ブラック・ジャック 3

*友よいずこ

 瀕死のクロオ少年を手術する、本間医師。新鮮な皮膚が必要だ。移植するための皮膚が。しかし見舞いに来ていたクラスメートたちは、皮膚の提供をつのられると、薄情にも、みんな逃げ帰ってしまった。ひとりだけ残して。皮膚の提供を申し出たのは、肌の色が違う混血児の少年、タカシだった。彼の臀部から剥がされた皮膚は、クロオの左頬に貼り付けられ、そして手術は成功した。しかし、リハビリを終えたクロオが学校に帰ったときには、タカシはどこかに転校して、連絡が取れなくなってしまっていたのである。

 色違いになった顔。しかしそれは、ブラック・ジャックにとっては大切な、かけがえのない友情のしるしなのだ。気味悪がられても歯牙にもかけず、形成手術をやりなおしたまえという薦めにも、耳を貸さない。そしてタカシを、世界中探し歩いたのだが..

 タカシは居場所を、転々と変えていたのだ。ついにアルジェで手がかりをつかんだブラック・ジャックのもとに、タカシから手紙が届いた..

 彼は、“地球の病気を治す医者”になっていたのだ。地球は病気にかかっている。地球を病気にして殺そうとする黴菌どもをつぶして、地球を蘇らせる医者が必要なのだ。たぶん、ブラック・ジャックとは、もう会えない..

 数日後、アルジェで、自然保護運動のグループが暗殺されたことを、ブラック・ジャックは知った。アフリカに原子力基地をつくる計画に反対していたのだ。その犠牲者のひとりが、タカシであった..ブラック・ジャックの頬の、色違いの皮膚は、タカシの形見になったのだ。そして、地球をなおす医者が必要だ、というタカシの手紙も..

 作者は、ブラック・ジャックの連載開始にあたって、(何しろ当初は、ごく短期間で終わる予定だったのだから、)細部の裏設定をほとんど詰めずに、行き当たりばったりで始めたらしい。頬の色についても、まず間違いなく、何も考えていなかったはずだ。しかしそれに「後付け」の由来を与えた、このエピソードは、疎外された少年同士の友情を描く、佳作となった。

*ダーティー・ジャック

 幼稚園児の遠足バスとブラック・ジャックの車が、トンネル事故で閉じこめられた。園児5人が死亡し、怪我人も多数。しかし薬も道具も無く、ブラック・ジャックも手当できない。

 バスの運転手は、一同を見捨てて出口を探しに行くが、(サファイア演ずる)先生は残って、暗闇の中で子どもたちを懸命に慰める。

 しかし完全に閉じこめられているのではないようだ。空気は流れ込んでいるし、壊れた車も燃え続けている。どこかに小さな通り道があるのではないか? かすり傷で助かった、元気でわがままな社長令息。彼を助ければ、相当な謝礼が出るだろう、と、ブラック・ジャックは、園児の中から彼だけを連れて(こっそりと)出口を探しに行った。事態を知った先生は、礼金目当てのブラック・ジャックの行動に対する軽蔑を隠さない。

 ブラック・ジャックは、少年を連れて脱出口を探し、外界に通じているらしい穴を、ついに見つけたが、それは狭すぎて、ブラック・ジャックには通れないものであった。こういう場合のために、元気で小さい子どもを連れて来たのである。ブラック・ジャックは、恐怖にすくむ少年を張り飛ばし、必要な医療器具と薬のリストを持たせて、無理矢理その穴にもぐり込ませた。紐をつけて..

 決死行の末、少年は外界に脱出することに成功し、その紐には、薬と医療器具の袋が結びつけられた。それを引っ張り戻したブラック・ジャックは、先生と園児たちのもとにかけもどり、誤解を解いた先生と共に手当を開始するのだが..燃えながら流れてきたガソリンから、薬の袋を救おうとして、先生は焼け死んだのだった..

