ブラック・ジャック 2

*奇胎

 旅館で、酒癖の悪い同窓生と同室となったブラック・ジャック。その同窓生は、稼ぎのいいブラック・ジャックに、自分の関係している会に寄付をしろ、と絡み、閉口したブラック・ジャックは、次の仕事の報酬の、きっかり半分をやる、と、約束した。その頃、妊娠六ヶ月の身重の女中が倒れ、ブラック・ジャックは、彼女が運び込まれた病院から呼び出された。

 異常事態だ。レントゲン写真で見ると、胎児がミイラ化している、いや、石のかたまりに見えるのだ。しかも、妊娠しているという徴候は、はっきりとある。そこで、帝王切開。胎児の形の石の固まりの中に臍帯(さいたい=へそのお)が入りこんでいた。石の殻を割ると、中には、妊娠六ヶ月目の正常な胎児。ブラック・ジャックは、母胎の中で健全に成長させるために、そのまま縫合した。恐らく、羊膜の異常だったのだろう。彼は、殻の破片を記念にもらってホテルに帰ると、今回の手術の「報酬」として、それのきっかり半分を同窓生にやって、寝てしまった。

 胎児の異常のエピソードだが、ドラマとしては軽量級である。

*二度死んだ少年

 ニューヨークにて。追いつめられた殺人犯の少年が、ビルから飛び降り自殺をした。まだ脳は生きている。助かれば裁判を受けられるから、と、たまたまニューヨークに来ていたブラック・ジャックに依頼が来たが、死にたい奴は死なせとけ、と、彼は断る。

 そこで、やはり偶然ニューヨークに来ていた世界的な外科手術の権威、ゲーブル教授が引き受けることになった。彼は、ホテルのロビーで行き会った金ずくの医者、ブラック・ジャックに対する軽蔑を、隠さない。

 しかし、ゲーブルの執刀による手術は難航した。彼は恥を忍んで、(内密にして欲しい、という条件で)ブラック・ジャックに助けを求め、手術は成功した。

 そして少年に死刑の判決が下った時、ブラック・ジャックは法廷で叫んだ。


「この少年は、いったん死んだんだ。その死んだ少年をわざわざ生き返らせて助けたんだぞ。死刑にするため助けたんじゃない!! どうしてわざわざ二回も殺すんだっ なぜあのまま死なせてやれなかった!?」

 この少年による殺人(親殺し)そのものは、ドラマのスコープ外である。(警部「ハレムでは、こんな親殺しは、しょっちゅうありましてね…」)作品のテーマから言えば、ブラック・ジャックによる手術の支援自体は、やや収まりの悪い枝葉に見える。(ブラック・ジャックが手術をしなければ、始まらない、というわけでもなかろうが。)

 その「作品のテーマ」とは、「最終的には助けられない人間を、一時的に助ける必要は無い(または“助けるべきではない”)」という命題である。これは一概には、真とも偽とも断じ難い。実際、ブラック・ジャックが死刑囚の手術を行った例は、あるのだ。

*ピノコ愛してる

 ピノコの一方的な「愛」に悩まされる、ブラック・ジャック。何しろ彼女は、姉の体内に18年間も同居してきたので、自分ではレディのつもりなのだが、実際に「生まれた」のは10日前であり、従って、常識の欠如がはなはだしいのであった。

 子どもがトラックに轢かれた!という電話が飛び込んできた。少年は重傷を負ったのだが、その父親は計算高く、電話で治療代を値切り始める始末である。とにかく、少年はブラック・ジャックの医院に運びこまれて、手術が始まるが、腎臓がふたつとも潰されていた。誰かの腎臓を移植しなければ助からない。少年の母親は、自分の腎臓を、と、申し出るが、父親は、ちょっと待て、この手術代は別計算か?と、ブラック・ジャックをつかまえて交渉を始め..その間に少年の容態は一気に悪化し、死んでしまった。このヤブ医者め!とののしる父親。その夜、少年を救えなかったことを悔しがるブラック・ジャック。

