*2011年06月06日:「働かないアリに意義がある」
*2011年06月07日:「大接近!灼熱のマグマ」
*2011年06月08日:GROOVE! 高丘店、潰れてた
*2011年06月09日:「迫りくる太陽の大異変」
*2011年06月10日:曾我蕭白について
*2011年06月11日:国会図書館/「五百羅漢」/手塚オフ/爆睡 [;^.^]
*2011年06月12日:浜名湖一周サイクリング2回目
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*2011年06月06日:「働かないアリに意義がある」


 働かないアリに意義がある」(長谷川英祐、メディアファクトリー新書)読了。

 我々がアリやハチを観察するとき、ほとんどの場合、巣の外で忙しく立ち働いている姿である。だからこそ(アリとキリギリスの喩えもあるように)「アリ」は「働き者」の代名詞となった。しかし実際に巣の中まで立ち入って調べてみると、どの瞬間でも、実際に働いているアリは3割であり、残りは働いていない。それどころか、「一生働かない働きアリ」すら、いる。これは一体、どういうことか。何故、自然界は、そのような無駄を許すのか。

 「働かないアリ」は、別に「怠け者」というわけではないのである。働く必要が生ずれば(例えば、巣の外で(皆で運ばなければならない)大きな餌が見つかったとか、外敵によって巣が壊されて補修しなければならなくなったとか)、どの働きアリも働こうとするのだが、その「“働かねば”スレッショルド」に、個体差がある。要するに、フットワークが軽い、すぐに働きに出る働きアリと、腰が重くて、なかなか働きに出られない働きアリがいるのである。後者は、さぼりたくてさぼっているというよりは、むしろ逆で、働こうにも、先にほかの連中に仕事を取られてしまって、出番を失っている存在なのである。

 なぜ、こういう無駄を抱えているのか。「彼らが必要とされるときが来る可能性がある」からである。例えば上述した、巣の大破壊などのカタストロフに際して、すぐに動ける余剰労働力は、常に必要である。そのような無駄を抱えない、全員が常に忙しく立ち働いている効率的なシステムを作ってしまうと、突発事態に対応できない..

 ..などなど、目から鱗が落ちまくりの一冊である。今般の大震災でも、多くの日本企業は(トヨタをお手本に)在庫を徹底的に絞った高効率なサプライチェーンを組んでいたがために、それがひとたび切れた時に、たちまち生産停止/縮小に追い込まれてしまったのであるが、だからといって、常に余剰在庫/労働力/リソースを抱えたシステムでは、コスト競争に勝てるわけがない。単純にアリの社会を見習えば良いというものではないのだが、少なくとも考え方のヒントにはなった。お薦めの一冊。

 蛇足だが、「私が死んでも代わりはいるもの」、が、さくっと引用されていたりする [;^J^]。もちろん、綾波レイである。

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*2011年06月07日:「大接近!灼熱のマグマ」


 BSプレミアムの「体感!グレートネイチャー」シリーズ(NHKエンタープライズ制作)を録画しているのだが、6月4日に録画した「大接近!灼熱のマグマ 〜バヌアツ、ハワイ〜」の回(この回のみ、フランス制作の番組の輸入)には、いささか言葉を失った。

 とにかく、溶岩の映像の凄いこと!(溶岩に対するイメージが、かなり変わった。)また、溶岩が地下を流れていく、そのすぐ上(センチ単位)を歩いていくのだが、(絶えず足を踏み替えていないと、靴に火が付くレベル、)まさに、「板子一枚下は地獄」の、炎版である。こういう(ある意味)「極地」の旅行への憧れはあるのだが..自分の根性の無さは自分が一番良く知っているので [;_ _][;^J^]、ここは無理せず、快適な安全地帯から、ハイビジョン映像で楽しむに留めておこう。

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*2011年06月08日:GROOVE! 高丘店、潰れてた


 会社からの帰途、(ちょいと珍しい酒を探して)高丘のガリバーに寄ったところ、おやおやまぁまぁ、隣というか同じ敷地内の「GROOVE! 高丘店」が潰れてる。張り紙によると、3月31日に閉店したらしい。

