J・D・カー「曲った蝶番」


 傑作である! 久々に「夜更けにそっと肩越しに振り返る怖さ」を味わえた。それは、ショッカー的な恐怖ではなく「なにか(幽霊か悪魔でもでそうな)『いやぁな』感じ」という物である。(なかでも恐ろしいのが166頁からで、「…『ドアの窓ガラスから、なにかがわたしのほうをうかがって…』あなたは『なにか』と言っておられる。なぜ『誰か』と言わなかったんですか」)しかも、実にスマートにスッキリと叙述されている。殺人の舞台となる庭の情景など、絶品である。近代的な舞台装置と、悪魔崇拝のおどろおどろしさとが、完璧に融合している。殺人のトリックについては、妙な凶器が呈示されたところでおやおやと思ったが、これはダミー。真相は、脚のない不具の男によるもので、考えようによっては、もっとおやおやなのであるが、アンフェアだとは感じられない。むしろ適度の猟奇趣味が、いっそう感興を高めている。自動人形の不気味さも比類がない。ベティが、屋根裏部屋に人形を覗きに行ったが、「なぜかあまり見たくなくなって」ドアを開けず、さりとて降りもせずに、ドアを見ながら林檎をかじっているシーンのリアリティ! まさに少年の日の恐怖体験である。「シャイニング」の「消火器が怖い」シーンを想いだした。最後のふたりの逃亡は、不思議な明るさとユーモアにつつまれており、全編を覆う恐怖や不安とブレンドされ、あたかも、『恐怖と滑稽』の最高傑作?であるところの「ドン・ジョヴァンニ」を想起させる、と言えば誉めすぎか?

*創元推理文庫


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 15 1995 
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