2.11事件(サイテイ招待席7)

 下村風介(フースケ)シリーズの一編。ここではフースケは大国主となって、日本史の黎明期で無茶苦茶をやる。

 筏に乗って、日本ならぬ“一本”に漂着した大国主は、現地の兵士に捕らえられ、色情狂の女王(卑弥呼)の面前に引き出されて、あわや一発やられそうになる。大国主はみすぼらしいなりでやって来たとは言え、卑弥呼の見立てでは福相の持ち主であり、側近に取りたてられる。

 当時の一本国は、東と西の人間がことごとに対立して、ついには東西を分かつ壁(バリケード)を作った。これが“二本国(のちの日本国)”の由来である。大国主(フースケ)は、この壁が金を生む、と、ほくそえむ。

 一ヶ月たち二ヶ月たち、壁の東側に住むイナバという乙女は、西側に行きたくてたまらなくなり、東側の男どもをだまして、鰐の頭を踏んで海を渡る兎よろしく、彼らの頭を踏んで壁を越えようとしたが、たくらみがばれ、激昂した男たちに輪姦されたあげく、丸裸に剥かれて西側に放り込まれる。彼女を助けて一発やった大国主は、東側の人間が欲しがっているものを、ベッドで聞き出す。矢尻と槍の先だ。

 女王(卑弥呼)からそれらを廉く仕入れた大国主は、東側にそれらを高く売り、東側からは毛皮を廉く仕入れて西側に持ち帰る。感激した女王は、ご褒美にやらせる。

 大国主は笑いが止まらないが、経済的に劣勢であった東側に武器をどんどん流入させた結果、戦争が起こりうる状況になった。無論、計算済みの事態である。彼は食料を買い占め、女たちを確保すると、2月11日を待った。

 その日、東側の反乱軍が蜂起し、青年将校は正義の名の元に女王官邸を占拠し、女王を殺す。クーデターは成功したが、(大国主が米を買い占めていたので)深刻な食糧難となり、これによって反乱軍は民心を失い、壊滅する。そして飢饉が..

 ここでやおら、大国主は腰を上げた。買い占めた食料を東側に売ったのである。なぜ自分の国に売らなかったかと言うと、それをすると政治問題に巻き込まれるからだ。東側に売ったあと、東側がそれをどう使おうと(恐らく、西側への食糧援助に使い、その代償として西側を支配するだろうが)、それは商人である自分とは、無関係である。

 いまや大国主は得意の絶頂。囲っているイナバは、彼が「2.11」の前に確保した女たちをホステスとして、クラブを経営。そこで遊び惚けている大国主の元に訪れたのが、少産名(スクナビコナ)という小男。彼の債権者だ。そもそも大国主は、故郷で中小企業の経営に失敗して、スクナビコナから逃げ回って、この国に漂着したのであった。

 この国で、トントン拍子に成り上がった大国主としては、スクナビコナが邪魔である。彼と手を切るために、このクラブをママのイナバごとスクナビコナにくれてやろうとしたが、それを物陰で聞いていたイナバは、逆上して大国主を殺す..

 時代は下って1970年。とある商社の朝礼で、訓示を垂れている社長は、スクナビコナの子孫。居眠りをしていたグータラ社員のフースケは、容貌だけは大国主の子孫であるが、貧乏神の眷族としか見えぬ。そしてフースケは網走支社へ飛ばされる。


 凡作である。大国主の商社経営というネタは面白いが、それを補強する周辺状況の設定が、まるで練られておらず、単なるエピソードの羅列に終わっている。時代を現代に戻したエピローグは、完全に意味不明である。これはむしろ、(半ばシリアスな)長編にすべきネタであった。

 気になるのは、「手塚治虫漫画全集」の「雑巾と宝石」(MT258)の初版第一刷(82/10/20)には収録されていたのに、第四刷(89/08/30)ではカットされていることである。右翼の嫌がらせでもあったのだろうか? 卑弥呼を色気違いの年増にした位のことで、単行本から削除されてはたまらない。(建国記念日の「2.11」が初出誌の発売日であるというところから発想したのだと思うが、これと「2.26事件」を絡めて漫画の題材にすることに、何の問題があろうか。)


*「フースケ」(奇想天外文庫)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Apr 8 1997 
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