*1998年05月18日:咳、悪化
*1998年05月19日:ある倒錯
*1998年05月20日:苦痛の想い出
*1998年05月21日:捨て身の広告
*1998年05月22日:島本和彦を、買ってしまう
*1998年05月23日:歓送迎会バーベキュー
*1998年05月24日:若けりゃいいってもんじゃない
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*1998年05月18日:咳、悪化


 午前半休をとって、T外科医院でいつもの注射と飲み薬。今回の風邪は、発熱が全く無く、ただひたすら喉の痒みを伴う咳と、くしゃみ。

 残業せずに、おとなしく定時で帰宅。「日本美術館」(小学館)などを読むが、咳が始まると気力が続かず、読書は諦めてフトンにもぐる。しかし、あまりの咳に眠ることも出来ない..

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*1998年05月19日:ある倒錯


 結局昨夜は、ろくに眠れず。真夜中に、苦し紛れに寝酒を飲んで、事態を悪化させた。眠るための寝酒なのであって、眠れない場合、ひたすら酔いが回り酔いが醒めるのに(咳込みながら)付き合わなくてはならないのだ。これは苦しい。

 しかしこの風邪、会社を休んで静養したとしても治る気がしない。また、休んだところで、本を読む気力も出ないので、結局、貴重な有休の無駄使いになる。(本を読む以外の時間の使い方は、時間の無駄使いだと認識しているのであった。)そこで出社。

 ここまで喉風邪を悪化させてしまってから、うがいをしても、手後れではあろう。それはわかっているのだが、しかしやはり気持ちが良い。咳の“巣”を水で洗い流していると、その間だけは咳のことを忘れていられる。少しは効果もあるような気がする。

 こうなると、外出する時も、屋内(自宅、社屋、その他)に入ってからうがいをするのが、楽しみ(励み)になる。ここから、「単にうがいをする原因(理由)を作るというだけのために、外出をしたくなる」フェーズまで、あと一歩だ。

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*1998年05月20日:苦痛の想い出


 ここ数日間にわたって、一日3時間も眠っていない。咳のせいだ。さすがに体力が保たなくなってきた。

 病気のときには、病気の話。

 かつて経験した最大の苦痛、というわけでは無いが、その痛みを期間(約2週間)で積分すると、最悪であった病気について、日記から抜粋する。


* 1995/05/18右脇腹が、しくしくと痛い..
* 1995/05/20T外科に行く。そこ(痛む部位)は肝臓だと言われる。[;-_-] 血液と尿の採取。月曜夕方に結果を聞きにいく。
* 1995/05/21昨夜はろくに寝られず。[;-_-] 痛い痛い。
* 1995/05/22痛みは酷くなる一方。暗い気持ちでT外科にいったら、検査の結果、肝臓ではなく、帯状疱疹とのこと。こんな神経痛を伴う湿疹があるとは..
* 1995/05/23「まだピークはこれからだよ」と言われる [;-_-] が、一週間で治るとのことなので、気が軽くなる。しかし痛い。
* 1995/05/24刺しこむ痛みから鈍痛にかわり、かゆくなってきた。治りつつあるのだろう。
* 1995/05/27神経痛が治まらない。後遺症が残るかも。[;_ _]
* 1995/05/30痛みの治り方が遅いので、背中に注射をしてもらう。
* 1995/05/31痛みは相当治まった。[^J^] 一応、治療は終えて、様子を見る。
* 1995/06/01う〜む、痛みが少し悪化している。今日明日我慢して様子を見る。
* 1995/06/03やや二日酔い気味でまいったが、帯状疱疹の痛みは、殆ど消滅。[^O^]


 最初に肝臓を疑った時点では、本当に目の前が真っ暗になった。22日になって、肝臓はなんともない、と告げられた時も、しかしこんなに、腹の底から(筋肉の奥深くから)痛いのに..と訴えたら、じゃあ、ちょっと見せてご覧、となり、シャツを脱いで背中を見せたとたんに、聴診器も当てずに、「あ、なぁんだ、その疱疹だよ」。

