*2007年12月17日:ちょっと応用
*2007年12月18日:ビタクラフトの小鍋
*2007年12月19日:照れ隠しとか楽屋落ちとか
*2007年12月20日:そろそろ食材を、
*2007年12月21日:CDとCFと
*2007年12月22日:「魍魎の匣」
*2007年12月23日:恐怖の455枚
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*2007年12月17日:ちょっと応用


 久々の残業で、別に深夜帰宅というわけではないが、今から食事を作るのもなぁ..という時刻になってしまった。台所を確認すると、鍋の中に、昨日3食分作って昼・夜と食べた野菜スープ(ターメリックスープ)が、引き算の結果、ちょうど1食分残っている。しかしスープだけでは腹がもたないし..

 というわけで、冷凍ご飯をレンジでチンして丼に入れ、(具だくさんの)野菜スープをぶっかけた。う〜む、ほとんど究極の手抜きであるにも関わらず、十分に美味い! 少なくとも、子ども時代以来、何十年も食べていない、追憶の中の「猫まんま」の美味しさと、十分にタメを張れている。[;^.^]

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*2007年12月18日:ビタクラフトの小鍋


 先週末、楽天で購入ボタンをクリックしたビタクラフトの鍋(追加分)が、早速届いた。内径14cm×深さ8cmだが、実物は、数値データから想像していた以上に小さい。[;^J^]

 とりあえず、大根のコンソメスープ煮を作ってみた。(ある方から教わったレシピだが、なかなか気にいっているのである。)従来から使っている内径21cmの鍋だと、輪切りを3つ入れても広大なプールの中で泳いでいる感があったが、このサイズだと、狭いお風呂にぎゅう詰めという風情である [;^.^]。うまく使い分けられそうだ。(この中間のサイズの鍋もあるに越したことはないが、いよいよもって置き場所がないし..)

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*2007年12月19日:照れ隠しとか楽屋落ちとか


 今月号の「月刊コミックリュウ」に掲載されている「第2回龍神賞」(新人賞)の選考会レポートに、面白いくだりがあった。選考委員は吾妻ひでおと安彦良和なのだが、ある応募作品について、

  吾妻さんと同意見ですが、気になった点をひとつ追加しておきます。これはマンガ用語でなんと言えばいいのですかね? 真面目な場面の後で、ちょっと逸らすというか軽いシャレを入れることを。言い方は分かりませんが、これが多すぎる印象があるんですね。別にいちいち入れる必要はないと思うんです。たまにアクセントとして入れるならいいんだけど、ここまで多いとそれが鼻に付いてストーリーに集中出来ないと思う。
   それがキャラクターを表現することだと誤解している部分があるのかもしれませんね。
  惜しいと思うんだよね、描ける人なのに。こういう照れ隠しみたいなことばかりしてると伸びないような気がしてしまう。若い人に多い傾向だけど、真面目な場面を描くことに照れていてはいけない。もっと恥ずかしい思いをするべきだと僕は言いたいです。
(アンダーラインは引用者による)

 ..ここで俎上に載せられている応募作をみているわけではないが、安彦良和の発言の趣旨についていえば、まさに、わが意を得たり!である。そうか、やはり、プロも問題だと思っているんだ。

 これに関連して、以前から非常に気になっている傾向について述べておこう。本来真面目なストーリーマンガなのに、いつの間にか主役たちを(SD化というか)二〜三頭身のギャグキャラにするなどして遊び始めるのは、いかがなものか。(そのストーリーなりキャラクターなりに、そういう流れに向かう必然性があるのならばまだしも。)

 これが一番気に障ったケースは、「闇の末裔」(松下容子)である。この作品、中断したのか休載中なのか再開したのか知らないが、とにかく、基本的にシリアスで八頭身の主人公を、後半に至って、頻繁に「子犬」のような姿と性格にして「もてあそぶ」。どうも「読者サービス」のつもりではないかと思われるのだが、勘違いもはなはだしいと言わざるを得ない。きょう日のマンガ雑誌の編集者(や読者)は、こういうものを求めているのだろうか? また、こういう若手漫画家に限って、単行本には読みにくい細かい書き文字で「近況報告」とかいっぱいいっぱい書き足すし、楽屋落ちやら舞台裏の公開やらもいっぱいいっぱいしてくれる。ストーリーマンガの主役たちのデフォルメキャラが、あとがきマンガで漫才をするのは定番である。これらも全て「読者サービス」のつもりらしいのだが..私に言わせれば、10年早いわ!!