 タイトルの「ピノコ愛してる」は、話の内容とうまくマッチしていない。例えば、少年に腎臓を移植するために「先生、ピノコのかやだ使って!」というシーンが、確かにあるのだが、前記のシノプシスでは(本筋と関わりないので [;^J^])省略してしまったくらいである。

 少年の父親の、関西弁による、いかにも「関西人的」な値切り方がいやらしいが、とある関西の方の話では、こんなのは本当の関西人の姿ではなく、関東人的なイメージに過ぎない。実際の関西人は、子どもが大怪我したときには、金に糸目などつけるはずがない、とのこと。(そう言えば、「汚くもうけて綺麗に使う」、という言葉を聞いた記憶があるが、これも関東人的イメージかしらん?)

*アリの足

 ポリオ(小児麻痺)の少年が、歩き始めた。大勢の人々の激励の見送りを受けて。血のにじむような歩行訓練の末、ポリオの苦しみを訴えるために、思い切って、広島から大阪までの徒歩旅行を始めたのである。その彼のあとを、それとなくつけてくる、ブラック・ジャックの車。

 少年の座右の書は、本間丈太郎医師の著書であった。ポリオではないが、ある身障者が、やはり歩くのに慣れるために長い徒歩旅行をした、その記録なのだ。それに感動して、同じ旅程をなぞろうとしていたのである。

 少年は、“金目当ての医者”であるブラック・ジャックがついてくるのを疎ましがるが、ブラック・ジャックは、山火事や暴走族の襲撃などの災難を、それとなくフォローし続ける。そして少年は、ブラック・ジャックこそ、あの著書の主人公の少年だと知ったのだった。ほとんどちぎれた体を、本間医師につないでもらったあと、元のように動かすために無茶苦茶をやった、ブラック・ジャックの記録だったのである。

 タイトルの「アリの足」とは、少年がそれを見て力づけられるところの、傷ついたアリの、懸命の歩行のことを指す。「この坂は苦しいぞ。一日かかったってのぼりつけない」、というブラック・ジャックの言葉に始まる、本間医師の著書の主役がブラック・ジャックだということに少年が気が付くシーンは、感動的である。

*万引き犬

 そのノラ犬は、ビル工事現場の下に立っていた男の傘を盗み、彼に追われてトラックにはねられた。その場に居合わせたブラック・ジャックは、ピノコに懇願されて、犬を連れ帰って手当することになってしまう。ラルゴと名付けたその犬がすっかり気に入ったピノコは、ラルゴを品評会に連れて行ったのだが..ラルゴが審査員の宝石を盗んだことから大騒動になり、品評会は台無しになってしまったのである。大騒ぎしている間に、審査員のテントは倒れたし..

 ブラック・ジャック宅を訪れた某国大統領の使者。ブラック・ジャックが大統領を救ったことの感謝の印として、首飾りを届けてきたのである。見事な宝石だ。ブラック・ジャックも欲得抜きで、感謝された嬉しさを隠しきれないが..ラルゴは、それをも盗んで、家の外に飛び出した。さすがに怒ったブラック・ジャックは、外まで追いかけて行ってラルゴをつかまえると、元あった場所に首飾りを戻せ、と、嫌がるラルゴを、無理矢理家の中に帰らせる..その時、地震が起こって、家は崩れた。

 ラルゴは、危険を予知していたのではないか。最初に目撃したビルの下の出来事でも、傘を盗まれた男が走り出した直後に、その場所に鉄材が落ちてきた。品評会でも、ラルゴが騒ぎを起こさなければ、倒れたテントの下で、審査員たちは大怪我をしていた筈だ。そして今も、ラルゴを追ってブラック・ジャックとピノコが家を飛び出さなければ、倒れた家の下敷きになっていた..

 ラルゴは、崩れた家の下敷きになって、死んでいた..

