三つ目がとおる 1

*イースター島編 第1章 小鬼が夜にやって来た

 事件の発端は、M県N郡O村から5キロほど離れた、小さなピラミッド型の“三角山”に発生した、山火事である。その焼け跡から発見された、熊手型の凶器で後頭部を刺されていた、三人の焼死体。犯人は彼らを殺して、ガソリンで火を付けたのだ。捜査学の学聖、雲名(うんめい)警部が登場する。

 第二の事件は、東京で起こった。犬持(けんもち)医院で、犬持博士が、熊手型の凶器で襲われ、重傷を負ったのだ。雲名警部の部下は、犬持教授の養子、写楽保助(しゃらくほうすけ)の通っている猪鹿中学の人文史資料室に、凶器を発見した。それは、南方の島の首狩り族が祈祷用に使っていた、熊の足の様な形態の、呪い杖である。ルミノール反応プラス。指紋の代わりに、奇妙な毛がいっぱいにこびりついていた。サルの毛だ。サルがこの部屋に侵入して、この“凶器”を持ち出し、犬持を襲ったのである。

 犬持博士の入院先の病院で、第三の事件。付き添いの須武田博士が目を離している隙に、犬持のベッドに、サルの足跡が! しかし今度は犬持に危害が加えられた気配は無い。このサルは、何をしに来たのか? 一方、病院の外で、写楽は“サル”に出会う。ただのサルではない。片言の日本語をしゃべる、類人猿?の雌である。“彼女”は、犬持に危険が迫っている、この病院から逃げろ、と、写楽に警告するが、額にバンソウコウを貼っている間は、幼児のように無知で無邪気な写楽は、サルがしゃべったことに大喜びで、その警告の内容を気にも止めない。

 日が暮れる。深い霧の中を、車で犬持博士の入院する病院へ向かう雲名と部下は、何者かに襲われ、部下は例の凶器で殺される。その頃、病院では、須武田博士が、(そういえば犬持博士は、コロポックルの様な、身長30cmの小人を診察したと、奇妙なことを言っていたが..)と思い出しかける。小人の手当てをしてくれと犬持博士を迎えに来たのは、3人のハイカー..まさかそれが、あの3つの死体..!?

 そこまで須武田博士が思い至った時、病院の窓一面に、コロポックルのごとき小鬼が張り付いていた! 窓を破るべくガラスを叩き始めた小鬼たち! 犬持博士を襲いに来たに違いない! このままでは、須武田も写楽も共々殺される! 須武田博士は、奥の手として、写楽の額のバンソウコウを剥がす!

 写楽の額のバンソウコウの下には、第三の目があるのだ。この目を開いている時、写楽は超古代の三つ目族の知恵と超能力を合わせ持つ、天才少年である。しかしバンソウコウでふさいでしまうと、まさに幼児に等しくなってしまうのだ。なぜ、普段はふさいでいるのか。三つ目の写楽は、有能で聡明であるが、それ以上にしばしば“危険”でもあるからだ。しかし今は、背に腹は替えられない。彼の知恵と能力で、この危機を切り抜けなければ!

 三つ目になった写楽は、まず、額の目からオーラ?を照射し、窓を破って飛び込んで来た小鬼たちを、吹き飛ばす。電話に飛び付く須武田。しかし電話線が切られている。そして窓ばかりではなく、階段からも小鬼たちが迫ってきた。写楽は(例によって、ありあわせのガラクタをかき集めて)腐蝕弾を作ると、これでガードしつつ、須武田とふたりで、犬持を地下のガレージまで下ろす..病院の中には“生きている”人間は、他にはいない。皆、殺されているのだ。ガレージで待ち伏せていた小鬼の一団を蹴散らして、須武田と犬持は、かろうじて霧の中へ、車で脱出することに成功するが、写楽は車から振り落とされ、取り残されてしまう。そして脳天への一撃で、暗転..

 雲名警部が監禁されている部屋に叩き込まれ、目を覚ます写楽。程なく、怪物的な面相の大男がふたりを迎えにやってきて、いかにも大時代的な屋敷の中、主人の元へと案内する。主人とは貴公子然とした美青年である。パイプオルガンを弾きやめた彼は、「さまよえるオランダ人」パンドラ、と名乗る。(どうでもいいが、パイプオルガン、さまよえるオランダ人、パンドラ、と並べると、まるで三題噺になりそうなミスマッチである。互いにほとんどなんの接点もない。[;^J^])ふたりをもてなすパンドラ。ここはあの三角山の麓であった。するとあの殺人事件は..? 然り、パンドラの指令であった。彼は、地下室を埋め尽くす小鬼の群れを、ふたりに見せる。

 パンドラによれば、この小鬼は、サルと人間を結ぶ、ミッシング・リングなのである。とある南の島で、絶滅しかかっていた小鬼族を発見したパンドラは、彼らを保護して殖やし、智慧をつけ、道具や火の使い方を教えたのだ。そして人を殺すことも。なんのために? パンドラは、ふたりを小鬼の群れの地下室に投げ込む!