 目が点、とは、このことである。


* 帯状疱疹粟粒から小豆大の水疱性の発疹が一定の末梢神経の走行に沿って帯状に生じる皮膚病。水痘帯状疱疹ウイルスによって起こる。(「大辞泉」より)


 “そこ”が、虫に刺されたように、小さくプックリ紅く腫れていることは、最初から判っていた。しかしこれが、この苦痛の原因であるとは、全く、夢にも思わなかった。

 大体、理不尽である。疱疹は、皮膚の表面の疾患なのだから、皮膚表面の痒みなり痛みなりの原因であるべきである。何故、この疱疹自体とは部位の異なる、もっと肉の深いところからの苦痛を、引き起こしうるのだ?

 この病気は、一生に一度しか発病しないと言う。また、発病するのは、7〜8人にひとりの割合だそうだ。

 苦痛は、分かち合いたいものである。それが共感を呼び、心と心をつなぐ、架け橋となる。

 あなたが、その、7〜8人のうちの、ひとりでありますように。

 いまだ罹患していないとしても、いつか必ず、発病しますように。

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*1998年05月21日:捨て身の広告


 朝刊を開いて、目を疑った。SEGAの全面広告。

 矢尽き刀折れ、死屍累々たる戦国の戦場。


「セガは、倒れたままなのか?」


 ..ベータの轍を踏むぞ。


「ベータマックスは、なくなるの?」


 ..という、逆説的全面広告が、(翌日以降、確か4日連続の広告で、「答えはもちろん、ノー」、と、セルフフォローしたにも関わらず、)VHSの攻勢に苦しめられていたベータの息の根を、最終的に止めてしまったという故事を、知らんのか。(この有名な広告を企画した“切れ者”は、ただちに飛ばされたか馘になったかした、と聞く。)

 極めて危険な状態である。超強力な、ソフトなりハードなりの実弾を、隠し持っているのならともかく。なんにせよ、明日の朝刊が楽しみだ。

 咳が酷いので、T外科医院で咳止めの注射を打ってもらう。マキシピーブという抗生物質。少しは楽になったが、止まったわけじゃない。

 久しぶりに、古書店G。「高橋葉介作品集 3」を確保。これで、朝日ソノラマの全20巻の作品集のうち、残るは6、10、11巻だ。

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*1998年05月22日:島本和彦を、買ってしまう


 確かに少しは咳が楽になったが、風邪自体は治っていない。

 SEGAの広告。


「11月X日 逆襲へ、Dreamcast」


 ..うーーん。11月発売とは、少し先過ぎないか? 半年後だよ? ハードの性能は、なかなか素晴らしいようだが..

 理想は、発表即発売だろう。自動車業界ではそうだと聞いている。われわれの電子楽器業界でも、可能な限り、発表とデリバリを近づけるよう努力する。理由は自明。現行製品が止まってしまうからだ。逆に、売れ行きが止まるような自社製品が無い場合(例えば、その分野に新規参入する場合など)は、早目に情報をリークすることもある。ライバルメーカーの商品の動き(売れ行き)を、牽制するためである。

 つまり..サターンはもはや、止まっても構わないくらいにしか、売れていないということか?

 私自身、ゲームマシンユーザーではなく、プレイしたことも無い。初代ファミコン(スーパーファミコンにあらず)すら、触ったことが無い。だからゲーム業界事情については、全くの野次馬に過ぎないのだが..3社鼎立が、この業界のダイナミズムを生み出していたのだ。ソニーの一人勝ちは、誰にとっても望ましいことではない。(PC業界の現状を見よ。)セガの“逆襲”を、心の底から、応援する。

 帰宅時に、会社の隣(といっても、直線距離で500mほど。車通勤なので、こういう距離感覚になる)の古書店Mで、島本和彦の、「ザ・島本」と「無謀キャプテン 全2巻」と「炎の信長」と「ガレキの翔」と「トリックハンター ジョウ」と「流れ星のジャッカル」を買う。

