三つ目がとおる 6

*地下の都編 第1章 ただひとりの友

 僧服で木魚を叩き、お経を唱えて修行する和登サン。前回のゴダル事件で長期失踪をして以来、しごかれっぱなしなのである。そこに犬持医師から、写楽のことで大事な相談をするから来てくれ、と電話。

 犬持は、写楽の三つ目を潰してしまおうという、苦渋の末の決断を打ち明ける。もちろん和登サンは大反対するが、犬持は、ゴダル事件で写楽が見せた本性−人間を人間とも思わぬ所業に、心底慄え上がってしまったのだ。

「あれは人間のやれる行為ではない。
 人間じゃない−−つまり……その宇宙人というか……悪魔というか……そういったたぐいの生きものが…… 人間にたいしてなんの思いやりもなく、やる神経だ。ちょうど、人間が虫をいじめたり殺したりするように……」

 猪鹿中に写楽を迎えに行く和登サン。幼児・写楽は、完全に馬鹿にされ虐げられのけ者にされ苛められている。虐待する生徒たちを蹴散らした和登サンは、写楽を外に連れ出して、男らしく堂々とふるまえ、それにはまず約束を守ることから始めよう!と、どやしつけ、それが出来れば、一緒にお風呂にでも何にでも入ってやる、と約束する。大喜びする写楽。しかしその夜、和登サンは父親に、まだ疫病神の写楽と手を切っていないのか、と、本堂に追いやられ、座禅をさせられる。(お風呂なんぞは、もとより論外である。)

 約束通り、写楽がお風呂に入りに来たのに..約束を守るのが男だろ、と言った自分から、約束を破るなんて..しかし写楽と会うことは許されず、写楽は、折りから降って来た激しい雨の中で、和登サンを待って立ち続ける..

*地下の都編 第2章 写楽の宝箱

 写楽は地図を書いている。何かを入れた大きな箱を隠す場所の、地図なのだ。その地図を見られ、箱を運んで砂の山に埋めなおし、また地図を書き直す..それが何であるか、和登サンにも言わない。死んでも教えないという。

 家にも置いておけないのだ。犬持に焼かれるからだ。5月5日に第3の目を潰したら、もうそんなものは不要になるし、第3の目のことを思い出すから、焼くのだという。

 写楽の手術に、もちろん須武田は大反対(「学会あげて妨害してやるぞ」)。和登サンは、写楽をかくまおうと寺に連れ帰り、押し入れやら天井裏やらに通ずる秘密の出入口を作ろうとして、あちこち壊してしまい、大騒ぎ。根負けした父親は、写楽の性根を叩き直すために、この寺に住まわせ修行をさせても良い、但し、あの三つ目を切除してからだ!と。その条件は飲めないが、5月5日までには、まだ少し間がある。打つ手もあるだろう..と、取り敢えず写楽と一緒に風呂に入る和登サン。写楽は和登サンを、亡き母のイメージにダブらせているのである..

 翌日、学校で、考古学部の部室に、遊びに入り込んだ写楽。なんでも壊してしまう写楽は、迷惑この上ない存在だが、仲間に入れてやってくれという和登サンの頼みに、しぶしぶ写楽に考古学の講釈をする部員たち。

 屋外での部活動で、貝塚を掘ることを覚えた写楽は、放課後、下校する級友たちに小馬鹿にされながらも、学校の前の土手を一心に掘り返し続ける。そして、夜..

 帰宅しない写楽を探しに来た和登サンは、昼間からずっと土手を掘り続けていた写楽を見つける。何やら石の蓋のような物を、掘り返し続けているのだ。もう帰ろうという和登サンに、写楽は、男はやりかけたら最後までやるのだっ。こう言われては和登サンも仕方がない。10時までは付き合って、掘るのを手伝う..

 突然、穴が開いて落ち込んだふたり。白骨。どう見ても現代の様式ではない腕輪。鉄兜。そして、槍! これはもしかしたら、古代遺跡である。大変なものを発見したのだ。明日までそっとしておいて、須武田先生を呼んでこよう!と、和登サン。しかし写楽は肯じない。これはボクと和登サンだけの秘密だ、ここはボクだけが使うんだ、宝ものをここにうつして、また埋めてしまうんだ! 和登サンは、かなわんなという顔で、写楽の宝物の今の隠し場所に案内させるが..

