*1997年03月31日:「2.11事件」事件
*1997年04月01日:一周年
*1997年04月02日:「2.11事件」事件の顛末
*1997年04月03日:Y新聞の拡販員
*1997年04月04日:透明な買い物袋
*1997年04月05日:ミッドナイト/プライム・ローズ/ゴブリン公爵、調査
*1997年04月06日:いかにして“値切る”か
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*1997年03月31日:「2.11事件」事件


 BookWebの注文状況確認のトラブルの件について、紀伊國屋からメールが来た。一時的な表示のバグであった由。

 「“手塚治虫漫画全集”解説総目録」の「全集未収録作品リスト」に加えている「2.11事件」だが、これが実は、版によっては「雑巾と宝石」(MT258)に収録されていることが、手塚治虫MLのN氏からのメールで判明した。なんと言うことだ。版による収録作品の違いなど、フォーマット上想定していないぞ。[;^O^] 取り敢えず事実確認をしてから、特記事項の欄でも設けるか..

 ヘール・ボップ彗星の観望会が、浜名湖岸の研究所で、再び行われた。今回は朝ではなく、夜の7時からである。晴れているのは結構だが、風が強くて寒い寒い。しかし実に明るく、尾もくっきりと見える。まことに絵になる、彗星らしい彗星である。震え上がりながら、鍋をつつく。

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*1997年04月01日:一周年


 今日で、この「廃虚通信(幻想日記)」も一周年。なんだかだんだんタイトルと内容がずれて来たような気もするが、そんなことを気にしていたら、続くものも続かない。[;^J^] いや全く、途切れさせずに続けるだけで必死なのだ。[;^J^]

 これなりに、生活の隈取りとして機能しているし、楽しみな面も多々ある。なんとかもう1年、続けてみましょうかね。そして運と気力が続いたら、また1年。そしてさらにもう1年..

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*1997年04月02日:「2.11事件」事件の顛末


 「2.11事件」の件、事情が明らかになって来た。要するに「雑巾と宝石」(MT258)の初版第一刷では収録されていたのに、第四刷ではカットされているのだ。右翼の嫌がらせでもあったとしか思えない。実に嫌な気分である。私も今まで気がつかなった位だから、世間で問題になる可能性は、まず0%だが、間違いなく言論弾圧である。“自主規制”に決まっているが、その方がたちが悪いのだ。

 それにしても、この種の版による内容の違いは、系統だった調査が絶望的に困難である。個人で複数の版(刷)を購入するのは、全く現実的でないし、国会図書館や現代マンガ図書館(あるいは−今のところシステマティックには利用していないが−さまざまなマンガ喫茶)等の施設にも、ひとつの版(刷)しか蔵書されていないはずだ。そして、途中から内容が変わった、などという情報が、出版社サイドから発せられるわけもない。幸いと言うべきかなんと言うべきか、私は、最初の300冊(第3期まで)を、まとめて新古本で購入したため、これらはほとんど全て、1989年から90年にかけての刷である。(これ以降の第4期分は、全て初版第一刷。)この全集を初版第一刷で揃えている人は少なくないので、その人たちからの情報で、少なくとも、初版から89(〜90)年の間に何があったのかを、照合することは、可能である。

 紀伊國屋からメール。「淫獣の幻影」(光文社)「収容所惑星」(早川書房)とも、結局、版元品切れである。後者はまだ、古本屋で見つかる可能性があるような気がするし、早川文庫は再刊・復刊を定期的に行っているので、望みがあるのだが、伝説の紙屑「淫獣の幻影」は、なんともならんかなぁ。[;^J^]

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*1997年04月03日:Y新聞の拡販員


 世間では、公的ヤクザとして認知されているにも等しい、新聞の拡販員。特に、Y新聞の拡販員は、その悪質さで有名である。

 が、私の住んでいる地域では、Y新聞の拡販員は、実にジェントルなのである。(そもそも拡販員は、Y新聞からしか来ない。他社の営業努力を疑う。)やる気がないのではなく、徹底的に弱腰なのだ。こちらが長年A新聞を取っていることを言うと、じゃぁ仕方ありませんね、変更はしませんよね、と、引っ込んでしまうのだ。おいおい、少しは売り込めよ、仕事をしろよ、と、励ましたくなる。[;^J^] あれで飯が食えているとすると、それはそれで殿様商売。無競争状態の淀みもあることであろう。

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*1997年04月04日:透明な買い物袋


 浜松でも、資源物の本格的な分別収集が始まった。「容器包装リサイクル法」(平成7年6月公布、段階的に施行)に基づくものである。良いことである。これに伴って、資源物以外のゴミも「収集作業の安全を確保するために、透明又は半透明のごみ袋を使用してください」ということになり、透明(及び半透明)のごみ袋が支給された。これにも否やを唱えるものではない。「スーパー等の半透明のポリ袋も使用可能です」おおいに結構。

 そして近所の大手スーパーの買い物ポリ袋が、半透明(というより透明)なものに、変更されたのである。ごみ袋として再利用するためであって、“全く”結構なことなのだが、これは買い物をしてから初めて気が付いたことなのだが、そのスーパーで何を買って帰ったか、丸見えになるのである。

 すれ違う人が、何故か私の手元を見て、にこやかに微笑む。町に笑顔を広げると言う意味で、行政の措置とは思えないほど素晴らしいことと思えるが、プライバシーの侵害の様な気もする。[;^J^] 見られては恥ずかしい種類のものを買って帰る時は、買い物籠を持参すること。

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*1997年04月05日:ミッドナイト/プライム・ローズ/ゴブリン公爵、調査


 明日の法事のために、今日のうちに横浜に帰省する。久しぶりの東名バスである..