 10年くらい前までは、少年サンデーを毎週(すみからすみまで)読んでいたので、島本和彦は、よく知っている。好きな漫画家である。が、単行本は1冊も持っていなかった。

 よくあることだ。私は、コミックスを買うにあたっては、非常に精選する。基本的に“買わない”前提で、書店で選ぶ。それは..1冊でも買うと、その作家の単行本を、徹底的に追いかけてしまう病癖があるからだ。吾妻ひでお、諸星大二郎、とり・みき、唐沢なをき、鶴田謙二、高橋葉介、などなど。(簡単にコンプリートが揃う漫画家の場合、それほど入れ込んでいなくても、全部買ってしまうことすら、ある。上野顕太郎が、その例である。)

 従って、多分に逆説的であるが、全作品どころか、その漫画家の、ごく一部の作品しか持っていない場合..私は、その作品を、きわめて高く評価しているのである。その1冊を買ってしまったが最後、全作品を揃えたい、という欲求が必ず湧き起こり、しかも、それが満たされない(実現できない)ことが、ほとんど約束されている、それなのに、買ってしまったのだから。桑田次郎の「デス・ハンター」、永井豪の(各種)「デビルマン」「凄ノ王」「バイオレンスジャック」、などなど。やや例外的なのは手塚治虫で、講談社の全集、全400巻は揃えているが、それ以外は、全集未収録作品を含む単行本の他は、出来るだけ買わないことにしている。(数十冊しか持っていない。)文字どおりの底無し沼だからである。

 さて、島本和彦。こういう、そこそこ好きだけど、とても好きというわけではなく、全作品を揃える気には、到底なれないな、という漫画家の場合、たった1冊買うこともできないことは、上記からおわかりであろう。

 ところが、先月、何を血迷ったか「大熱言」(アスペクト)を買ってしまったのである。蟻の一穴は、開いてしまっていたのだ。

 古書店Mに、かなりまとめて美本が揃っていたのも、良くなかった。これでも数を絞って(とりあえず)7冊だけ買ってしまった、という次第。まぁ、どれを読んでも、似たようなもんなんだけどね。[;^J^]

 さて、「ザ・島本」の巻末に、95年10月までの作品リストと単行本リストが掲載されている。この時点で74冊。96年5月の「流れ星のジャッカル」や「大熱言」は記載されていない。(「コミックリスト検索」の出力とマージしたところ、現時点では、90冊弱出ているようだ。)

 こういうリストを手にした場合、チェックマークを入れてしまったら、“負け”である。“負け”なんだってば。[;^.^]

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*1998年05月23日:歓送迎会バーベキュー


 恒例の、春の移動に伴う歓送迎会(を名目とする)バーベキュー。都田川の河川敷。バスで行ける場所なので助かる。(心置きなく飲めるからね。)雨が危惧されたが、蓋を開けてみれば好天。しかも、それなりに雲が広がっていて、汗もかかず、日焼けの心配も全く無い、という、ベストコンディションである。

 よそはどうだか知らないが、われわれのバーベキューのメインディッシュは、サザエである。生きているサザエを、炭火でじっくりと焼き、醤油少々、レモン一滴。これは本当に美味い。サザエの“身”を殻から引きずり出したときの、世にもグロい形状とのミスマッチが最高である。

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*1998年05月24日:若けりゃいいってもんじゃない


 今日は、朝から酷い雨。昨日のバーベキューは、一日違いでセーフだった。われわれの日ごろの行ない、そんなに良かったか?(いやいや、そんなはずが無い。)

 新聞の山を片づけていたら、化粧品の広告が。


「小学生のお肌に戻ります」

 ..それは、ちょっと、戻りすぎでは。[;^J^] せめて女子高生あたりで手を打っておかないと、マーケットが狭くなるような気が。(視点のすり替え [;^.^])

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: May 27 1998 
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