 そこは、工事現場になっていた! 砂の山がなくなっていた! 驚愕し、動転し、泣き叫ぶ写楽。和登サンは、諦めが肝心だと諭すが、それが写楽のお母さんの、服と靴、お母さんの形見だったことを知って、言葉を失う。

 そうだ、写楽はずっと、ひとりぼっちだったに違いない。謎の三つ目の女性に託された養子。犬持は可愛がりながらも、いつも十分に愛情をそそげていただろうか..そんな写楽にとって、母の着物が、ただひとつの宝物だったのだ..和登サンは、メソメソするな、そんなに女の着物が欲しいのなら、ボクの古着をいくらでもやる!このヘンタイ!と、敢えてどやしつけて、着古しの下着をひと箱、写楽にやる。写楽は新しい宝物だと、大喜び。

 この、写楽の大泣きのシーンは(すぐに上記の軽いギャグでフォローされるが)、実は「地下の都」編の核である。

*地下の都編 第3章 土器をもとめて

 それから一週間。今日も今日とて一心不乱に発掘を続ける写楽。明らかに土器のような物をがいくつも出て来て、遺跡がその全貌を顕しはじめた。さすがに少しは写楽を見直して、手伝おうかと申し出る級友たちを、しかし写楽も和登サンも追い払う。写楽にとっては、これは自分のものなのであるし、和登サンは、この発掘を独力でやり遂げさせることによって、写楽の力を、皆に認めさせたいのである。みなが写楽を尊敬するようになれば、犬持も、5月5日の第三の目の切除手術を思いとどまってくれるかも知れない..遺跡発掘の噂を聞いて駆けつけて来て、貴重な出土品の数々に狂喜乱舞し、こんな学術的大発見を写楽ひとりに任せるわけにはいかん、と息巻く須武田も、和登サンの真意を聞いて、彼女の方針に同意する。

 翌日、写楽と和登サンは、大きな石の蓋を発見し、それをこじあけると..そこは墓室であった。そこには石棺と4体の骸骨。ただしそれらの骸骨は、皆、壁に槍で縫い止められている。石棺の中にも人骨。その人骨の上には獣の骨と、石板。異常な状況である。何か事件があったのだ。大発見だ!

 そこへ現われた、ノラキュラ。写楽の担任の暴力教師だ。彼は「砂遊び」(発掘作業のこと)などになんの理解も示さず、例によって暴力的に写楽を教室に拉致監禁するが、隙を見ては抜け出して発掘作業場に戻る写楽に、堪忍袋の緒を切って(最初っから切れっぱなしだが [;^J^])、懲罰として、写楽を遺跡の墓室に閉じこめる。

*地下の都編 第4章 地下の都

 墓室の中の写楽。彼の背後で音もなく石棺の蓋が開き、中から和登サンに生き写しの女と鹿が現われ、壁を抜けて行った。その壁の下を掘り抜いた写楽は、壁の向こう側の、広大な地下洞窟を発見した。地下の廃墟である。

 そこには、土偶そっくりの女兵士がいた。そしてさっきの和登サンそっくりの女も。和登サンそっくりの女は、精霊の巫女アヌイと名乗った。そしてこの地下都市の来歴を語る。

 ここもかつては、もちろん、地上の町だったのだ。しかしある日突然、聖なる山(富士山)が火を吹き、灰の下に埋まってしまった。そして灰が固まったのち、大地震か襲い、地下が地盤沈下して、空洞が出来たのである。巫女のアヌイはひとり町に残って祈り続け、神鹿と共に石棺に入ったのだった。

 長い年月が過ぎたのち、この町が埋まった跡を、女の集団と男の集団が、別々に目指していた。女たちは、アヌイの部下だった巫女たちであり、アヌイを鎮魂し、この地の守り神とするために、戻ってきたのだ。そして男たちは、この町が貯えた財宝を発掘・強奪するために! 墓室の中で、巫女たちは皆殺しにされ、彼女らを殺した男たちもまた、地の底から噴出してきた毒ガスで全滅する..

 これが、地下の都の歴史だったのだ。写楽の目の前にいる、アヌイと巫女たちは、しかし幽霊ではなく、写楽が直接過去の世界を観ているのである。

 アヌイは写楽に、貯えられた真珠や瑪瑙を見せ、これを盗掘から守って欲しい、と頼む。しかしその時既に、盗賊たちは侵入していたのだ..!

 ここで写楽は、唐突に過去から現代に戻る。元の墓室。アヌイたちは消え、そして壁の外からは、盗賊たちの声..ノラキュラと井奈折代議士だ! 選挙の軍資金を得るために、盗掘に来たのだ! 人足たちは、早速、ドリルで穴を開け始める。

*地下の都編 第5章 盗掘の輩

 盗掘者たちは、ついに地下都市に至り、時価5千万円相当の真珠を発見するが、仲間割れがおこり、人足たちが真珠を一人占めしようとする。その時、(まだバンソウコウを貼ったままの)写楽が暴れ込み、真珠の箱を貝塚の中にひっくり返し、懐中電灯を全て奪ってしまう。暗闇の中で真珠を集めることも出来ず、盗掘者たちは、ほうほうの体で脱出して行く。