 「照れ隠し」が悪いとは言わない。(適度な息抜きをさしはさみながらリズムを組み立てていくのは、マンガの作法の基本である。)だからまずは、手塚治虫の作品を勉強しなさい。「ヒョウタンツギ」の用法を研究しなさい。手塚治虫は「息抜き」や「照れ隠し」がむしろ多いタイプであるが、それらの「弛緩」も、根幹となるストーリーをきっちりと描ききっているからこそ通用し、効果的でもあるのだから..

 ..とはいえ、昨今の若手漫画家たちの「照れ隠し」や「楽屋落ち」は、同人誌の世界(観)に属するもののような気もする。それが悪いとは言わないが、だとすれば、手塚治虫のような「プロ中のプロ」を引き合いに出した私のほうが、よほどKY?(← すみません、背伸びして使ってみました。[;_ _][;_ _][;_ _][;_ _][;_ _][;^.^])

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*2007年12月20日:そろそろ食材を、


 減らしにかからないと。ジャガイモ/タマネギ/ニンニクなどは、年末年始の1週間の不在期間をはさんでも(賞味期限が1ヶ月前に切れている納豆どうよう [;^.^])全然大丈夫だろうが、来年までもちそうもない食材は、年内に腹に入れてしまわなければならない。ニンジンとかピーマンとか大根とかチマ・サンチュ(韓国料理などで肉を巻くのによく使う柔らかい緑の葉っぱ)とか..

 まるで心配不用なのが、キャベツである。ハーフカット版の茎の部分をくり抜いて水を含んだ新聞紙を詰め込み、ポリ袋でくるんで冷蔵庫に入れる、という実験を開始したのが11月10日なのであるが、ふと気が付いたら40日も経っているにも関わらず、まだまだ全然大丈夫である。さすがに切断面は黒ずみ始めているのだが、使うときにそこだけ削げば問題なし。こんなにもつものとは思わず、いささか驚いている次第である。(もちろん、風味は落ちているのだろうが。)

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*2007年12月21日:CDとCFと


 今月号の「レコード芸術」誌に掲載されている「日本レコード史 CD篇」という新連載の中に、興味深い記述があった。

 日本にLPが登場したのは、1951年。ステレオになったのが1958年。CDの登場が1982年。つまり、ステレオLPの時代が24年であるのに対して、CD時代は25年目に突入し、長さにおいて抜き去ってしまったのである。CD時代がこれほど長く続き、かつ、少なくともクラシック音楽の分野においては、まだ当分の間はiPodなどの固体メモリメディア(というかネットワークメディアというか)よりも優勢を保つと予想される理由は、「ベストでは無いにしても、音質/使い勝手など、全ての面において平均点が高いから」と分析されているが、まさにそのとおりであろう。

 もうひとつ指摘されているのが、CDの「モノ」としての魅力である。LPレコードに比べてパッケージのサイズが小さいことは、一応、減点要素ではあるが、しかし「小さ過ぎない」。12cmというサイズはまさに絶妙な、アイテムとしての魅力を出せる必要最小限のサイズであった、と。

 確かに、8cmCDは、(私は)集めようという気になれない。各種固体メモリは語るに及ばず。スマートメディアにせよ、SDにせよ、メモリースティックにせよ(正直なところ、どれだけの種類があるのか、まったく把握できていないのですが [;_ _])小さすぎてどうにもこうにも。

 固体メモリとして唯一、「コレクションする気になれる“モノ”」は、(以前も書いたと思うが)「CF(コンパクトフラッシュ)」である。これは、素晴らしい。その「縦・横・高さの比率と、大きさとのバランス」が! 早晩、滅び行くメディアであろうが、ちょっと惜しい気がするなぁ..