 動物の予知能力を、シンプルに描いただけのもの。ブラック・ジャックがブラック・ジャックである必要がない、いくつかのエピソードのうちのひとつ。

*目撃者

 新幹線のホームに、テロリスト。彼が放置した鞄に仕込まれた時限爆弾が爆発し、多数の死傷者が出た。そして、犯人を目撃したキヨスクの売り子の両目は、ガラスの破片が突き刺さって、潰れてしまっていたのだ。

 ブラック・ジャックは、担当警部に眼球移植手術を依頼されたが、断った。確かにしばらくの間は視力が戻るが、5分間しか保たない。患者にとって、そんな手術が何になる。失明するという悲しみを、2回も味わうだけではないか、と。しかし、捜査本部の全費用、3千万円を支払おう、という警部の言葉に、ブラック・ジャックは腰を上げた。

 手術は「成功」した。目撃者である彼女による首実検の結果、真犯人は逮捕され..そして彼女は、再び視力を失った。ブラック・ジャックは、3千万円を彼女に渡すよう、警部に約束させる。

 ブラック・ジャックは、ここでも、「無駄に終わる治療はするべきではない」、という立場を取る。患者のためを思えばこそだ。とはいえ、3千万円もの報酬が出るならば話は別だ(、それは実は彼女のために使うのだが)、と、金次第では良心を棚上げにする、という“フリ”を見せるのだが、このシーンでの、ちょっとした(金の亡者風)表情変化など、実にうまい。

*めぐり会い

 船医の如月が5年ぶりに帰国して、是非ともブラック・ジャックに会いたい、と、電話をしてくる。アルバムに貼られている、如月の「妹」の写真を見て、彼女がブラック・ジャックの昔の恋人だったらしい、と感づいたピノコは、ブラック・ジャックと如月の面会の場に着いて行くと、ブラック・ジャックをまいて、如月から、「妹」とブラック・ジャックの昔話を聞くことに成功した..

 如月の「妹」は、ブラック・ジャックと同じ医局員であり、そして彼に恋していたのだが..むごい運命が待っていた。子宮癌だ。まだ若い医局員だったブラック・ジャックは、無理を言って彼女の手術を担当した。手術室で、初めて互いの気持ちを打ち明けたふたり..しかし如月の「妹」は、子宮と卵巣を切り取られてしまうのである。手術は成功したが、彼女は既に、女ではなかったのだ..

 翌日、出航する如月に、ブラック・ジャックはアルバムを..如月の「昔の写真」を返す。別れる二人の医者の、男同士の友情..

 いい話なのだが..「子宮と卵巣の摘出」イコール「性転換」なのか? 子宮ホルモンと卵巣ホルモンの供給が無くなってしまうことはわかるし、それが体型などに影響を及ぼすことも理解できるが..男性に対する思慕の情も、失ってしまうものなのだろうか?

*古和医院

 とことん山奥の、山家(やまが)村。その村の古和医院を訪ねて、バスから降りた親娘づれ。彼ら(というより娘)が気になって、ブラック・ジャックも降車した。

 古和医院は、繁盛していた。患者のほとんどは貧しい村人だが、古和医師を信頼し、尊敬していた。バスから降りた少女は、しばらく通院を続けていたらしいが、古和医師は軽い病気だと診断していた。しかし、いつの間にか診察室に入ってきていたブラック・ジャックは、重傷だ、手術しなさい、パセドー氏病だ、と、口を出す。

 彼がモグリの医者だと聞いて、古和医師は複雑な表情をする。いまいち気が乗らないものの、手術に踏み切り、ブラック・ジャックの助言を受けながらも、見事にひとりで、難手術である甲状腺の切除をやり遂げた。

 手術後、古和医師は、この無医村に戦争中に、中部大学のインターンを終えてすぐやってきたのだ、と、昔話をするが..患者の容態が急変した。これまで投与してきた薬が間違っていたのだ。慌てる古和医師に、ブラック・ジャックは正しい薬と応急手当を教えて去る。気が済まない古和医師は、後を追ったが..ブラック・ジャックに、あなたもモグリ医師でしょう?と、見抜かれていた。(戦時中はインターン制度はなく、そのころ、中部大学に医学部は無かったからだ。)ブラック・ジャックが古和医師の支援をしたのは、彼に惚れたからだ。こんな無医村で30年も医者をやって、あれだけの尊敬を受けている..