 アヌイは写楽に礼を述べ、写楽の危急の時にはきっと力を貸すと約束すると、部下のエビラに写楽の手をひかせて、地下から脱出させる。地上に出た写楽が、その手に握っていたのは、小さな土偶であった。

 そこに、犬持が来ていた。ノラキュラからの(嘘の)電話を受けて、とんで来たのである。すなわち、遺跡を調査に来たノラキュラと代議士を、地下に誘い込んで暴力をふるって、置き去りにしようとした、というのである。しかもバンソウコウを取って。

 根も葉もない嘘であるが、写楽の弁明を、犬持は聞かない。バンソウコウを取らずに、そんな力が出せる訳がない。学校の先生が嘘をつくはずがない。泣き叫ぶ写楽を、犬持は家に引きずり帰る。電話でノラキュラに平謝りに謝る犬持は、翌日にも、三つ目を取る手術をすることを決める。一方、写楽から真相を聞いた和登サンは、なんとしてでも手術を止めさせる、と約束する。

 翌日、写楽は病院に連れていかれ、ノラキュラは真珠を奪うための、本格的な発掘(盗掘)作業の開始を指示する。

*地下の都編 第6章 流れさった歴史のおわり

 ついに手術室に連れ込まれた、絶体絶命の写楽を救ったのは、和登サンだった。仲間を連れて病院に侵入し、執刀医と看護婦に化けたのである。和登サンは写楽のバンソウコウを剥がすと、犬持に涙ながらに訴え、諭し、叱り付ける。写楽がバンソウコウを剥がさずにやってのけた、あの素晴らしい仕事を、どうして認めてやれないのか。それでも親なのか、と。ひとことも無い、犬持。

 和登サンは、写楽に、遺跡の危機を伝える。今なら間に合うから早く行け、しかし必ず戻ってきて、バンソウコウを貼らさせろ、と。

 写楽が駆けつけた時には、パワーショベル群が、遺跡を手荒く掘り崩していた。写楽は川の水流を地下洞に流れ込ませ、地下に大洪水を起こす。地下都市は水の底に沈み、盗掘者たちは散々な目に会う。地下水噴出の急報を受けた須武田も駆けつけたが、時既に遅し。写楽は須武田に、これでアヌイとの約束を果たせたのだ、と言う。人間の手で荒らされるよりは、水没する方がいいのである。写楽は遺跡を守り、アヌイは写楽を守った。手術室に駆けつけて写楽を救ったのは和登サンだったが、彼女の心にはアヌイが溶け込んでいたのである。

 写楽には、あとひとつだけやることが残っていた。それは、工事現場の砂置き場から持ち去られた、箱を探すこと。ビル工事の事務所の物置でそれを発見した写楽は、欲の皮の突っ張ったチーフを懲らしめるために、事務所を消してしまう(ここまでやらなくてもいいのに [;^J^])。

 そして写楽は、和登サンのところに帰ってきた。お母さんの形見の服が収められた箱を預けるために。そして“バンソウコウを貼らせる”ために..


 「三つ目がとおる」の基本的なトーンは、寂しく、せつない。豪快なアクションやギャグを飛ばす写楽の哄笑は、孤独感の裏返しである。その“哀しさ”が、とりわけ色濃く漂っているのが、この「地下の都」編なのだ。

 和登サン以外の誰にも理解されぬ、しかし素晴らしい仕事を、バンソウコウを貼ったまま、黙々と続ける写楽。何よりも大事にしていた、母の形見を失ってしまう写楽。育ての親の犬持にすら信用されず(犬持は、写楽の言葉よりもノラキュラの嘘を信用したのだ)、三つ目の切除手術を受けさせられそうになる写楽。

 これでもかこれでもか、と、悲惨な目に合わされる写楽。そしてこれらの不当な仕打ちに対する、返報のカタルシスがあるかというと..無いのだ。確かにノラキュラは、相応の酷い目にあったし、母の形見は取り返せたし、手術も受けずにすんだのだが.. 結局、母は今は亡く、写楽はただひとりの三つ目人なのであるし、バンソウコウを貼った“幼児”写楽に対するイジメは、これからもずっと続くだろうし、犬持も、真の父親的愛情を写楽に注ぐことは、今後もできないであろう..

 最後の点が、とりわけせつないのだ。犬持には善意しかない。彼が三つ目を切除しようとしたのも、写楽に対する愛情以外の何物でもなく、しかも、これがベストの方法では全然ないことは、自分でも判っているのだ。そして、聡明な彼は、自分の愛情の限界も判っている。「三つ目がとおる」は、写楽の悲劇の物語であると同時に、犬持の悲劇の物語でもあるのだ。


*手塚治虫漫画全集 106

(文中、引用は本書より)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Feb 12 1997 
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