*2004年12月27日:大津波
*2004年12月28日:“畏怖”について
*2004年12月29日:禁断症状 [;^J^]
*2004年12月30日:BS! \[^O^]/
*2004年12月31日:マツケンサンバ! \[^O^]/
*2005年01月01日:「アフリカの印象」
*2005年01月02日:「93年」
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*2004年12月27日:大津波


 昨日の日記に書き忘れていた。スマトラ沖で記録的な大地震、および大津波が発生したのであった。

 今朝の日経の朝刊では、死者5000人を超すということだが..非常に小さな島嶼が無数にある海域である。通信インフラも整っていない。つまり、被害の全体像が判明するのは、まだまだこれからなのである。

 それにしても痛ましいのは..映像を見ると、海岸で、波が押し寄せてくるのを待っている(見物している)のである。「無知ゆえの悲劇」と片付けるのはたやすいし、大地震発生後に(国によっては何時間も余裕があったのに)警報を発しなかった各国政府を非難するのもたやすいが..とあるテレビ番組の解説者によると、この海域では大地震は極度に珍しく、津波という現象は「伝説としても存在しない」というのだから、全くなんの備えもなかったのも無理はなかった、と、諦観すべきなのだろうか..

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*2004年12月28日:“畏怖”について


 先日、新規購入したプラズマテレビの写真を掲載したが、画面に何も映っていないと寂しいので、適当に手近にあったDVDを再生したのであった。見にくいと思いますが、これ、なんだか判りますか?

 はい、そうですね。「ジュラシック・パーク III」のスピノサウルスです。別にこの映画でなくちゃならんという理由は全くなくて、本当にたまたま手の届くところにあっただけなのだが..ま、「絵」になるシーンはどこがいいかな、と、サーチがてら、ざざざっと観たわけなのだが..

 ..驚いた。こんなに「軽くて薄い」映画だったのか!(← 何を今さら、ですか?[;^J^])なんというかもぅ、ペランペランのペナペナである。映画としての価値とか評価とは別次元の問題なのだが..とにかく、初代「ジュラシック・パーク」の存在感とは、全く比較にならない。

 「初代だって、軽くて薄いじゃないか」、と、おっしゃる方々もいらっしゃるとは思いますが..初代「ジュラシック・パーク」には、何よりもまず、「恐竜を甦らせる」という、「夢」と「憧れ」と「恐怖」があったのである。これが決定的に重要なのだ。第2作以降では、「恐竜は既に甦り終わっている」ので、これらが欠如している(あるいは大幅に薄まっている)のは、やむを得ない。これら(「夢」と「憧れ」と「恐怖」)は、初代だけが“特権的に”持っているアドバンテージなのであった。

 「畏怖」と言い直しても良い。

 初代「ジュラシック・パーク」には(初代「ジュラシック・パーク」にだけは)、「畏怖」の感覚があった。それが、あの映画に特別な輝きを与えているのである..

 それにしても..RD−X5やサラウンドアンプやプラズマテレビ。どんどん取扱説明書を読み込むべきなのだが、実験や確認のために録画したりDVDやLDを再生したりするたびに、思わずそちらの方に見入ってしまって時間がなくなる、という、ありがちなパターンの日々が続いているのであった。[;^J^]

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*2004年12月29日:禁断症状 [;^J^]


 仕事は今日まで。明日の午後、帰省予定である。1/4から仕事なので、正月休みは5日間。ま、週末に毛が生えた程度のものかな。[;^J^]

 業務上、Accessを(少し)使っているのだが、時間計算回りの関数の仕様に制約だかバグだかがあり、思うように計算できないので、たまりかねて(エクセル形式経由で)テキストファイルとして吐き出させ、リブ100に転送し、DOS窓でjgawkで処理して戻した。(これだから、年寄りってばよぅ..[;^.^])久々にスクリプトらしいスクリプトを書いて、渇を癒したのであった。[;^J^]

 津波の犠牲者の数は、日を追うごとに、「万単位」で増えて行く..

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*2004年12月30日:BS! \[^O^]/


 9:15、アンテナ工事の人が来た。1時間で作業終了。

 BSである! \[^O^]/ ..あ、CSも入るのか。[;^J^](BSとCSは違う衛星のはずなので、当然、アンテナがふたつ要るのかと思ってました。[;^.^])

 ハイビジョン放送の美しさに驚いた。テレビ放送の画質とは信じられない。(今ごろすみません。[;^.^])

 しかしそれにしても..BSアンテナはRD−X5(ハードディスクレコーダー)の「BSアンテナイン」に入り、RD−X5の「BSアンテナアウト」からまたアンテナ線を引っぱり出して、これをプラズマテレビの「BSアンテナイン」に入れる。つまり、BS電波を、レコーダーをスルーして、テレビにも入れる。レコーダーには、BSアナログのチューナーがあるので、BSアナログ番組は、レコーダーで録画可能。この映像信号をテレビに送って(ビデオ端子に入れて)、テレビで再生する。BSデジタルのチューナーは、レコーダーは内蔵しておらず、テレビが内蔵しているので、これはテレビで再生する。つまりこのままではレコーダーに入力されない(録画できない)ので、これを録画するためには、テレビの映像出力をレコーダーに入力しなければならない。さて、それに必要なケーブルのフォーマットは..というあたりで脳がオーバーヒートし、時間切れにもなったので [;^J^]、ここまで。今から帰省してしまうので、年末年始のBSデジタル放送は録画できないわけなのだが、まぁいいさ。

 既に昼過ぎ。バスで出発。りそな銀行で年末年始の散財用に現金を下ろしてから、ジョーシンでDVDを2枚購入、1枚発注。ヤマハ浜松店を冷やかしてから、こだまに乗る。東京に寄るのはやめて、新横浜から実家に直帰。