 絶体絶命の雲名と写楽! その時、ふたりに一斉に飛び掛かろうとしていた小鬼の群れを制止したのが、昨日、写楽に警告を与えた、あの雌の小鬼である。この単純な小鬼たちは、彼らを守ってくれるパンドラを神様だと思っており、それはこの雌も例外ではないのだが、昨日、写楽が彼女に優しくしてやったので、恩返しをしているのである。写楽と雲名は屋敷から逃走するが、写楽は行き掛けの駄賃とばかりに、小鬼たちに、地下室に貯蔵されていた薬品から爆弾を作る方法を教え、結果が判っていない小鬼たちをそそのかす。ふたりが脱出したあと、屋敷は大爆発し、炎につつまれる。パンドラは、そしてあの雌の小鬼はどうなったのであろうか?

 この「イースター島編」は、74年から78年にかけて連載された「三つ目がとおる」の、時期的にはちょうど後半のスタートで、また、全部で7編ある数ヶ月以上に及ぶ長編エピソード中、4番目に当たる。つまり、まさに中期の作品ということになる。

 従って、この編に登場する名優・雲名警部(言うまでもなく、ベートーヴェンの戯画である)は、実は後半のサブキャラに過ぎないのだが、その存在感たるやまことに素晴らしく、主役級とすら言えるほどだ。ほとんど登場する度に、何かしらベートーヴェンネタのギャグをやらかすが、これはクラシックファンでないと、十分には楽しめないであろう。

 全集の収録順に従って、いきなりこのエピソードから読みはじめる読者に対しては、やや状況説明が不足気味だが、問題になるほどではない。

 小鬼たち(パンドラの下男からは「ポキ」と呼ばれている)を騙して爆弾を作らせるのだが、小鬼たちの多くは、その爆発に巻き込まれて爆死してしまうのである。(自分たちに危害を加えた)その他大勢の小鬼はともかく、自分を助けてくれた雌の心配は、しなくてもいいのだろうか?

*イースター島編 第2章 幽霊船

 警視庁に帰還した雲名警部は、ナポレオンづらの上司に事件を報告するが、頭から相手にされない。そうでなくとも部下が殺されるなど、大失態を演じているのだ。雲名は、事件の証人として写楽を呼ぶが、これが全く使い物にならない。なぜならば、額の傷を治療されてバンソウコウを貼られており、あの日のことを何も覚えていない、ただの幼児的な少年に戻ってしまっているからである。嘲笑と共に上司から報告書を突き返された雲名は、部屋を退出すると、

「これをナポレオンにささげるのは、やめだっ」

手にした報告書のタイトルは「英雄交響曲」。こういうギャグが、無数にあるのである。

 桟橋に停泊している廃船に、例の小人の女のような姿が..という報告を受けた雲名は、名誉挽回と真相究明のために、(彼の目には、シラを切っているとしか思えない)写楽を引き連れて、港に向かう。

 夜の桟橋。廃船の影。雲名は部下を帰して、写楽とふたりで乗り込む。全くひとけの無い船内を探検しているうちに、いつの間にか廃船が動きだす。漂流しているのではなく、明らかに目的を持って動いているのだ。エンジンもかからずに。幽霊船!?

 船内を探索し直した彼らは、不気味な機械人形を発見する。その人形はパンドラの声で、彼らを不吉な航海に招待した、と告げるのである。

*イースター島編 第3章 第一の航海

 雲名と写楽を乗せて走る幽霊船。彼らはこの船の中に閉じ込められていた、例の小人の雌を発見する。彼女の名は、ポゴ。

 やがて船は、ある孤島に到着し、ポゴの制止を振り切って、雲名と写楽は上陸する。

 緑豊かな島の中に、不可解な白骨の行列。その先には、清水を湛えた大きな泉。その中央には、不気味な彫刻が施された石像。

 雲名は推理する。恐らく、この泉の岸辺を踏むと、あの石像が毒を吐き出す仕掛けになっているのだ。彼は、岸辺を踏まずに水を汲む段取りをたて、それは半ば成功しかかるが、考え無しの写楽(幼児モード)が岸辺を踏んでしまったために、全てパー。石像は毒液を吐いて水は飲めなくなり、水の底に無数に沈められていた、古代の装飾品や貴金属を拾うこともできなくなってしまったのである。