 「GROOVE!」ってチェーン店なのだろうか。軽くぐぐっても、その他の(いわゆる)GROOVE のヒット数が厖大過ぎて、絞り込む気も失せたのでわからないのだが、(私見では、これこそが、この手の普通名詞を店の名前に採用した場合の最大の不利益のひとつなのだが、それはさておき、)いわゆるブックオフやGEO等と同じ形態の「古ソフト屋」であった。開店当初は、コミックを中心とする古本のみを扱っていたような気がするのだが、いつしか、CD/DVD/ゲームソフト/ダーツ、それに古着も扱いはじめていただろうか? 古本のみの(あるいは古本主体の)時代にはコミックの品揃えはなかなかのものだったのに、床面積を増やさずに取り扱い物件の種類がどんどん増えていったものだから、当然、個々のジャンルの品揃えは乏しくなり、魅力も失せていったのである。最後にここに立ち寄ったのは、もしかすると1年以上前かも知れない。そりゃまぁ、潰れるわな。

 しかしながら、こういう多角経営化は、多くの古ソフト屋に共通した傾向であるように思える。そもそもブックオフがそうである。もちろん、思いつきでやっていることであるはずがなく、利益を上げるための真剣な経営判断の結果なのだろうが、それにしても大きな博打だと思う。多角化しても個々のジャンルの品揃えが十分魅力的であるだけの広大な床面積か(それを持つ店も、もちろんたくさん存在するのだが)、あるいは、たとえ個々のジャンルの品揃えが乏しくなってしまおうとも相乗効果で楽しさを演出できる、並々ならぬセンスの良さが必要とされるのではなかろうか。

 前者(広大な床面積)は力技で解決できるが、後者(品揃えと店作りのセンス・スキル)を手に入れるのは、並大抵のことではないと思う。

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*2011年06月09日:「迫りくる太陽の大異変」


 BSプレミアムの「コズミックフロント 〜発見!驚異の大宇宙〜」シリーズ(NHK制作)を録画しているのだが、6月7日に録画した「迫りくる太陽の大異変」の回には、いささか言葉を失った。(以上、一昨日の日記をテンプレートとして流用。[;^.^])

 太陽活動に異変が起きている。太陽活動の11年周期が崩れている。11年ごとに黒点の数が増減してきたのだが、今回、太陽黒点が減少したまま、増加していない。2011年に来る予定だった次のピークが、まだ来ない。このままでは、次の黒点の数のピークは、2013年になりそうである。この異変は、地球の気候に大きな影響をもたらす可能性がある..

 ..と、いきなりこんなことを言われても、ロジックの飛躍について来れないだろう。以下に、要約してみよう。

 ガリレオ・ガリレイ以来の太陽黒点の数の観測史をひもとくと、黒点が減少し、太陽の活動が低下していた、たとえば「マウンダー極小期」(17世紀後半)には、京都の平均気温が2度近く下がり、欧州も寒波に襲われるなど、全世界的に寒冷化していたのである。これは歴史的(文献学的)にも、植物の研究からも、裏付けがとれている。では、黒点の数の減少(太陽の活動の低下)と気温に、どういう関係があるのだろうか。

 太陽活動(黒点の数)の増減と太陽の磁力の変動は、ピタリと連動している。黒点の数が減ると、太陽の磁力が弱まる。太陽系を覆っていた太陽の磁力が弱まると、太陽系へ浸入する(地球に到達する)宇宙線が増加する。そして、増加した宇宙線は、雲を増やすのである。これは「霧箱」の実験を想いだしていただくと、直感的に理解しやすいかも知れないが、宇宙線は、雲の核となる微粒子を作り出す。また、微粒子が多い雲は、雨をもたらさず(雨となって消失せず)、なかなか消えずに、太陽光線を遮り続ける。かくして、地球の気温が下がる..

 そして、過去1000年間に3回、太陽活動の停滞期が確認されているのであるが、その3回とも、直前の太陽周期が延びている。つまり、太陽活動の周期が延びると、その後数十年間、太陽の活動が停滞する、と、過去の観測結果から、強く推測されるのである。もう少し詳しく言うと、過去の例では、11年周期が13年に延びると、そのあとに黒点の(長い)減少期が続くのであるが..最初に述べたように、今回、まさに、11年周期が13年に延びているのである..

 ..もちろん、対象が(時間的にも空間的にも複雑さ的にも)巨大だし、まだまだ検証が必要な学説だし、早急な結論を導き出せるような問題ではないのだが、それにしても、仮に50年間、地球の平均気温が1度下がるとなると、かなり、エライことになる..

