J・D・カー「三つの棺」


 素晴らしい! 三つの棺が並び、そのうちの一つが内側から開かれかかっている、という、恐ろしいトランシルヴァニアの風景画(明らかに吸血鬼伝説、又は死者の復活を想起させる)の醸し出す怪奇趣味が、まずなんとも言えない。そして、その墓から蘇ってきたと思しきピエール・フレイと、下の弟「アンリ」。この、架空のアンリの設定が絶妙。彼が30年前に(棺の中で)死んでいた、ということが判明したときの、粟立つ恐怖。そしてこの時点で、フレイを殺す動機を持っていたのは、シャルル・グリモーだけである、ということに気がつくべきだったのだが.. 仮面の男がズカズカと入り込んできて、シャルルを殺して姿を消す、という、第一の殺人風景も、雰囲気抜群である。二つの「密室」は、全く不可能な状況であり、従ってその鮮やかな解明(いずれも、犯人はその場におらず、いわば被害者の自作自演?であった)は一層感動的である。第一の密室では、大きな鏡がステージ魔術式に使われており、この急場にそんなややこしいことをするなど不自然の極み、と、いつもなら断ずる所なのだが、この作品に限っては、不思議にしらけない。むしろ感興を高めている。作品全体に横溢する魔術趣味の然らしめるところだろう。その意味でもまことに巧妙である。予期せぬ雪によって、心ならずも「不可能犯罪」になってしまった、という点もひねっている。しかしやはり、この素晴らしい密室トリックよりも、本編のストーリー/トリックと遊離することなく有機的に結合している、ロマンティックな怪奇ムードが印象的である。

*早川ミステリ文庫


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 15 1995 
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