(永遠不滅の理想都市をかき回す“ピエロ”)になぞらえると、持ち上げすぎかな。

*目次へ戻る


*1998年12月31日:紅白歌合戦 '98


 というわけで、日本人の正しい大晦日。紅白歌合戦である。

 別に毎年言う必要も無いことだが、特に前半の若手の歌唱力は、壊滅的。音を外している、なんてものではなく、耳コピできないのだ。どの音符を歌っているのか、想像できないのである。いちいち名前はあげないが、グループ系のほぼ全部。バンド系も概して駄目。

 その点、ロートル陣は、さすがに安定している。20年前には全然評価していなかった(好みのタイプではなかった)郷ひろみに、特に感心した。昔ながらのアクションを決めながら、(当たり前だが)ひとつも外さずに歌っている。また、少しも太っていない。プロである。

 これに対して、同様に安定した実力を見せつけた西城秀樹は、ブルドック頬 [;_ _]。さだまさしは太ったというより、喉から上が“膨れて”しまった。仕方ないよね。歳なんだから..

 小林幸子と美川憲一のアレ合戦は、もはや完全に煮詰まり状態。花・鳥・蝶(蛾)というコンセプトでは、これ以上先に進めない。ここは、蝶(蛾)以外の昆虫・節足動物(蝿、蜘蛛、百足など)、爬虫類(アリゲーター、コモドオオトカゲなど)、両生類(ゲコ)等に目を向けるべきでは。粘菌も可。

 華原朋美の「daily news」には驚いた。「ミ、ミ、ファソラシド、ド、シラソファミ、ミ、ファソラソーー」、という、全く盛り上がりの無い、単調な音階の上り下り..楽曲構成的には、これがサビなのだが、まさかそんなことはあるまい、と、最後まで聴いていたら、本当にそうだった。小室哲哉からは、もう何も出てこないのでは。しかも、この音型を歌えずに外すし..(この音型自体が“駄目”だと言っているのではない。70年代前半の(ちょっち“ロリ”入った)“アイドル歌手”ならば、さほど違和感が無いのだ。“華原朋美”という“タレント”の“コンセプト”から、かけ離れている、と言っているのである。その意味では、作曲者の責任ではなく、プロデューサーの責任..って、同一人物か。[;^J^])

 このアナウンサー、(クボジュンと呼ぶ由、)全然知らなかったのだが、なかなかいい味だしてるなー、と、観ていたのだが、どうやら、紅白の視聴率の長期低迷状態に危機感を抱いたNHKが、今年度の紅白の命運を賭けて起用した、最終兵器だったらしい。(その成果が“キノスケ”か。う〜む。)

*目次へ戻る


*1999年01月01日:中井英夫の青春


 新年早々、超快晴。

 中井英夫全集 第8巻(創元ライブラリ)所収の「彼方より」「黒鳥館戦後日記」「続・黒鳥館戦後日記」を読み終える。完璧に感情移入してしまった。

 私は、文学を志したことは無いし、これほどまでに窮迫して借金で首が回らなくなった(挙げ句の果てに、僅かな金を得るために、親友を騙して縁を切った)ことなど、ない。しかし..

 自尊心は高く、己を恃む心は誰よりも強く..しかし、現実の生活では全くの無能力者であり、意志力も自制心も無く、親が身を剥ぐようにして作ってくれた貴重な金を博打に浪費し、そんな自分に対する嫌悪感に吐き気をもよおし..しかも、生活も性格も改善することは全く出来ずに、魂の泥沼を這い回る..

*目次へ戻る


*1999年01月02日:新年R亭オフ


 新年第2日も、超快晴。

 昨年同様、Rさん宅で新年おせちオフ。

 行きの神奈中(神奈川中央交通)バス車内で、傘を販売していることに気がついた。500円。

 素晴らしい。需要は確実にあり、販売方法にも無理がない。これこそビジネス(商売)だ。(ちなみに、「アイデアル」ブランドであった。懐かしい。「ナンデアル、アイデアル」って、あなた知ってる?)

 集まったのは4人。CDを聞きながら四方山話。23時前に辞去。昨年は最寄りのS駅まで送っていただき、そこから電車(待ち時間込みで)20分&徒歩25分で帰宅したのだが、今日は直接自宅まで送っていただいた。15分。S駅よりも近かった。[;^J^]

*目次へ戻る


*1999年01月03日:W君の墓参り


 新年第3日も、超快晴。

 中学・高校時代の友人であり、1978年に水の事故で19歳で亡くなった、W君の墓参り。京浜東北線のK駅で、当時の先生と友人、計3人と待ち合わせ。みんなそろそろ、白髪や皺や、腹部の膨満 [;^J^] が目立ち始めているが、彼は永遠に歳を取らない..

 墓参りを終えてから、K駅前の蕎麦屋で酒。(恐らく)大学一年生のアルバイトであると思われる、清楚で可愛くたどたどしい女店員をからかい、突っ込みを入れる、このオヤジども [;^.^]。歳は取りたくないもんだ。

*目次へ戻る *先週へ *次週へ


*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jan 6 1999 
Copyright (C) 1998/1999 倉田わたる Mail [kurata@rinc.or.jp] Home [http://www.kurata-wataru.com/]