 このエピソードにおける「幼稚園の先生」は、(「リボンの騎士」の)サファイアの、代表的な名演技のひとつ。ブラック・ジャックが金に目が眩んで卑怯な振る舞いに出た、と、思いこんだ彼女が、


「もし生きて出られたら…、あの人にツバをはきかけてやりたいわ」

と吐き捨てるときの表情の凛々しさは、クラクラする [;^J^] ほどのものである。

 だからこそ、彼女の、必然性の無い突然の死に、釈然としないものを感じざるを得ない。大体、どう考えても、ブラック・ジャックですら命を救えないほどの重度の火傷を負っている時間は、無かったのだ。

 ついでにあら探しをすると、暗闇の中、大人が通れない狭い穴の中を、幼稚園児にもぐらせたのだが、まさに命がけの大冒険をさせた訳である。結果オーライとは言うものの、彼が、局所的な落盤事故で命を落としたり、あるいは、(閉所恐怖症などの)後遺症が発症したりしても、全く不思議では無い状況であった..

 ..とまぁ、例によって、重箱の隅をつつきだせばきりがないのであるが、実に感動的なエピソードである。閉塞空間でのパニックを描く筆のスピード感もあろうが、しかしやはり、サファイアが光る。

*ある教師と生徒

 久男少年は、ほとんど登校拒否状態だ。担任の村正先生が恐いのである。成績の悪さを、「低能、幼稚園へ帰れ!」などと、徹底的にしごかれるからなのだが、それは実は、先生なりの、言葉で殴りつけることによって、発憤して勉強してくれれば、という愛情なのであった。だから毛虫のように嫌われても、村正先生としては構わないのだが..しかし、そんなファイトのある生徒ばかりではないのである..

 病気になりたい..怪我をしたい..そうしたら、長いこと学校に行かなくてもすむ..そう思い詰めた久男は、ほんのちょっと怪我をするつもりで、ノロノロ走っている車に、ぶつかりに行くが..その車は、急に走り出したのだ。

 瀕死の重傷を負った久男少年。足を二本、手を一本切らなければならないと聞いて、衝撃を受けた村正は、ブラック・ジャックに電話をするが..彼の返答は、手術代は一千万円、それも即金、というものであった。どうやって、そんな金を作る..? そして先生は、久男の母親から、久男が本当に学校を嫌い先生を恐ろしがっていたことを聞き、さらに、どうやら、子どもから車に飛び込んだ、すなわち、自殺(あるいは自傷)を計ったらしい、と聞いて、衝撃を受ける。

 その頃すでに、ブラック・ジャックは病院に到着して、診察を始めていた。手足を切らずとも救える..その時、学校の先生が病院の前で車に飛び込んだ、という知らせが。村正だ。自分の生命保険金、一千万円で、久男の治療を、と..ブラック・ジャックは、生徒と先生をともども救い、ふたりは同じ病室で入院生活を送ることになった。村正はベッドで授業を続けるが、結構、うまくいっているようだ..

 久男の絶望(登校拒否)には、感情移入出来る人が多いのではあるまいか。私はいわゆる「成績のいい子」だったので、教師にしごかれたことはなかったし、「イジメ」も全く知らない。だから、登校拒否というテーマを、本当には理解できないのだが。

 自分の言葉によって、人を自殺未遂に追い込んだという意味では、村正もブラック・ジャックも同罪である。こういう、シンプルな「対称性」(あるいは「反復」)は、短編をすっきりとまとめる「定型」に近い。(「起承転結」みたいなものである。)

 印象的なシーンを、ひとつ挙げておこう、電話による村正からの依頼を(事実上)断ったブラック・ジャックが、手術代が支払われる目処も立たないのに、子どもを救いに病院に向かう。そこに、ふたコマ挿入されるシルエットの美しさ。

*ピノコ・ラブストーリー

 ブラック・ジャックに字を教わりながら、ラブレターを書いているピノコ。もちろん、ブラック・ジャックに(本文も宛先も)見せる訳がない。

 ラブレターを投函しに行く途中、公園で、5歳の少年に誘われたピノコは、こんな幼児とママゴトしていられるかと思いつつも、恋人ごっこをするのだが、「18歳の」ピノコほど「ませて」いない5歳の子どもと、うまく行くわけがない。