 一年後、ブラック・ジャックは、とある駅で偶然、古和医師に再会した。正式に勉強をしようと、中部大学を受け直した。五十の手習いだと..

 在宅で通信教育でも受けない限り、山家村は、数年間(10年近く)無医村に戻ってしまうと思うんですが..これこそ、不粋な揚げ足取りですね。[;^J^]

*焼け焦げた人形

 ヤクザの親子が乗った車が、爆破された。抗争だ。親子とも重度の火傷で、父親はともかく、子どもは助かりそうもない..病院長は、駄目もとで、(たまたま居合わせた)ブラック・ジャックに治療を依頼するが、ヤクザに関わってろくなことは無かった、と、ブラック・ジャックは一度は断る。が..その息子が持っていたロボットの玩具の、焼け焦げた残骸を見て気を変え、父親から息子への皮膚の移植手術を開始した。

 手術中、敵対するヤクザ(爆破犯人の一味)が、手を引いて患者を引き渡せ、と、因縁をつけてくるが、ブラック・ジャックは撃退する。

 翌日、二回目の手術の最中に、敵対ヤクザの病院への襲撃で停電、火事! 手術をやりとげて患者達を運び出しにかかったブラック・ジャックの頭上に、燃える柱が崩れ落ち、彼を救おうとして、父親は命を落とした。後日、銭湯で、つぎはぎだらけの体を笑われた息子は、「これ、みんなおとうちゃんの皮なんだぞっ!」

 かつては、銭湯では、父親の入れ墨に肩身が狭かった少年だが、今やそのつぎはぎは、父親の貴重な想い出であり、プレゼントであり、そして誇りでもあったのだ。

*コマドリと少年

 もう十二月だというのに、なぜかコマドリが(渡りもせずに)ブラック・ジャック宅に、お金を届け続けている。十円玉。千円札..不思議に思ったブラック・ジャックは、コマドリのあとを追って、その巣を発見する。

 そこには、羽根を怪我したコマドリの連れ合いと..傷薬の瓶があった。ラベルに記されていた薬局で訊いてみたところ、これはある少年が、道端でもがいていた瀕死のコマドリの傷につけるために、調合してもらったものなのである。

 少年が、自宅の部屋の中で手当してやっていると、窓の外から、その連れ合いが心配そうに見つめていたという。そしてなんとか飛べるようになったから、と、少年は、傷薬を小瓶に入れてもらったのだ。それが巣の中にあったというわけだ。利口なものだ。しかしなぜ、ブラック・ジャックのもとにお金をもってくるのかが、わからない。

 傷薬の代金を支払いたいのなら、それは薬屋にもっていくべきだ。鍵を握っているのは、その少年である..そしてブラック・ジャックは鳥のあとを追って、少年に辿り着いた。身よりもなく貧窮している、一人暮らしの少年のもとに。彼は腎臓を患っていたが、金が無く保険にも入っていないので、医者にかかっていなかったのだ。ブラック・ジャックが診たところ、あと半月も保たない。

 入院費用は、コマドリがかき集めてくれた。計57238円、これだけあれば十分だ!と、ブラック・ジャックは少年を入院させ、手術する。

 手術は無事にすんだのだが、コマドリにはそれがわからないのか、まだお金を運び続け、そして浮浪者とお金の取り合いになって、石をぶつけられて致命傷を負ってしまう。最後のお金をブラック・ジャック届けて帰っていった鳥は、巣の中で死んでいた..

 コマドリの恩返し。大きな欠点と言うほどではないが、やや構成が緩いのが、惜しいところである。例えば、このコマドリが死ななければならない必然性が無いのだ。少年の治療費を集めるために日本に居残りすぎて、凍死してしまった、というのなら筋が通るが、これではもろに「幸幅な王子」だわな。それに、コマドリが渡らずに日本に残っている理由も、「治療費を集める」ためと、「連れ合いが怪我をしていて飛べない」ためと、ふたつあるのだ。ここでもフォーカスが僅かにぶれている..が、ほとんどあら探しのレベルではある。


*手塚治虫漫画全集 152

(文中、引用は本書より)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jan 26 2000 
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