 岸辺には、パンドラからのメッセージが記されていた。それによると、この泉と石像は、長耳族の先祖たちが残した仕掛けだったのだ。もはや水は飲めず、食用になる植物もないこの島にとどまることは出来ない。石像が毒を吐く前に、運良く水を飲むことが出来た写楽は元気いっぱいに、水を飲みそこなった雲名は不幸なまま、ふたりは船に戻る。

 全集の収録順に従って、この巻から読みはじめた読者は、ここで唐突に“長耳族”という言葉に出会うことになる。その正体?は、おいおい判るであろう。

*イースター島編 第4章 第二の航海

 船倉で腹をすかしている、三人(雲名、写楽、ポゴ)の前に、背にスピーカーを括りつけた蛇が現われ、パンドラの声で三人を晩餐会に招待する。そこは船底であった。

 壁に掛けられたパンドラの肖像画(の背後のスピーカー)が、パンドラの言葉を伝える。パンドラの狙いは、三つ目人の子孫、写楽なのである。彼の先祖の三つ目族の発祥の秘密を探るために、写楽が必要なのだ。また、パンドラは、自分を裏切って写楽たちを助けたポゴは許さない、厳しい罰を与える、と、警告する。

 再び島につく。ろくな目に合わないことが判っている三人には、上陸する気が起きないが、上陸しなければ一分後に船を爆破する、という脅しには、逆らえない。今回も、ポゴは強く制止するのだが..

 死火山の島。ストーンヘンジの様な遺跡の周りを、巨大な掌型の遺跡が取り囲んでいる。ストーンヘンジの内部には、夥しいミイラ。それらは皆、手首を切り落とされているか、または、指を5本とも潰されていた。そして遺跡の中央の穴の中には、無数の手首の干物が放り込まれている。ミイラを端から観察していくと、その年代は次第に新しくなり、最も手前の物は、つい昨日運びこまれたかのようである..つまり、ここは遺跡どころではないのだ。

 マサイのごとき長身の原住民の神官たちが、刀を手にして現われ、遺跡を取り囲んだ。ポゴは姿を隠すが、雲名と写楽は捕えられる。神官によると、この島は「人間の悪の根源をたち、人間に神が罰をあたえる、さばきの島」なのである。犯罪者はこの島で、人間の身体中もっとも罪深い器官、手を切り落とされ、のたれ死にしたあとで、この神殿の中でさらしものにされるのだ。

 雲名と写楽の罪は、日本人であること、である。日本軍は戦争中、この島で暴虐の限りをつくしたのだ。まさに手を切り落とされんとする雲名に、一度だけチャンスが与えられる。彼の手が、物を作れるとか、芸がうまいとか、何か人類のために貴重な手だとわかれば、許すというのだ。雲名はピアノの名手である。しかしここにはピアノは無い。(気まずい沈黙。)じゃぁバイオリンを寄越せ、と雲名がハッタリを効かせたら、バイオリンはあるのである。雲名にはバイオリンが弾けない。キーキー音を盛大に鳴り響かせた彼は、手を切られることになるが、その前に写楽(幼児モード)にもチャンスが与えられる。その手で何ができる?

 そこにポゴが飛び込み、写楽の額のバンソウコウを剥がして逃げる。(写楽の第三の目の秘密を、彼女は知っているらしい。)聡明な天才少年に戻った写楽は、素早く状況を見て取ると、その壊れたバイオリンを手にし、神殿の中で、弾くべき立ち位置を精密に計算して、バイオリンのキーキー音で共鳴現象を見事に引き起こし、神殿を崩壊させる。原住民の神官たちは、皆、巨石の下敷きとなる。脱出した雲名と写楽は、袋叩きにあって虫の息のポゴを見つける。怒り狂った写楽は、ひとり追跡してきた神官の長を、

「アブドル・ダムラル・オムニス・ノムニス・ベル・エス・ホリマク!」

という、呪文を伴う超能力で倒した、掌の遺跡の下敷きにする。(この呪文は、写楽のライトモチーフのごとく、彼が超能力を発する度に唱えられるのだ。)

 巨石をひとつ倒せる位なら、バイオリンを利用せずとも、遺跡のひとつも壊せそうな気がするが、パワーが少し不足するのであろう。

*イースター島編 第5章 第三の航海

 三人を乗せて、幽霊船は行く。怪我をしたポゴを手当てする写楽(聡明モード)は、ポゴが人間に似ているが、人間とは全然違うことを改めて観察し、本当に類人猿と人間のミッシングリングの子孫なのかも知れない、と考えを廻らせている。

