A・バークリー「毒入りチョコレート事件」


 これの原型である短編「偶然の審判」は既読。残念ながら犯人もトリックも知っているし、短編であればこそ切れ味の良い逆転劇であったのだが、長編で、6人がかりでああでもないこうでもないと議論しているうちに、誤殺ではない、という真相が読者にも判ってきてしまうし、だれるし..と、ぶつぶつ言いながら読んでいたら、なんと4人目の推理が「偶然の審判」の真相で、かつ、それが、5人目のやな性格の女の推理に否定される。彼女の推理が真相か、と、(登場人物たちには)思えたところで、6人目の、一見頼りない男が、彼女こそ真犯人であると示唆する。が、確証は呈示しえないまま終る。これはこれで、極めて初期のメタ・ミステリと言うべきだ。単一の現象(事実)から、探偵の視点(思い込み/先入観)によって、全く異なる動機と証拠と犯行方法と犯人を、次から次へと作り出して見せている。

*創元推理文庫


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 15 1995 
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