 奈良幼女誘拐殺人事件の容疑者が、逮捕された。

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*2004年12月31日:マツケンサンバ! \[^O^]/


 寒い。南国(浜松)から北国(横浜)に移動したからか。あるいは今日あたりは、浜松も十分に寒いのか。

 年末恒例、ガラス拭き。午前中に年賀状を書いて散歩がてら投函しに行く。ちょうど12時頃に帰宅したのだが、ちょうどその頃から牡丹雪が降り始める。結構な量で、一時的に雪景色となる。午前中にいろいろ済ませておいて良かった。

 年末恒例、紅白歌合戦。相変わらず(特に前半では)若手歌手の「微分音歌唱」が楽しめる [;^J^]。採譜困難(あるいは不可能)なのである [;^.^]。若手歌手の中では、大塚愛の「さくらんぼ」がなかなか良いと思ったが..地声の部分はいいのだが、そこから(多少)外れた音域になると、いきなり破綻する。

 韓流というんですか? 「Heaven2004」を歌うイ・ジョンヒョンは、日本の若手並みに(非常に)下手くそだったので、正直なところ、安心した [;^J^]。Ryuが歌う「最初から今まで」が、「冬のソナタ」の主題歌だったのですか。あまり記憶にないなぁ。居酒屋やコンビニでも、それほど流れてはいなかったと思うが..彼もまた、ド下手クソ [;^.^]。これは私の憶測(というか邪推)だが..韓国は、日本に追いつき追い抜くことを国是とするあまり、日本の歌手とか日本の歌とかを目標とする、というミスをやらかしているのではないか? [;^J^]

 ほか、さだまさしの「遙かなるクリスマス 紅白歌合戦バージョン」などが印象的だったが..やはり今回の紅白の目玉は、なんといっても、「マツケンサンバ II」でしょう! この曲(と踊り)を初めて見聞したのだが..この、頭の中が真っ白になる(良い意味で)クソ馬鹿馬鹿しいキンキラキンの演出は、正しく日本の伝統芸である。松平健は、芸能人の鑑である。ジュリーの衣鉢を継いで欲しい。[;^.^]

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*2005年01月01日:「アフリカの印象」


 朝のうち晴れ。午後から曇り空。終日、読書。

 2〜3冊よんだが、1冊だけ紹介。

 「アフリカの印象」(Raymond Roussel、1910、岡谷公二訳、白水社)- わたくし的には、サルバドール・ダリの絵のタイトルのイメージが強く、その関係で(いわば「不要不急」として)いつまでも積んだまま、後回しにしていた本。ま、「不要不急」な書物であるというのは、確かにその通りなんですけどね。[;^J^]

 前半、白日夢のごとき儀式と演芸会の情景が延々と続き、後半で、それに至る前史と、それぞれの演し物の「種明かし」がされる。なかなか見事な構成である。幻想的な演し物の数々は、絵画化すれば直ちにシュルレアリスム展に出展できる類のものだが、それらの「組合せ」がまた、実に超現実的(あるいは、幻想的)なのである。(個々の展示の中では、特に最後の自動描画装置が面白い。)確かにこれは、シュルレアリスムの母胎となった作品のひとつであったと言える。

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*2005年01月02日:「93年」


 終日、快晴。終日、読書。

 2〜3冊よんだが、1冊だけ紹介。

 「93年」(Victor M. Hugo、1874、今日出海訳、筑摩書房 世界文学大系 25)- 実家の書棚を眺めていたら、ユゴーは「レ・ミゼラブル」以外ほとんど読んでいなかったことに気がつき、ちと慌てて取りだして読んだ次第。

 いやぁ、やはりユゴーは面白いや! この力感! 「93年」というのは「1793年」であり、つまりフランス大革命時代の、ヴァンデの内乱を舞台とする雄編である。あちこちに「不必要に」はさまる余談の長広舌がまた、やってる、やってる、てなもんで..[;^J^]。「国民公会」とか「ヴァンデ」とか「ラ・トゥールグの来歴」とか。しかしまた、その無駄話が、ユゴーの小説の面白さなんだよなぁ。

 一応、歴史小説であり、もちろん、アクション小説でもあるし、ユーモア小説ですらあるということは、前半で判ったのだが..しかし、「恐怖小説」の側面も備えていたことに気が付いたのは、後半に突入してからである。「聖バルテルミーの虐殺」という章があるのだが..この作品で極めて重要な役割を果たす幼児3兄妹が、とある図書室に幽閉されている。彼らは、その部屋に備え付けられていた、「聖バルテルミー」を扱う歴史上極めて重要な稀覯本に目を付け..そしてもちろん、そのような値打ちがわかるわけもなく、幼児の幸福原理に従って、この貴重な書物をバラバラに切り裂いてしまう..ギャアアアアッ!! ..[;^.^][;^.^][;^.^](..私、思わず眼を閉じ、本も閉じてしまいました。[;_ _][;^J^])

 いや実際、このシーンは、不必要に長く入念であり、本書の読者中、けっして少なくないはずの、「愛書家」「蔵書家」を狙い打ちにしたギャグだということは、明らかである。彼ら(私ら)にとっては、最悪の恐怖シーンであり絶叫シーンであり、スプラッタシーンであることは言うを待たない。全くもって、人の悪い作者である。[;^J^]

 ところで、原題は「Quatrevingt-Treize」で、もちろん「93」なのだが..学生時代に習ったフランス語の初歩の知識を思いだした。これは、字義的には「4×20+13」なんだよな。フランス人(フランス語)は整然たる10進数の体系を持っておらず、「93」を、「9×10+3」と、認識(表現)できないのである。こんな国(こんな言語)でどうして数学が発達したのか、謎である。[;^J^]

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jan 5 2005
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