 そうこうしているうちに、第三の島に着く。写楽も雲名も上陸したい気持ちは、さらさらないのだが、逆らっても仕方が無い、と開き直って(不貞腐れて)ポゴを残して上陸する。

 崖に取り囲まれた小さな島である。その崖の上から、ボロボロになった男が転がり落ちて来た。彼は遭難者。この島に漂着した彼の仲間たちは皆、この崖の上の悪魔に襲われたという。生き残りがいれば助けたかろう、と、その男を励まして、彼に道案内をさせ、3人は崖を登る。そこには不思議な遺跡があった。そこで眠っていた仲間たちは、一人も残ってはいない。荷物は置いたままだ。皆、悪魔に連れていかれて殺されたに違いない、と、震える男。

「どんなかっこうなんだ、悪魔って」
「……へい、人間の姿かと思うと、グニャッとくずれて……ボーッと青白く光っとるで…」

 雲名と遭難者の、そんな会話を背に、単身廃墟の町に入り込む写楽。彼は、ここは(彼の祖先の)三つ目族の遺跡に似ていることに気がつく。そして石盤に刻まれた古代文字を解読すると、

『毎年六月になると悪魔の軍勢が沼地からわきあがって、住民をとり殺し食いつくす……』

 その時、沼のほとりでは、青白く光る不定形の怪物がわきあがり、遭難者の男に憑いて彼を沼の底に引きずりこんでしまった。それを遠くから目撃していた雲名は、写楽を呼び戻し、ふたりで問題の沼に向かう。

 そこには夥しい白骨が沈んでいた。それらを調べた写楽は、しゃぶりつくされた様に綺麗に白骨化しており、単に腐っただけだとは考えにくいことから、これは蟻か何かに食われたのではないかと、推理する。

 雲名が船に帰ったあと、真相を見届けるべく、ひとり居残った写楽。例によってガラクタをかき集めて不思議な装置を作って待ち構えている写楽を襲ったのは、光る虫の群れ! ホタルだ! 全身を噛まれて意識朦朧となった写楽は、いつしか沼に体を沈めている。そして沼の底に潜む、ムカデ型の肉食の虫たちにズボンをボロボロに食い破られたところで意識を取り戻し、辛うじて沼から這い出す。しかし異様なホタルの群れは、写楽を逃がさず、噛み続ける。そこにやってきた、ポゴ。彼女は身動き出来ない写楽の指示で、例の機械を写楽に向けると、スイッチを押す。それは強力な殺虫剤の噴射機だったのだ。怪ホタルの群れは、ひとまず追い払われ、ポゴは写楽が用意しておいた薬で、写楽を手当てする。写楽は、ポゴが陰部を葉で覆っていることに気がついて驚く。人間よりも獣に近かったポゴが急速に智慧をつけ、羞恥心をも覚えたのである。

 元気を取り戻した写楽は、虫に噛まれた位のことで逃げ帰れるか!と、この島の怪ホタルの撲滅作戦を進行させる。一見普通のホタルなのだが、それは噛んだ相手の神経を狂わせ、自分たちの巣のある沼地に引き寄せるのである。幼虫の餌にするために! 写楽が、昼間から作っていたもうひとつの装置を完成させた時、再び怪ホタルの群れの襲撃! 今度は(総員出動したのか)恐るべき大集団である。間一髪、装置を作動させた写楽。その装置は、海水を引き上げて沼地に流し込む、超強力ポンプだったのだ。真水でなければ生きられないホタルの幼虫は、全滅する。会心の笑みを浮かべる写楽は、生き残りのホタルを捕まえると、

「こいつを二三びき日本へ持って帰って、東京のお堀にいれてふやしたら、きっとおもしろいぞ。フフフフ…… 悪魔のプリンスとしては、やりがいがあるしごとだ」

 つまり、写楽(聡明モード)は、ワルなのである。(これが、周囲の人々が、極力、写楽のバンソウコウを取らずにすませようとする、理由である。)“悪魔のプリンス”というのは、全集への収録順が前後しているので判りにくいが、「暗黒街のプリンスの巻」で、古代三つ目族の末裔たる写楽が、この時代における自分の身の置きどころとして設定した、ロール(役割)なのだ。無論(聡明ではあるが、所詮は)子供の発想なのである。

 得意満面の写楽だが、ポゴにプロポーズされて、たじたじとなったところで、この回は終り。


*手塚治虫漫画全集 101

(文中、引用は本書より)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Aug 2 1996 
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