 以上のような、極めて知的にスリリングな内容を支えるのが、日本の太陽観測衛星「ひので」などによる超高精度の迫力ある観測映像群である。凄い番組である。(さまざまな理由から)揶揄する向きも時々みかけるが、やはり、NHKは、すごい。

 AKB総選挙、1位には前田敦子が返り咲いた。大島優子も悪くないが、やはり前田敦子の(ビジュアル面を含めた)キャラこそが、他の多人数アイドルユニットとは明確に異なる、AKB48の独特のムードの根源ではあるまいか。

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*2011年06月10日:曾我蕭白について


 もっと知りたい 曾我蕭白」(狩野博幸、東京美術、アート・ビギナーズ・コレクション)読了。

 「群仙図屏風」(Google画像検索へのリンク)が特に有名かと思うが、この「ものすごい」絵から直ちに想像されるような「単に奇矯なだけ」の画家ではない。無頼な、傲慢こいたエピソードも、数多くあるのだが、それが彼の本質ではない。

 カバーには、

「蕭伯 是任己才陥邪道者也、其品格絶野」(蕭白は自分の画才に頼って邪道に陥った者である。その品格は甚だしく卑しい(中村竹洞「画道金剛杵」(1802)より))

 ..が引用されており、なんというか、これはこれで滅法格好いいような気がするが [;_ _][;^.^]、本書の基本コンセプトは、むしろこの類の「俗説」への反証である。蕭白は狂人でも傲慢でもなく、また、幅広く支持されていたのである、と。そして、こういう奔放な画家とその作品を受け入れた、当時の日本社会の懐の深さを見よ、と。

 Hさんからメール。先日の日記で、今後の予定としてリストアップしていた、東京藝術大学大学美術館の「うらめしや〜、冥途のみやげ展」は、再来年に延期とのインフォが出ているとのこと [;^J^]。見落としてました..おっと、その代わりにといってはなんだが、浜松市美術館の展覧会スケジュールを確認したら、「岐阜県立美術館所蔵 ルドンとその周辺展 〜夢見る世紀末〜」が開催されるらしい。9月6日から10月10日まで。今から楽しみなことである。[^J^]

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*2011年06月11日:国会図書館/「五百羅漢」/手塚オフ/爆睡 [;^.^]


 さてもさても、例によって大忙しの週末なのである。[;^J^]

 今日は国会図書館で少なくとも4時間作業したのちに展覧会をひとつ片付けなくてはならないので、廉価な高速バスなどと眠たいことを言っている場合ではなく、もちろん新幹線で上京するのであるが..それにしても、自宅を6:23に出たら、うっかり、6:35のバスに間に合ってしまい、浜松駅に着くのが早過ぎて、7:19のひかりに乗るつもりだったのに6:54のひかりに間に合ってしまって、こうなったらもう仕方がないので乗ってしまったが、結局、東京駅のホームで30分間読書して時間調整するハメに。[;^J^](国会図書館は、9:30開館なのである。)

 「鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集 ユニット7」所収の「アトム今昔物語」の、初出紙(サンケイ新聞)との照合調査、ようやく完了! ユニット7については、まだ調査/照合しなければならない作品が含まれているので、書き替え個所の調査結果の公開は、あと1ヶ月ほど先になりそうだ。

 ほか1件、従来データの誤りの確認もすませた時点で、予定より40分ほど前倒し出来ているので、これなら次の展覧会に、十分な時間をアサインできそうだ。

 ..というわけで、13:40に国会図書館を退出。両国の江戸東京博物館に着いたのが、14:15。

 「五百羅漢」..いやまったく素晴らしい! 会期は7月3日までなので、必ず観なさい!

 なんといっても、第21幅から第24幅まで4幅続く「六道 地獄」の、なかでも第22幅が、本当にものすごい。羅漢が地獄の猛火を吹き消さんとばかりに吹き起こした暴風の迫力たるや、いやはや全く、ギュスターヴ・ドレの「神曲」地獄篇の挿画なんぞ、目じゃないね!

 第15幅〜第16幅の「論議」も面白い。羅漢たちの表情が本当に豊かで、見飽きない。第49幅「十二頭陀 冢間樹下」と第50幅「十二頭陀 露地常坐」の、不気味な暗い陰影。第64幅「禽獣」でガラスの器で飼われている過保護の [;^J^] 龍、等々、興味深く楽しい図像を挙げていると、きりがない。その一方で、先日の日記(「五百羅漢」予習)にも書いたように、第81幅あたりから雲行きが怪しくなってくる。すなわち、羅漢たちのサイズが明らかに小さくなり、テーマ/素材自体の深刻さとは裏腹に、生気と迫力が失われてくる。第91幅以降は、まさに無残な出来というほかはない..