 ある日、その少年が、(ピノコの友だちだという縁で)ブラック・ジャックの医院に運び込まれてきたが..なんと、その少年は、内臓全転移症であった。つまり内臓の位置が、全て左右あべこべなのだ。胆嚢か胆管が悪いらしいが..ブラック・ジャックは困惑する。人間の体の中が手に取るようにわかり、「血管一本、神経一本でも、どこを走っていてどうからみあっているか知っている」ブラック・ジャックとしても、それが全く逆だとやっかいであり..むしろ、体が(手が)熟知している、その体内地図の知識が邪魔をするのだ。

 とにかく、手術を開始するが..なにもかも逆の世界に、思うように手を出せないブラック・ジャック。ピノコは一計を案じて、鏡を持ってきた。鏡に写る鏡像(逆の逆だから、つまりまともな配置の内臓)を見ながら、ブラック・ジャックは無事に手術をやり遂げる。おまえの恋人は助かったぞ、というブラック・ジャックに、ピノコは、「恋人なんかじゃないのさ」。

 数日後、ピノコのラブレターが戻ってきた..というか、そもそもブラック・ジャック宛だったのだ。字は間違いだらけだが..そのラブレターに同封されていた四つ葉のクローバーを見て、ブラック・ジャックは、何を思う..

 えっと、考え落ちではないでしょうか。内臓の配置は鏡で「まとも」に戻ったとしても、その内臓に切りつけるメスの動きは(鏡の中では)逆になりますから、やはり手術はしにくいのではありますまいか [;^J^]。こんな揚げ足取りは、およびじゃない? [;^J^](なまじタッチタイピングが出来る人ほど、ほんの少しのキー配列の変化に対応しにくいものだ、と、一般化することは、可能である。)

*その子を殺すな!

 黒人の心霊医師、ハリ・アドラ。彼の心霊手術は、イカサマではない。メスも使わず、素手で患部を掴み出すが、患者の腹には傷跡も残らないのだ。ハリ・アドラとブラック・ジャックの対決(記事)を画策する記者たちは、「無免許の悪徳医師」ブラック・ジャックの名をハリ・アドラに教えて、彼の正義感を焚き付けた。あっさりと乗せられた、ハリ・アドラ。これは記事になるぞ、と、悦にいる記者たち。

 その頃、ブラック・ジャックは、子宮外妊娠の手術を開始していた。X線写真を見る限り、胎児もまともではないし、母胎を助けるためには、胎児を犠牲にする他はない..そこに乗り込んできた、ハリ・アドラ。胎児を殺すとは何事だ、私なら母親も子どもも助けることが出来る、お前は正しい医師ではない、本当の医師ならば、神のおぼしめしどおり、人の命を救うものだ、と。そして、私の手術に口だすな、というブラック・ジャックのメスを、超能力で曲げてしまう。

 ことごとくの手術道具を破壊して、ブラック・ジャックに手術を断念させたハリ・アドラは、心霊手術によって、腹の中から胎児を(殺すことなく)引っぱり出したが..それはなんと、無頭児であった。大脳を全く欠いており、どのみち生存能力は無い。ブラック・ジャックは、叫ぶ。X線像でこのことがわかっていたから、この胎児は殺すべきだったのだ、その方が母親のためなのだ、それとも生かしておくのが神のおぼしめしだというのか、この子がどんな一生を送るというのか! しかし、ハリ・アドラには、この奇形児を殺すことが出来ない..


「おまえさんの能力が神がかりだってことはよくわかったよ。だが医者はな、ときには患者のためなら、悪魔にもなることがあるんだぜ!」

 そしてブラック・ジャックは、無頭児を殺した。打ちひしがれて手術室から出ていく、ハリ・アドラ..

 「心霊手術」というテーマと、「生存能力の(ほとんど)無い奇形児を救うことの(倫理的な)是非」が、いつのまにか重畳されている点が、気にならないことは無いが、かたいことは言うまい。

*六等星

 花火大会。暴発事故が起こったらしいが、それなりに堪能して、星の話をしながら帰途につくブラック・ジャックとピノコ。一等星に比べれば、あるのか無いのかわからない、目に見えないくらい微かな六等星。しかし小さな星に見えるが、それは遠くにあるからだ。実際には、一等星よりも何十倍も大きな星かも知れないたのだ。世の中には六等星みたいに、はえない人間がいくらでもいる..と、ブラック・ジャックは、昔話をはじめた..