 12月24日の休日出勤、決定 [;_ _]凸。いや、特に予定も無かったから、別に構わないんですけどね。[/_;][/_;][/_;][;^.^]

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*2007年12月22日:「魍魎の匣」


 毎週末の定型業務であるところの「ゆう遊空間 宮竹店」への早朝出勤 [;^.^] は、今日はお休み。(ちょっと疲れておりましてね。)午前中はグダグダと過ごし、15時頃、小雨がそぼ降る中、バスでザザシティのトーホーシネマへ向かう。今月は週末ごとに(ここで)映画を観ているのだが、先々週の「続・三丁目の夕日」が「○」、先週の「アイ アム レジェンド」が「×」、ときて、今週は「魍魎の匣」。これは..「○」でしょう![^.^]

 原作を読んだのは10年以上昔のことなので、細部を憶えているわけがなく、原作にどの程度忠実な映画化なのかは判らないのだが、(読み返す気力はもとより無い [;^J^]、)十分、美しい映画だと思う。あの謎の研究所は、原作ではそれほど大きな建造物ではなかったはずだが、途轍もない大要塞になっていたのは、映画のロジックとして正解だろうが、あんな大崩壊のスペクタクルはあったかなぁ [;^J^]。最後の汽車の中の「ほぅ..」のシーンがカットされたのではないかとヒヤヒヤしながら観ていたのだが、これはキチンとありました。[^.^]

 キャストも素晴らしい。榎木津礼二郎役の阿部寛も、柚木陽子役の黒木瞳もいいが、端役であるところの楠本頼子に谷村美月、関口雪枝に篠原凉子、など、贅沢である..が、それよりなにより、中禅寺敦子役の、

田中麗奈、萌え〜〜っ!!\[^O^]/

 映画館から出てみたら、雨脚が強くなっている。鍛治町通りを通行止めにして、イベント広場としてテントその他が設営されているのだが、今夜の催し物は全て中止のようである。スタッフには気の毒だが、こればっかりは仕方が無い。

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*2007年12月23日:恐怖の455枚


 どうにも起きられず、「ゆう遊空間 宮竹店」への早朝出勤 [;^.^] は、今日もパス。う〜む、「犬夜叉」の残り33冊を早く読破してしまいたいのだが..でもまぁ、これは、どこにでも置いてあるわな。三方原のマンガ食堂Mの方が時間単価は廉いので、そちらで読むことにしようかな。なんにしても年内には、もはやそんな時間(推定8時間)は取れそうもないのだが..

 今日は昨日とは打って変わって良い天気。午後から夜にかけて、街中の鍛治町通りではクリスマスイベントが(昨日流れた分も取り返さんと)賑わうのだろうが..別に出かける理由もないし..[;_ _][;^.^]

 ふと思い出して、DVD−RAM/DVD−Rの棚卸しをしておく。2004/12にハードディスクレコーダー(RD−X5)を購入して以来、ほぼ年に一度のサンプリングレートで、録画済みDVD−RAM/DVD−Rの枚数をカウントしているのであった。(以下、両面DVD−RAMは2枚と数える。)

2006/01
520枚
2006/12
919枚
2007/12
1206枚

 即ち、最初の13ヶ月は、 520/13=40(枚/月)のペースだった。

 次の11ヶ月は、(919−520)/11=36(枚/月)のペースだった。

 そして、直近の1年間は、(1206−919)/12=24(枚/月)のペースだった。

 着実に消費量が減っているのは、喜ばしいことである [;_ _]。理由はいくつか考えられるが、映画の録画が減ったのが、一番効いているかな..(ちなみに、書いても仕方がないことも書いておくが、 上記1206枚中、未視聴の録画は455枚である。いったい全体いつ(爆略))

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Dec 26 2007
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