 2時間かけて全100幅を順番に最後まで観たあと、もう一度入り口まで戻り、さらに1時間かけて3スキャンほど繰り返し、特に惹かれた図像を、頭の中に叩き込んだ。

 17:20に退出し、渋谷着は18時頃。18:30から手塚治虫ファンのオフなのだが、オフ会場がタワレコから100メートルと離れていない場所だと判明したので、先にタワレコに寄って、BISの「シベリウス全集 第12巻」を購入。18:15オフ会場着。

 えーと、全部で14人だっかな? まぁ普通の宴会であるが、ほんとは、今夜は(飲み放題ではあるのだが)酒を控えるべきだったのである。なぜなら、21:10から、近所の映画館(渋谷ユーロスペース)で、手塚治虫関連の映画(「アトムの足音が聞こえる」)を観る予定だったからであるが..しかしもちろん、言うまでもなく、少し先の快楽(映画鑑賞)よりも、いまそこにある快楽(飲み放題)が優先されるのである。当たり前である。[;^.^]

 というわけで、21時前に散会して映画館に急ぐが、かなり近い場所だとはいえ、週末の渋谷の激混みもあって、やはり10分では辿りつけず、5分ほど遅刻。しかし(これはもう最初から覚悟していたことなのであるが)私にとっては、5分の遅刻など、些事も些事。なぜなら映画本編の記憶は5分にも満たず、目が覚めたときには、映画は終わっていたからである。[;^J^]

 帰路は高速バスのチケットを購入済み。東京駅八重洲口に着いたのが23:30頃だったかな? 八重洲口を23:59に発つ「ドリーム静岡・浜松3号」に、無事に乗車。浜松駅北口着が、6時過ぎ。ちなみに、高速バスにしては時間がかかりすぎると思われるだろうが、それは静岡で高速を降りるからである。実際問題、浜松駅(のバスロータリー)にこれより早く着いても(私にとっては)無意味なのだ。なぜなら、自宅方向へのバスの始発が(土日の場合)6:40だからである。

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*2011年06月12日:浜名湖一周サイクリング2回目


 7時過ぎに帰宅。今日の予定は、あらかじめ「1.快晴ならば湯風景しおりで日光浴、2.雨天ならば引き篭もり、3.どちらでもなければ浜名湖一周サイクリング」、と決めていたのだが、快晴でも雨天でもないので、予定の「3」を適用する。朝食を食べたあと、ひと休みしてから、9時過ぎに出発。

Picture Picture

 左に、走行経路がプロットされた地図を2枚挙げる。左図が、前回(5月8日)に浜名湖一周したときの走行経路、右図が、今回の走行経路である。(どちらも、赤ピンがスタート&ゴール地点で、反時計回り。)一見して、違いがおわかりだろう。前回は、右側に飛び出している枝湾(水域)「庄内湖」をパスし、庄内湖の入口にかかっている浜名湖大橋を渡ったのに対して、今回は逆に、浜名湖大橋を渡らず、庄内湖を回ったのである。

 もう一個所、違うところがあるのにお気づきだろうか。左図では50Km、右図では60Kmの看板がある「大崎半島」の走り方が違う。前回(左図)は、半島の下端まで回っているのに対し、今回(右図)は、半島の下端より少し内側を走っている。これは、前回のリベンジに失敗しているのである。[;^J^]

 左図では、下端を回ってはいるのだが、その少し前に、プロットされている経路が「太く」なっていることがお判りだろうか。これは、湖岸から内陸部に入ってしまい、湖岸に戻る道がわからず、半島内部で毛細血管のような道に迷い込んだあげく [;^J^] リトライを3回繰り返して、ようやく湖岸に辿り着いた痕跡なのである。今回は、もっとスマートに、最初から正しく半島の下端(湖岸)を走ろう、と決意を固めていた(実はこれが、今回のテーマだった)のであるが、ちょうどこのあたりにさしかかる少し前に、前方をゆく自転車乗り(どうみても浜名湖周遊途上)を見つけ、彼についていけば半島南岸に素直に出る道に連れていってもらえるだろう、と、期待して尾行していったところ、ものの見事に、遥か内側の幹線(県道310号)を走ってくれやがったのである [;^.^]凸。他力本願の結末は、まぁこんなところだ [;^J^]。次回こそ、必ず、正しい道を走ってやる!

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 12:20に、この半島の西端の瀬戸橋を、本城山の麓に渡ったところにある、うなぎ処「勝美本店」着。うな重の竹。この店は味も良いが、湖の眺望も素晴らしい。[^J^]



 13:35に発ち、15:30に、浜名湖一周の起点(赤ピン)に戻った。帰宅は16時過ぎ。まとめると、自宅から浜名湖一周の起点まで11キロ、浜名湖一周が83キロ。トータル、11+83+11=105キロ。次回からは、もっと寄り道をすることにしよう。(それともちろん、大崎半島問題を解決すること。[;^.^])

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jun 16 2011
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