 真中病院の新院長を決める、会議と選挙。ふたりの長老、徳川と柴田の争いとなるが、やはり長老である椎竹は、誰にも問題にされなかった。キャリアはあるが、影が薄いからだ。看護婦にすら無視されていたのだ。

 そんなある日、交通事故の現場に行き会わせた椎竹は、手早く的確な措置をして、その場を離れた。やはりその現場に居合わせて、椎竹の、並みの熟練ではない手腕を目撃したブラック・ジャックには、彼がヒラの医局員だということが信じられない。


「なぜもっと地位を望まないのですか?」
「医者は欲が優先しちゃおしまいですよ…ハハ……」

 さて、真中病院の金権選挙は泥仕合となり、贈収賄が繰り広げられ..徳川、柴田以下、主要な医師が、ごっそりまとめて逮捕されてしまった。病院は、上を下にひっくり返した大騒ぎとなり、病院長の臨時の代行だけでも選ばなくてはならないのだが..やはり、椎竹のことは、誰も思い出さないのであった..

 ..ということで、真中病院は、今、大変なのだ、と話をしめくくって帰宅したブラック・ジャックに、その真中病院から電話。先ほどの、花火の暴発事故の患者を回したい、という。とにかく執刀できる医師が、もういないと言うのだが..ひとりぐらいいるでしょう、例えば椎竹先生とか。私に頼むなら、5千万円ですぜ。

 電話は切られ、真中病院では、椎竹による手術が始まった。そしてその自信に満ちた的確な執刀に、皆、目を覚ましたのであった。新病院長として、本当に相応しいのは誰か、ということに..

 ブラック・ジャックの、椎竹医師への共感は、彼もどうように地位など望んでいないからだが、しかし..「なぜもっと地位を望まないのですか?」「医者は欲が優先しちゃおしまいですよ…ハハ……」..ここで、なぜ顔を赤らめる。[;^.^]

 星に例えられたこともあって、静かな感動を呼ぶ佳作。最終頁では、(ピノコによって、)ひとり離れて輝く星がブラック・ジャックに、その隣りの小さな星がピノコに、擬せられている。

*上と下

 とある高層ビルの中で、会社の社長が倒れ、その手術にブラック・ジャックが呼ばれた。RH−(マイナス)型の血液が必要だ。その向かいのビル工事の現場の作業員の力さんが、極めて珍しいその血液型の持ち主であり、彼の提供した血液によって、手術は無事に終わった。(5千万円を要求された会社にとっては、災厄であったかも知れないが。)

 君こそ命の恩人、と、社長は力さんをビルの最上階の高級レストランに招待するが、力さんは(慣れない正装だし)落ち着かないどころではない。そこで、ふたりして力さんの行きつけの労務者向けの定食屋へ行く。サバの煮付け定食がうまい。なかなかくだけた、話せる社長である。

 後日、会社の命運をかけてアメリカとの取引に向かう社長。しかし出発間際に、力さんが瀕死の重傷を負って、輸血を必要としているということを知り..会社か、友人の命か、悩んだ末に、飛行機から飛び降りて病院にかけつけ、間一髪、力さんの命は助かったのだが..

 さらに三ヶ月のち..力さんが携わっているビルの工事は、順調に進んでいる。しかし、向かいのビルの中の、例の社長の会社の中は、既に廃墟状態であった。あの日、取引をすっぽかしたために、会社は左前になり、倒産の日が来たのだ。一文無しになった社長は、例の定食屋に向かうと、サバの煮付け定食を注文する。

 そこに、ブラック・ジャックを伴った力さんがあらわれ、出直しだろ!!手伝うよっ、と、命の恩人の(元)社長を励ます。この先生も手を貸すってさ、と、ブラック・ジャックを指すが..ブラック・ジャックは、手を貸すつもりなんぞない、こないだの手術代のツリを持ってきただけだ、人の世話なんかまっぴらだ、と、小切手を渡して去る。額面、4990万円..