 しかし、まいったなー。7時前に起きてみれば、今年一番の大雨である。アパートの前の道路が、既に川状態であるのはいいとして(よくない)、ズボンの裾が濡れるどころか、傘を持つ手の袖から肘にかけて、ビショビショになるほど。

 東名バスは、大雨と水飛沫と霧が渾然と混じり合う、白濁した薄明かりの中を走り続け、しばしば視界は200メートルもなくなる。

 劣悪なコンディションのもとで、事故が多発している。東名牧の原と東名吉田の中間あたりで、反対側の下り車線で、10キロメートルを軽く越える事故渋滞。大変だね..と眺めていたら、今度はこちら。東名静岡の手前で1キロ。さらに東名御殿場と東名江田の間で8キロと、連続して事故渋滞。私が見た限りにおいては、どの事故も、ガードレールに突っ込んだと思しき自損事故で、大破ではなく小破であるから、人命には別状は無いのではないか..と、思えるのだが..結局45分遅れて、12時50分に霞ヶ関着。

 現代マンガ図書館では、まず、「ミッドナイト」の再調査。少年チャンピオン、87/01/09号のACT.35である。これの調査が漏れていた事情は、少々ややこしい。[;^J^]

 全集の各巻の巻末に記載されている初出年月日情報から、抜けている号をピックアップし、それらの号を、現代マンガ図書館で閲覧して、内容紹介と解説を書いて、「全集未収録作品リスト」に記載したのだが、この初出情報にミスプリがあり、本当は 87/01/16号に掲載されている作品の初出が、87/01/09号と書かれていたのである。そして初出情報欄を見る限り、87/01/16号が初出であるエピソードは、全集には収録されていないのだ。そこで私は、現代マンガ図書館で(上述のごとく、実は全集に収録されている)87/01/16号を閲覧して、これの解説を起こし、全集未収録作品として、上記リストに登録してしまっていたのであった。

 つまり、87/01/09号のエピソードが、実は全集未収録だったと言う訳である。(このことは、つい最近、手塚治虫MLで指摘されるまで、気が付かなかった。お恥ずかしい限りである。)

 そしてこれがまた実に素晴らしい、怪奇マンガの傑作であった。久しぶりに背筋が凍った。なんだか得した気分である。

 引き続き、「プライム・ローズ」と「ゴブリン公爵」のチェック。現代マンガ図書館で調査可能な長編は、これで全て閲覧しつくした。

 「ブラック・ジャック」以降の、少年チャンピオン連載作品は、ことごとく「ブラック・ジャック」と比較して評価される、というハンディを負っている。結果としてこれを越えた作品は存在しないのだが、それでも「七色いんこ」「ミッドナイト」は、健闘しているというべきだろう。それに対して、「プライム・ローズ」「ゴブリン公爵」は、明らかに落ちる。

 読み切り連載と長編SF連載の違いがあることは、押さえておかないと不公平だろう。結局、「プライム・ローズ」と「ゴブリン公爵」の“弱さ”は、さまざまな構成要素のベクトルがかみ合わずに、互いに殺し合っている点にあるのであって、これは、この両作品に限らず、手塚作品にも限らず、さらに一般にマンガ作品にすら限らず、小説家の小説作品においても頻繁に見られる、“長編SF連載”の業病のようなものであるからだ。マニア受けは難しくないとしても、このジャンルの作品が一般の人気を得ることは困難で、必然的に、打ち切り、あるいは方針転換の圧力にさらされることになる。それによって、(存在したかも知れない)当初の設計は、ぐしゃぐしゃになる。

 「プライム・ローズ」の方は、まだ読めるが、「ゴブリン公爵」の後半の展開、特に結末のつけかたは、もう、正視に堪えないほどの酷い出来なのだ..

 まんだらけのカタログの最初の2巻も閲覧する。現在までに16巻出ているのだが、ここに蔵書されているのは、1、2、8、9、11、16の6巻だけである。残りは国会図書館だな。(1冊2000円以上することはともかく、かなり分厚く、場所を取るので、購入する気になれないのである。)

 5時を回ってから現代マンガ図書館を引き上げ、どこにもよらずに、横浜の実家に、直行する。

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*1997年04月06日:いかにして“値切る”か


 亡父の法事(七回忌)といっても、ピリオドとしてけじめをつけるために行うのであり、もともと無宗教の葬儀でもあった故、寺に行くわけではない。さらに、雨もやまないので、お墓参りも中止して、親族一同集まって、横浜駅のルミネというビルで会食のみ。

 かなり古い世代の人が多く、インターネットを使っていない人がほとんどなので、色々と説明するが、面白いことを指摘された。インターネットショッピングでは、どうやって値切るのか?

 “値切りボタン”をクリックさせても、仕方がないのである。[;^J^] “値切り”という対面販売の“文化”を、ホームページがインプリメント出来ない限り、インターネットショッピングが主流になることは、あるまい。(インプリメント出来ない方が、あるいは、望ましいのかも知れない..)

 珍しくも、東京で用を足さず、素直に新横浜からこだまで浜松に帰る。雨の中をうろうろするのも面倒だったからだ。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Apr 8 1997 
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