 ビルの最上階に生きる社長と、最下層(あるいは地下)に生きる作業員の、友情物語。ラングの映画「メトロポリス」(1926)を、なんとなく思い出す。

*なんという舌

 全国青少年珠算コンクールで準優勝までこぎつけた、村岡少年。彼は観戦に来ていたブラック・ジャックのもとにかけつけ、感謝の念を隠さない..なにしろ、この手は、ブラック・ジャックの手術によって取り付けられた手だったのだから。少年は、サリドマイド児で、短肢症だったのだ..しかしブラック・ジャックは、休憩後の優勝決定戦は、諦めろ、と言う。その手は、長い運動には耐えられないからだ。村岡少年は、それは承知の上で、しかし優勝してみせる!、とファイトを燃やす。

 彼が去ったあと、この美談を記事にしましょう、と、記者たちがブラック・ジャックのもとに来るが、ブラック・ジャックは、「このことは記事に書かないでいただきたい!」、と断る。


「ねえあんた。全国にはりっぱな腕につけかえられない子どもがゴマンといるんですぜ。村岡くんは特別な例なんだ。村岡くんの記事を書けば、そうでない子どもたちがうらやむだけでしょう。」

 そして、決勝戦が始まる..

 そもそも、村岡少年は、短肢症にも関わらず算盤の天才であった。しかし、算盤を使っていると人に笑われ、恥ずかしいから、もう算盤をやりたくない、と訴え、彼の先生が、ブラック・ジャックに手術を依頼したのだ。ブラック・ジャックは、笑い返してやれないのか、と叱りつつも、手術を引き受けたのだ。

 そして、事故死した少年の腕をつけられた村岡少年は、それから3年間、血の出るような訓練をして、ついに珠算の全国コンクールの決勝にまで進出したのだが..ブラック・ジャックが予言したとおり、連続長時間の酷使には耐えず、ついに腕が言うことを聞かなくなってきた。やはり、無理だったのだ..と諦めかけた彼だったが..

 ..「舌」で算盤をはじき出した! 驚愕する観衆と出題者。「舌で玉をはじいてはならない」というルールは無い、と、審査委員に叱られた出題者は、問題の読み上げを続け、そして少年は(優勝を争う、もうひとりの少年ともども)正解を出した。満場の拍手。少年の先生は、少年がサリドマイド児であり、この腕はつけかえた腕なのだ、という経緯を話した。残りの問題を舌ではじくことを許可してください、と。観客席の拍手に励まされたか、審査委員たちは問題無しと結論して、決勝戦は続く..

 筋を書いていて、ちょっと涙腺が緩むタイプの作品。「笑うやつには笑い返してやれないのか」、と、叱りながらも、ブラック・ジャックが手術を引き受けたのは、かつて、五体がバラバラにちぎれながらも、本間医師につなぎ合わせられた体を、決死の努力で意のままに動くようにしてきた経緯が、彼にはあるからである。彼は、村岡少年が同じ苦しみに立ち向かい、同じ努力をすることに、打たれたのである。

*勘当息子

 架線事故で、雪深い山村の民宿に泊まらざるを得なくなった、ブラック・ジャック。その宿では、今夜はたまたま3人の息子が帰ってくるから、(邪魔だ、)と断られかけるが..お構いしませんが、という条件で、ブラック・ジャックはそこに泊まり、風呂にもありつく。

 その民宿をひとりで守る、年老いた母親の還暦祝いに、息子たちが13年ぶりに帰ってくるのだと言う。三日がかりで作ったごちそうを前に、彼女はうきうきしている。物置を見せてもらったブラック・ジャックは、息子たちが使った勉強机が「4つ」あることに気が付いたが、彼女は、4人目は死んだ、と、口を濁した。

 しかし..不人情な息子たちは、仕事で忙しいから帰省できない、と、知らせてきた。事務的でつっけんどんな電報と電話で。3人とも。

 がっくりした母親は、ブラック・ジャックを相手に、飲み始める。そこに帰ってきた、「4人目の」息子、四郎。彼女は、もう、うちの息子ではないのに、なぜ帰ってきた!と、追い出そうとするが..ブラック・ジャックの取りなしで、上がらせる。

 彼は、勘当息子だったのだ。貧しい農家の四男坊として邪魔者扱いされ、ぐれて悪いこともし、金を持ち出して家出したのであったが..彼だけが、母親の還暦祝いに帰ってきたのだった。(密かに)感激を隠しきれない母親は、しかし腹痛で倒れた。

 かけつけた四郎は、虫垂炎である、と診断した。彼は医者の卵であり、母親の持病を治したいのがきっかけで医者になったのであった。しかしブラック・ジャックの診断では、これは虫垂炎では無い。移動盲腸だ。まぁだまって、私のやることを見てろ、私に手術させなきゃ損だぜ。


「なにしろ私がタダで手術するのは、めったにないことなんだ」

 腹を開けた結果は、もちろん、移動盲腸であった。移動盲腸と虫垂炎の区別は難しいんだ、お前さんは、あと百人も手術すりゃ一人前だよ..

 翌日、ブラック・ジャックの薦めに従って、ここで開業したいという四郎の希望を、母親は受け入れる。ブラック・ジャックは、既にさっさと発っていた。「長居したって一文にもならんからな」。

 ブラック・ジャック・シリーズの傑作のひとつ。(どうも私は、こういう「母もの」に弱いらしい。)実際、身につまされる話である。近頃は滅多に帰省もせず、電話も滞りがちで、親不孝なこと、この上ない..

*U−18は知っていた

 アメリカはサウスダコタ州のサイバネティクス医療センター。病室の管理から患者の診断から手術から運営から人事まで、一台の精密なコンピューター(通称“ブレイン”、正式名称「U−18」)によって管理されている、最先端の病院である。そのブレインが、近頃、やや不安定になっていたのだが..ついに反乱を起こした。ブレインは、センタールームへの入口を封鎖し、病院の全出入り口を閉じて、アナウンスした。「私は病気だ! 私を治療するために、ブラック・ジャックを呼べ!」、と。(ブラック・ジャックの名は、入院患者たちから(「世界一の名医」として)聞き知っていたのだ。)

 確かに、U−18の回路の一部に異常は生じており、それには人間スタッフたちも、気が付いていた。しかしその異常を直すのはエンジニアであるべきであり、医者とは..(技師を呼べば、彼らは自分の機能を停止して、別のブレインと交換してしまうだろう、と言うのが、U−18の言い分である。)とにかく、全入院患者を人質にしたU−18には、逆らえない..

 ブラック・ジャックの居場所が突き止められ、そして僅か17時間で、マルセイユから駆けつけてきた。ここのセリフが、なかなかカッコイイので、引用しておく。


「医者ってやつはですな。急患の場合には、とるものもとりあえずかけつけるくせがついていましてね。そのかわり、そうとう金をバラまきましたよ。経費は持ってもらえるんでしょうな。ざっと、15、6万ドルはかかったんだ」。

 そして300万ドルふっかけたブラック・ジャックは、(「びた一文まけないぜ」、)ひとり、ブレインルームに入り、故障した部位の修理を始めた。やっかいな配線のつなぎ替え。U−18の電源が切られたことに気が付いた、チーフ以下の面々は、ブラック・ジャックに、「手術」を中止して、このまま、U−18を交換するよう、申し入れるが、手術中の患者を取り上げられることを良しとしないブラック・ジャックに、追い返される。

 そして..無事に修理(もとい、手術)が終わったU−18は、「人間を治すのは、やはり人間にしか出来ない。私はただ、機械のように患者を診察して治していただけだった」、と、引退宣言をしたのであった。

 幽霊から宇宙人まで、さまざまな患者にチャレンジするブラック・ジャックだが、コンピューターの手術というのは、ちょっと設定が苦しすぎる。つなぎゃいいってもんじゃないんだから..もっとも、配線を編み上げているコアメモリのイメージならば、これをつなぎ直すのには超人的な技術がいる、という設定は、そう外しているわけでもない。


*手塚治虫漫画全集 153

(文中、引用は本書より)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Feb 2 2000 
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